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Entry 2021/07/26
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【河内彰監督インタビュー】映画『フィア・オブ・ミッシング・アウト』都市という心象風景×美しき現世の風景を映し出し自己の存在を手放す

  • Writer :
  • Cinemarche編集部

映画『フィア・オブ・ミッシング・アウト』は2021年7月31日(土)より、池袋シネマ・ロサほかにて全国順次公開!
2022年1月14日(金)より京都みなみ会館、1月15日(土)よりシネ・ヌーヴォXにて上映。

『光関係』(2016)で瀬々敬久・真利子哲也らにその才能を高く評価され、国内各地の映画祭にて注目が高まり続ける映画作家・河内彰の短編映画『フィア・オブ・ミッシング・アウト』(以下『FOMO』)。

SNSスラングを題した本作は、親友を亡くしたとある女性の物語を通じて、人の心に現れる「とり残される怖さ」と悲しみ、その先に見えてくる光景を描き出します。


photo by 田中舘裕介

このたびの劇場公開を記念して、本作を手がけた河内彰監督にインタビュー。

本作の着想やキャスティングについてはもちろん、河内監督が映画を撮り続ける理由、映画と記憶/風景のつながり、映画というものが持つ美しさなど、貴重なお話を伺いました。

偶然の出会いから現れた作品


(C)Crashi Films

──映画『FOMO』のテーマや物語は、はどのような経緯で着想されたのでしょうか?

河内彰監督(以下、河内):自分が撮る映画の着想は、キャストさんとの出会いが深く関わっています。『FOMO』の場合も普段のアートセンターでの仕事中、主人公のユジン役を演じてくださったYujin Leeさんがお客さんとして施設に来られた際に出会い、彼女に魅力を感じたのがきっかけでした。

実は当初、Yujinさんが韓国の方だとは気づかなかったんです。のちにお話をさせていただく中で彼女の出身地も知ったんですが、その時に物語の最後は「言葉が伝わったかの真偽は分からないけど、言葉の意味だけが伝わる」という映画を描きたいと思いました。そしてそれが、『FOMO』という作品の軸となっていったんです。

──Yujinさんに『FOMO』の主人公ユジンを演じてもらった理由、あるいはその理由となったYujinさんの魅力とは一体何でしょうか?

河内:自分は「役者ではない人々」という存在への憧れを強く持っていて、「プロ」である役者さんに対し敬意を払う一方で、いわゆる「素人」と呼ばれる方に魅力を感じることが多いんです。

とりわけYujinさんは、自己を無理に着飾っていなくて、健康的な感性を持っている方なんです。そして「この人が映画の中に映っていたらいいな」と、彼女に対して感じられた。たとえ撮影現場で自分が「カメラ、回しますね」と言っても「そのままの姿」でいてくれそうな気丈さを感じられたので、「ぜひ映画に出演してほしい」とお願いしたんです。

映画という心象風景、思い出という心象風景


(C)Crashi Films

──『FOMO』作中では登場人物たちの内にあるそれぞれの記憶と風景を多数描いていますが、河内監督は映画と記憶/風景のつながりをどのように捉えられているのでしょうか?

河内:自分は漫画やイラストも時折描くんですが、それらには「映画は思い出」というセリフがよく登場するんです(笑)。別にカッコつけてるわけではなくて、「映画」と「思い出」は近しいものだと常日頃から感じているからなんです。

相手と直接会って話している時よりも、その後別れて、帰りの電車に乗りながらその人との会話を思い出している時の方が、相手のことをより深く想っている気がする。一人寂しさに包まれている時の方が、その相手のことを想ってしまう。そして映画を観る時も、劇場が暗闇に包まれた瞬間に誰もが「一人」になり、作中の登場人物という「ここにいない誰か」に想いを馳せる。そう考えると映画と日常の生活の間にある共通項は、「寂しい」という感情なのかもしれません。

