「ただいま」と帰る場所から、
「行ってきます」と前に進むこと。
舞台は、宮城県気仙沼市唐桑半島鮪立(しびたち)。この小さな漁村にも津波が押し寄せます。2011年3月11日、東日本大震災。町は壊滅。この地域だけで約100人の犠牲者がでました。
当初、ボランティアにやってきた学生たちに拠点として自宅を開放した菅野和享さん、一代さん夫妻。学生たちはその家を親しみを込め「つなかん」と呼びました。「鮪(tuna)」と「菅」を合わせた愛称です。
カキ養殖業の再開、学生ボランティアたちとの交流、若者の移住、復興途中での海難事故、民宿経営、コロナ禍。
度重なる困難の中で、救いになるものとは。それでも生きていく意味とは。このドキュメンタリーには、被災地に限らず誰もが経験するであろう苦しみからの「心の復興」が描かれていました。
「つなかん」で積み重ねられる年月を10年以上にわたり記録したドキュメンタリー映画『ただいま、つなかん』。2023年2月24日(金)より宮城・フォーラム仙台で、2月25日(土)より東京・ポレポレ東中野にて劇場公開、その後全国順次公開予定です。
映画『ただいま、つなかん』の作品情報
【日本公開】
2023年(日本映画)
【監督】
風間研一
【作品概要】
宮城県気仙沼市唐桑にある民宿「唐桑御殿つなかん」の女将・菅野一代さんと、東日本大震災で学生ボランティアとして唐桑を訪れた若者たちが、ともに歩んできた10年を記録したドキュメンタリー映画。
監督は、ディレクター・プロデューサーとして自社制作番組などに携わっている風間研一。本作が初監督となった風間監督は、震災に関する特集企画を通して一代さんと出会って以来、何度も唐桑に通い交流を深めてきました。「つなかん」に「ただいま」と帰るひとりでもあります。
ストーリーテラーには、菅野夫妻とも交流があり、2013年には気仙沼の港にカフェ「K-port」をオープン、現在でも復興支援に通い続ける渡辺謙が担当しています。
劇中音楽は、気仙沼出身のジャズピアニスト・岡本優子が今作のために書き下ろしました。
その他にも、震災直後から「つなかん」を支えてきたひとりで、一代さんの心強いアドバイザーでもある糸井重里、震災後「つなかん」を何かと気にかけ、番組で紹介したりイベントに顔を出してくれたりするお笑い芸人サンドウィッチマンの伊達みきおなど、気仙沼にゆかりの深い人々が登場します。
映画『ただいま、つなかん』のあらすじ
宮城県気仙沼市唐桑半島鮪立(しびたち)は、小さな漁村ではあるものの、海からの豊かな恵みを受け栄えていました。入母屋造の大きな家、唐桑御殿が建ち並びます。
そんな唐桑で100年以上続く牡蠣の養殖業を営む菅野和享さんのもとへ、岩手県久慈市から嫁いできた一代さん。
普段は無口な和享さんの作業ガッパ姿に惚れこみ結婚してから早25年。3人の子供にも恵まれ、牡蠣の早剥きも得意となりました。
時は2011年3月11日、東日本大震災。唐桑にも大津波が押し寄せました。町は壊滅。菅野邸はなんとか原型はとどめたものの、3階まで浸水し、床や壁は泥まみれ、天井も剥がれ落ちていました。
それでも菅野夫妻は「誰かの役に立てるのであれば」と、家を補修し学生ボランティアの拠点として開放します。半年間で延べ500人のボランティアを受け入れることになります。
温かく見守り技術を教えてくれる和享さんと、いつでも笑顔で明るく迎えてくれる一代さんの人柄で、学生ボランティアたちはこの家を「つなかん」と呼び、何度も訪れるようなります。
菅野夫妻は、牡蠣の養殖を再開。一度は壊してしまおうと考えていた家を、改修工事を行い民宿「唐桑御殿つなかん」として蘇らせました。
「皆がいつでも“ただいま”って帰ってこられるように」。一代さんには、助けてくれたたくさんの人たちと離れたくない、これからもともに生きていきたいという想いが強くありました。
その想いに応えるかのように、元ボランティアの若者たちが移住をするようになります。彼らは、外からの目線で唐桑の良さを再認識させてくれました。
海だけでなく森を育てたり、漁師のための朝食堂をオープンさせたり、移住者支援にも乗り出します。彼らは、地域に根差し一緒に生活することで本当の支援とは何かを追求しています。
