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Entry 2022/03/26
Update

『笑いのカイブツ』映画原作ネタバレと結末までのあらすじ。ツチヤタカユキのお笑いネタと若林の関係も披露される私小説|永遠の未完成これ完成である33

  • Writer :
  • もりのちこ

連載コラム「永遠の未完成これ完成である」第33回

映画と原作の違いを徹底解説していく、連載コラム「永遠の未完成これ完成である」。

今回紹介するのは、ツチヤタカユキの私小説『笑いのカイブツ』。この度、岡山天音を主演に迎え映画化となりました。2022年劇場公開予定です。

21歳にして「ケータイ大喜利」でレジェンドの称号を獲得したのをきっかけに、人生のすべてを笑いに懸け、狂ったように大量のボケを生み出し続けたあげく、「オールナイトニッポン」をはじめ名立たるラジオ番組で「伝説のハガキ職人」となった、ツチヤタカユキ。

気付けば、27歳。童貞、無職、全財産0円。人間関係不得意の笑いのカイブツになっていました。

ウェブメディア「cakes」での連載が話題を呼び、2017年に書籍化。さらに史郡アル仙によるマンガ化もされた注目の小説『笑いのカイブツ』が、いよいよ映画化となりました。

映画公開に先駆け、原作のあらすじ、映画化で注目する点を紹介します。

【連載コラム】「永遠の未完成これ完成である」記事一覧はこちら

映画『笑いのカイブツ』の作品情報

【公開】
2022年(日本映画)

【原作】
ツチヤタカユキ

【監督】
滝本憲吾

【キャスト】
岡山天音

映画『笑いのカイブツ』のあらすじとネタバレ

笑いが好きだと気付いたのは中学生の頃。ちょうどその頃、『ケータイ大喜利』というテレビ番組がスタートします。

『ケータイ大喜利』は、出されたお題に視聴者がボケを送信、審査員の評価が高かったものに段があたえられるという、視聴者参加型の大喜利番組でした。

当時、1回の放送でだいたい30万件ほどの投稿が寄せられ、番組で読まれるものは30個。読まれたネタが「アンテナ3本」=最高評価をもらえれば、初段、二段、三段と昇格していき、その先に「レジェンド」の称号があたえられ、殿堂入りできるというシステムです。

高校1年のツチヤは、「この番組でレジェンドになれたら、お笑いのプロを目指しても許されるのではないか」と、本気になっていきます。

まず、番組で紹介されたネタをすべてノートに書き起こし、制約とパターンを分析、ひたすらボケを生産し続け、狂ったように投稿。しかし、高校3年間で1度も読まれることはありませんでした。

その屈辱をバネに、「1日に500個ボケる」をノルマに突き進み、初めて番組で読まれたのは19歳の時。その後、1日500だったノルマを1000個に増やし、バイトの合間に、移動の時にもとにかく生活のすべての隙間を、大喜利で埋めていきます。

「こんなところで終わってたまるか」。ツチヤは21歳で死ぬつもりでいました。シド・ヴィシャスの刹那的な生き方にずっと憧れていた彼は、その日まで全力疾走することを決意します。

ただひたすらボケを生産する工場のように、今日食べたものすら思い出せない日々。頭の中はお笑いのことだけ。七段を獲得した頃には、大喜利をしている時にしか、生きている感じがしなくなっていました。

朝目覚めるとキャラメルの塊のようになる脳みそを、大喜利へと目覚めさせるために壁に頭を打ち付けると、血がドクドクと垂れてきました。人間をはみ出した瞬間、カイブツが生まれた時でした。

そして、21歳を迎えた時。ツチヤは『ケータイ大喜利』のレジェンドになります。嬉しいというより安堵のほうが大きいものでした。

なりたかった自分になれたはずなのに、なぜか大事なものを失くしたように虚しさが襲います。でも、死ぬことは忘れていました。

それから6年。人を笑わせることだけを考え続けて生きてきた結果、27歳、童貞、無職、全財産0円。ツチヤは、やっぱり死にたいと思っていました。

以下、『笑いのカイブツ』ネタバレ・結末の記載がございます。『笑いのカイブツ』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。

21歳で「ケータイ大喜利」のレジェンドになった直後、ツチヤは吉本の劇場作家へとなります。

笑いの殿堂に入ったからには、笑いを作ることだけ考えよう。一切雑談はせず、ライブの合間には資料室にある単独ライブの台本を読み漁り、寝ずにネタを書き続けました。

「お前、構成作家の中で1番イカれてんな」。お笑いにおいて最高の褒め言葉。頭おかしくなるくらい笑いに狂うことが正義だと信じて。

結果、皆に嫌われ退職を余儀なくされます。もうこの世のどこにも自分の居場所はない。すべての想像力を笑いへ等価交換し続け、気付けば、他人と普通にしゃべることが出来ない欠落人間が誕生していました。

