サスペンスの神様の鼓動45
愛する家族を守る為、タイ警察を相手に「映画の知識」のみで完全犯罪を企てた男の、孤独な頭脳戦を描いたサスペンス映画『共謀家族』。
2015年のインド映画『ビジョン』をリメイクした本作は、主人公のリーが、本来なら共謀関係にある観客すら騙してくる、さまざまな仕掛けのある作品でした。
今回は映画『共謀家族』の魅力と、本作では明かされていない最後の謎に関して、考察していきます。
「1000の映画を知る」リーと「1000の事件を知る」警察局長ラーウェン。
我が子を救う為、激しい頭脳戦を繰り広げる2人の戦いを描いた本作は、2020年の「中国年間興収」で第9位という大ヒットを記録しています。
主人公のリーを、中国で歌手、俳優、監督、脚本家とマルチに活躍する人気俳優シャオ・ヤンが演じる他、リーを追い詰める警察局長、ラーウェンを演じるジョアン・チェンは『ラストエンペラー』(1987)で、皇后婉容を演じ、世界的に注目されて以降、海外でも活躍している国際的な女優です。
監督は、本作が長編デビュー作でありながら、卓越したストーリーテリングが高く評価されている、新鋭サム・クァー。
CONTENTS
映画『共謀家族』のあらすじ
幼き日に、タイへ移り住んできた中国人のリー・ウェイジエ。
彼は両親を失い孤児になった辛い過去がありますが、現在は小さなインターネット回線会社を経営しています。
信心深く誠実な人柄のリーは、周囲の人に好かれ、妻のアユー、高校生の娘ピンピン、まだ幼い娘のアンアンと幸せに暮らしています。
また、リーは映画好きで「映画を1000本観れば、世界に分からない事は無い」が信条です。
ある日、リーは行きつけの食堂の店主、ソンに自分が考えた「棺桶に隠れて脱獄を企てる男」の物語を聞かせていましたが、ソンは呆れた様子を見せます。
さらに、リーは映画『ショーシャンクの空に』の名場面について熱く語り出します。
ですが、ソンの食堂で聞き込みをしていた警察官、サンクンに「うるさい!」と恫喝されます。
サンクンは、殺人事件の捜査を行っていますが、警察の権力で住民を脅し、賄賂を払わせている悪徳警官で、地域の住民に嫌われています。
タイ警察の女性警察局長、ラーウェンは「1000の事件を研究すれば、解決できない犯罪はない」が信条の敏腕警察官です。
ですが、事件解決の為なら、証拠品の捏造すらもしてしまう、危険な性格でもあります。
ある日、リーが自宅に戻ると、ピンピンが「サマーキャンプに行きたい」と、リーに書類を渡します。
リーは会社の社長ですが、決して裕福ではなく、墓地の隣にある安い自宅に住んでいます。
サマーキャンプの参加費を見たリーは、高額なことに驚きますが、ピンピンの為に参加費を払います。
そんなリーに、新たな仕事が舞い込みます。
増築されるタイ警察署の通信回線を担当することになり、リーはソンの食堂で打ち合わせを行います。
それから数日後、キャンプから帰宅したピンピンは、家族を避けるような態度を取るようになります。
ピンピンはサマーキャンプで、ラーウェンの息子であるスーチャットに薬を盛られ、意識がもうろうとしている中で、暴行されます。
その暴行の様子を撮影されてしまい、スーチャットに「逆らえば、動画をネットで拡散する」と脅されます。
