サスペンスの神様の鼓動55
動画サイトに突然現れ、予告した犯罪を次々に実行する謎の男「シンブンシ」。
シンブンシの謎と、犯罪の裏側に隠された、ある計画を描いたクライムサスペンス『予告犯』。
筒井哲也の同名コミックを、生田斗真、戸田恵梨香、鈴木亮平、濱田岳、荒川良々、窪田正孝など、若手実力派俳優が集結し映像化。
シンブンシの正体と目的が判明した時、シンブンシを追うサイバー対策課の刑事、吉野絵里香が直面する日本の病魔と闇とは?
CONTENTS
映画『予告犯』のあらすじ
突如、ネット上に現れ、犯行予告を行う謎の男。
男は常に新聞紙で作られた頭巾を被っていることから「シンブンシ」と呼ばれるようになります。
この日のシンブンシの予告は、食中毒を起こしながらも、謝罪会見で完全に開き直った態度を見せた、ある食品加工会社でした。
シンブンシの予告通り、食品加工会社は放火され、工場全体が火事になります。
警視庁サイバー犯罪対策課のキャリア捜査官である吉野絵里香は、過去にシンブンシが行った犯行予告の動画を洗い直します。
最初の犯行予告は、バイト先で虫の天ぷらを揚げた動画を流し、店舗を閉店に追いやったアルバイト定員への制裁。
2つ目は、女子大生がレイプされたニュースにSNSで「ホイホイ着いて行った女が馬鹿」と書き込んだ学生を、監禁したうえで暴行していました。
そして、今回の食品会社への放火が3件目の犯行となります。
絵里香は、鑑識が割り出した情報から、動画が送られた場所が、関東圏だけに存在するインターネットカフェ「ピットボーイ」であることを突き止めます。
サイバー犯罪対策課は、実際に「ピットボーイ」へ向かいますが、シンブンシが使用したと思われる日時は、誰も入室していませんでした。
絵里香は、遠隔操作の可能性を疑いますが「ピットボーイ」のサーバーにアクセスするには、毎回ランダムでパスワードが変わる「ワンタイムパスワード」と、専用のセキュリティキーが必要となります。
専用のセキュリティキーは、各店舗の責任者しか持っていない為、絵里香は「ピットボーイ」の店長を重要参考人として連行します。
その数日後、再びシンブンシからの犯行予告動画が流されます。
次のターゲットは、面接に来た32歳の男を馬鹿にし、面接の様子を実況中継し笑い者にした会社員です。
予告された時間までに、サイバー犯罪対策課はシンブンシを突き止めようとしますが、シンブンシに全てを見透かされたように翻弄されます。
そして、予告された犯行時間になると、ターゲットにされた会社員が拘束された状態で、シンブンシにバットで殴られる動画が流されます。
絵里香が現場に向かうと、シンブンシの姿は消えていました。
絵里香は、これまでの動画に映ったシンブンシの体形が全て違うことから「シンブンシは複数人の犯行である」と考えます。
「ピットボーイ」の個室で、新聞紙の頭巾を外し、天井を眺める青年。彼こそシンブンシの首謀者、奥田宏明でした。
サスペンスを構築する要素①「謎の予告犯シンブンシ」
ネット上に突然現れ、次々に予告した犯行を実行していく、謎の男シンブンシ。
新聞紙で作られた頭巾を被った、独特の見た目が印象的なシンブンシですが、映画『予告犯』は、作品の冒頭からシンブンシが登場し、そのインパクトのある存在感から、一気に物語へ観客を引き込んでいきます。
シンブンシのターゲットは「バイトテロをした男」「女性蔑視発言をした学生」「食中毒事件を起こし開き直った会社」「志望者を馬鹿にした面接官」という、問題のある人間や企業ばかりです。
シンブンシは弱者の味方であり、弱者を馬鹿にする人間を成敗していく、ダークヒーローのような存在となっていきます。
それでも、暴行や放火を行うシンブンシは、社会的に見れば明らかに犯罪者。警察が黙っている訳も無く、サイバー犯罪対策課が動き出します。
本作の前半は、次々に犯行を行いながらも、全く手掛かりを残さないシンブンシの謎と不気味さが、シンブンシを追いかけるサイバー犯罪対策課の責任者、吉野絵里香を通して描かれていきます。