ラジオから流れてくる砂嵐の音に自分を重ね合わせ、ツチヤはハガキ職人を目指します。ハガキ職人の1日はすごく忙しいものでした。

朝起きて大量のボケを出し切ったあとは、インプットの時間。小説や詩集は図書館、雑誌や漫画は立ち読み、音楽に映画にお笑いビデオ。すべてを笑いにし、ハガキを送り続けます。

資金がつきるとバイトをし、クビになるの繰り返し。人付き合いが苦手でも割が良いとホストも経験します。

ラジオや雑誌で採用されたネタは、300超えが2つ、100超えもちらほら出てきました。採用数に反比例するかのように私生活はボロボロになっていくツチヤ。

ハガキ職人になって3年、24歳になったツチヤは、ネタが採用されることに何の喜びも感じられなくなっていました。鏡に映る坊主頭の自分は、無表情のカイブツでした。

このままハガキ職人を辞めたら、どうなりますか? 今からでも、まともな人間に戻れますか? 間に合いますか? 声にならない叫び声をあげ、壁を殴りつけます。

その後、燃え盛る屍と化したツチヤは、身一つで上京。とあるお笑いコンビの芸人さんが、単独ライブのネタ作りを依頼してくれたからです。

ネタを書いて、家に帰って、寝て、また朝がきて、図書館へ行き、ネタを書いて、ファーストフード店のバイトに行き、ゴミ箱からハンバーガーを拾い、それを食べて図書館に行き、ネタを書く。

ハガキ職人から単独ライブの構成作家にしてもらった恩を返すため、今までの全てが無駄じゃなかったと思える作品を残したい一心でした。

しかし、人間関係不得意さがここでもツチヤを苦しめます。バイト先でゴミ扱いされ、単独ライブ以外の笑いの仕事が増えることもなく、貧乏生活も、生きるのも、全部つらいと思うようになります。ツチヤは大阪に逃げ戻ります。

そんなツチヤを芸人さんはライブ関係者として招待してくれました。自分が考えたネタが、砂嵐が客席に放たれ、お客さんにぶつかりたくさんの笑いに包まれます。

エンドロールに自分の名前をみつけ、過去の自分に伝えられたらどれだけ喜ぶだろうと想像します。その後、ツチヤは腸に3カ所の穴をあけ、緊急手術となりました。

すべての元凶は、カイブツだ。ツチヤはカイブツの消滅を祈りますが、自分の意思とは関係なく勝手にしゃべるまでに育っていました。

普通の仕事をしようとするも、「おい、情けない姿やのう。ダラダラと生きてきただけの26歳。ゼロどころかマイナスやな」と、カイブツは暴れ出します。

絶望と増悪と虚脱感が混じり合った沼。初めて本気で命を絶とうとした時。遺書を書き終え浮かんだ顔は、自分の笑いのすべてをぶつけさせてくれる唯一の人、お笑いを愛している人、あの人の顔でした。

このままいなくなることの申し訳なさと、恩返し出来なかった後悔を綴ったメールの返信は、0点な自分を温かく包みこんでくれるような愛に溢れたものでした。

思えば、人間関係不得意なツチヤを、偏見なしに見てくれる人たちもいました。

「お母さんも楽しんだからええよ」いつもそばにいてくれた母。

「才能あって羨ましい」初めて愛の温かさを教えてくれた彼女。

「次会う時は笑いだけに生きてるお前に会わせろよ」吐き出す言葉を受け止めてくれたピンク。

「一緒に漫才を作りたい」チャンスをくれた先輩。

お笑いに狂ったこの人生は、間違っていなかった。人生をやり直せるとしても、また笑いに狂って生きるだろう。この人生を心から誇りに思う。

27歳になるとバイトの面接にも受からなくなってきたそんな日々の中、立川志の輔の「浜野矩随」を聞いた時、真っ暗な人生に一筋の光が差し込まれた気持ちになりました。

まったく作品が評価されず、自殺をしようとした腰元掘りの職人・浜野矩随が、死ぬ気で作った最後の作品が世間に認められるというお噺。

もう一度、一瞬だけでもいいから光り輝く1日を。ツチヤは笑いに狂ってきた12年をぶつけ、落語の賞に応募することを決意します。

しかし、結果は落選。ここで終わりか。カイブツが悲痛な声をあげています。お笑いを止める日がくるなんて。

救いを求め本を読んでも、テレビを見ても、映画を観ても、お笑いを観ても、何を観ても楽しくありません。これは、全部、自分の分の絶望なのだ。

ツチヤは自分の存在理由を、笑いのカイブツのことを、遺書に書き記そうと思い立ちます。これこそが最後の使命なのかもしれない。すべてのカイブツたちに向けて。

カイブツは身体中に刺さった3Bの鉛筆を差し出してくれました。穴が開いていくカイブツ。発光するカイブツを見ながら「絶望」が答えになる大喜利を考えていきます。

無人島に1つだけ持って行くとしたら、なに?「絶望」。この遺書を残したら後戻りはできない恐怖で足が震えてきます。

また、今日が始まりました。いつもと変わらない、死にたい夜の続きのような朝でした。

映画『笑いのカイブツ』ここに注目!

