「THE WITCH 魔女」シリーズのパク・フンジョン監督が手がける新たな韓国ノワール
絶対絶命のマルコと怪しき友達(チング)との手に汗握る攻防戦を描く韓国ノワール『貴公子』。
フィリピンで、病気の母と暮らすマルコ。ある日、韓国人の父が探していると代理人がやって来て、初めて韓国に行くことになります。
マルコは飛行機の中で見知らぬ男性に話しかけられます。その男性は自らをマルコの友達(チング)だと名乗り、韓国にやってきた後も何故かマルコを追い続けます。何故自分はこの男性に追われるのか?そして父が自分を韓国に呼び寄せた理由は?
友達(チング)と名乗る不気味でミステリアスだけれどどこかユーモアのある男性を演じたのは、本作が映画初出演となるキム・ソンホ。
彼は、本作で第59回大鐘賞映画祭、第32回釜日映画賞の2つの映画祭で新人男優賞を受賞しました。
マルコ役は、オーディションを勝ち抜き抜擢された新人・カン・テジュが演じています。
映画『貴公子』の作品情報
【日本公開】
2024年(韓国映画)
【原題】
The Childe
【監督・脚本・製作】
パク・フンジョン
【キャスト】
キム・ソンホ、カン・テジュ、キム・ガンウ、コ・アラ
【作品概要】
『新しき世界』(2012)や、『THE WITCH/魔女』(2018)、『THE WITCH/魔女 増殖』(2023)など韓国のノワールを手掛けてきたパク・フンジョン監督による新たなノワール。
主演を務めたのは、ドラマ『スタートアップ:夢の扉』(2020)や、『海街チャチャチャ』(2021)で国内外のファンを魅了してきたキム・ソンホ。本作が映画デビュー作となりました。
マルコ役を演じたのは、『THE WITCH/魔女』(2018)のキム・ダミや『THE WITCH/魔女 増殖』(2023)のシン・シアのように、オーデイションを勝ち抜き抜擢された新人のカン・テジュ。
映画『貴公子』のあらすじとネタバレ
フィリピンで病気の母と暮らすマルコ(カン・テジュ)は、“コピノ(韓国人とフィリピン人の間にできた子供をさす造語)”であり、地下格闘でお金を稼ぎながら父親の行方を探していました。
父親を探す理由は、病気の母親の治療費を払ってもらうためでした。しかし、お金に困っていたマルコは、知り合いに誘われ強盗に協力することを決意します。
言われた通りに店に侵入しようとするマルコの背後にフィリピン人の集団が現れ襲われます。マルコは知り合いに騙されたのでした。
必死に逃げるマルコでしたが、突如飛び出した車に轢かれてしまいます。車を運転していたのは韓国人の女性でした。
言われるまま病院で検査を受け、家に帰ったマルコの元に、コピノの支援の家からマルコの父が見つかったと連絡が入ります。
父は病気で来られないと言いやって来た代理人は、「至急韓国に向かう」と言い、今すぐに支度をするように言われます。
何も分からないまま同行するマルコでしたが、飛行機の中で見知らぬ男性(キム・ソンホ)に声をかけられます。
「誰だお前は?」と尋ねるマルコに、男性は不適な笑みを浮かべて「チング(友達)だ、君の最後の」と言います。
友達になった覚えはないと困惑するマルコに、なぜ君が韓国に行くのか、理由を教えてやろうとチングは言い、マルコの耳元に顔を近づけ「死にに行くのだよ」と言います。
マルコは驚いて変なことを言うやつだと思いますが、訳もわからず韓国に連れてこられたことに対する不安も募っていきます。
父の代理人だという弁護士らと車に乗り、郊外の森の中を走っていると、後ろから一台の車がやってきて隣に並びます。そしてその車に乗っていたのは飛行機であったチングでした。
驚くマルコにチングはしっかりシートベルトをするように合図し、窓からマルコの乗る車の運転手を銃撃します。操縦不能になった車はそのまま森に突っ込んで行きます。
衝撃で気を失っていたマルコは車から抜け出すと、他の人々が銃で撃たれているのを目にし自分も殺されると思い逃げ出します。
そんなマルコを車で追いかけるチング。執拗に追いかけられる理由も分からず困惑したままマルコは逃げ続けます。
チングを引き離し街中にやって来たマルコは、父の代理人の名刺にあった番号に電話をかけます。電話は女性につながり、マルコは殺されそうだと助けを求めます。
そんなマルコの元にまたしてもチングがやってきます。「俺はプロだから獲物を逃したことがないんだ」と不敵に笑いながらマルコを追いかけるチング。
今にも捕まりそうになったマルコは、隙を見てチングにパンチを入れ逃げ出します。そんなところに車に乗った女性が現れ、マルコを乗せます。
どこに向かうのが何が起きているのか分からないマルコの背後に、更に5台の車が追いかけてきます。女性は「面白くなってきたわね」と慣れた運転捌きで追っ手をまいていきます。
追っ手がいなくなり森の中に車を停めた女性は、混乱しているマルコに事情を説明します。マルコの父親は財閥の社長で大金持ちだと言います。しかし、心臓を悪くし病に伏しています。
