映画『Arc アーク』は2021年6月25日(金)より全国ロードショー。
ケン・リュウの傑作短編小説『円弧』(ハヤカワ文庫刊・『もののあはれ』に収録)が、『Arc アーク』のタイトルで石川慶監督によって実写映画化されました。
不老不死の肉体を手に入れた主人公のリナ役に芳根京子。リナの17歳から90歳までを演じ切りました。
リナを支える人物たちを、寺島しのぶ、岡田将生、風吹ジュン、小林薫ら実力派俳優たちが演じ、深い味わいを残します。
リナの人生を映像で追体験させる、非常に美しい人生讃歌となった本作『Arc アーク』を、ラストまでのネタバレを含めながら解説していきます。
映画『Arc アーク』の作品情報
【日本公開】
2021年(日本映画)
【原作】
ケン・リュウ『円弧』(ハヤカワ文庫刊 『もののあはれ-ケン・リュウ短編傑作集2』より)
【監督】
石川慶
【脚本】
石川慶、澤井香織
【キャスト】
芳根京子、寺島しのぶ、岡田将生、清水くるみ、井之脇海、中川翼、中村ゆり、倍賞千恵子、風吹ジュン、小林薫
【作品概要】
長編映画デビュー作の『愚行録』がベネチア国際映画祭オリゾンティ・コンペティション部門に選出されるなど当初より海外においても熱い注目を浴び、続く『蜜蜂と遠雷』で毎日映画コンクール監督賞、報知映画賞作品賞、日本アカデミー賞優秀作品賞他多数の映画賞を受賞した石川慶監督が映像化。
『愛がなんだ』の澤井香織とともに脚本を手がけ、原作と新たなオリジナルストーリーを融合させました。
主役のリナに扮するのは、『累-かさね-』と『散り椿』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞し、新作『ファーストラヴ』も話題の芳根京子。
その他、リナが勤めるエターニティ社の責任者エマに、寺島しのぶ。エマの弟で天才科学者である天音役に、岡田将生。
さらに、物語の重要なカギを握る人物を、倍賞千恵子、風吹ジュン、小林薫が演じます。
映画『Arc アーク』のあらすじとネタバレ
17歳のリナは、男の子を出産しますが、触れることができません。外では新年を祝う花火が打ち上がっていました。
リナは息子を置いて病室を抜け出し、浜辺へ向かいます。そこには灯台があり、灯台から地面に向かってから万国旗が飾られています。リナは空に向かって手を伸ばしますが、彼女の手は何も掴むことができません。
2年後。19歳になったリナは、クラブでダンサーの仕事をしていました。客を押し除けたり、ものを破壊したりと、荒々しいダンスを披露します。
そんなリナに興味を持ったのがエマという女性。彼女は、化粧品会社『エタニティ』で、死体を永久保存する事業「ボディワークス」の代表を務めています。
ダンサーの仕事をクビになったリナに、エマは名刺を渡し、興味があったらここに来なさいと伝えました。
リナはエタニティ社に訪れ、ボディワークスの仕事を見学します。そこでは、故人や亡くなったペットを、生きていたときのように保存してほしいという依頼を受け、遺体に防腐処置を施します。
そして仕上げには、遺体に繋いだいくつもの糸をエマが舞うように引っ張り、亡くなった人物(動物)の個性が引き立つポージングを作っていくんです。
エマの美しい動きに魅了されたリナは、ボディワークスで働くことを決意し、先輩社員のカナコの元で、作業を学んでいくことになります。
リナが初めて手がけた「手」のボディワークスをじっと見つめる少年がいました。彼はエマの弟のアマネで、ボディワークスの防腐処置技術を応用して、不老不死の部門に力を入れたいと考えていましたが、その考えの違いから、エマとは対立しているようです。
ある日、若い夫婦が亡くなった赤ん坊を抱いて依頼に来ます。エマは赤ん坊の遺体の防腐処置をリナに任せますが、リナは自分が置き去りにした息子のことを思い出してしまいます。
エマにそのことを相談すると、「あなたはその子を所有してはいないし、その子もあなたを所有してはいない。自由に生きなさい」とアドバイスを受けます。
翌日、エマは会社に来ることはありませんでした。会社の上層部との意見の違いから解任されたんです。