2015年から約1年間、ウェブメディア「cakes」で連載されたツチヤタカユキの私小説『笑いのカイブツ』。

2005年に始まった番組「ケータイ大喜利」は、生放送中に出された大喜利のお題に視聴者が携帯電話で送信するという、スマートフォン元年と呼ばれた当時、画期的な番組でした。

ツチヤタカユキ、ペンネーム「MURASON侯爵」は、見事レジェンドを獲得。その後「オードリーのオールナイトニッポン」をはじめ、多くのラジオ番組、雑誌にてハガキ職人として活躍したのち、若林正恭から作家見習いを勧められその道を目指します。

生活のすべてをお笑いに懸け、お笑いのことだけを考え続けたツチヤ。その最大の代償が人間関係不得意という不器用さがとても愛しく感じます

ツチヤを演じる岡山天音

笑いのカイブツを生み出した主人公・ツチヤタカユキを演じるのは、本作が単独主演映画2本目となる岡山天音

ラジオのヘビーリスナーだった天音は、ツチヤの存在を知っていたと言います。「思い入れがある大阪の地で、自分の元へ来たツチヤと共に生き延びようと思う」とコメントを残しています。

岡山天音は、これまでテレビドラマ『半沢直樹』や『ミステリと言う勿れ』、映画『帝一の國』『氷菓』、NHK連続テレビ小説『ひよっこ』など映画、ドラマ、CMにと数多くの作品に出演してきました。

その印象に残る顔立ちと存在感で、若手きってのバイプレーヤーと注目が高まっています。

笑いにすべてを捧げて生きる主人公の狂気にも似た思考を、彼がどのような演技で表現していくのか注目です。

カイブツの世界

笑いを突き詰めるために、文学にも没頭したツチヤ。映画、音楽のみならず図書館に通う日々は、あらゆるジャンルの本を読み漁り、芸術さえもボケに生かそうとインプットを続けます

ラジオから聞こえてくる砂嵐を、この世界でイラつくもの、すなわち自分であると解きます。さらにツチヤが異物を意識した始まりとして、岡本太郎作「太陽の塔」を仰いだ体験も織り交ぜています。

上京した際、ツチヤは頭の雪崩現象に苦しみます。ストレスが極限に達した時、その雪崩を止めてくれたのもまた、岡本太郎「明日の神話」でした。

また、ゴッホが描いた「星月夜」みたいに、歪に折れ曲がって見える東京の夜景。自分のことを何一つ知らない人物からの一方的な攻撃に、ゲルニカのような怪物が切り落とした耳を持ったまま立ち尽くす姿だと引用しています。

その他にも、笑いのカイブツの頭の中には、矢吹ジョーや宮本武蔵、シド・ヴィシャス、カートコバーンなど、マンガや映画の主人公、刹那的に生きた憧れのアーティストが続々登場します。忙しく暴走し続けるカイブツの世界の映像化が楽しみです。

カイブツの成りの果て

どんなに願っても叶えられない、報われない夢。わき目も触れず一心不乱に突き進んだ先が行き止まり。ノンフィクションの切実さが身に染みます。

自分の中で大きくなってしまったカイブツに向き合うことは、簡単なことではありませんでした

そして、他にもカイブツを飼っている人がいるかもしれないと気付きます。ツチヤタカユキが、そんなカイブツに押しつぶされそうな人たちに向けて叫ぶメッセージ

どんなに死にたい夜を迎えても、光が差したような瞬間がきっとある。自分を見てくれている人が必ずいる

「生まれ変わっても、また自分になりたい。お笑いをやりたい」という言葉に、すべてが救われた気がしました。

まとめ

ツチヤタカユキの私小説『笑いのカイブツ』を紹介しました。この度、岡山天音を主演に迎え映画化。2022年内に劇場公開予定です。

笑いに人生を懸けた男の血を吐くほどの魂の叫びが詰まっています。狂いに狂って生まれた「笑いのカイブツ」は、果たして敵か味方か。

あなたの中にも、自分では制御できない「カイブツ」が巣くっているかもしれません。そのカイブツと対峙することは、人生の次のステージへ進む試練となることでしょう

次回の「永遠の未完成これ完成である」は…


(C)全国水平社創立100周年記念映画製作委員会

次回紹介する作品は、島崎藤村の名作『破戒』です。前田和夫監督が、間宮祥太朗を主演に60年ぶりに映画化。2022年7月8日、全国公開予定です。

主人公の教師・瀬川丑松は、被差別部落出身であることを隠し通すよう父から言われていました。自分の本当のルーツをさらけ出せば、差別を受けると分かっていても、丑松の心は常に落ち着くことはありませんでした。

そんな時、被差別部落出身を隠すことなく活動する思想家・猪子蓮太郎に出会い傾倒していきます。

今の時代にも無くならない差別問題を題材に、主人公の葛藤と苦悩、差別意識を追求した名作です。

映画公開の前に、原作のあらすじと、映画化で注目する点を紹介していきます。

【連載コラム】「永遠の未完成これ完成である」記事一覧はこちら


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