第35回東京国際映画祭『山女』
2022年にて35回目を迎える東京国際映画祭。コロナ感染症の影響も落ち着き、本格再始動を遂げた映画祭は2022年10月24日(月)に開会され、11月2日(水)まで開催されます。
今回は『リベリアの白い血』(2015)『アイヌモシㇼ』(2020)で民族のルーツにフォーカスを当ててきた福永壮志監督のコンペティション部門参加作品『山女』をご紹介します。
舞台は18世紀後半の東北。冷害に苦しむ貧しい村で逞しく生きようとする少女・凛が主人公で、村社会の閉鎖性と集団の暴力的な恐ろしさ、信仰の敬虔さと危うさを描きだします。
主人公の少女・凛を山田杏奈、神聖な森に住む謎の山男役を森山未來、凛の父親・伊兵衛役を永瀬正敏が演じました。
【連載コラム】『TIFF東京国際映画祭2022』記事一覧はこちら
映画『山女』の作品情報
【日本公開】
2023年(日本・アメリカ合作映画)
【監督】
福永壮志
【脚本】
福永壮志、長田育恵
【プロデューサー】
エリック・ニアリ、三宅はるえ、家冨未央
【キャスト】
山田杏奈、森山未來、二ノ宮隆太郎、三浦透子、山中崇、川瀬陽太、赤堀雅秋、白川和子、品川徹、でんでん、永瀬正敏
【概要】
『山女』の監督は、初長編映画『リベリアの白い血』(2015)で、ロサンゼルス映画祭の最高賞U.S. Best Fiction Awardを受賞、インディペンデント・スピリット賞のジョン・カサヴェテス賞にノミネートされて注目を集めた福永壮志。
『アイヌモシㇼ』(2020)ではトライベッカ国際映画祭の国際ナラティブ・コンペティション部門で審査員特別賞、グアナファト国際映画祭では最優秀作品賞を受賞しました。
民話を元に新たな物語を紡ぎあげた本作では、凛というひとりの少女の生き様を通して、人間の善悪や信仰の敬虔さと危うさという、いつの時代も変わらない本質的なテーマを描きました。
主人公の凛を山田杏奈、森に住む謎の山男を森山未來、凛の父親・伊兵衛役を永瀬正敏が演じています。
映画『山女』のあらすじ
18世紀後半、東北。
冷害による食糧難に苦しむ村で、人々から蔑まされながらも逞しく生きる少女・凛がいました。
彼女の心の救いは、盗人の女神様が宿ると言われる早池峰山です。
ある日、凛の父親・伊兵衛が村の財産ともいえるコメを盗み出すという大事件を起こします。
家を守るため、村人たちから責められる父をかばい、凛は自らが罪を被ります。
そして、村を去る決意をしました。決して越えてはいけないと言い伝えられる山神様の祠を越え、山の奥深くへと進む凛。
狼たちから逃げる凛の前に現れたのは、化け物なのか人間なのかもわからない、不思議な一人の男でした。
映画『山女』の感想と評価
『山女』は、柳田国男が明治43年(1910年)に発表した、岩手県遠野地方に伝わる逸話、伝承などを記した説話集『遠野物語』から福永壮志監督が発想を得た作品です。
古くから言い伝えられている逸話や伝承説話では、自然に宿る神々や霊魂、怪物などが絶対的な崇拝に値するモノであり、登場する人間は自然の掟には逆らえない弱者でした。
本作でも、2年続きの冷夏で食糧難・生活苦に悩む村民の様子が描かれます。
主人公・凛は貧村の中でも先祖の犯した罪で田畑を没収され、村人から蔑まれる最下層級の暮らしをしています。
ここで描かれているのは、閉塞的な村社会の掟と集団の怖さでしょう。
村というコミュニティから落ちこぼれた凛一家。彼女たちは、人間扱いされない生活を強いられます。
こんな凛を演じたのは、『ミスミソウ』(2018)『樹海村』(2021)『ひらいて』(2021)など、数多くの作品に出演している山田杏奈。
先が見えず生きているのが辛い生活の中でも、時折見せる凛の笑顔はハッとするほど素敵です。
生きるためには逆境をも素直に受け入れようとする凛の澄んだ眼差しに強い女性の意思をたぎらせた、山田杏奈の好演技でした。
窮地に陥る主人公ですが、自らコミュニティを離れ、自分の居る場所を求める姿に神々しいまでの生きる力が感じられることでしょう。
一方で、気になるのはそんな凛が山の奥で出会った正体不明な男。
白髪を振り乱し、裸同線の姿で暮らす年齢不詳の謎の山男を演じているのは、『怒り』(2016)『アンダードッグ』(2020)などの森山未來です。
山男は眉がない無表情の顔で何を考えているのか全くわかりません。森山未來は、セリフひとつないこの役を、眼の動きと俊敏な動作で演じ切り、不気味な存在感を醸し出しています。
村を出て山に入った凛。村を離れ自然に身を委ねることの意味を、人間の持つ残虐性と自然崇拝を問う形で表現された作品と言えるでしょう。
まとめ
『遠野物語』に描かれた逸話からヒントを得て、福永壮志監督が生み出した『山女』をご紹介しました。
福永壮志監督がリベリアの白い血』(2015)『アイヌモシㇼ』(2020)と民族のルーツにスポットライトを当てた2作とは異なり、この作品では「自然と人間」や「集団と個」、また「自然への畏敬の念」といった現代の日本社会における身近なテーマを扱っています。
触れてはいけない自然の美しさも上手く撮影され、神聖な山深い自然美が厳かに展開するカメラ回しにも注目です。
【連載コラム】『TIFF東京国際映画祭2022』記事一覧はこちら
星野しげみプロフィール
滋賀県出身の元陸上自衛官。現役時代にはイベントPRなど広報の仕事に携わる。退職後、専業主婦を経て以前から好きだった「書くこと」を追求。2020年よりCinemarcheでの記事執筆・編集業を開始し現在に至る。
時間を見つけて勤しむ読書は年間100冊前後。好きな小説が映画化されるとすぐに観に行き、映像となった活字の世界を楽しむ。