連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」第24回
世界の国々から集めた、過激で危険な問題作まで取り扱う「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」。第24回で紹介するのは『BLISS ブリス』。
バイオレンス映画の新鋭として、世界中のホラー映画ファンから注目されるジョー・ベゴス監督。今回彼が描いたのは、ドラッグに溺れ狂気に陥る女性の姿。強烈な視覚の暴力が、観る者の感覚を刺激します。
B級映画・ホラー映画の枠を越えた、要鑑賞注意の過激なドラックムービー『BLISS ブリス』。主人公が堕ちていった先には、予想だにもしない恐るべき恐怖が待っていました。
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CONTENTS
映画『BLISS ブリス』の作品情報
【日本公開】
2021年(アメリカ映画)
【原題】
Bliss
【監督・脚本・製作】
ジョー・ベゴス
【出演】
ドーラ・マディソン、トゥルー・コリンズ、リース・ウェイクフィールド、ジェレミー・ガードナー、グラハム・スキッパー
【作品概要】
追い詰められ、インスピレーションを得ようとドラッグを使用した女流画家。彼女が体験する狂気と暴力に満ちた世界を描く、感覚を刺激するバイオレンスホラー映画。
『人間まがい』(2013)や『マインズ・アイ』(2015)、『VETERAN ヴェテラン』(2019)のジョー・ベゴス監督の作品です。
主演は『VETERAN ヴェテラン』や『イグジスツ 遭遇』(2014)のドーラ・マディソン。また『スウィング・オブ・ザ・デッド』(2012)の監督・脚本・主演を務め『マインズ・アイ』に出演したジェレミー・ガードナー、ベコス監督の全作品に出演している盟友グラハム・スキッパーが共演しています。
映画『BLISS ブリス』のあらすじとネタバレ
「この映画は刺激的な映像が、光過敏性発作を引き起こす可能性があります。ご注意下さい。」という警告の後に映画は始まります。
自宅アパートで巨大なキャンバスに向き合う画家のデジー(ドーラ・マディソン)。しかし全く絵筆が進みません。
彼女は恋人のクライヴ(ジェレミー・ガードナー)と部屋を出ますが、顔を合わした大家のランスから家賃を請求されます。
これからエージェントのデヴィットに会う、そうすれば金が手に入るとランスに伝えクライヴと外出したデジー。
しかしデヴィットは彼女に、ギャラリーのオーナーであるニッキーが契約を打ち切ったと伝えます。いつまで経っても絵が完成しないことが理由でした。
デジーは抗議しエージェントとして手を打てと要求しますが、デヴィットの方も彼女との契約を切ろうとしていました。
彼女は帰り道の車の中で電話をかけ、ニッキーと直接話そうと試みますが連絡がつきません。
3ヶ月間絵は売れず金も入らず、スランプ状態が続いて追い詰められたデジー。
そこで彼女は馴染のドラッグの売人ヘイドリアン(グラハム・スキッパー)の店を訪れます。そこにはトランプに興じる、馴染みの老人たちがたむろしていました。
気分を紛らわそうと、デジーは彼に何か良いのドラッグがないか訊ねます。次々入荷したドラッグを見せるヘイドリアン。
彼が最後に見せたドラッグ“ディアブロ”(スペイン語で「悪魔」の意)を選んだデジー。ヘイドリアンは強力な麻薬なので、慎重に使うよう告げました。
個室を借りて、早速ドラッグを吸引するデジー。麻薬の効果にまどろみ、彼女は意識と時間の感覚を失います。
気付いた時には夜で、ヘイドリアンの店には飲酒目当ての客がたむろしていました。
店を出ようとしたデジーに、友人のコートニー(トゥルー・コリンズ)が飛びついてきます。彼女はしばらく連絡がつかなかった友人です。
その夜はコートニーに勧められるまま、デジーは店で酒とドラッグに溺れます。溜まった不満を吐き出すように語り続けるデジー。またコートニーのパートナーであるロニー(リース・ウェイクフィールド)も店に現れました。
個室でデジーとドラッグを服用しながら、ロニーのマネージャーであるダンテをぜひ紹介したいと話すコートニー。そこにロニーが入って来ます。
コートニーとキスをするデジー。そこにロニーも加わります。酒とドラッグに溺れてゆく3人。
やがて服を脱ぎ捨てた3人は、体を重ねました。恍惚の表情を見せるデジーとコートニーの、首から胸へと血が流れているのは幻覚でしょうか。
