連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第146回
門井慶喜が第158回直木賞を受賞した小説『銀河鉄道の父』を映画化した映画『銀河鉄道の父』は2023年5月5日(金・祝)より全国公開。
仏教信仰と農民生活に根ざした創作を行った童話作家にして詩人・宮沢賢治の“父親”にスポットライトをあて、賢治を中心とする家族愛を綴ったヒューマンドラマです。
監督は、『グッドバイ』(2020)、『いのちの停車場』(2021)などの成島出。宮沢賢治の父・宮沢政次郎を役所広司、宮沢賢治を菅田将暉が演じています。
映画公開に先駆けて『銀河鉄道の父』をご紹介します。
映画『銀河鉄道の父』の作品情報
【日本公開】
2023年(日本映画)
【監督】
成島出
【原作】
門井慶喜『銀河鉄道の父』(講談社文庫)
【脚本】
坂口理子
【音楽】
海田庄吾
【キャスト】
役所広司、菅田将暉、森七菜、豊田裕大、坂井真紀、田中泯
【作品概要】
直木賞作家・門井慶喜の小説『銀河鉄道の父』を映画化した本作を手がけたのは、『八日目の蟬』(2011)、『グッドバイ』(2020)、『いのちの停車場』(2021)などの成島出監督。
宮沢賢治の父親に扮するのは、実力派の役所広司。宮沢賢治には菅田将暉が扮し、髪を刈り上げて役に徹しました。また賢治の母を坂井真紀、賢治の理解者であった妹トシを森七菜、厳格な賢治の祖父を田中泯がそれぞれ演じています。
時代にあったセットや衣装もそろえ、宮沢賢治とその父親との確執も親子愛も究極に描き出したヒューマンドラマです。
映画『銀河鉄道の父』のあらすじ
明治29年。岩手県で質屋を営む裕福な宮沢政次郎(役所広司)に長男が生まれました。
出張先でその吉報を受け取った政次郎は、「跡取りが生まれた」と喜び勇んで帰宅。商売一筋で厳格な政次郎の父・喜助(田中泯)はその赤ん坊に「賢治」と名付けました。
こうして、大きな質屋の長男として生まれた賢治(菅田将暉)は、質屋の跡取り息子として大事に育てられることに……。
けれども、賢治は中学生になると質屋という家業を「弱い者いじめだ」と断固として拒み、学校を卒業すると農業や人造宝石に夢中になり、父・政次郎と母・イチを振り回します。挙句の果てに、宗教に身を捧げると東京へ家出してしまいました。
家業を継いで欲しいと願い、厳格な父親であろうと努める政次郎ですが、賢治のためならと、つい甘やかしてしまいます。
そんな中、賢治の一番の理解者である妹のトシ(森七菜)が、不治の病とされていた結核に罹ってしまいます。
賢治は自分の書く物語が好きだと言ったトシを励ますために、一心不乱に物語を書き続け、病床のトシに読み聞かせました。けれども、願いは叶わず、みぞれの降る日にトシは旅立ってしまいます。
「トシがいなければ何も書けない」と慟哭する賢治に、「私が宮沢賢治の一番の読者になる!」と再び筆を執らせたのは、家業を継ぐ・継がないで長らく確執のあったはずの政次郎でした。
「物語は自分の子どもだ」と打ち明ける賢治に、「それなら、お父さんの孫だ。大好きで当たり前だ」と励ます政次郎。
けれども、ようやく自分の進むべき道を見つけた賢治に、トシと同じ運命が降りかかります。
映画『銀河鉄道の父』の感想と評価
原作小説との違いは?
詩集『春と修羅』や『注文の多い料理店』『風の又三郎』『銀河鉄道の夜』の童話群など、今もなお唯一無二の詩や物語で世界中から愛されている宮沢賢治。ですが生前の彼は、無名の作家のままで、37歳という若さで亡くなったことでも知られています。
映画『銀河鉄道の父』は、宮沢賢治の生涯を見つめてきた実父にスポットを当てた門井慶喜の小説『銀河鉄道の父』を映像化したものです。
宮沢賢治の一生を実父目線で捉えていますので、ほとんど原作との違いはありません。けれども、優等生のイメージが強い宮沢賢治の意外な一面が鮮明に描かれた原作に比べ、映画ではそのダメ息子ぶりが緩和されていました。
その一方で大きくクローズアップされたのは、なりふり構わずに息子賢治への愛を吐露する父・政次郎の姿と、「今の自分がやりたいことは絶対にやる」という賢治の意志の強さです。
「家業を継げ」「いや、継がない」と2人が喧嘩する場面は何度も登場し、そこには親子の確執と親子ならではの愛が、小説よりもよりリアルに映しだされています。
賢治を囲む家族愛
宮沢賢治の父・政次郎に扮するのは、ベテランの役所広司です。厳格な父であろうと努力を惜しみませんが、実はとんでもなく子煩悩な明治人。どこか滑稽ないかつい質屋のオヤジさんを、ユーモラスに演じています。
そんな政次郎の愛すべき息子の賢治は、菅田将暉が演じています。
当時無名で自分の進むべき道を探して葛藤する賢治。意志表示でき、それを実行に移せる行動力も持ち合わせた賢治は、人の役に立ちたいという優しい気持ちを持ち合わせていました。賢治の胸の内を、丸刈りになった菅田将暉が見事に演じ切っています。
そして忘れてならない、もう1人の重要な人物の賢治の妹・トシ。聡明なトシは、賢治の将来について何かと対立する父と兄の間に立ち、賢治の創作意欲を応援します。演じるのは森七菜で、彼女の芯の強さがにじみ出る爽やかな笑顔がひかります。
ほかにも、質屋稼業を立ち上げて成功させた賢治の祖父・喜助を演じた田中泯や、政次郎の背後からいつも優しい微笑みで子どもたちを全力で支える賢治の母・イチ役の坂井真紀なども好演。
厳しくもあり、反面心底子どものことを思って叱り飛ばす賢治の父や祖父。
そんな家族の心を象徴するかのように、映画の中では夜になると灯すランプの明かりが、子どもを見守る温かな家族愛そのままに辺りを照らし出して、幻想的な宮沢賢治ワールドを演出していました。
そして本作には、家族の不幸も乗り越え、家族目線で見る不肖の跡取り息子・賢治への温かな愛が、あちこちにちりばめられています。
まとめ
成島出監督の映画『銀河鉄道の父』をご紹介しました。
原作同様、実父目線でみた宮沢賢治のもう一面に驚く本作ですが、厳格な父であろうと努力する宮沢賢治の父・政次郎にいつの間にか親しみが持てることでしょう。
祖父の政次郎に対する「おまえは父親すぎる」という言葉が、政次郎の立ち位置を物語っていると言えます。
賢治に対して、政次郎は「父親すぎる父」としてどう接していったのでしょう。
演じる役所広司と菅田将暉の対峙をお楽しみに。
映画『銀河鉄道の父』は2023年5月5日(金・祝)より全国公開。
星野しげみプロフィール
滋賀県出身の元陸上自衛官。現役時代にはイベントPRなど広報の仕事に携わる。退職後、専業主婦を経て以前から好きだった「書くこと」を追求。2020年よりCinemarcheでの記事執筆・編集業を開始し現在に至る。
時間を見つけて勤しむ読書は年間100冊前後。好きな小説が映画化されるとすぐに観に行き、映像となった活字の世界を楽しむ。