《日本初の原子力潜水艦》は、“核ミサイル”とともに逃亡した──
1988~1996年に講談社の週間漫画誌『モーニング』で連載され、作者である漫画家・かわぐちかいじ自身が「実写化は無謀」と感じていた名作漫画をついに実写映画化した『沈黙の艦隊』。
秘密裏に建造された《日本初の原子力潜水艦》を巡って繰り広げられる戦闘と政争を描いた軍事サスペンスである本作は、Amazonスタジオが初めて製作した日本の劇場版映画となりました。
主演を務めた俳優・大沢たかおが「実写化するなら“今”しかない」という信念のもと、プロデューサーの一人としても企画実現に尽力した本作。
本記事では映画のネタバレあらすじ紹介のとともに、「“現在”を生きる人々により届き得る物語」を描くための設定改変・脚色、そして作中で描かれた「潜水艦乗りの孤独」と重なる「2020年代の孤独」などを考察・解説します。
CONTENTS
映画『沈黙の艦隊』の作品情報
【日本公開】
2023年(日本映画)
【原作】
かわぐちかいじ
【監督】
吉野耕平
【脚本】
高井光
【音楽】
池頼広
【主題歌】
Ado
【主題歌楽曲提供】
B’z
【キャスト】
大沢たかお、玉木宏、上戸彩、ユースケ・サンタマリア、中村倫也、中村蒼、松岡広大、前原滉、水川あさみ、岡本多緒、手塚とおる、酒向芳、笹野高史、アレクス・ポーノビッチ、リック・アムスバリー、橋爪功、夏川結衣、江口洋介
【作品概要】
1988~1996年に連載された漫画家・かわぐちかいじの名作漫画『沈黙の艦隊』を実写映画化。日米間で秘密裏に建造された《日本初の原子力潜水艦》を巡って繰り広げられる戦闘と政争を描いた本作は、Amazonスタジオが初めて製作した日本の劇場版映画となった。
超高性能原潜「シーバット」艦長・海江田四郎役には、プロデューサーの一人としても本作の企画実現に尽力した俳優・大沢たかお。また海江田と因縁のある海上自衛隊潜水艦「たつなみ」艦長・深町洋役を玉木宏が演じるほか、上戸彩、中村倫也、江口洋介らが出演。
映画『沈黙の艦隊』のあらすじとネタバレ
日本近海にて、海江田四郎が艦長を務める海上自衛隊の潜水艦「やまなみ」が、米軍の原子力潜水艦に衝突・沈没する事故が発生。沈没した「やまなみ」は米軍によって処理され、海江田を含む全乗員の殉職が公式発表されました。
しかし、現場付近で事故の“音声”を記録していた潜水艦「たつなみ」の艦長・深町洋は「やまなみ」の乗員の生存確認をしたのは米軍のみであり、類稀なる操艦の能力を持つ海江田がミスで艦を沈めるなどあり得ないと信じ、残された事故の音声を再度確認することに。
「たつなみ」のソナーマン・南波らとともに音声を精査してみると、そこにはノイズとともに事故発生直前に記録された“潜水艦のハッチが開けられた音”……「やまなみ」が事故直前に海上へ浮かび、乗員たちが艦から脱出した証拠が残されていました。
かつて深町は、当時海江田が艦長を務めていた潜水艦「ゆうなみ」に乗っていましたが、潜航中に起こった浸水事故の際に、破損が起こった現場である電機室に一人取り残された隊員・入江蒼士を亡くしていました。
そして、艦長の責務として一切の躊躇いなく「隊員の犠牲」を決断した海江田を信頼できなくなった深町は、今回の事故で自らの死を偽装した海江田は何かを目論んでいると予感。「艦を捨てた」という潜水艦乗りの誇りにも反した彼の“企み”を絶対に阻止すると考えていました。
その頃、日本政府の内閣官房長官・海原渉は防衛大臣・曽根崎と内閣総理大臣・竹下から、自身の父であり内閣官房参与として“影の総理”を務める海原大悟が進めてきた「シーバット」計画の存在について聞かされていました。