デジーが目覚めた時は朝で、彼女以外誰もいません。朝日を浴びながら、ロサンゼルスの街を車で走るデジー。
アパートに帰った彼女は、タバコに火を付けレコードをかけるとキャンバスに向かいます。
今までのスランプが嘘のように、絵の具を塗ってゆくデジー。真っ赤に染めた下地に絵筆を走らせ、画布に何かを仰ぎ見る人々の姿を描きました。
クライヴに電話をかけ、また絵を描き始めたと伝えるデジー。昨晩の記憶は無いが自分の中に何かが沸きあがり、創作出来るようになったと話します。
シャワーを浴びるデジー。首から血を流す姿は昨日見た幻覚なのか、それとも現実に起きた事でしょうか。
その夜現れたクライヴも、彼女がインスピレーションを得た事を喜んでいました。
夜の店に繰り出すデジーとクライブ。しかし彼女は1人トイレにこもり、ドラッグを吸引します。
戻って来たデジーはエージェントの悪口を言い、ファンだとと話しかけた男を冷たくあしらいます。その態度に呆れかえるクライヴ。
そこにサングラスをかけたコートニーとロニーが現れます。4人は同じテーブルで酒を酌み交わします。
コートニーとロニーは、昨日語ったマネージャーのダンテが、君の熱心なファンだとデジーに告げ、ぜひ会わせたいと話します。酔った勢いで激しく拒絶するデジー。
それでもコートニーはデジーをしつこく誘い、ロックバンドが演奏するライブハウスに連れて行くと、ドラッグを服用した彼女をダンテに会わせました。
ダンテもドラッグを使い、2人は会話を交わしますがデジーの体が崩れ落ちます。
なんとか立ち上がり、トイレに駆け込んだデジー。彼女はそこで血を吐きました。
自分は死ぬと訴えるデジーに、その場に現れたコートニーは私を信じろ、と語りかけドラッグを差し出します。それを受け取り吸引するデジー。
トイレに女が入ってきました。床に座り込んだデジーの目前で、女の喉に噛みついたコートニー。
女は血を流し倒れました。彼女の血を含んだ口で、コートニーはデジーにキスしました。
デジーが立ち上がったのは、麻薬の力でしょうか。それとも味わった血の力でしょうか。ライブ会場に出た彼女は、音楽に身をまかせコートニーと踊り狂います。
意識を取り戻した時、一糸まとわぬ姿で自宅のキャンバスの前に倒れていたデジー。
部屋のドアが激しくノックされていました。服を着たデジーが扉を開けると、そこにはギャラリーのオーナーであるニッキーがいました。
デジーの様子を見に来た彼女は、製作途中の巨大な絵を一目見て気に入り、3日以内で完成できるかと訊ねます。
強気な態度を崩さず引き受けたデジー。ニッキーが帰るとシャワーを浴びますが、浴びている水はいつしか真っ赤な血に変わっていました。
キャンバスに向かったデジーに創作意欲は沸かず、昨夜の出来事がフラッシュバックします。コートニーに電話をかけ、昨夜何をしたのかと怒りながら叫ぶデジー。
部屋のドアが激しくノックされます。彼女は電話でコートニーに、あなたが必要だと訴えます。部屋の中で暴れるデジー。これは現実でしょうか。
彼女は叫び、怒り狂います。しかし絵を描くことは出来ません。キャンバスの前で倒れるデジー。やがて、何者かの声が聞こえてきました…。
映画『BLISS ブリス』の感想と評価
全編極彩色で描いた、パンクロックが流れFワードが連発される強烈な映画です。
登場するドラッグの名が“ディアブロ”(悪魔)、作中で主人公が紹介される人物の名が“ダンテ”と、いやな予感を漂わせながら進む物語。
冒頭に警告される光が点滅するシーンに、エロチックなシーンや血みどろのゴアシーンも登場しますが、ストーリーの中で整合性を持って登場するので、違和感は感じません。
悪趣味映画というよりも、スタイリッシュな作品と呼ぶべき佳作です。後から振り返ればいわゆる「吸血鬼映画」と認識できますが、鑑賞中はそれを意識させない作りです。
低予算映画で、16㎜フィルムで撮影された作品です。幻覚・トリップシーンはCGなど使わず、カメラワークを駆使して表現。監督が描き出す映像に圧倒されました。
『人間まがい』や『マインズ・アイ』の激しい人体破壊描写で、世界中のホラー映画ファンの注目を集めたジョー・ベゴス監督。
彼はこれらの映画で特殊メイクを利用した、リアル系の人体破壊を描きました。CGの使用より、常にリアルの持つ質感に拘ってきた監督の個性は、本作でも強く発揮されています。
監督の体験した創作の困難が作品に反映
