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Entry 2019/04/03
Update

ドキュメンタリー映画『蹴る』あらすじと感想。電動車椅子サッカーから捉えた障がい者の生|シニンは映画に生かされて1

  • Writer :
  • 河合のび

連載コラム『シニンは映画に生かされて』第1回

初めまして。このたび、Cinemarcheでの映画コラムの執筆の機会をいただいた、河合のびと申します。

無名中の無名ではありますが、詩人、すなわちシニンをしております。

そして、本サイトの様々な記事を読まれている多くの映画ファンの方々と同じく、映画に生かされている者でもあります。

本連載では公開直前、或いは直後の新作から不朽の名作まで、様々な作品をご紹介していきます。

第1回目に紹介する作品は、電動車椅子サッカーの世界を映し出した中村和彦監督のドキュメンタリー映画『蹴る』。

重度の障がいを抱えながらもワールドカップ出場に全力で挑む選手たちを、6年以上におよび撮影した長編ドキュメンタリー映画です。

【連載コラム】『シニンは映画に生かされて』記事一覧はこちら

映画『蹴る』の作品情報


(C)「蹴る」製作委員会

【日本公開】
2019年(日本映画)

【監督】
中村和彦

【キャスト】
永岡真理、東武範、北沢洋平、吉沢祐輔、竹田敦史、三上勇輝、有田正行、飯島洸洋、内橋翠、内海恭平、塩入新也、北澤豪

【作品概要】
電動車椅子サッカーで活躍する選手たちが、ワールドカップ出場を目指して全てを懸ける様を、障がい者としての決して楽ではない日常や恋愛事情と共に描く長編ドキュメンタリー映画です。

監督は『プライド in ブルー』(2007)『アイコンタクト』(2010)など、障がい者スポーツを題材としたドキュメンタリー映画を手がけてきた中村和彦。

キャストには、本作の中心的人物である永岡真里選手と東武範選手をはじめ、多くの電動車椅子サッカー選手が出演。

またかつてJリーグで活躍した元プロサッカー選手にして、現在は日本サッカー協会理事、日本障がい者サッカー連盟会長を務める北澤豪も出演しています。

文部科学省特別選定作品(少年向き/青年向き/成人向き)。

映画『蹴る』のあらすじ


(C)「蹴る」製作委員会

本作は、日本国内においてトップクラスの電動車椅子サッカー選手である永岡真里選手、東武範選手の二人を中心に、2017年アメリカで開催されるワールドカップ出場に向けて全力を注いでいく選手たちの姿を映し出していきます。

難病であるSMA(脊髄性筋萎縮症)によって、生まれてから一度も歩いたことはないものの、電動車椅子、そして電動車椅子サッカーと出会ったことで、多くの国内大会でMVPを獲得する程のトップクラスの選手として活躍するようになった横浜クラッカーズ所属の永岡真里選手。

映画の冒頭、彼女はある試合中に起きた転倒事故によって、救急車に運ばれてしまいます。

しかし病院で診察を終えると再び会場へ戻り、何事もなかったかのように試合に復帰します。

その後、2013年1月、永岡選手はオーストラリアで開催された国際大会で日本代表に選出されました。

彼女は女子選手としては初の日本代表選手として公式戦に出場し、チーム自体も優勝という好成績を残しました。

しかしながら、試合後の永岡選手は自らが思い描いたように動くことができなかったと話し、このままではワールドカップ出場は難しいと考えていました。

競技用に特化された新たな電動車椅子を手に入れ、選手としての在り方に苦悩しながらも、彼女は以前よりも更に電動車椅子サッカーに打ち込むようになってゆきます。

一方、ナンチェスター・ユナイテッド鹿児島に所属する東武範選手もまた、電動車椅子サッカーのトップクラス選手であり、同じくワールドカップ出場を目指す選手の一人でした。

彼は筋ジストロフィーを患っており、呼吸器をつけてプレーしています。

幼少の頃は何とか自分の足で歩けていたものの、小学校5年生の頃から車椅子を用い始め、その後、手動の車椅子を漕ぐことが困難になったことで電動車椅子を用いるようになりました。

そんな東選手の目下の悩みは、食事でした。

裏漉しなどで食べやすいようにはしているものの、それでも食事は彼にとって大きな苦痛であり、恋人との関係を破局する原因となる程の大きな問題となっていました。

東選手はワールドカップに出場するためにも、食事の問題を解決しようと試みます。

それは、大きな決断を要するものでした。

映画『蹴る』の感想と評価

「命のぶつかり合い」を魅せる選手たち


(C)「蹴る」製作委員会

本作の冒頭において、永岡選手が出場している電動車椅子サッカーの試合風景が映し出されます。

まず、その激しさと危険さに、戦慄を覚えました。相手からボールを奪おうと、選手の乗る電動車椅子は衝突を繰り返します。

車椅子のフレーム同士がぶつかり合い、鈍い金属音が響き渡るコート上。どれぐらいの勢いで衝突すれば、あれ程の音が出るのでしょうか。

また試合中、永岡選手が電動車椅子と共に転倒した瞬間には、誰もが「危ない!」と叫びそうになるでしょう。

サッカー競技用に設計されているとはいえ、手動車椅子よりも遥かに重量のある電動車椅子。転倒の仕方が悪ければ、死にも直結します。

転倒後、意識を失い、救急車に搬送されていった彼女の様子を見れば、それは決して大袈裟でないことは明白です。

しかし、電動車椅子サッカーの試合風景にあるのは、激しさと危険から生じる戦慄だけではありません。

コート内を縦横無尽に走り抜け、目まぐるしく旋回する車椅子。

そしてそれを駆る、選手たちの情熱に満ち溢れた表情。

そこには、「命のぶつかり合い」と言える電動車椅子サッカーの美しさ、そこから生じる確かな感動があります。

電動車椅子サッカーとは


(C)「蹴る」製作委員会

電動車椅子サッカーとは、電動車椅子に乗った選手が4対4のチームに分かれ、車椅子の操作によるドリブル・パス・シュートを駆使してボールを運び、ゴール数を争うスポーツのことです。

