“赤ちゃんポスト”で出会った彼らが、生まれてきた意味を知る旅
今回ご紹介する映画『ベイビー・ブローカー』は、第71回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した『万引き家族』(2018)の是枝裕和監督が、さまざまな事情で育児ができない人が、子供を置いていく“赤ちゃんポスト”を通じて出会った人たちの人間模様を描いた作品です。
釜山でクリーニング店を営む主人公には、ベイビー・ブローカーとしての裏の顔があり、赤ちゃんポストがある施設で働くドンスの手引きで、捨てられた赤ちゃんを売買しています。
物語はある雨の晩、若い女性が施設の前に赤ちゃんを置き去るところから始まります。ブローカーは子供の欲しい夫婦に売るだけのつもりが……、人身売買を取り締まる刑事に追われ、とある事件も絡みあっていきます。
CONTENTS
映画『ベイビー・ブローカー』の作品情報
【公開】
2022年(韓国映画)
【監督・脚本】
是枝裕和
【原題】
Broker
【キャスト】
ソン・ガンホ、ペ・ドゥナ、カン・ドンウォン、イ・ジウン、イ・ジュヨン、イム・スンス
【作品概要】
本作は第75回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品されました。
ブローカーのハ・サンヒョン役には、アカデミー賞作品『パラサイト 半地下の家族』のソン・ガンホが務め、カンヌ国際映画祭では韓国人俳優で初の男優賞を受賞しました。
共演に『義兄弟 SECRET REUNION』(2010)、『新感染半島 ファイナル・ステージ』(2021)のカン・ドンウォンがサンヒョンの相棒ドンス役、韓国のTOP歌手で多くのドラマ出演で人気のイ・ジウンが、我が子を捨てる母のソヨン役です。
また、是枝監督作品『空気人形』(2009)で主演を務め、ソン・ガンホと『グエムル 漢江の怪物』(2006)で共演したペ・ドゥナが、ブローカーを追う刑事スジン役で出演します。
映画『ベイビー・ブローカー』のあらすじとネタバレ
ある土砂降りの雨の晩、若い女性が“赤ちゃんポスト”のある施設に来て、ポストの前に赤ん坊を置き去っていきます。
その様子を自動車内から女性刑事が2人、監視していました。リーダーのスジンは「捨てるなら生むな」とつぶやき、後輩のイ刑事に捨てた母の尾行を指示します。
スジンは外に置き去りにされた赤ん坊をポストに入れ、再び施設を張り込みます。
施設の中には若い男と中年の男がいて、中年の男がポストに入れられた赤ん坊をあやしながら、「俺たちが幸せにしてあげるからな」と言います。
2人は子供ができず子供の欲しい夫婦に、高額で赤ん坊を売る“ブローカー”でした。
赤ん坊には「ウソン、必ず迎えにいくから」というメモ書きがありました。
施設で働く若い男のドンスは、手紙もなく捨てられた赤ん坊であれば、子供に恵まれない夫婦と養子縁組のチャンスが残され、手紙のある赤ん坊は施設に残され、惨めな生活しかないと話します。
ドンスはウソンを子供の欲しい夫婦に売ることを望みます。なぜなら迎えに来る母親など、ほとんどいないことを知っていたからです。
ドンスはポスト内を映す監視カメラの映像を削除し、中年男のサンヒョンは赤ん坊を連れて施設を後にしました。
彼らが人身売買をしているという情報を掴んでいたスジンは、彼らを検挙するためには現行犯しかないと尾行をしていました。
サンヒョンは古いクリーニング店を営んでいます。ウソンの面倒をみながら、子供の欲しい夫婦とコンタクトをとっていました。
一方、ウソンを捨てた若い女性は街をさまよい、イ刑事は尾行します。ところが雑踏から赤ん坊の泣き声が聞こえ、女性は思い直して施設に戻りました。
しかし、夜勤だったドンスが施設を案内しますが、ウソンはいません。彼女はウソンをポストの中ではなく、外に置いて去ったからだと施設をあとにしました。
ドンスが彼女のあとをつけると、警察に通報しようとしたため、ドンスはサンヒョンのところに連れて行き、ウソンに会わせブローカーであることを話します。
2人は子供に恵まれない夫婦に預ければ、大切に育ててもらえると言います。ウソンの母は“ソナ”と名乗りました。
彼女はウソンを育てられないが、養父母となる人物のことも気になり、2人についていくと言います。
映画『ベイビー・ブローカー』の感想と評価
ウソンを3番目の夫婦に売ると決め、海尾島の遊園地で楽しいひとときを過ごすブローカーたちの姿は、本当の家族のようでしたが、皆それぞれに違う事情を抱えていました。
我が子を捨てることを許されたい母、迎えに来るのを待ち続けながら、捨てた母をゆるせない青年、観覧車のシーンで繰り広げられる、当事者同士の心の交差に胸が熱くなります。
ドンスはソヨンの姿を通し、やむにやまれぬ事情を知り、彼女を許すことで、自分を捨てた母を許し恨むことをやめます。
