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Entry 2022/03/14
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映画『アネット』あらすじ感想と意味考察解説。アダムドライバーは“アダム”を演じる?スパークス×レオスカラックスが紡ぐ“病める愛の歌”|のび編集長の映画よりおむすびが食べたい6

  • Writer :
  • 河合のび

連載コラム『のび編集長の映画よりおむすびが食べたい』第6回

「Cinemarche」編集長の河合のびが、映画・ドラマ・アニメ・小説・漫画などジャンルを超えて「自身が気になる作品/ぜひ紹介したい作品」を考察・解説する連載コラム『のび編集長の映画よりおむすびが食べたい』。

第6回で考察・解説するのは、2022年4月1日(金)より渋谷ユーロスペースほかにて全国ロードショー公開の映画『アネット』です。

前作『ホーリー・モーターズ』(2012)などをはじめ、奇妙にして唯一無二の作品を手がけ続けるレオス・カラックス監督の初のミュージカル映画にして、病めるほどの圧倒的な愛で観客を圧倒する「ダークファンタジー・ロック・オペラ」である『アネット』。

本記事では、アダム・ドライバー演じる主人公ヘンリーが「アダム」である理由、彼とその恋人アンが住む「異なる色彩の世界」の意味を中心に本作の考察・解説をしていきます。

連載コラム『のび編集長の映画よりおむすびが食べたい』記事一覧はこちら

映画『アネット』の作品情報


(C)2020 CG Cinéma International / Théo Films / Tribus P Films International / ARTE France Cinéma / UGC Images /
DETAiLFILM / Eurospace / Scope Pictures / Wrong men / Rtbf (Télévisions belge) / Piano

【日本公開】
2022年(フランス・ドイツ・ベルギー・日本・メキシコ合作映画)

【原題】
Annette

【監督】
レオス・カラックス

【原案・音楽】
スパークス

【歌詞】
ロン・メイル、ラッセル・メイル &LC

【キャスト】
アダム・ドライバー、マリオン・コティヤールほか

【作品概要】
『汚れた血』(1986)『ポンヌフの恋人』(1991)『ホーリー・モーターズ』(2012)など奇妙にして唯一無二の作品を手がけ続けるレオス・カラックス監督が、人気バンド「スパークス」がストーリー仕立てのスタジオアルバムとして構築していた物語『アネット』を原案に作り上げたミュージカル映画。

映画全編を歌で語り、全ての歌をライブ収録した本作の主演を務めたのは、『マリッジ・ストーリー』(2019)『最後の決闘裁判』(2021)のアダム・ドライバーと『TAXi/タクシー』(1998)『マリアンヌ』(2017)のマリオン・コティヤール。

本作は2021年の第74回カンヌ国際映画祭・コンペティション部門にてオープニング作品として上映され、監督賞を受賞した。

映画『アネット』のあらすじ


(C)2020 CG Cinéma International / Théo Films / Tribus P Films International / ARTE France Cinéma / UGC Images /
DETAiLFILM / Eurospace / Scope Pictures / Wrong men / Rtbf (Télévisions belge) / Piano

ロサンゼルス。攻撃的なユーモアセンスをもったスタンダップ・コメディアンのヘンリーと、国際的に有名なオペラ歌手のアン。

“美女と野人”とはやされる程にかけ離れた二人が恋に落ち、やがて世間から注目されるようになる。

だが二人の間にミステリアスで非凡な才能をもったアネットが生まれたことで、彼らの人生は狂い始める。

映画『アネット』の感想と評価


(C)2020 CG Cinéma International / Théo Films / Tribus P Films International / ARTE France Cinéma / UGC Images /
DETAiLFILM / Eurospace / Scope Pictures / Wrong men / Rtbf (Télévisions belge) / Piano

「神の類人猿」ことアダムはバナナを食べる

映画『アネット』作中、スタンダップ・コメディアンであるヘンリーは「神の類人猿」と称され、その攻撃的で挑発的なジョークによって当初は高い人気を誇っていました。

「神の類人猿」……どこか皮肉めいたその異名には、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教に登場する「創造主たる神に、楽園で過ごすことを許されるまでに愛されていた特別な類人猿」であり、神によって最初に造られた人間と伝承されるアダムを連想させられます。

ヘンリーを演じたのが「アダム・ドライバー」であるがゆえに「ただのシャレでは?」とも受け取られかねない発想ではありますが、作中ではヘンリーと恋に落ち結婚へと至るオペラ歌手アンはリンゴを、ヘンリー自身はバナナを度々食べており、いずれの果物もアダムの有名な逸話「楽園追放」で描かれる禁断の果実の正体として多くの人々に認識されています。

「知恵の樹(あるいは善悪の知識の樹)」と「生命の樹」の生えたエデンの園で過ごしていたものの、蛇に唆され神に禁じられていた知恵の樹の実を食べてしまったことで、楽園を追放され「神に愛される類人猿」ではなくなったアダム。

なおアダムは伝承によると、神に知恵の樹の実を食べたことを知られた時「イヴ(神が「一人ではよくない」とアダムの肋骨から造り出した女性)がそれをくれた」と答えています。

