連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」第37回
世界各地の名だ見ぬファンタジー映画も紹介する「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」。第37回で紹介するのは『タイム・ガーディアンズ 異界の魔女と時をかける少女』。
ユニークな怪奇・幻想文学を生んできた歴史を持つロシア。近年はこのジャンル作品を盛んに映像化しています。
SF・ホラー映画に限らず、ファンタジー映画やアドベンチャー映画も続々と誕生しており。今やロシアはファンタスティック映画大国と呼んで差し支えないでしょう。
今回紹介するのもそんな映画の一本。少女の迷い込んだ世界には何が潜んでいるのか、そして彼女は元の世界に戻ることができるのでしょうか…。
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CONTENTS
映画『タイム・ガーディアンズ 異界の魔女と時をかける少女』の作品情報
【日本公開】
2021年(ロシア映画)
【原題】
Klucz czasu / The Time Guardians
【監督・脚本】
アレクセイ・テルノフ
【出演】
アーテム・トカチェンコ、リュボーフ・トルカリーナ、クセニア・アレクシーヴァ、パヴェル・トゥルビナー、マリーナ・カザンコヴァ
【作品概要】
ある作家夫婦の養女クスーシャは、”暗闇の街”と呼ばれる異世界に迷い込みます。奇妙な案内人パラモンの助けを借りて、彼女は元の世界に帰ることができるのか。独特の映像で描いたダーク・ファンタジー映画。
ドキュメンタリー映画などのプロデューサーとして活躍してきたアレクセイ・テルノフが、自ら創造したファンタジー世界を監督として映画化された作品です。
主人公の少女を映画初主演のクセニア・アレクシーヴァ、彼女を導く男を『魔界探偵ゴーゴリ 暗黒の騎士と生け贄の美女たち』(2019)など、「魔界探偵ゴーゴリ」3部作に出演のアーテム・トカチェンコが演じました。
『インターセプター』(2009)のリュボーフ・トルカリーナ、『エイリアンVSエクソシスト』(2011)のマリーナ・カザンコヴァらが共演した作品です。
映画『タイム・ガーディアンズ 異界の魔女と時をかける少女』のあらすじとネタバレ
現在のサンクトペテルブルクを、少女を連れ案内する男。日の光を浴びた街の歴史ある建物にはグリフィンやスフィンクス、そして獅子などの像が付いていました。
男は作家で、物語をタイプライターで執筆中です。…昔、海に流れ込むネヴァ川の側に街が建設されました。街の塔には大きな時計が取り付けられ、正午に大砲の音で街の住民に時を知らせる役割を果たします。
街にイングリットという女の子が誕生します。美しく成長した彼女は、ペッコという若い男と出会います。彼は時計を操作する鍵を持つ大時計の番人、”タイム・ガーディアン”でした。
イングリットとペッコは愛し合って結婚しますが、幸せな日々は長く続きません。生まれたばかりの赤子が亡くなり、イングリットの心は壊れます。
哀しみに打ちひしがれたペッコは、時計の鍵を持ったまま街から姿を消します。大時計は時を刻むことを止め、街は暗闇に包まれました。
イングリットは魔女になり我が子の姿を求め、闇に包まれた街の通りをさまよいます。
止まった大時計を再び動かし、”暗闇の街”に時の流れを与えられるのは、”タイム・ガーディアン”の後継者だけでした…。
この物語の作者で、冒頭に登場した男は作家のアンドレイ(パヴェル・トゥルビナー)で、妻オルガ(マリーナ・カザンコヴァ)との間には子供がいません。
2人は養女にしようと希望し孤児院からクスーシャ(クセニア・アレクシーヴァ)を預かります。彼女と共にアンドレイはサンクトペテルブルクの街を巡っていたのです。
クスーシャは夢の中で女に出会います。彼女はその女を母と呼んで追いますが、扉から現れた無数の手に捕まれました。
目覚めた彼女の前には養母となるオルガがいます。オルガにやさしく声をかけられ、再び眠りにつくクスーシャ。
クスーシャは扉から姿を現す不気味な女の絵を何枚も描いていました。夫婦は孤児院から引き取った彼女が心に傷を負っているのではと心配します。
アパートに夫婦の養女候補として現れたクスーシャを、隣室の老婆は不審げに見つめていました。
翌朝、停まった自宅の振り子時計を鍵で操作しようとしたアンドレイに、イレーナ(リュボーフ・トルカリーナ)から電話がかかってきました。学校でいじめられていたクスーシャについて、孤児院の代表者イレーナが話したいと連絡してきたのです。