スヨンは母に捨てられたドンスから「許す」と言われたことで、救われる思いがして涙を流し、ドンスはその涙をそっと隠してあげました。
またその涙は、自分がいなくなってもウソンが、愛情をたくさんかけられ大切に育ててもらえると確信でき、安堵して出た涙でもありました。
是枝監督は新生児の取り違え事件を題材にした、『そして父になる』(2013)を撮っていた頃に、赤ちゃんポストや養子縁組といった問題に興味を持ち、本作を着想していたとインタビューで答えています。
取材を重ねていく中、共通している子供の感情が「自分は生まれてきて良かったのか?」というもので、それが異母妹を迎えて暮らす『海街diary』(2015)に繋がり、疑似家族の『万引き家族』(2018)と続きます。
しかし、これまでの作品で是枝監督は、明快なメッセージ性を曖昧にし、答えを鑑賞者に委ねていました。その点に対して、本作はラストシーンで自分の意向を描いていたと言えます。
おそらく監督の家族愛、人間愛、性善説に関する考え方はずっとブレておらず、『ベイビー・ブローカー』でその理想を描いたのだと感じました。
ソヨンは強くたくましい嘘をつく母
ソヨンが反対を押し切りウソンを生みたいと思ったのは、母性の目覚めと暴力団でも父親なら、子供として認知し幸せにしてくれるだろうと、期待があったからだと考えられます。
しかし、期待に反した言動で逆上し、スヨンは幹部を殺害してしまいました。ウソンの将来に悲観しかないソヨンは、赤ちゃんポストの前にウソンを置き去りにしました。
ポストがあることに気づかないほどに、彼女は絶望し何もかもを見失っていたと察します。
それでも翌日、どこからともなく聞こえた赤ちゃんの声で、ソヨンの母性は再び目覚め、高額な金で我が子が取引される、それは裕福な家庭で育ててもらえることと考えるでしょう。
始めは自分の行為を棚に上げていると思わせたスヨンですが、ウソンのために養父母の品定めをしないではいられない、それが彼女の母親としての愛情だったと思います。
自分では育てられない・・・それが経済的な理由ではなく、いつ捕まるとも知れない立場だったからだと考えた時、彼女の母性の強さが知恵を授けたと思えました。
刑事にブローカー逮捕の協力をするとみせかけ、少しでも我が子を大切に育ててくれる人を探し、自分が逮捕されても惨めな暮らしをしないよう、取引したのがそれを示しました。
「生まれてきてくれてありがとう」
サンヒョン達は家族を捨てたり、捨てられた者同士の寄せ集めです。しかし誰よりも人の愛情を知り、人の愛に餓え、理想の家族の形がありました。
辛く苦しい人生なのに、お互いが「生まれてきてくれてありがとう」と、思い合う気持ちが血の繋がりがない疑似家族でも、愛情深い感情を育むと伝えています。
彼らの心には絶えず「生まれてきてよかったのか?」という気持ちがあり、「生まれてきてくれてありがとう」という言葉を求める想いが強くありました。
その気持ちが原動力となり、幸せにしてあげたいという気持ちにさせたのだと感じました。
スジンはブローカーを検挙するために、現行犯逮捕にこだわっていましたが、次第に罪を犯させてまで逮捕しようとする自分に、嫌気がさし始めていたに違いありません。
そのスジンは子供ができない体質に苦しみ、生まれてきた意味を自問自答していたのでしょう。偽夫婦の夫側に不妊の理由を設定したことから、“自分のせい”を払拭したかったことがうかがえます。
また、当然、子供を捨てようとする母親への嫉妬もはらんでいました。
ところがスジンはスヨンから、ウソンの母親代わりを託されたことで、女に生まれてきた意味を味わうことができました。
まとめ
『ベイビー・ブローカー』は、“赤ちゃんポスト”や“養子縁組”に関する是非について、疑問を投げかけています。
日本にも“赤ちゃんポスト”が2ヵ所ありますが、韓国における“赤ちゃんポスト”(韓国では赤ちゃんボックス)が、多数存在し利用件数も桁違いに多いとリサーチでわかります。
是枝監督が本作の舞台を韓国に選んだ理由の一つが、韓国における赤ちゃんポストの社会的議論が高かったからです。
また、養子縁組の制度について厳格に改正されたことで、実際にブローカーが暗躍し、安価で新生児が売り買いされている事例も増えました。
賛否両論ある問題であることは、日本でも韓国でも同じで、作中で描かれるような「捨てるなら生むな」という感情、捨てるなら欲しい……という相互関係も存在します。
「幸せにしてあげたい」と誰もが思える社会であれば、ブローカーの存在など無くても不幸な子供は生まれません。
つまり子供は家族だけで育てるのではなく、地域や社会が一丸となって取り組むべき事案であり、この映画のラストがあるべき社会の構図を示していました。
誰にでも人のために生きることができます。本作は人のために生きることで「生まれてきてくれてありがとう」と、思い合えることを教えてくれました。