連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第158回
今回ご紹介する『ナチスに仕掛けたチェスゲーム』は、自らの命をかけてナチスに抗議したオーストリアの作家シュテファン・ツバイクの世界的ベストセラーを映画化したものです。
『帰ってきたヒトラー』(2015)のオリバー・マスッチが主演を務め、『ゲーテの恋 君に捧ぐ「若きウェルテルの悩み」』(2010)のフィリップ・シュテルツェル監督が取りまとめました。
ナチス政権が勢力を拡大していた頃、ウィーンで1人の公証人が、秘密国家警察<ゲシュタポ>に突然拉致されます。彼が管理するオーストリアの貴族たちの資産の銀行番号を教えろというのです。交渉人は断固拒否し、ホテルの一室に監禁されてしまいます。話す相手も娯楽も何も与えられない彼を支えたのは、1冊のチェスの本でした。
狂気に押しつぶされそうになりながらも、チェスの本を解読する主人公。さて、彼はどうやって監禁生活から脱出するのでしょうか。
スリルに満ちた展開に我を忘れるヒューマンサスペンス『ナチスに仕掛けたチェスゲーム』は、2023年7月21日(金)シネマート新宿他全国順次ロードショーです。
映画『ナチスに仕掛けたチェスゲーム』の作品情報
【日本公開】
2023年(ドイツ映画)
【監督】
フィリップ・シュテルツェル
【原案】
シュテファン・ツヴァイク(「チェスの話」)
【出演】
オリヴァー・マスッチ、アルブレヒト・シュッへ、ビルギット・ミニヒマイアー
【作品概要】
『ナチスに仕掛けたチェスゲーム』は、世界的ベストセラーとなったシュテファン・ツヴァイクの傑作小説『チェスの話』を原案とした、驚愕のサスペンスです。
監督は、木村拓哉が出演した話題の海外ドラマ『THE SWARM』(Hulu独占配信)で共同監督をつとめたフィリップ・シュテルツェルが務め、『帰ってきたヒトラー』(2015)のオリヴァー・マスッチが主演。
ヒトラーの命令で動くナチスに監禁された公証人が、1冊のチェス本を武器にナチスとの心理戦に挑みます。
映画『ナチスに仕掛けたチェスゲーム』のあらすじ
ロッテルダム港を出発し、アメリカへと向かう豪華客船に、久しぶりに再会した妻と乗り込むヨーゼフ(オリヴァー・マスッチ)の姿がありました。
ヨーゼフは過去を思います。かつてウィーンで公証人を務めていたヨーゼフは、ある夜、妻のアナ(ビルギット・ミニヒマイアー)とダンスをしながら優雅なひとときを過ごしていました。
ところが状況は一転。彼は秘密国家警察<ゲシュタポ>に突然拉致されてしまいます。
ゲシュタポのフランツ=ヨーゼフ・ベーム(アルブレヒト・シュッヘ)から、「あなたが管理してる貴族の資産を渡しなさい。資産の預金番号を教えなさい」と迫られます。
「なんの話だかわからない」とヨーゼフがしらを切ると、そのまま“特別処理室”と名付けられたホテルの一室へと、監禁されてしまいました。
その後、家具とバス・トイレ以外何もない一室で精神的な拷問を受け、ヨーゼフは衰退し、錯乱し始めます。ですが、一冊のチェスの本を手に入れてから、チェスの世界へとのめり込んでいきました。
そして今、ヨーゼフは船上にいます。船内ではチェスの大会が開かれ、世界王者が船の乗客全員と戦っていました。
王者と対局する船のオーナーにアドバイスを与え、引き分けまで持ち込んだヨーゼフは、彼から王者との一騎打ちを依頼されます。
ヨーゼフがチェスに強いのは悲しい過去のせいです。王者との白熱の試合の行方と共に、ヨーゼフが胸の奥底に隠していた衝撃の真実が明かされます。
映画『ナチスに仕掛けたチェスゲーム』の感想と評価
本作の背景には、ヒトラー率いるドイツがオーストリアを併合したことがあります。オーストリア貴族たちの財産は、オーストリアを治めるドイツのものだという、ドイツの秘密国家警察の横暴ぶりが、ヨーゼフには許せません。
ごく普通の一般公証人でありながら、ヨーゼフはヒトラーの命令を実行する秘密国家警察に背きます。その報いとして、一流ホテルの一室での監禁生活を送ることになったのです。
音楽、ダンス、読書、そして人との会話が大好きなヨーゼフが、自由と娯楽を取り上げられました。彼は自分の足音しか聞こえない静寂と語り掛けても言葉を返さない監視員たちに、次第にイラついてきます。
そんな頃、活字に飢えていたヨーゼフは、ひょんなことから1冊のチェスの本を手に入れました。
何もすることがないヨーゼフは本をむさぼるように読み、チェスに取りつかれていきました。しまいには、身近にある素材を使ってチェスのコマと盤上を作り、監視の目を盗んで一人チェスを始めました。
ナチスがヨーゼフに与えた、ホテルでのほったらかし状態の監禁生活は、確実にヨーゼフの精神を痛めつけていました。拷問には、身体を痛めつけるだけでなく、精神的苦痛を与える方法もあると思い知ることでしょう。
そんなヨーゼフがやっと見つけた心の拠り所がチェスです。
チェスを知らなかったヨーゼフですが、瞬く間にチェスの腕を上げていきます。それとともに、彼の死んだような目も、焦点があった生き生きとしたものになっていくのに気が付くことでしょう。
どんな苦境に陥っても、何か一つ心の拠り所となるものがあれば、生きる希望にもつながるものだと実感します。そしてその希望がヨーゼフの「何ものにも屈したくない」気持ちを後押しし、ナチスとの心理戦に挑んで行けたと言えます。
まとめ
1冊のチェスの本を武器に、ナチスとの心理戦に挑む驚愕のサスペンス『ナチスに仕掛けたチェスゲーム』をご紹介しました。
『帰ってきたヒトラー』(2015)で、主役のヒトラーを演じたオリヴァー・マスッチが、本作では逆にナチスから監禁を強いられる公証人を演じています。
その迫真の表現力で、観る人は、夢と現実の世界の境界線がなくなっていく主人公の恐怖と絶望感がひしひしと胸を打ち、独裁勢力への怒りがわいてくるに違いありません。
監禁生活でチェスと出合ったヨーゼフですが、この出合いがどんな結末をヨーゼフに与えるのでしょうか。追い詰められた主人公の発狂寸前の鬼気迫る様子の演技もお見逃しなく。
『ナチスに仕掛けたチェスゲーム』は、2023年7月21日(金)シネマート新宿他全国順次ロードショー。
星野しげみプロフィール
滋賀県出身の元陸上自衛官。現役時代にはイベントPRなど広報の仕事に携わる。退職後、専業主婦を経て以前から好きだった「書くこと」を追求。2020年よりCinemarcheでの記事執筆・編集業を開始し現在に至る。
時間を見つけて勤しむ読書は年間100冊前後。好きな小説が映画化されるとすぐに観に行き、映像となった活字の世界を楽しむ。