意識の朦朧とした父親に後妻が遺言を書かせ、高校生の娘に全ての財産がいくようにしたというのです。そこで窮地になったのが前妻との子供である長男のハン(キム・ガンウ)です。
遺言を書き直させるためには、心臓の手術が必要で、マルコが呼ばれたのはそのためだったのです。父親と長男が必要としたのはマルコの心臓でした。
映画『貴公子』の感想と評価
『新しき世界』(2012)や、『THE WITCH/魔女』(2018)、『THE WITCH/魔女 増殖』(2023)のパク・フンジョン監督による新たなノワール映画『貴公子』。
「THE WITCH/魔女」シリーズに比べると本作はかなりスピーディな展開になっており、財閥一家の遺産争いに巻き込まれた青年というシンプルな構図で話が進んでいます。
しかし、そこに“貴公子”(チング)という謎の存在が介入することで、その存在がラストの種明かしに繋がっています。しかし、『THE WITCH/魔女』(2018)のような衝撃があるような種明かしではありません。
それでも観客を惹きつけるのは、キム・ソンホ演じる貴公子のキャラクターの魅力でしょう。飄々としたユーモラスさもありながら、その仕事ぶりは冷酷で狂気的な一面ものぞかせます。
パク・フンジョン監督の素晴らしさはキャラクターの魅せ方にあると言ってもいいでしょう。冒頭、手錠に繋がれた貴公子が、手錠を外しそこにいた人々を殺していく仕事っぷりから貴公子の残忍さを映し出します。
命乞いをしようと伸ばした手に対し、「血がつくじゃないか」と慌ててよけ、「これを買うためにどれだけ並んだかわかるか」と口にします。
そのような発言から飄々とした独特のユーモラスさも兼ね備えたキャラクターであることを観客に指し示します。それだけでなく、高級ブランドのものを身につけてはいますが、苦労したそれらを買ったと思わせる発言をしていることにも気づきます。
その後も貴公子は、マルコを追いかけるうちに車のミラーが取れたり、後妻側に雇われた人物に銃撃され車が蜂の巣になったりすると「新車なのに」と嘆きます。
ラストの種明かしで、貴公子もコピノであるということから、裕福な家庭で育ったわけではなく、苦労したことを窺わせます。
その事実を知って、貴公子の発言を思い返すと、ブランド品を買うために並んだりと庶民的な発言を繰り返していたことが、貴公子の素性につながる伏線であったことに気付かされるのです。
冒頭で血がつくことを嫌っていたはずの貴公子が、終盤の乱闘では返り血がつくことも気にせず手当たり次第に殺していく姿はまさに、貴公子の狂気的な一面が現れていると言えます。
その姿に「THE WITCH/魔女」シリーズで覚醒したキム・ダミやシン・シアの姿と重なるところがあると思った人もいるでしょう。
一方で、マルコは何も知らずに巻き込まれる存在で、実は覚醒するのはマルコなのではないか……と想像した人もいるかもしれません。
また、冒頭で格闘をしているシーンが映し出され、マルコも貴公子と共に共闘するのではないかと思った人もいるのではないでしょうか。
このように「THE WITCH/魔女」シリーズに近い展開を思わず期待してしまうような要素を散りばめつつも、また違った展開にしていくところも、本作の面白い要素です。
まとめ
友達“チング”と名乗る謎の男性との攻防戦を描いた映画『貴公子』の魅力はなんと言ってもキム・ソンホ演じる貴公子のキャラクターでしょう。
本作が映画デビューとなったキム・ソンホは、舞台を中心に活動し、2017年に『キム課長とソ理事~Bravo! Your Life~』でドラマデビューを果たしました。
その後、『スタートアップ:夢の扉』(2020)や、『海街チャチャチャ』(2021)などの作品を経てブレイクします。
そんなキム・ソンホが映画初出演で演じた役は、今まで演じてきた役とは違う残虐性とユーモアを兼ね備えた捉えどころのないキャラクターです。
背筋を伸ばした走り方や、何事にも動じない飄々とした姿などはコミカルですが、何を考えているのか分からない怖さも感じます。
『犯罪都市 THE ROUNDUP』(2022)のソン・ソックや、『オオカミ狩り』(2023)のソ・イングク、『非常宣言』(2023)のイム・シワンなど今まで演じてきた役とは全く違う悪人を演じるケースは多くあります。
しかし、キム・ソンホ演じる貴公子は悪人のようで悪人ではないダークヒーローのような側面を持っています。
マルコを翻弄しているものの、実は守っていたことや、財閥の長男から得たお金をコピノの支援の家に使うなど、死ぬ前に良いことをしたかったという貴公子の行動は正しいことではないにしろ、自分のためではない誰かのための行動であり、それによって救われた人もいるのです。
またコピノという設定や金にものを言わせて邪魔者を排除してきた財閥の姿など、本作の背景にはシリアスな部分もありますが、重たくなるのではなく軽妙さのある映画になっているのは、貴公子のキャラクター故でしょう。