面会を約束したアンドレイはクスーシャに話しかけます。彼が執筆中の物語に登場する、大時計のある塔について尋ねたクスーシャ。
アンドレイは物語の中で大時計が止まると、時の流れが逆行し街の住人は魂を失った化け物になったと説明します。
私とクスーシャがある日突然、”暗闇の街”に迷い込む。街の時を正しく動かすために、”タイム・ガーディアン”として大時計を動かすことになる、と話したアンドレイ。
その大時計の鍵がこれだと言い、彼は紐の付いた振り子時計の鍵をクスーシャに見せ、彼女の首にかけました。
アンドレイとオルガはクスーシャを連れ孤児院を訪れます。クスーシャを外に出し夫婦と話すイレーナ。
孤児院の子供たちはクスーシャが、養父母候補の家庭になじめず戻されたと思っていました。孤児院にはそんな経験をした子供たちが大勢いたのです。
彼女が部屋に戻るとオルガの姿は無く、アンドレイとイレーナが密着して親し気に話しています。自分の書いた作品に、作家であるアンドレイの意見を求め、会話に夢中でクスーシャを邪魔者のように扱うイレーナ。
クスーシャは良くない雰囲気を感じました。アンドレイが執筆中の小説について聞きたいと耳元でささやくイレーナは、まるで彼を操ろうとしているように見えました。
その夜のサンクトペテルブルクは雷雨に見舞われます。執筆の手を休めたアンドレイはクスーシャに話しかけ、執筆中の小説に登場する”暗闇の街”に邪悪な魔女がいると語ります。
街の塔の大時計を動かし、”暗闇の街”を魔女から解放するのが”タイム・ガーディアン”、時計の鍵を持つクスーシャの使命だと言い聞かせます。クスーシャが興味を持った執筆中の小説を話題にして、彼女と親しくなろうとするアンドレイ。
夫がイレーナと何か関係があると察したのか、オルガは不安に襲われます。仕事で外出すると言い家を出た夫の車を、オルガはクスーシャを連れ追います。
クスーシャを乗せたオルガの車は、雨の降る夜の街を夫のタクシーを追い走ります。サンクトペテルブルクの塔の大時計は時を刻んでいました。
看板に気をとられたオルガは事故を起こします。病院に運びこまれた事故の負傷者に、医師が声をかけていました…。
…事故の後、クスーシャは警察で事情を聞かれます。両親について聞かれても説明できません。なぜか隣に座っていた隣室の老婆は、一緒に事故にあったオルガは彼女の母ではないと警官に話します。
クスーシャは保護者はいないと判断され、暗闇の中パトカーに乗せられ孤児院に戻されます。
やはり帰ってきたと孤児院の子供たちや職員がクスーシャに語りかけます。彼女はアンドレイとオルガの所へ帰りたいと言いますが、元の部屋に押し込められるクスーシャ。
ベットの上で休んでいたクスーシャは、部屋に男がいると気付き悲鳴を上げます。その声に驚いた男も悲鳴を上げました。
奇妙な男はパラモン(アーテム・トカチェンコ)と名乗ります。彼女に母親はいるかと尋ねたパラモンですが、孤児院の職員が現れると姿を隠します。
職員はクスーシャに孤児院から逃げないよう言い残して去りました。またパラモンが現れます。今度は彼女の父親について尋ねられ、アンドレイとオルガが私の親だと説明するクスーシャ。
その頃アンドレイは仕事を終えました。妻オルガの懸念と異なり彼は仕事相手を訪れただけでした。タクシーに乗ったアンドレイは、交通事故発生のニュースを聞きます。
パラモンから”暗闇の街”について君の父親が何か知ってるか聞かれ、それは父が書いた小説に登場する世界だと教えるクスーシャ。
その物語では、私が”タイム・ガーディアン”だと聞き、驚きの声を上げたパラモン。この世界は”暗闇の街”だというのです。
彼女は事故に遭遇した結果、時の止まった魔女が支配する”暗闇の街”、闇に包まれたサンクトペテルブルクのパラレルワールドに迷い込んだのでしょうか。
アンドレイから鍵を預かったクスーシャは、正午の大砲が鳴るまでに時計を動かせば、街は闇から解放されるとパラモンに教えました。
奇妙な男パラモンは、”暗闇の街”を魔女の支配から解放して時の流れを戻そうとしていました。”タイム・ガーディアン”が現れたと喜んだパラモンは、時計塔への案内を買って出ます。
案内人のパラモンは部屋の窓を粉々に割り、彼女を抱いて飛び降ります。クスーシャは悲鳴を上げますが、2人は無事ゴミ箱に着地しました。
パラモンは闇の世界の住人、吸血鬼から逃れながら”暗闇の街”の時計塔に行くには、オートバイが必要と言います。その為には怪しげな吸血鬼がたむろする酒場で、賭け事に興じる彼らに勝たねばなりません。
