『レベッカ』『鳥』のダフネ・デュ・モーリアによるスリラー小説を実写化
『美しき冒険旅行』(1972)のニコラス・ローグ監督が、『鳥』(1963)『レベッカ』(1951)などのヒッチコック作品の原作者として知られるダフネ・デュ・モーリアの短編『いま見てはいけない』を映画化。
赤い色を効果的に用いた幻想的なオカルトスリラーです。
主演をドナルド・サザーランドとジュリー・クリスティが務めます。
迷宮となったヴェニスの町を、娘を亡くした夫婦が駆け抜ける摩訶不思議な一作の魅力をご紹介します。
映画『赤い影』の作品情報
【公開】
1983年(イギリス・イタリア映画)
【原作】
ダフネ・デュ・モーリア
【脚本】
アラン・スコット、クリス・ブライアント
【監督】
ニコラス・ローグ
【編集】
グレイム・クリフォード
【出演】
ジュリー・クリスティ、ドナルド・サザーランド、ヒラリー・メイソン、クレリア・マタニア
【作品概要】
『アラビアのロレンス』(1963)など大作で撮影を手掛けた『美しき冒険旅行』(1972)のニコラス・ローグ監督が、『鳥』(1963)『レベッカ』(1951)などのヒッチコック作品の原作者として知られるダフネ・デュ・モーリアの短編『いま見てはいけない』を映画化。
撮影のプロならではのハイレベルなセンスで赤い色を幻想的に用いて、独特の味わいあるオカルト・スリラーを生み出しました。
主人公のジョンを『M★A★S★H マッシュ』(1970)のドナルド・サザーランド、ローラを『ドクトル・ジバゴ』(1966)やニコラス・ローグが撮影監督を務めた『華氏451』(1967)に出演したジュリー・クリスティーが演じます。
共演はヒラリー・メイソン、クレリア・マタニア、マッシモ・セラートほか。
映画『赤い影』のあらすじとネタバレ
考古学者のジョンはヴェネツィアの教会の仕事を頼まれていました。その教会のスライドに酒をこぼしてしまったジョンがスライドをふくと、教会のイスに座る人の赤いレインコートから血のようなものが流れ出します。
いやな予感を感じたジョンが外へ飛び出し、外で遊んでいたふたりの子どもの様子を見にいくと、赤いレインコートを着て遊んでいた娘のクリスティンが池で溺死していました。
その後、教会を修復する仕事のためにイタリアのヴェニスを訪れた夫婦は、レストランで高齢の姉妹と出会いました。
妹の盲目のヘザーは霊感があり、クリスティンは幸せに笑っていつも一緒にいるから大丈夫だとローラに話し、彼女が赤いレインコートを着ているといわれたローラは話を信じます。
テーブルに戻ったローラは気を失って倒れてしまいました。病院で目を覚ましたローラは、クリスティンがそばにいると嬉し気にジョンに話します。ホテルに戻ったふたりはその晩愛し合いました。
ジョンの作業する教会の前で、夫婦はふたたびヘザーたち姉妹と再会します。姉妹宅に招かれたローラは、ヴェニスにいるとジョンの命が危ないとクリスティンが言っていることをヘザーから聞かされます。
しかし、それを聞いたジョンは「クリスティンは死んだ」と強く妻に言い聞かせ、取り合いませんでした。
映画『赤い影』の感想と評価
水の都を駆け抜ける赤い恐怖
観る者を迷宮に誘い込む衝撃のオカルト・スリラー『赤い影』。『アラビアのロレンス』『華氏451』などで撮影を手掛けた映像の魔術師ニコラス・ローグが赤色と水の存在を効果的に使った、見事な幻想美に満ちた一作です。
作品冒頭、赤いレインコートを着て庭の池の近くで楽し気に遊ぶかわいい少女。彼女の両親であるジョンとローラは別荘にいて目が届きません。
考古学者のジョンは仕事を受けているヴェニスの教会をスライドでみていましたが、教会のイスに座る人の赤いレインコートから血のようなものが流れ出すのを見て急になにかを感じて外に飛び出します。そこで彼は、おぼれ死んだ愛娘のクリスティンを見つけます。
この「赤いレインコート」というのがとても大きなキーワードとなって、迷路に迷い込んだかのように幻想的な物語が展開していきます。
その後、美しいヴェネツィアの情景のなかで、その美しさとは対照的な不穏で恐ろしい空気が流れ続けます。
石造りで音の響く古い町並み。川からひきあげられる死体。川べりに投げ捨てられた裸の人形。どれも不安感を掻き立てるものばかりです。
夫妻が出会った奇妙な老齢の姉妹。妹のヘザーは盲目で霊感を持ち、ジョンがヴェニスにとどまると危険がおよぶので立ち去るようにと告げます。しかし、教会の仕事を受けている途中のジョンは耳を貸しません。その後、彼はさまざまな危機に陥ります。
この作品にはいくつも謎が残ります。始めにジョンが見た教会を写したスライドの中に流れる血のようなものは何だったのでしょうか?