2016年夏。「つなかん」にかつての学生ボランティアたちが一同に会しました。「ここがあるから、離れていても頑張れる」。皆の想いはひとつです。
明るい未来を願う矢先、突然の海難事故が発生。そして、深い悲しみの中でやってくる新型コロナウイルスの脅威。民宿存続の危機。思いもよらない災難が次々と襲い掛かります。
「ここにきて、これって何!?」無理に明るく振る舞う一代さんでしたが、以前のように海を見ることも、町の外へ出ることもありませんでした。
2021年3月11日、東日本大震災から10年。震災当時から「つなかん」に通い続ける糸井重里が、その日一代さんに会いにやってきます。
一代さんの心に変化が現れます。そして行動することは、未来に向けての大きな一歩となりました。
映画『ただいま、つなかん』の感想と評価
宮城県気仙沼市、三陸海岸の入り江に佇む民宿「唐桑御殿つなかん」の女将・一代さんと、東日本大震災で学生ボランティアとして訪れた若者たちとの10年間の歩みを記録したドキュメンタリー映画『ただいま、つなかん』。
そこには、震災から10年を通して紡がれてきた人と人との絆が描かれていました。多くの犠牲を払い、二度と経験したくない震災ですが、一生ものの宝を残してくれたのかもしれません。
震災で仕事道具の一切を失い、家も浸水し住めなくなった菅野夫妻。それでも、やって来てくれる学生ボランティアたちのために「何か役に立ちたい」と、家を補修し拠点となるよう解放しました。
被災したばかりの混乱の中で、学生ボランティアを明るく迎い入れ、自分の子どものように接する一代さんの姿に立派な人柄を感じます。
学生ボランティアたちは、復興作業とは思えないほど笑顔で「またここに戻ってくる」と口を揃えて言います。いつしか菅野夫妻と若者たちは、共に働き共に励まし合う仲間となっていました。
カキの養殖業に必要な道具は、広島のライバル会社が譲ってくれました。家を修復し、始めた民宿「唐桑御殿つなかん」には、菅野夫妻に会いに元ボランティアの人たちをはじめ、多くの人が訪れるようになります。
年代も性別も、住んでいる場所も関係なく、人と人とは助け合うことができる。地域に根差しそこから未来を創造しようと唐桑に移住する若者も増えました。
そんな中、予期せぬ不幸が訪れます。海難事故です。「自分が息をしているのも嫌」という程、一代さんは深い悲しみの底に。そして度重なるコロナ禍。
「ここにきてこれ!?」本当に人生とは何が起こるかわからない。時に何で生きているのか分からなくなるほど、ひどく残酷です。
度重なる困難の中、一代さんにとって救いになったのは、かつて震災の時、一緒になって復興を頑張った仲間たちのとの絆でした。諦めず側に寄り添ってくれました。
そして、「つなかん」からほぼ外に出掛けることがなくなっていた一代さんが、今後は自ら外へ出て、会いたい人に会いに行くという決心をします。大きな変化です。
「ただいま」と言われ続けてきた一代さんが、「いってきます」と仏壇に手をあわせる姿に本当の安堵を覚えました。
最後に一代さんは言います。「みんながいたから今の自分がある。すべてに意味があった」。すべてを受け入れ自分の中に落とし込み生きていく決意でした。
映画『ただいま、つなかん』を通して菅野一代さんの人生を知り、助け合いの大切さ、前を向き生きる人の強さ、そして命の尊さを改めて感じました。
まとめ
東日本大震災からコロナ禍まで、たくさん笑って、たくさん泣いて、こころを紡ぐ民宿「つなかん」の物語『ただいま、つなかん』を紹介しました。
震災によって生まれた菅野夫妻と学生ボランティアたちの「絆」。困難な時であっても互いを思い合う気持ちが明るい未来を築いていく大切なことだと教えてくれました。
まさにこれからは、一代さんのように自ら外に出て、人との縁を繋ぎ直していく時期なのかもしれません。顔と顔を合わせ語り合う時です。
三陸リアス海岸の入江に佇む民宿「唐桑御殿つなかん」は、今日も元気に営業していることでしょう。ぜひ、「ただいま」と訪れてみてください。
映画『ただいま、つなかん』は、2023年2月24日より宮城・フォーラム仙台で、2月25日より東京・ポレポレ東中野にて劇場公開、その後全国順次公開予定です。