クスーシャを賭けの対象にして、酒場のカードゲームに参加するパラモン。カードさばきとイカサマで勝利しました。
こうしてバイクを手に入れ、そのサイドカーにクスーシャを乗せパラモンは闇の中を走り出します。ところが吸血鬼たちはパラモンに騙されたと気付きます。
怒った吸血鬼たちは檻を積んだトラックに乗り、パラモンのサイドカーを追います。もはやこれまで、という時にトラックはエンストを起こして止まり、吸血鬼から逃れたパラモンとクスーシャ。
林の中の道を走り抜けたサイドカーは街に到着します。パイクから降りたパラモンは、クスーシャを連れ建物に入りました。
そこは暗闇に包まれた、アンドレイとオルガ夫婦のアパートです。好物なのか紅茶キノコを探し出すパラモンの行動に、クスーシャは戸惑います。
吸血鬼たちはトラックがパラモンの細工でエンストしたと気付きます。”暗闇の街”へと走り出すトラック。
クスーシャはアンドレイの部屋で執筆ノート、彼が記した小説に登場する時計に関するメモを目にします。それを読み知識を得ようとするパラモン。
アパートの窓ガラスが割られます。吸血鬼たちが来たと警戒するパラモンとクスーシャ。その頃現実世界では、アンドレイがアパートに到着していました。
部屋に入ろうとしたアンドレイは、隣室の老婆から自分が出た後、妻オルガがクスーシャを連れて外出したと知らされます。
アパートを逃れたパラモンとクスーシャは、屋根伝いに逃亡していました。現実世界ではアンドレイが妻とクスーシャの行方を探しています。
パラモンは邪悪な魔女が、アンドレイを”タイム・ガーディアン”と知って、時間の罠に捕らえたとクスーシャに告げます。大時計を動かし”暗闇の街”を解放するのは、もはや僕と”タイム・ガーディアン”の娘である君にしか出来ないと言うパラモン。
自分は幼く無理だと告げたクスーシャを、パラモンは子供のようにあざけります。彼はアンドレイのメモを読みますが理解できず、クスーシャが替わって読みました。
…不幸に襲われたイングリットは魔女になり、時計は止まり街は暗闇に包まれます。”暗闇の街”の橋の向こうにある時計塔の大時計を、0時を告げる大砲が鳴る前に動かすと、街は闇から解放されます…。
パラモンは記された橋が、ネヴァ川の跳ね橋だと気付きます。同じころ現実世界では、アンドレイがイレーナと会っていました。
イレーナもオルガの行方は知りません。君の作品について会話したことが、妻に誤解を与えたかもしれないと言ったアンドレイは、警察に捜索を依頼しようとします。
彼に怪しげな酒を勧めるイレーナ。彼女の目は妖しく光ります。眠らせたアンドレイを車に乗せ、夜のサンクトペテルブルクを走るイレーナ。
“暗闇の街”の同じ場所を、パラモンとクスーシャは歩いていました。怪しげな生き物が空を飛ぶ世界を2人は進みます。クスーシャを外で待たせ、パラモンはミミズを買うと言い店に入ります。
現実世界ではイレーナが自宅にアンドレイを招いていました。今夜は彼にここで過ごさせようとするイレーナは、さらに酒を勧めます。”暗闇の街”ではパラモンが、カウンターで紅茶を飲みつつ店の主人と話していました。
店の主人から時計塔に向かう橋の情報を聞くパラモン。外で待っていたクスーシャは、吸血鬼のトラックが来たと気付きます。
店内のパラモンの様子を見ようと窓から覗いたクスーシャは、物音を立て吸血鬼に気付かれます。彼らに追われ店に逃げたクスーシャ。
闇の世界の住人である店の主人は、彼女を捕え怪しいものが入った大釜に入れました。大釜はグルグル回転し、クスーシャは悲鳴を上げました。
同じ頃現実世界では、医師たちが容態の安定しない患者を救おうと手を尽くしていました。ベットの上の患者は、あの交通事故の被害者でしょうか…。
映画『タイム・ガーディアンズ 異界の魔女と時をかける少女』の感想と評価
読んでいる、読み聞かされた物語の世界に現実世界の主人公がのめり込み、やがてその世界入る…というのは児童文学を映像化した作品お決まりのパターンといえるしょう。
『白雪姫』(1937)などディズニーアニメ映画初期作品はオープニングで本を開き、これからおとぎの世界をご覧頂きます、という演出がお約束です。
読み聞かされた物語が映画となるパターンの名作は『プリンセス・ブライド・ストーリー』(1987)。このスタイルをパロディ化した『デッドプール2のおとぎばなし』(2018)という異色作もありました。
読んでいる本の世界に主人公が入り込む、代表作にして名作が『ネバーエンディング・ストーリー』(1984)。現実世界に飛び出し、いじめっ子に一泡吹かせる爽快なラストを迎えます。