スーチャットは、これまでも数々の暴行事件を起こしてきた問題児でしたが、警察局長である母親ラーウェンと、議員である父親デゥポンにより、罪を揉み消されていました。
ですが、市長選に立候補したデゥポンは、これ以上スーチャットが問題を起こし、選挙に影響する事を危惧していました。
ピンピンは、権力者の両親を持つスーチャットに逆らうことができず、スーチャットに呼び出された倉庫へ、夜中に向かいます。
スーチャットはピンピンに、再び暴行しようとしますが、ピンピンの普段とは違う様子を察知したアユーも倉庫に現れ、スーチャットと揉み合いになります。
ピンピンは、スーチャットのスマホを壊そうと、倉庫にあった農具を振りかざします。
しかし、農具はスーチャットの頭に当たってしまい、スーチャットは死亡します。
その頃、リーはホテルの回線を修理する為、1泊の出張に出ていました。
仕事を終えたリーは、ムエタイを観戦し、家族に電話をしますが、全く電話回線が繋がりません。
異常を察したリーが帰宅すると、アユーが泣いているピンピンを抱きしめていました。
警察局長と議員の1人息子を殺してしまったことで「通報すれば、必ずピンピンが刑務所に入れられる」と考えたアユーは、スーチャットの死体を自宅の隣にある墓地に埋めていました。
リーは愛する家族を守る為、犯罪映画のトリックに関する知識を使い、完全犯罪を計画します。
サスペンスを構築する要素①「映画の知識で目論む完全犯罪」
家族を守る為に、完全犯罪を計画した男と、タイ警察の攻防を描いたサスペンス『共謀家族』。
この設定を聞いただけだと、いくら家族を守る為とは言え、完全犯罪に挑む主人公リーに「共感できないのではないか?」と感じる人もいるでしょう。
リーは、不良高校生のスーチャットを殺してしまった娘のピンピンの為に、完全犯罪を企てるのですが、問題は殺害されたスーチャットの家柄です。
スーチャットの母親ラーウェンは、タイ国際警察の局長です。
これまでスーチャットは、数多くの暴力事件を起こしていますが、全てラーウェンが揉み消してきました。
ラーウェンは、可愛い1人息子であるスーチャットの「未来の可能性」を信じていますが、逆に言うと、スーチャットの未来しか見えておらず、それを邪魔する要因は、どんな理由であれ全て排除する危険な性格です。
本作の中盤でも、スーチャットが撮影した、ピンピンを暴行する動画を見ても、即座に「極秘情報」にして、この事実を揉み消し、ピンピンに謝罪するどころか「本当のことを言わないと、この動画を拡散させる」という、脅迫の道具に使います。
おそらく、スーチャット殺害後に、ピンピンが警察に自首をしても、ピンピンが暴行された事実は揉み消され、重い罪が課せられただけでしょう。
つまり、真実を話しても、スーチャットにとって都合の悪い部分は隠蔽される可能性が高く、ピンピンの正当防衛など認められるはずがないのです。
そこでリーは家族を守る為、タイ警察を相手に完全犯罪を成立させる為の戦いを始めます。
とは言え、お金も権力も無いリーの、唯一の武器は「映画の知識」のみです。
「1000本の映画を観れば、世界に分からないことは無い」というリーの持論は非常に共感できますが、対するラーウェンは「1000の事件を研究すれば、解決できない犯罪はない」が信条で、事件解決の為なら証拠品も捏造する危険な人物です。
愛する息子の為に、血眼になって捜査をするラーウェンから、果たしてリーは家族を守り切れるのか?