その多くの選手が、映画『蹴る』の中でも描かれているように、SMAや筋ジストロフィー、脳性麻痺、脊髄損傷などが原因で、自立歩行が不可能がだったりと重い障がいを抱えています。

国際大会では障がいの程度によるクラス分けがあり、姿勢の保持や視野の確保、運転技能などを主な判断基準とし、PF1(重度)とPF2(中程度)に区分されれます。

本作に出演した永岡選手・東選手のようなSMAや筋ジストロフィー(重度)の選手は、PF1に区分されることが殆どで、それらと比較的すれば障がいの程度が軽いとされる脳性麻痺の選手などは、PF2に区分される場合が多いとのことです。

ふたつの現実の壁を取り払う


(C)「蹴る」製作委員会

本作は、過酷さと美しさをあわせ持つ電動車椅子サッカーの風景や、そこで活躍する選手たちの勇姿のみを描いているわけではありません。

電動車椅子サッカーは、障がい者スポーツとされています。だからこそ、試合や練習の合間に訪れる、障がい者としての現実をも、カメラは捉えようとします。

選手であると同時に障がい者でもある電動車椅子サッカー選手たちは、選手としての自分、障害者としての自分と向き合います。

永岡選手と北沢洋平の交際、東選手と健常者である恋人の破局、既婚者である有田正行選手といった、出演者たち恋愛・結婚事情もその一部として映し出されます。

また、選手としての現実にも、障がい者としての現実がのしかかります。

ワールドカップに向けての大会合宿が行われる場面において、飯島洸洋選手は国際大会でも活躍し得る程の実力を持ちながらも、肺が気圧変化に耐えられず、飛行機での移動ができないために合宿への参加、大会への出場を断念します。

それは、アメリカで開催されるワールドカップの出場も不可能であることも示唆しています。

障がいがあるために、出場ができない。しかし、障がいがなかったら、電動車椅子サッカーの選手になることもなかった。

その解決しようがないジレンマに、飯島選手はどれ程のやり切れなさを感じたのでしょうか。

そしてこのジレンマは、飯島選手のものだけではありません。

本作に主演した電動車椅子サッカー選手の誰もが、抱えているものなのです。

けれども、それでも、選手たちは電動車椅子サッカーというスポーツを、闘いを、継続します。

何故なのか。その問いに対し、中村監督は「多くの選手にとって“電動車椅子サッカーは生きることそのもの”だ」と答えます。

障がい者としての現実。電動車椅子サッカーとしての現実。それは境界線という壁を隔てて捉えるべきものではなかったのです。

選手たちにとっては同じ現実であり、懸命に生きていかなくてはならない現実なのです。

他者、特に健常者からは「二つの現実」と認識されてしまう現実を、選手たちがそう認識しているように、同じ現実として、捉えようとする。

だからこそ、映画『蹴る』は選手たちの障がい者として日常風景や恋愛・結婚事情までも映し出したのです。

中村和彦監督とは

第31回東京国際映画祭のレッドカーペット公式インタビュー『蹴る』

監督を務めた中村和彦は、ドイツで開催されたINAS-FID(国際知的障がい者スポーツ連盟)サッカー選手権を撮ったドキュメンタリー映画『プライド in ブルー』、台北で開催された第21回デフリンピック(聴覚障がい者のためのオリンピック)に当時初出場した、ろう者サッカー女子日本代表を撮ったドキュメンタリー映画『アイ・コンタクト』と、障がい者スポーツを題材としたドキュメンタリー映画をこれまでに製作してきました。

中村監督は2011年、「なでしこジャパン」がFIFA女子ワールドカップが優勝したその前日に永岡選手と出会い、一人のアスリートとして激しく闘う彼女の姿に「一目惚れ」したそうです。

そして永岡選手と、彼女が活躍する電動車椅子サッカーを題材に、映画を制作することを決意したのです。

撮影には6年以上の時間を費やし、予算面などから一時は完成が困難な状況に陥りながらも、製作委員会の一員であるらくだスタジオの協力、文化庁の助成金も得て製作を続行。

ついに長編ドキュメンタリー映画『蹴る』は辿り着き、公開へと至ったのです。

まとめ


(C)「蹴る」製作委員会

中村監督は映画『蹴る』について、「選手たちの想い、生きざま、生きている証(あかし)を映像に刻み込みたいと思った」と語ります。

だからこそ、電動車椅子サッカーの壮絶さと美しさ、そしてそこで闘う選手たちの、様々な苦痛を内包した、しかし「生きがい」を見出すことのできる現実を、ワールドカップ開催までという期限がある中で時間の許す限り捉えようとしたのです。

本作を観れば、障がい者の生きる現実への認識、そして自分自身の生きる現実への認識が変わるのは確実です。

映画『蹴る』は、3月23日(土)より、ポレポレ東中野を皮切りに全国順次公開中です。

次回の『シニンは映画に生かされて』は…


(C)2018yukajino

次回の『シニンは映画に生かされて』は、2019年4月13日(土)より公開される、楫野裕監督の映画『阿吽』をご紹介します。

もう少しだけ映画に生かされたいと感じている方は、ぜひお待ち下さい。

【連載コラム】『シニンは映画に生かされて』記事一覧はこちら

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