連載コラム「永遠の未完成これ完成である」第33回
映画と原作の違いを徹底解説していく、連載コラム「永遠の未完成これ完成である」。
今回紹介するのは、ツチヤタカユキの私小説『笑いのカイブツ』。この度、岡山天音を主演に迎え映画化となりました。2022年劇場公開予定です。
21歳にして「ケータイ大喜利」でレジェンドの称号を獲得したのをきっかけに、人生のすべてを笑いに懸け、狂ったように大量のボケを生み出し続けたあげく、「オールナイトニッポン」をはじめ名立たるラジオ番組で「伝説のハガキ職人」となった、ツチヤタカユキ。
気付けば、27歳。童貞、無職、全財産0円。人間関係不得意の笑いのカイブツになっていました。
ウェブメディア「cakes」での連載が話題を呼び、2017年に書籍化。さらに史郡アル仙によるマンガ化もされた注目の小説『笑いのカイブツ』が、いよいよ映画化となりました。
映画公開に先駆け、原作のあらすじ、映画化で注目する点を紹介します。
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CONTENTS
映画『笑いのカイブツ』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【原作】
ツチヤタカユキ
【監督】
滝本憲吾
【キャスト】
岡山天音
映画『笑いのカイブツ』のあらすじとネタバレ
笑いが好きだと気付いたのは中学生の頃。ちょうどその頃、『ケータイ大喜利』というテレビ番組がスタートします。
『ケータイ大喜利』は、出されたお題に視聴者がボケを送信、審査員の評価が高かったものに段があたえられるという、視聴者参加型の大喜利番組でした。
当時、1回の放送でだいたい30万件ほどの投稿が寄せられ、番組で読まれるものは30個。読まれたネタが「アンテナ3本」=最高評価をもらえれば、初段、二段、三段と昇格していき、その先に「レジェンド」の称号があたえられ、殿堂入りできるというシステムです。
高校1年のツチヤは、「この番組でレジェンドになれたら、お笑いのプロを目指しても許されるのではないか」と、本気になっていきます。
まず、番組で紹介されたネタをすべてノートに書き起こし、制約とパターンを分析、ひたすらボケを生産し続け、狂ったように投稿。しかし、高校3年間で1度も読まれることはありませんでした。
その屈辱をバネに、「1日に500個ボケる」をノルマに突き進み、初めて番組で読まれたのは19歳の時。その後、1日500だったノルマを1000個に増やし、バイトの合間に、移動の時にもとにかく生活のすべての隙間を、大喜利で埋めていきます。
「こんなところで終わってたまるか」。ツチヤは21歳で死ぬつもりでいました。シド・ヴィシャスの刹那的な生き方にずっと憧れていた彼は、その日まで全力疾走することを決意します。
ただひたすらボケを生産する工場のように、今日食べたものすら思い出せない日々。頭の中はお笑いのことだけ。七段を獲得した頃には、大喜利をしている時にしか、生きている感じがしなくなっていました。
朝目覚めるとキャラメルの塊のようになる脳みそを、大喜利へと目覚めさせるために壁に頭を打ち付けると、血がドクドクと垂れてきました。人間をはみ出した瞬間、カイブツが生まれた時でした。
そして、21歳を迎えた時。ツチヤは『ケータイ大喜利』のレジェンドになります。嬉しいというより安堵のほうが大きいものでした。
なりたかった自分になれたはずなのに、なぜか大事なものを失くしたように虚しさが襲います。でも、死ぬことは忘れていました。
それから6年。人を笑わせることだけを考え続けて生きてきた結果、27歳、童貞、無職、全財産0円。ツチヤは、やっぱり死にたいと思っていました。
映画『笑いのカイブツ』ここに注目!