そして作中でアンが食べているリンゴは確かに「知恵の樹の実」と多くの人々に認識されているものの、それは俗説であり旧約聖書において「リンゴ=知恵の樹の実」という記述は存在しないことも、映画作中におけるヘンリーとアンの愛の顛末を暗示してます。

暴力性の「緑」を塗り潰す死の「青」


(C)2020 CG Cinéma International / Théo Films / Tribus P Films International / ARTE France Cinéma / UGC Images /
DETAiLFILM / Eurospace / Scope Pictures / Wrong men / Rtbf (Télévisions belge) / Piano

ヘンリーは映画冒頭の場面にて緑色のジャケットを羽織りそれを着続けるのをはじめ、彼が仕事をする際に着る緑色のローブ、ライブ会場を包む照明の緑色の光など、スタンダップ・コメディアンとしてのヘンリーを取りまく世界は常に「緑色」に満ちています。

「緑色」と聞いて、カラックス監督の過去作を観たことのある人間が必ず連想するものがあります。それは、オムニバス映画『TOKYO!』(2008)の一編「メルド」や『ホーリー・モーターズ』(2012)に登場した謎の怪人メルド(フランス語で「糞」)です。

理不尽で不条理な暴力を撒き散らし、「現代の日本に現れた人の形をしたゴジラ」として描かれたメルド。彼は全身を緑色の衣服で身に纏っていることから、メルドの姿を一度でも目撃した者は誰もが「カラックス監督にとっての緑色は『理解し難い暴力性』の象徴」と捉えています。

「神の類人猿」と呼ばれている男が身に纏う、理解し難い暴力性。それは映画作中で語られてゆくヘンリーの本性はもちろん、ヘンリーが「真実を伝えるため」と語る「笑う/笑わせる」という行為に秘められた暴力性、人間が知恵の樹の実を食べたことで得たものを象徴しています。


(C)2020 CG Cinéma International / Théo Films / Tribus P Films International / ARTE France Cinéma / UGC Images /
DETAiLFILM / Eurospace / Scope Pictures / Wrong men / Rtbf (Télévisions belge) / Piano

一方、オペラ歌手として活躍するアンを取りまく世界は常に「青色」に包まれています。その色はまさしく「死」の色であり、舞台上で演技とはいえ幾度となく死に続けるアンを象徴する色です。

様々な方法で死に続けることで観客を満足させる光景は、神の世界に人間の死という贄を捧げ続ける様子にも重なり、冥府の世界のようにも見える青色に包まれたオペラ劇場の舞台。

映画作中でもヘンリーはアンの舞台を目の当たりにしますが、それは彼が身に纏う緑色すらも塗り潰してしまうほどの強烈な「死」の色を感じとる瞬間でもあり、のちの作中の物語に大きな波紋を呼ぶことになるのです。

まとめ/映画は歌い続ける


(C)2020 CG Cinéma International / Théo Films / Tribus P Films International / ARTE France Cinéma / UGC Images /
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映画冒頭、録音スタジオにて演奏を準備していたスパークスが、愛娘ナスチャ(本作は彼女に捧げられた作品です)とともに本人役で出演するカラックス監督の合図によって演奏を開始。そのまま街に飛び出して主演のアダム・ドライバーとマリオン・コティヤールと合流し、彼ら彼女らの歌声とともに物語が始まってゆく……。

「始めよう」と歌いながら、キャスト陣が「天に浮かぶ何か」あるいは「天にいる誰か」に向けて呼びかけ続けるなど、メタ的な演出によって映画『アネット』は幕を開けます。

その冒頭場面でのメタ的演出だけでなく、「神の類人猿」ことアダムの伝承や『ピノッキオ』『人魚姫』といった童話などの様々な物語になぞらえられた演出など、本作にはのちの展開を結末を暗示する演出が至るところに散りばめられており、映画を観終えた時には誰もがカラックス監督の演出の緻密さに驚嘆の声を漏らすことになるでしょう。

そして本編が終わりエンドロールが流れ始めても、「歌」は決して終わりません。

「天に浮かぶ何か」あるいは「天にいる誰か」の正体が明かされるとともに、『アネット』という映画は「観客」と呼ばれる親愛なる人々に向けて歌い続け、その意地悪くも美しき愛を伝えようとする……。

そこには、かつて23歳で長編デビュー作『ボーイ・ミーツ・ガール』(1984)をカンヌの批評家週間に出品し「恐るべき子ども」と絶賛された映画監督レオス・カラックスが、これまでの創作の模索とその中で授かった娘ナスチャの存在によってたどり着いた新たな境地が見出せるのです。

次回の『のび編集長の映画よりおむすびが食べたい』も、ぜひ読んでいただけますと幸いです。

連載コラム『のび編集長の映画よりおむすびが食べたい』記事一覧はこちら





編集長:河合のびプロフィール

1995年生まれ、静岡県出身の詩人。2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、2020年6月に映画情報Webサイト「Cinemarche」編集長へ就任。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける。

2021年にはポッドキャスト番組「こんじゅりのシネマストリーマー」にサブMCとして出演(@youzo_kawai)。


photo by 田中舘裕介

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