娘の危険を知らせるシグナルだったことは間違いありませんが、ジョンには霊感があったということなのかもしれません。
あるいは、沈下から教会を救うためとはいえ、歴史ある教会や像を移動させようとしたことが神の逆鱗に触れたのでしょうか。謎は最後まで解けません。
ジョンはその後、息子が事故に遭ったためにロンドンに戻ったはずのローラが、葬式船に乗っている姿を見てしまいます。
しかし、ローラは確かにロンドンにいました。後に、これは結果的にジョンが予知した映像だったとわかるので、やはり彼には何かを感じとる力が備わっていたのかもしれません。
ジョンが娘だと思い込んで赤いコートの人物を追いかけて悲劇に陥ったことを考えるとなんとも哀れです。彼の恐怖を想像するといたたまれない思いにかられます。
運河に出ると音がわかるし、反響もするヴェニスを好きだと話す盲目のヘザーに対して、姉のウェンディはヴェニスを「夕食会の食べ残し、ゼラチンの底のよう」だと言い、多くの影がひそんでいるからと嫌っています。
なんともいえない恐ろし気な幻想世界が凝縮されているかのような見事な表現です。ヘザーの姉のウェンディにも、鋭い直感が備わっているように感じられます。
そういった力をなにも持っていなかったのは、ローラだけだったのかもしれません。彼女は娘を亡くした悲しみから救ってくれたヘザーのことばを信じてはいますが、自身は霊感のようなものはまったくもっていなかったように思われます。
両親を守ろうとしていたクリスティンですが、霊感の強い人間は彼女に引き寄せられずにいられなかったのかもしれません。
全編死に彩られた本編のなかで紡がれる驚くほどに濃密で長い性愛シーンが、彼らの生への渇望が映し出されているかのようで尚更悲しみを誘います。
まとめ
撮影監督を長く務めた映像のプロ、ニコラス・ローグ監督が紡ぐ幻想的なオカルト・スリラー作品『赤い影』。
娘を水難事故で亡くし深い悲しみを抱く夫婦が、水の町・ヴェニスで娘の着ていた赤いレインコートに翻弄されるさまを描きます。
「水」と「赤」が何度も繰り返し現れては、不穏な空気のなかを飛び回り、夫婦の心をかき乱します。ごく平凡なふたりが、理不尽な迷宮に閉じ込められた末に悲劇に陥っていくさまに背筋が凍る一作です。
盲目のヘザーが予言したとおり、ジョンはヴェニスを離れればその過酷な運命を逃れられたのでしょうか。それとも、いずれにせよ恐ろしい運命はふたりを離してはくれなかったのでしょうか。
主人公たちの悲しい運命に胸を痛めつつも、古いヴェニスの町並みを川のように流れ続ける美しい恐怖は観る者の心をとらえて離さない魅力に満ちています。
どうぞその美しすぎる恐怖の時間をたっぷりと堪能してください。