自分には実験映像作家として知られる末岡一郎さんという恩師がいるんですが、ある時彼に「『映画』という言葉には『心象風景』という意味も含まれているんだよ」「だからその人が過ごしている日常は、その人だけの映画と言えるんだよ」と言われたことがあるんです。普段の末岡さんは映画制作を理論的に考えられている方なんですが、その言葉はあまりにもロマンチックで、けれど「本当のこと」として言っているんだと当時の僕には伝わりました。

『FOMO』でも思い出とその風景を回想する場面が多々ありますが、その思い出を誰が回想しているのか、その風景は誰にとっての心象風景なのかは敢えて明確に描いていません。そうした風景を通じて「誰かの記憶」を描くことの意味、「誰かの記憶」のために風景を描くことの意味を、映画を撮る際には強く意識しています。

映画が「自分の内の美しい風景」を教えてくれた


(C)Crashi Films

──映画『FOMO』のみならず河内監督の過去作にて度々描かれている「橋」や「電車が走り過ぎてゆく線路」の風景は、もしかすると作り手である河内監督ご自身の心象風景なのかもしれません。

河内:橋や電車が走る線路も含めて、ありふれた街並みの風景がとても好きなんですが、それは自分が兵庫で生まれてからはずっと東京で育ってきた子どもで、「都市」という場所が身近にあったからというのが根底にあります。

たとえば同じ自然の風景を被写体にしても、「自然に囲まれた土地で育ってきた人」が撮ったものと「都会で育ってきた人」が撮ったものでは全く異なる風景に見えてくる。それは「自然に囲まれた土地で育ってきた人」が、畏れと隣り合わせである自然の本当の美しさを知っているのに対し、「都会で育ってきた人」がどれほど荘厳で美しい自然を撮っても、結局は「都会の人が撮った自然」にならないからです。

だからこそ自分の身近で「本当に美しい」と感じられた風景は、やはり立ち並ぶ建物や道路、「誰かがそこにいる」「誰かが暮らしている」と分かる灯りなどが存在する街の風景だった。むしろ今の日本で「美しいもの」を映画で撮りたいと考えた時、自分にはそれしか思い浮かばなかったんです。

ただ、そうした身近に昔からあった風景が、自分の内にある「映画」という心象風景だとは当初気づけませんでした。やがて映画に教えてもらった美しい風景を自身の生活の中から探してみた時、初めて「電車の窓越しに見える、ありふれた街並みの風景」が自分にとって映画的で、そして美しい風景なんだと再発見できた。そのため自身の生活や心の内に「美しい風景」の記憶が元々あったというよりは、美しさを映画から教えてもらったことで、自己の記憶から「美しい風景」を見出すことができたというのが正直なところです。

自己から遠く離れてゆく映画


photo by 田中舘裕介

──河内監督が映画制作を続けられる理由とは何でしょうか?

河内:自分は元々感情的な性格で、映画によって自分の中に生じたエモーションに酔うことがままありました。たとえば一本の映画を観終えた時、「その映画の中で生きられたら」「映画の主人公になってみたい」と思ってしまうことは、誰しも心当たりがあるはずです。そうした夢想はもちろん、映画館の外の現実世界の風景を「映画の風景」と錯覚したりなど、そういった経験が自身の映画に対する憧れを育てていたのではと感じています。

ですが様々な映画を観続ける中で、そうした憧れ方からはだんだんと離れていき「自分のいないところで、『映画』とその美しさを撮りたい」「映画に教えてもらった現世の美しさを、自分の映画でも映し出したい」と思うようになりました。それが、映画を撮る目的なのかもしれません。

日常を生きている人々、ありふれた場所で起きている名もなき出来事など、映画が何気なく映し出している現実というドキュメンタリー性。映画が何気なく映し出している、現世の美しさ……自分の内にある映画の美しさは、今の自分には決して言葉で説明し切ることはできません。