『人間まがい』と『マインズ・アイ』で高い評価を得たものの、次回作の脚本を何本も書きながら資金を調達できず映画化は挫折。何人もエージェントを解雇したベゴス監督。映画の主人公の追い詰められ、エージェントに怒りを爆発させ悪態をつく姿はベゴス監督そのものでした。
そんな時前2作に出演し、『マインズ・アイ』では製作も務めた盟友グラハム・スキッパーが彼に声をかけます。
グラハム・スキッパーは映画の脚本を手伝い、出資してくれる人物を見つけていました。そして彼自身もお金を出すと告げます。こうして『BLISS ブリス』の製作はスタートしたのです。
しかし予算は20万ドル、前作の約半分。この条件でいかに映画の価値を高めるかが重要だった、とインタビューで答えているベゴス監督。
シネスコ画面ながら16㎜フィルムでの撮影も選択の1つ。70年代の初期のマーティン・スコセッシ監督の映画のようなスタイルで、ロサンゼルスのダークな一面を描くのが狙いです。
プロダクションデザインにかける時間も、会場を借りる費用もありません。そこでダウンタウンのバーでバンドを予約し、ドキュメント風に撮影する許可を得て作り上げました。
こうして生まれた映像が退廃的な雰囲気を生み、パンク音楽と共に刺激的な世界を構築します。ここにベゴス監督お得意の人体破壊が加われば、ゴア映画ファンは大満足するでしょう。
牙の生えた人物など、本作から古典的な吸血鬼映画の描写は排除されています。これはドラックの影響なのか、吸血鬼の仕業なのかと観客が判断に迷う、従来の吸血鬼映画にないスタイルを監督が望んだ結果でした。
そして、監督が自身の目指す映画を描くために選んだ主演女優が、オーディションによって抜擢したドーラ・マディソンです。
狂気の映像を生んだ監督と主演女優の情熱
参考映像:『グッド・タイム』(2017)
監督にとって脚本段階で想定していない俳優の、初めての主演への起用でした。
彼女の持つ髪が、自分の映画の画面を満たすのに相応しいと感じた監督。さらに自身の望まぬ作品への出演など、彼女も表現者として自分と同じフラストレーションを抱えていると知ります。
撮影前に交流を深め、自分たちが何をするのか、映画がどこに行くのかを彼女に説明した上で、映画の撮影が始まります。
こうして互いに協力しながら、映画を高められる主演女優を手にした監督。自分が持った最高の協力者の1人だと説明していました。
本作は彼女の圧倒的なパフォーマンスに支えられている、と誰もが認めるでしょう。
彼女は監督の次回作、日本では「未体験ゾーンの映画たち2020 延長戦」で公開された『VETERAN ヴェテラン』にも、グラハム・スキッパーと共に出演しています。
インタビューでサフディ兄弟監督作『グッド・タイム』(2017)を評価し、サフディ兄弟や過去にアベル・フェラーラ監督がNYでやった事を、LAでやりたいと語るジョー・ベゴス監督。
彼はバイオレンス描写以上に、力強い映像で物語を紡ぐ映画を生み出すことに対して、深い情熱を持っていました。
まとめ
パンクで過激で、血みどろの描写を刺激的に描いた『BLISS ブリス』。
ストーリーより映像の勢いを重視した演出に、戸惑いを覚えた方もいるでしょうが、過激な描写とドーラ・マディソンの存在感を楽しむ映画です。
ドーラ・マディソン演じる主人公が描く絵の作者は、ダークアート画家のチェット・サー。
ジョー・ベゴス監督は彼と、『マインズ・アイ』完成時のフェスティバルで会っていました。そして本作の脚本執筆時から、彼に絵を描いて欲しいと思っていましたが、その段階では彼に連絡を取ることはしませんでした。
あくまで脚本が完成してからチェット・サーに会い、映画の中で扱う絵に対する自分の考えを説明し、あとは承諾した画家に委ねる形を取ったのです。
実にクールなコラボレーションだったと振り返る監督。彼が絵を描く過程で作品を写真に撮り、それを劇中の巨大なキャンバスに置き換えて登場させます。映画はまさに、画家の創作過程でもあり、あの絵の存在感が無ければ映画は成り立たなかった、と語るジョー・ベゴス監督。
映像にこだわる監督、全てをさらけ出した女優、パンクな音楽、ダークアート画家。これらアーティストの融合が、ホラー映画の枠を越えた挑発的な作品を生みました。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」は…
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