これが『共謀家族』の物語の主軸となっていきます。
サスペンスを構築する要素②「観客すらも騙すリーのトリック」
家族を守る為に、完全犯罪を企むリーですが、序盤ではスーチャットの車に乗り込むところを、タイ警察のサンクンに見られたうえ、湖にスーチャットの車を沈める場面では、なかなか沈まないスーチャットの車を、山羊使いの老人に見られそうになるという、頼りない部分が目立ちます。
その後、リーは家族に、警察に尋問された時の対処法を教えるのですが、映画で得ただけの知識で乗り切ろうとするリーを、おそらく多くの人が「大丈夫か?」と不安に感じるでしょう。
しかし、作品中盤で明らかになる、リーが企てた「アリバイ工作」のトリックは、実に見事なものでした。
リーが参考にした映画は、2013年に公開された、韓国のサスペンス映画『悪魔は誰だ』です。
なのですが、今回の「アリバイ工作」のトリックは、映画を構成するうえで必要不可欠となる「フィルム」の考え方が適用されています。
リーは、スーチャットが殺害された次の日に、家族を連れて旅行に出かけ、さまざまな人の印象に残るように振る舞います。
これで、旅行先で関わった人達へ「視覚的な情報」として「リーの家族が旅行に来ていた」という事を覚えさせます。
その後、リーは旅行先で関わった人達に再び会い「4月2日と3日に旅行へ行っていた」「一昨日、このホテルを利用した」「昨日、このムエタイの会場でポップコーンをばらまいた」と、時間的な情報を記憶させます。
そして、タイ警察が、犯行時刻のリーのアリバイを事情徴収した際、リーと関係した人達の「視覚的に得た記憶」と「リーに印象付けられた時間軸」が、1つのフィルムのように繋がり、リーのアリバイ工作が完成します。
まさに、映画を愛するリーだからこそのトリックと言えます。
このトリックが解明される中盤になると、タイ警察は「リーを甘く見ていた」と後悔しますが、それは観客も一緒です。
この時点で、リーと共謀関係にあると思っていた観客は、リーに騙されて裏をかかれた気持ちになりますが、リーが仕掛けた最大のトリックは、実はクライマックスに待っていたのです。
サスペンスを構築する要素③「スーチャットの死体の行方は…?」
本作のクライマックスでは、強硬手段に出たラーウェンにより、リーの家族は逮捕され、スーチャットの死体が埋められているとされる、墓地の検証が行われます。
リーの妻アユーは、殺害したスーチャットの死体を「墓地に埋めた」と言っている為、スーチャットの死体は、確実に墓地に埋められている…はずでした。
しかし、掘り出されたのは山羊の死体。
ここで、先祖の墓を荒らされた地域の住民の怒りが爆発し、暴動が起きます。
そして、そのままラストに向かう為、作中で「スーチャットの死体が、どこに埋められたか?」は、明確に語られていません。
これこそが、リーが仕掛けた最大のトリックで、共謀関係にあった家族にすら秘密にしていたことです。
リーは家族だけでなく、再び観客を騙し、煙に巻いてきます。ですが、作中の場面をヒントに考えると、何となく場所が分かるようになっています。
まず、リーがスーチャットの死体を掘り起こす場面があるので、墓地から別の場所にリーが変えたのは事実です。
では「スーチャットの死体を何処に隠したか?」と言うと、新たに増築されたタイ警察署の中でしょう。
作品の序盤で、工事中のタイ警察署を、仕事で視察に来たリーが、床に開けられた大きな穴に気付き、無言で眺める場面があります。
何気ない場面なので、見落としてしまうかもしれませんが、ちょうど、人ひとりが入る大きさの穴なので、ここにスーチャットの死体を隠したと思われます。
本作のラストで、スーチャットの死体をタイ警察が見つけましたが「場所は非公開にした」という情報が流れます。
権力を誇示し、民衆を抑圧してきたタイ警察の署内に、探していた死体が埋まっていたとすれば、タイ警察の恥になります。
だから、タイ警察は発見場所を非公開にし、リーもそのことを計算していたのでしょうね。
映画『共謀家族』まとめ
本作のラストで、リーは全ての罪を被り自首をします。
愛する人の罪を隠す為、警察を相手に工作を図り、最後は自分が全ての罪を被るという展開は、東野圭吾原作で、2008年に映画化もされた『容疑者Xの献身』を彷彿とさせます。
リーもラーウェンも、結局助けたかったのは「愛する我が子」。あまりにも悲しい両者の戦いの末、残されたのは「家族愛」だけです。
本作は「家族の物語」なのですが、理不尽な権力に抑圧される、一般市民の不満を描いた、政治的なメッセージも強い作品です。
中盤までは、見応えのあるリーとラーウェンの頭脳戦が展開され、それ以降は、誰しも身近に感じる「家族愛」を描きながら、政治的な問題定義も込めた映画『共謀家族』。
かなり完成度の高い作品でした。
次回のサスペンスの神様の鼓動は…
次回も、魅力的な作品をご紹介します。お楽しみに!