ただ『FOMO』でも追い求めていた通り、「好き」という言葉を用いなくても「好き」という感情を他者に伝えられるように、「人の姿」を映さなくても「人の存在」を映し出せる。そして映画や現世の美しさを「そこ」に映し出すのに、作り手としての自己の存在はもはや「そこ」には必要なくなる。だからこそ映画というものを、自己から遠く離して見つめたいと思うのかもしれません。

「風景」というものも同様で、電車に乗っている際に窓から外の風景を見た時、そこに人々が暮らしているという生活を感じられることがよくあるように、見えないけれど確かに「そこ」に生きている誰かを感じとれる。かつて自分が観て「美しい」と思えた映画は、少なくともそういったものを映し出している作品であり、自分が撮る映画でもそれを描くことを目標にしています。

もう二度と、この映画は撮れない


photo by 田中舘裕介

──映画『FOMO』の完成を経てついに劇場公開を迎える中、河内監督ご自身にとって『FOMO』はどのような映画となりつつありますか?

河内:自分は決して立派な人間ではないですし、そもそも「映画を撮る」という行為自体が社会に直接貢献できる機会は、非常に限られていると感じています。やはり自分のために撮り続けているという側面が強いですし、制作を続ける中で自分がそれまで分からなかった部分を知ったり、自分にとっての新たなものを発見することこそが、もの作りの本質の一つだとも感じています。

ただ今回の『FOMO』は、「作り手である自分からどんどん遠く離れ、「美しいもの」だけが残っていく」という自分が思う映画の在り方を意識して制作に臨んだ、初めての作品でもありました。

また同時に、「ちゃんと人間を尊敬して撮ろう」と真に思えた映画でもあったと、制作途中の時期を改めて振り返った時に気づきました。そういう意味では、自分自身が深く勉強させてもらった作品となったと感じています。そして何より、良くも悪くも「もう二度と、『FOMO』のような映画は撮れないだろう」と今現在は思っています。

インタビュー/河合のび
撮影/田中舘裕介

河内彰監督プロフィール

1988年生まれ、兵庫県出身。主に都内で「Crashi Films(クラッシュアイ フィルムズ)」として映画の制作を行う。

2017年に映画『光関係』がCHOFU SHORT FILM COMPETITION 19thにて真理子哲也、瀬々敬久らに選出されグランプリを受賞、注目を集める。

2019年、池袋シネマ・ロサ「二人の作家 河内彰×松本剛」にて二週間の特集上映で劇場公開デビュー。2020年製作の映画『Fear of missing out』はPFF(ぴあフィルムフェスティバル)ほか各映画祭にて上映され話題となり、2021年には劇場公開が決定した。

映画『フィア・オブ・ミッシング・アウト』の作品情報

【公開】
2021年(日本映画)

【監督・脚本・編集・撮影】
河内彰

【キャスト】
Yujin Lee、高石昂、小島彩乃、スニョン、サトウヒロキ、レベッカ、藤岡真衣、横尾宏美、安楽涼、鏑木悠利、三田村龍伸

【作品概要】
『光関係』(2016)で瀬々敬久・真利子哲也らにその才能を高く評価され、国内映画祭にて注目が高まり続ける新鋭・河内彰による短編作品。

2020年のうえだ城下町映画祭自主制作映画コンテストでの審査員賞(大林千茱萸賞)をはじめ、第42回ぴあフイルムフェスティバルPFFアワード2020入選、ふくおかインディペンデント映画祭2020入選を果たした。

映画『フィア・オブ・ミッシング・アウト』のあらすじ


(C)Crashi Films

親友のイ・ソンを亡くしたユジンは、彼女の残したボイスレコードを発見する。

ここにいない友と通じ触れながら、ユジンは思い出と現在の時空を行き交い始める。

街のネオン、夜のとばり、彼女の車が向かう先は……。

映画『フィア・オブ・ミッシング・アウト』は2021年7月31日(土)より、池袋シネマ・ロサほかにて全国順次公開!




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