2015年から約1年間、ウェブメディア「cakes」で連載されたツチヤタカユキの私小説『笑いのカイブツ』。
2005年に始まった番組「ケータイ大喜利」は、生放送中に出された大喜利のお題に視聴者が携帯電話で送信するという、スマートフォン元年と呼ばれた当時、画期的な番組でした。
ツチヤタカユキ、ペンネーム「MURASON侯爵」は、見事レジェンドを獲得。その後「オードリーのオールナイトニッポン」をはじめ、多くのラジオ番組、雑誌にてハガキ職人として活躍したのち、若林正恭から作家見習いを勧められその道を目指します。
生活のすべてをお笑いに懸け、お笑いのことだけを考え続けたツチヤ。その最大の代償が人間関係不得意という不器用さがとても愛しく感じます。
ツチヤを演じる岡山天音
笑いのカイブツを生み出した主人公・ツチヤタカユキを演じるのは、本作が単独主演映画2本目となる岡山天音。
ラジオのヘビーリスナーだった天音は、ツチヤの存在を知っていたと言います。「思い入れがある大阪の地で、自分の元へ来たツチヤと共に生き延びようと思う」とコメントを残しています。
岡山天音は、これまでテレビドラマ『半沢直樹』や『ミステリと言う勿れ』、映画『帝一の國』『氷菓』、NHK連続テレビ小説『ひよっこ』など映画、ドラマ、CMにと数多くの作品に出演してきました。
その印象に残る顔立ちと存在感で、若手きってのバイプレーヤーと注目が高まっています。
笑いにすべてを捧げて生きる主人公の狂気にも似た思考を、彼がどのような演技で表現していくのか注目です。
カイブツの世界
笑いを突き詰めるために、文学にも没頭したツチヤ。映画、音楽のみならず図書館に通う日々は、あらゆるジャンルの本を読み漁り、芸術さえもボケに生かそうとインプットを続けます。
ラジオから聞こえてくる砂嵐を、この世界でイラつくもの、すなわち自分であると解きます。さらにツチヤが異物を意識した始まりとして、岡本太郎作「太陽の塔」を仰いだ体験も織り交ぜています。
上京した際、ツチヤは頭の雪崩現象に苦しみます。ストレスが極限に達した時、その雪崩を止めてくれたのもまた、岡本太郎「明日の神話」でした。
また、ゴッホが描いた「星月夜」みたいに、歪に折れ曲がって見える東京の夜景。自分のことを何一つ知らない人物からの一方的な攻撃に、ゲルニカのような怪物が切り落とした耳を持ったまま立ち尽くす姿だと引用しています。
その他にも、笑いのカイブツの頭の中には、矢吹ジョーや宮本武蔵、シド・ヴィシャス、カートコバーンなど、マンガや映画の主人公、刹那的に生きた憧れのアーティストが続々登場します。忙しく暴走し続けるカイブツの世界の映像化が楽しみです。
カイブツの成りの果て
どんなに願っても叶えられない、報われない夢。わき目も触れず一心不乱に突き進んだ先が行き止まり。ノンフィクションの切実さが身に染みます。
自分の中で大きくなってしまったカイブツに向き合うことは、簡単なことではありませんでした。
そして、他にもカイブツを飼っている人がいるかもしれないと気付きます。ツチヤタカユキが、そんなカイブツに押しつぶされそうな人たちに向けて叫ぶメッセージ。
どんなに死にたい夜を迎えても、光が差したような瞬間がきっとある。自分を見てくれている人が必ずいる。
「生まれ変わっても、また自分になりたい。お笑いをやりたい」という言葉に、すべてが救われた気がしました。
まとめ
ツチヤタカユキの私小説『笑いのカイブツ』を紹介しました。この度、岡山天音を主演に迎え映画化。2022年内に劇場公開予定です。
笑いに人生を懸けた男の血を吐くほどの魂の叫びが詰まっています。狂いに狂って生まれた「笑いのカイブツ」は、果たして敵か味方か。
あなたの中にも、自分では制御できない「カイブツ」が巣くっているかもしれません。そのカイブツと対峙することは、人生の次のステージへ進む試練となることでしょう。
次回の「永遠の未完成これ完成である」は…
次回紹介する作品は、島崎藤村の名作『破戒』です。前田和夫監督が、間宮祥太朗を主演に60年ぶりに映画化。2022年7月8日、全国公開予定です。
主人公の教師・瀬川丑松は、被差別部落出身であることを隠し通すよう父から言われていました。自分の本当のルーツをさらけ出せば、差別を受けると分かっていても、丑松の心は常に落ち着くことはありませんでした。
そんな時、被差別部落出身を隠すことなく活動する思想家・猪子蓮太郎に出会い傾倒していきます。
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映画公開の前に、原作のあらすじと、映画化で注目する点を紹介していきます。
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