「シーバット」は“日本の防衛力強化”という名のもと日米が極秘裏に建造した《日本初の原子力潜水艦》であり、あくまでも所属は“米軍”とすることで「非核三原則」の枷も有耶無耶にしてしまう代物でした。
そして「シーバット」を操艦する者として選ばれた海江田と「やまなみ」の乗員たちは、米軍の協力により「やまなみ」の沈没事故を偽装。書類上“この世に存在しない人間”となることで、存在自体がトップシークレットである「シーバット」の正式な乗員となったのです。
後日。米海軍の大佐デビット・ライアンが同行する中で、海江田が艦長を務める「シーバット」の初の航海が行われます。順調に航海は進み、やがて米海軍の原潜「キーウェスト」との合流地点へと到着します。
しかし合流地点には「キーウェスト」の他に同じく米海軍の原潜「オクラホマシティ」「ナッシュビル」が密かに潜んでいると察知した海江田は、突如として音響魚雷の発射を命令。
米原潜たちのソナーを麻痺させ「音紋(潜水艦から発される複数の音を記録したデータ。艦の識別に使用される)」を記録されるのを妨害した後、そのまま暗い深海へと姿を消しました。
「シーバット」が米海軍の指揮から離れ逃亡した……米海軍の艦隊司令部、ホワイトハウス、そして首相官邸にも情報が届く中、渉は海江田の目的とともに、なぜ大悟たちがあくまでも“潜水艦”に過ぎない「シーバット」にこだわるのかに疑問を抱きます。
そして、「シーバット」は“核ミサイル”の搭載が可能な潜水艦であり、建造の真の目的は「日本の“核武装”」であると知った渉は、海江田たちとの交渉を提案しますが「話し合いには“力”が必要」と語る父・大悟に一蹴されました。
書類上では“米軍”の所属である原潜「シーバット」と日本政府の関与が発覚するのだけは避けたい大悟たちは、米海軍艦隊の攻撃を受ける前に「シーバット」を海上自衛隊の潜水艦で“捕獲”することを決定。
任務を命じられた深町は、ディーゼル動力である海上自衛隊の艦では原潜を追うことは困難であると理解しながらも「たつなみ」を出航。また米国のニコラス・ベネット大統領もシーバットの“撃沈”を命じ、米海軍・太平洋第7艦隊の全艦を出動させました。
一方、「シーバット」に乗る海江田は艦長室内にあるステレオで“ジュピター”ことモーツァルト「交響曲第41番」を流し、あえて「キーウェスト」を含む3隻の米原潜のソナーに艦の位置を感知させます。
そして「シーバット」の乗員の一人であり、亡き蒼士の弟・覚士にステレオの音量を下げさせながら艦を進めることで「キーウェスト」たちのソナーを撹乱。「キーウェスト」が気づいた時には、「シーバット」は“真横”に位置していました。
「キーウェスト」は後続の味方2隻に「シーバット」を攻撃させるベくその場を離れようとしますが、海江田は艦を旋回させて「キーウェスト」の艦尾にとりつくと、信管を抜いた不発弾の魚雷を発射。魚雷をスクリューに命中・破損された「キーウェスト」は航行不能に陥りました。
後続の2隻の米原潜も魚雷戦の準備を進めますが、急速潜航し再び姿を消す「シーバット」。また戦闘中、艦長室で軟禁されていたライアンは見張りも兼任していた覚士に襲いかかりましたが、あえなく乗員たちに拘束されていました。
しかしライアンの拘束を解かせた海江田は、「“捕虜”ではなく“補助役”として見届けてほしい」と伝えると「シーバット」をフィリピン沖に浮上させます。不発弾魚雷という“挑発”により集められた米海軍・太平洋第7艦隊にほぼ周囲を囲まれた中、海江田は通信回線を開きました。
映画『沈黙の艦隊』の感想と評価
“現在”を生きる人々により届き得る物語へ
本作を主演したほか、プロデューサーの一人としても企画実現に尽力した俳優・大沢たかお。その理由について、当時から不穏な空気が漂っていた世界情勢に「“今”この作品だ」という想いを抱き、撮影中に起こったロシアのウクライナ侵攻などの“現実”がその想いを裏打ちしたと語っています。
