日々を大切に生きるということ
SNSを中心に反響を呼んだ小坂流加の同名恋愛小説を、『新聞記者』(2019)の藤井道人監督が小松菜奈と坂口健太郎を主演に迎え映画化。
脚本は『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(2017)の岡田惠和と『凛 りん』(2018)の渡邉真子。
数万人に1人という不治の病に冒され余命10年を宣告されたヒロインの人生が綴られます。
山田裕貴、奈緒、黒木華、松重豊、原日出子、田中哲司、リリー・フランキー、井口理ら豪華俳優陣が顔を揃えます。
実写映画の劇伴を手がけるのは初となるRADWIMPSが、主題歌『うるうびと』を書き下ろしました。
今あるすべてを受け入れ、日々を大切に生きるということについて深く考えさせられる一作です。
映画『余命10年』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【原作】
小坂流加
【脚本】
岡田惠和、渡邉真子
【監督】
藤井道人
【編集】
古川達馬
【出演】
小松菜奈、坂口健太郎、山田裕貴、奈緒、井口理、黒木華、田中哲司、原日出子、リリー・フランキー、松重豊
【作品概要】
数万人に一人という難病を患い、余命が10年であることを知った20歳の主人公が一杯生きる様を描いた小坂流加の同名恋愛小説を、『新聞記者』(2019)の藤井道人監督が映画化。
脚本を『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(2017)の岡田惠和と『凛 りん』の渡邉真子が担当しています。
四季を通して主人公の気持ちを映像で表現したいという藤井監督の強い希望で、1年を通して桜や雪などの撮影が行われました。
主演は『糸』(2020)の小松菜奈と、『今夜、ロマンス劇場で』(2018)の坂口健太郎。
友人役の山田裕貴、奈緒、家族役の黒木華、松重豊、原日出子のほか、田中哲司、リリー・フランキーら豪華キャストが出演します。
映画『余命10年』のあらすじとネタバレ
2011年。亡くなった患者からビデオを託され、最後まで生きてと言われた二十歳の茉莉。彼女は10年以上生きる人はほとんどいないといわれる難病の肺動脈性肺高血圧症を患っていました。
2年間という長い入院生活を終えて退院の日を迎えた茉莉は、ビデオを回しながら家族と共に帰宅します。友人たちとも再会し楽しく過ごした帰り道、沙苗から出版社に一緒に勤めないかと誘われますが茉莉は笑顔で断りました。
2014年。自分が病気であることを知らない友人と会いたいという思いから同窓会に出席した茉莉は和人と再会します。病気のことを隠し、東京でOLをしているとみんなに嘘をつく茉莉。
茉莉は帰りに気分が悪くなった和人を助け、学生時代の思い出を話します。
その後、和人はゴミだらけの自室のベランダから飛び降りました。ケガをしたものの命をとりとめた和人。親とは絶縁しておりひとりきりだった彼を、茉莉はタケルと一緒に見舞います。
生きる意味がわからないという和人の言葉に憤りを感じた茉莉は、「ズルい」と言って席を立ちました。
後日、病院で茉莉が母親といるのをみかけた和人は、母親が病気だと勘違いします。茉莉が自殺しようとした自分に腹を立てたのは、具合の悪い母を思ってのことだと考えた和人は、「焼き鳥屋げん」での退院祝いの席で茉莉に謝りました。自分の病がばれずほっとする茉莉。
帰り道の桜並木でカメラ撮影を始めた茉莉は、和人に「もう死にたいなんて思わないで」と語り掛け、和人はわかったとうなずきました。
その時、突然突風が吹いて花びらが舞い散ります。ふたりは驚き、顔を見合わせて大声で笑い合いました。
それからふたりは次第に心を通わせるようになっていきました。
茉莉は在宅で沙苗の出版社のウェブライターの仕事を始め、和人も「焼き鳥屋げん」で働き始めます。
過ぎゆく季節を茉莉は愛おしそうにビデオにおさめ続けました。