サスペンスを構築する要素②「社会に存在しない者たちの計画」
犯罪を繰り返しながらも、全く手掛かりを残さないシンブンシ。
普通なら、このシンブンシを追いかける絵里香が主人公になりそうですが、『予告犯』の主人公はシンブンシ側で、シンブンシの正体である奥田宏明です。
奥田は、正社員を目指していたIT企業で精神的に追い込まれ、精神的な病で社会から2年間離れていました。ですが、2年間の実務経歴が無い時期が問題視され、次の仕事も決まらなくなります。
つまり、奥田自身が、社会から見捨てられた弱者側の人間だったのです。
奥田は違法投棄の処分を行う廃工場で、葛西、木原、寺原と出会い、シンブンシの計画を考えます。
その為、シンブンシは奥田達が、社会を混乱に陥れる為に作り出した、弱者の象徴のように感じるかもしれません。
実際に、絵里香が奥田のことを調べ始める場面で、もともといた派遣会社では「派遣のことまで覚えていない」入院していた病院では「毎月入院費を返済してくれる人」職業安定所では「データ上では、9月まで来ていた」と伝えられます。
つまり奥田は、日本の社会に居場所が無く、データの中に記録としてしか存在していない「社会に存在しない者」となっています。
葛西、木原、寺原も同じです。「社会に存在しない者たちの計画」が生み出した存在、それがシンブンシです。
そして、シンブンシの存在に触発された者達が、次々に模倣犯となりますが、彼らもまた社会に居場所の無い者達。
もし、実際にシンブンシのような存在が現れた時、映画で描かれているような、犯罪の連鎖が起きるかもしれません。
日本に根付いた「格差社会」の嫌な空気が、本作にリアルさを与えています。
サスペンスを構築する要素③「絵里香が目にする日本の病魔」
シンブンシを追いかける絵里香は輝かしいキャリアを持つエリートです。また、途中から介入して来た公安警察もエリートの為、奥田達の存在など考えもしません。
ですが、唯一奥田の過去に目を付けたのが絵里香でした。
絵里香はシンブンシを「社会のせいにしている、努力しない人間」と決めつけていましたが、奥田の捜査を開始し過去を調べる中で、本人の努力だけではどうにもならない、日本の病的な部分を目の当たりにします。
また、絵里香自身も幼い頃は家庭の境遇から、辛い想いを経験していた、もともとは社会的な弱者だったのです。
『予告犯』は最後まで、奥田の真の目的が分からないようになっています。
ですが、最後に奥田の目的に辿り着くのも絵里香です。奥田の目的は、廃工場で働いていたネルソンを、父親に合わせる、ただそれだけでした。
目的に対して、手段がかなり大掛かりのように感じますが、奥田達が「社会に存在しない者たち」である以上、ここまでやらないと、声を出しても誰にも聞き入れられなかったでしょう。
最後に絵里香が「困ってんなら、助けを求めなさいよ!」と叫びますが、その言葉も、何か虚しく感じます。
映画『予告犯』まとめ
格差が広がる社会の病魔を描き出した『予告犯』。
奥田が働いていたIT企業で、もともと奥田を馬鹿にしていた社員が、奥田の次のターゲットにされているなど、日本人の陰湿な部分が、何気ない場面でも表現されている作品です。
特に、IT企業の社長、栗原を演じる滝藤賢一の演技がやたらリアルで、栗原のセリフ「派遣にダメ出しされちゃったよ」は、上には絶対に逆らえない、いじめ体質の、閉鎖的な社会を象徴したような、ある意味名セリフです。
本作を通じて感じるのですが、日本は本当に頑張れば報われる、誰にとっても平等な社会なのでしょうか?
精神をすり減らしてまで、耐えながらすがりつく、そんな価値のある社会なのでしょうか?
過酷な労働で亡くなったネルソンへの、奥田のセリフ「ごめんな、こんな国で」が、心に重く響きます。
奥田は葛西、木原、寺原、ネルソンと出会い、本当に楽しい時間を過ごします。一般的に見れば、彼らに明日も未来も無く、置かれた状況から抜け出すのは、ほとんど不可能に見えます。
それでも、夢を語り、何気ない出来事で子供のように笑い合う彼らの姿に、人間としての本質があるように感じました。