一方で「“核抑止”と“防衛”の本質」「日本の核武装」といったタブーに深く切り込んだ原作漫画は、日本国内で世論のほか官庁・国会にさえ影響を波及させるほどの社会現象を巻き起こした作品として知られていますが、同作の連載期間は1988~1996年であり、約30年前の世界を物語の舞台としています。
そのため、大沢たかお自身も「原作が描かれた30年前と今では、人々の価値観や感覚がすごく変わってきた」と語っている通り、漫画『沈黙の艦隊』の実写映画化した本作では「“2020年代の世界”という現在を生きる人々により届き得る物語」を描く設定改変・脚色が行われています。
たとえば、深町が艦長を務める潜水艦「たつなみ」の副長・速水が原作とは異なる“女性”として描かれているのも、速水役の水川あさみや原作者・かわぐちかいじが言及しているように、漫画の連載当時に比べて女性の自衛隊員/艦隊員がより増え、第一線で活躍しているという“現在”に即した描写といえます。
潜水艦乗りの孤独と重なる“2020年代の孤独”
また映画では、潜水艦の艦隊員たちが必ず味わうことになる「数ヶ月間にわたって、死がいつ訪れても不思議ではない、家族や友人・恋人とも連絡できない、どこまでも地上と隔絶された海中/潜水艦内で生活する」という想像を絶する孤独も描かれています。
内閣総理大臣・竹下は「想像するだけで息が詰まるね」と作中では発言していますが、“2020年代の世界”という現在を生きてきた人々にとって、その孤独は決して心当たりのないものではないはずです。
2020年以降の新型コロナウイルスの流行による緊急事態宣言と、その後長く続いた他者との接触を“自粛”させられた社会……。
特に単身世帯の人間にとって、他者と直接会う機会を失い、自分以外誰もいない自室でウイルスという目に見えない“死”を恐れながら過ごした時間は、それまで経験したことのない“想像を絶する孤独”であったはずです。
孤独に苛まれる中で、自らの命を傷つけてしまった者がいた一方で、孤独を強いる社会や政治に対し不信感や憤りを抱いた者もいた。また自粛の日々が明けた後も、ソナーを使わない限り潜水艦は海中という暗闇で他者の居場所を見失うように、人々は他者との物理的・精神的な“距離”の在り方に迷ってしまった……。
そうした2020年代の世界を生きる人々が直面した“状況”は、映画作中で描かれた潜水艦の艦隊員たちの“孤独”の苦悩とどこか重なります。
大沢たかおが「“今”この作品だ」という想いから企画実現に尽力した映画『沈黙の艦隊』。そこには、原作漫画が連載された約30年前から変わらない「戦争が絶えることのない世界」という状況だけでなく「ウイルス流行により全ての人々が死と孤独に直面させられた後の世界」という状況も描いていると捉えられるのです。
まとめ/続編は“前後編”か“3部作”か
映画ラストで海江田が口にした、曰く「まず動かなくてはならない国」である日本との“軍事同盟”の交渉とは、果たしてその同盟はどのような内容なのか。そして米国が「やまと」への対応と並行して極秘裏に進める“リヴァイアサン・プロジェクト”の全貌とは……。
多くの謎を残したまま、明確に「続編の製作」を予期させる形で幕を閉じた映画『沈黙の艦隊』ですが、そのシリーズ展開は本作を含めた“前後編”なのか、それとも“3部作”となるのかも気になるところでしょう。
「“2020年代の世界”という現在を生きる人々により届き得る物語」として、実写映画版シリーズは原作漫画の物語をどう描き、どう発展させていくのか。さらなる期待が高まります。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。