このラストを巡り、原作者ミヒャエル・エンデとトラブルになります。原作では現実世界に帰還した少年は、本の中の空想世界(?)の体験を通じ、成長を遂げていたという結末です。勝手に改変した、映画化に際しての契約に基づく改変だと、裁判騒ぎになりました。
紹介した『タイム・ガーディアンズ 異界の魔女と時をかける少女』を振り返ると、物語の中の異世界と現実世界が様々な形で絡み合う作品だと理解できるでしょう。
そして小説も現在進行形で執筆中という設定です。過去の児童文学ファンタジー映画の名作を踏まえつつ、新たなパターンを創作した作品と言えるでしょう。
舞台はサンクトペテルブルク
本作は児童文学やおとぎ話を映像化した作品ではありません。長らくプロデューサーとして活躍してきた、アレクセイ・テルノフが創作した物語を自ら監督しました。
舞台は現実世界も”暗闇の街”もサンクトペテルブルク。かつてロシア帝国の首都でソ連時代はレニングラードと呼ばれ、第二次世界大戦の激戦地です。ソ連崩壊後の現在は首都機能の一部が復帰し、かつての存在感を取り戻しつつある大都市です。
映画の冒頭で誕生から街の歴史を紹介しています。この大都市が魔女に支配されると、邪悪な魔物の住む街になります。劇中ではこの住人をヴァンパイア、と呼びますがお馴染みの吸血行為は見せません。
彼らの姿は怪物というより、19世紀後半~20世紀初頭のヨーロッパ各国の大都市のスラム街の住人、犯罪者のイメージで語られる人々の姿そのものです。
ドストエフスキーの小説「罪と罰」は、1866年に連載を開始されましたが、主人公ラスコーリニコフはサンクトペテルブルクに住み、ここで金貸しの老婆を殺害します。
本作の印象的シーンに、運河を軍艦が航行するシーンがあります。この軍艦の姿は、19世紀末~第一次世界大戦期の巡洋艦といったところでしょうか。
本作の”暗闇の街”は幻想世界というより、ロシア帝国時代の暗黒街を抱えたサンクトペテルブルクをベースにした世界、と見るべきでしょう。
孤児の少女を取り巻く世界の寓話
本作のメインストーリーは、生死の境をさまよう孤児の少女が見た幻想の世界であり、彼女はパラモンの導きで旅することになります。
この世界を支配する魔女は孤児院の管理者であり、彼女の養父母の家庭を壊そうとする存在です。魔女は現実世界でも幻想世界でも、少女の未来を脅かす存在として君臨しています。
と解釈すればオーソドックスな物語になるはずが、魔女は養父が執筆中の小説の登場人物と、ユニークな設定を与えたと言えるでしょう。
過去の児童文学ファンタジー映画より凝った展開が、同時に今一つ判りにくい物語になった原因とも言えます。見終わってから解釈するならまだしも、映画鑑賞中の観客には謎を抱えた状態が続いてしまいます。
ラストは続編への布石?なのか判りませんが、ここは現実世界と幻想世界の関連を明確にする、魔女の正体と二つの世界への説明があった方が鑑賞後にスッキリした印象を与えたはず、と指摘させてもらいます。
まとめ
サンクトペテルブルクを舞台に孤児の少女を取り巻く世界を、現実と幻想を交えてユニークに描いた『タイム・ガーディアンズ 異界の魔女と時をかける少女』。
おとぎ話を越えた複雑なストーリーが魅力です。しかし全ての謎を解かずに迎えたラストが、観客に余韻より疑問を与えた感は否めません。
しかし、かつて存在した大都市の暗黒街、切り裂きジャックを描いた『フロム・ヘル』(2001)や『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』(2007)、共にジョニー・デップ主演作ですが、本作がそんな舞台を背景に構築した幻想世界と知ると、別の興味も湧くでしょう。
そう考えると、本作に一番近い世界観を持つ作品は、ロンドンの貧民街で苦難を経て幸せを掴む少年を描いたチャールズ・ディケンズの小説で、ロマン・ポランスキーも映画化した『オリバー・ツイスト』(2005)かもしれません。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」は…
次回第38回は、TV放送時「サメ台風」とも呼ばれた『シャークネード』。正しくは「サメ竜巻」…。ならば次に登場するディザスター・パニックホラー映画はこれだ!誰もが呆れる映画『ゾンビ津波』を紹介します。お楽しみに。
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