映画『余命10年』の感想と評価
何気ない日々に宿る輝き
命を大切に生き切る意味を教えられる一作『余命10年』。ヒロインと同じ病で亡くなった小坂流加による小説を、名匠・藤井道人監督が映像化しました。
ひたすら一生懸命に生きるヒロイン・茉莉を小松菜奈が切なく美しく演じ、彼女を失う辛さに向き合う恋人・和人を坂口健太郎が繊細に表現しています。
茉莉がいつも携えているビデオカメラは、幼い子を残して亡くなった女性から譲り受けたものです。茉莉は彼女の命を背負うかのように、春夏秋冬の美しい景色を動画に撮り続けます。
藤井監督はその四季の美しさを表現することにこだわり、1年をかけて本物の雪、海、桜などをVFXではなく実際に撮影して製作しました。
命の限界を知る人は季節が愛おしくなるものです。この桜が最後かもしれないと思うこともあれば、ああ今年も桜が見れたと感慨を抱くこともあるでしょう。散りゆく寸前の紅葉が見せる燃えるような美や、春を迎えて芽吹き始めるやわらかな緑色の新芽に勇気をもらう方もきっと多いはずです。移りゆく季節で時が過ぎるのを実感し、そのときどきの景色の美しさはさらに強く胸に迫ります。
映像の中で自分も永遠に生きられるかのように、茉莉はひたすら「残す」ことに夢中になります。
同窓会に出席した彼女は、病を隠して運命の相手・和人と再会しました。
その後和人は自殺未遂をして茉莉を怒らせます。「いらないならその健康な体を私にちょうだい」というのが茉莉の本音だったことでしょう。
和人を愛し始めた茉莉は、やがて来る別れの日を恐れて素直になれません。気持ちに素直になって一緒に楽しい時を過ごすものの、死を予感し始めた茉莉は幸せに背を向けます。
しかし、小説に真実の思いを綴ることで、彼女は和人の手をずっと握り続けていました。「和人と生きられて幸せだった」という言葉が彼の魂を救います。
生きることの意味、美しさ、日々の生活を愛する大切さを教えられる一作ですが、その上でひとつどうしてもお伝えしたいことがあります。
茉莉が抱えていた「肺動脈性肺高血圧症」という病気は、この小説が書かれた当時は本当に予後の厳しい病気でしたが、近年は次々に新薬が開発され治療法が飛躍的に進歩しています。
難しい病気であることには変わりありませんが、現在は診断と同時に余命宣告されるような病ではなくなりました。
ですから、もし大きな病気を抱えてらして本作をご覧になり落ち込んでしまった方がいらしたなら、決して悲観的になり過ぎないでほしいのです。
苦しい中で希望を持って生きるのは簡単ではありませんが、日進月歩の言葉通り、医学は私たちが考える以上にものすごいスピードで進歩し続けています。それはこの病気に限ったことではありません。
この作品の作者の方がもしあと5年、10年遅く病にかかっていたなら、この作品はハッピーエンドを迎えていたかもしれません。
主人公の茉莉のように毎日を大事にみつめ、愛する人との時間を大切に過ごしながら、病で苦しんでいる方が少しでも明るい気持ちで未来を待ち続けてほしいと切に願わずにはいられません。
まとめ
名匠・藤井道人監督が、原作小説を読んでこの作品を映画に残したいと強く思ったと語る渾身の一作『余命10年』。原作者の小坂流加氏をはじめ多くの人たちの思いが詰まっています。
人は皆、限られた生命を生きています。しかし、それがいつ終わりを迎えるのか知って生きることはとても苦しいことのはずです。特に若くしてそのような運命を背負ったなら尚更です。
母に抱きしめられながら大声で泣く茉莉の姿に、彼女の本当の思いが映し出されます。しかし、彼女はその思いも含めてすべてを受け入れたことで、今ある日々への愛おしさを感じられるようになったのに違いありません。
茉莉が教えてくれた「日々を大切に生きる」ということ。そして、私たちが今受けている医療や科学の恩恵は、彼女たちのように懸命に生きた人たちの上に成り立っているのだということを忘れずにいたいと思うのです。