10年以上が経ち、リナは30歳。ボディワークスの代表者になり、遺体を芸術作品に昇華するアーティストとして活躍していました。
職場見学に小学生たちが訪れます。彼らの前で、遺体の糸を引っ張り、ボディワークスの実演するリナ。実演後、彼らの質問に答えました。
ひとりの青年が、リナがかつて制作した「手」のボディワークスを見つめていました。大人になったアマネでした。彼は夢だった不老不死の技術を実現したそうです。
会社の役員会議で、不老不死になる「老化抑制技術」の実用化についてアマネが話していると、エマが現れ、鬼気迫る形相で反論します。
リナはエマを連れ出し、エマの家まで付き添います。家の中には、ボディワークス途中の、かつての彼女の同性パートナーの遺体がありました。
パートナーの遺体は損傷が激しく、亡くなって20年以上も経つのに完成していないそうです。エマは言います。「死は生と対極ではなくて、生の中にあるもの」。
映画『Arc アーク』の感想と評価
短編小説をあっという間の127分に
原作は中国系アメリカ人のケン・リュウによる短編小説『円弧』。50ページほどの短編ながら、情緒的で豊かな世界観が広がる作品でした。
それが日本で実写化、しかも上映時間は127分と、かなりの長尺。冗長な作品になってしまうんではと心配していたんですが、杞憂に過ぎませんでした。
どの場面を切り取っても美しく、あっという間の127分でした。
前半は、近未来SF的世界が、ビビッドな色遣いでアップテンポに繰り広げられます。
冒頭のリナのダンスは荒々しく、行き場のない彼女の焦燥感が伝わってきます。『蜘蛛の糸』のカンダタのようなリナと、お釈迦様のようなエマの立ち位置も興味深かったです。
つかんでも落ちてしまう蜘蛛の糸、掬い上げても溢れていく砂は、何者にもなれない彼女の無力感を表しています。リナ役の芳根京子は、ダンス未経験だったというのも驚きの身体性で魅了してくれました。
舞踊のようなボディワークスの作業風景も見応えがあります。寺島しのぶが演じるエマの身のこなしの美しさには息を飲みました。
そして近未来的だった前半と打って変わって、牧歌的なモノトーンで展開していく後半。風吹ジュンと小林薫が演じる夫婦の「着実に人生を重ねてきた」空気感が、否定的になりがちな老いへの感情を温かいものに変えてくれました。
雪の中を走り回るふたりの姿は愛しく、生きることの悦びに溢れています。
自ら選び取る女性たち
個性的なキャラクターが数多く登場する本作ですが、中でも女性たちが光っています。
本作の特筆すべき点は、彼女たちがみな寄り添い、支え合いながらも、自立しているということ。男性に選択肢を委ねることなく、悩みながらも自分の意思で歩む強さを持っています。
主人公のリナの17歳から90歳までを見事に演じ切った芳根京子は、見た目は若いながらも、あらゆる喪失を味わっていくリナの人生を繊細に演じ分けます。
1場面だけの登場ながらも、135歳のリナを違和感なく演じた倍賞千恵子は、老いの象徴である、白髪・シワ・シミ・曲がった腰、それらを人生の勲章として輝かせてくれます。
エマ役の寺島しのぶも、エマの人物像を儚くも強かに浮き彫りにします。カナコと、カナコの娘ナナを演じた清水くるみも、親子2代に渡ってリナをサポートする難役を好演。
そして、風吹ジュンの柔らかな存在感には、リナとリヒトだけでなく観客も癒されることでしょう。
まとめ
演出、美術、衣裳、音楽、演技、なにもかもが素晴らしく、穏やかながら激しいエモーショナルな喜びに満ちた本作『Arc アーク』。
美術を手掛けた我妻弘之と石川慶監督は、独特の世界感を作り上げるために「50年、100年残ってきた良質な素材やデザインはこの先も残り続ける」という考えの下、既存の建物を利用し、スマホやパソコンといった電子機器は画面から排除しています。
それが功を奏し、未来的でありながらも、懐かしさが込み上げてくる唯一無二の作品を創造しました。
映画館の大画面と音響設備に身を任せて観ていただきたい一作です。
映画『Arc アーク』は2021年6月25日(金)より全国ロードショー。