連載コラム「SFホラーの伝説『エイリアン』を探る」第5回
『エイリアン』の前日譚として多くの期待を寄せながら、さまざまな物議を醸した問題作『プロメテウス』。
本作は初期作『エイリアン』の物語から時代をさかのぼり、地球人が地球外生命体の存在を発見するとともに未知の世界を知るべく、とある惑星で恐怖の遭遇を果たす様を描いた物語。
「エイリアン」シリーズ4作の中心人物であったリプリーは本作には登場せず、ノオミ・ラパス、マイケル・ファスベンダー、ガイ・ピアース、シャーリーズ・セロン、イドリス・エルバ、ローガン・マーシャル=グリーンらが演じる個性的な面々が、未開の宇宙への旅に赴きます。
作品は初期作『エイリアン』を手掛けたリドリー・スコット監督が再び物語に向き合い、自身の美しい映像観を改めて追求しました。一方、ストレートな前日譚とはならなかった本作ですが、その作風は見捨て行くというより制作側の意図も感じられるものがあります。
コラム第5回となる今回はこの『プロメテウス』を考察し、改めて「エイリアン」シリーズの真の主題を考えるとともに、スコット監督の映画観を探っていきます。
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映画『プロメテウス』の作品情報
【公開】
2012年(アメリカ映画)
【原題】
Prometheus
【監督】
リドリー・スコット
【脚本】
ジョン・スパイツ デイモン・リンデロフ
【音楽】
マルク・ストライテンフェルト
【キャスト】
ノオミ・ラパス、マイケル・ファスベンダー、ガイ・ピアース、イドリス・エルバ、ローガン・マーシャル=グリーン、シャーリーズ・セロン、ケイト・ディッキー、レイフ・スポール、ショーン・ハリス、ベネディクト・ウォン、エミュ・エリオット、パトリック・ウィルソン
【作品概要】
地球上の古代遺跡で人類の起源にかかわる重大な手がかりを発見した科学者チームが、その謎を解明するため宇宙船プロメテウス号に乗り、未知の惑星を訪れ恐怖の遭遇を果たす姿を描いた本作。
『エイリアン』を手掛けたリドリー・スコット監督が、同作の前日譚製作をきっかけに物語を描きました。
出演は『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』(2009)などのノオミ・ラパス、『イングロリアス・バスターズ』(2009)「X-MEN」シリーズなどのマイケル・ファスベンダー、『モンスター』(2003)『タリーと私の秘密の時間』(2018)などのシャーリーズ・セロン、『メメント』(2000)『ハート・ロッカー』(2008)『英国王のスピーチ』(2010)などのガイ・ピアースら名優が名を連ねています。
映画『プロメテウス』のあらすじとネタバレ
太古の昔、とある惑星に広がる、荒れた岩山と大きな川の流れの群れ。滝の上に一人たたずむ人間に似た異星人の姿がありました。その異星人はおもむろに、半球の容器に入っている黒い液体を飲み干します。
しばらくすると異星人の体に異変が現れ苦悶の表情を見せながら滝つぼに落ちてしまいます。川の底に沈んだ彼の体はDNAレベルで溶けてしまいますが、川の中で新しいDNAを生成、惑星に拡散させていきました。
時は変わり西暦2089年、考古学者のエリザベス・ショウとチャーリー・ホロウェイは地球上のある山で新たに古代遺跡を発見します。
その壁画の構図はそれまで複数の古代文明で見つかったものに対して、1000年以上古いものであるにも関わらず明らかに共通点が見られるもので、「種の起源」の答えそのカギとなる未知の惑星の存在が浮上します。
そこでウェイランド社が選抜した、ショウ、ホロウェイを含む科学者たちを中心に編成された調査チームが、探査船プロメテウス号により遺跡の星図が示す惑星を目指して旅立ちます。
航行は乗組員が冷凍休眠を行う間にアンドロイドのデヴィッドが世話を担当、そして2093年12月21日に目標と思われる惑星LV-223が目前に迫ったことで全員を蘇生させます。
目覚めた乗組員は、すでに老い亡くなったであろうウェイランド社のピーター・ウェイランド社長からのホログラム映像による今回の調査への激励に続き、ショウとホロウェイより調査の趣旨説明を受けます。その席でショウは発見した壁画より創造主「エンジニア」なる宇宙人が存在し、それが人類誕生の謎を解く創造主であるという仮説を立てていることを明かします。
一方、調査隊責任者のメレディス・ヴィッカーズは会社の重役という立場もあることから、ショウたちの発見や計画自体に疑問を持ち、この計画を単なるミッションの一つとみなしていました。
そのため2人に対して、万が一「エンジニア」と遭遇しても一切コンタクトを取らず直ちに自分へ報告するよう忠告します。
そして12月25日、プロメテウス号はいよいよLV-223に突入します。着陸点を探す中、人為的に作られたように見える複数の滑走路のような直線が走る地平と、複数の巨大なドーム状の岩山が併設している場所を発見、その付近の平坦な場所へ着陸します。
日没まで6時間、船外活動には否定的なヤネック船長でしたが、ホロウェイたちは興奮を抑えられず調査に向かいます。その未知との遭遇が、恐怖のクリスマスプレゼントとなるとは、誰も知る由もありませんでした。
映画『プロメテウス』の感想と評価
当初は初期作『エイリアン』の前日譚製作としてプロジェクトがスタートした本作は、当初脚本家のジョン・スペイツにより描かれた、『エイリアン』の物語の導線となる詳細が判明する物語とされていました。
しかし制作予算の都合によりこれがかなわず、脚本家のデイモン・リンデロフがこの物語を改定するために雇われ、新たなエピソードが作り上げられました。その結果作品の観覧者からは難解であるという意見が飛び交い、残念ながらファンからは期待外れという声が多発する結果に終わってしまったといわれています。
しかし一方で、そこにはリドリー・スコット監督自身の映像、物語作りに対する美学の手がかりがあるともいえます。
もともと『エイリアン』自体にもあの生物はなぜ、どうやって生まれたのかなど、どこかに不確かな要素が多く存在しミステリアスな雰囲気を劇中に漂わせていますが、たとえその謎が解明されなくても十分作品として成立し、かつ作品はその後の文化に大きな影響を与えただろうという経緯は想像できるところであります。
本作の物語は『エイリアン』に直接つながるものはないものの、つながっていく可能性のある大きなエピソードは存在します。その意味で本作には、実は「前日譚」を期待させるものとは別に本筋となるテーマが存在しており、かつスコット監督自身の映画作りに対する世界観が現れているのが特徴といえるでしょう。
例えば人間たちと対照的な位置に存在するアンドロイド、デヴィッドの存在は非常に興味深いところです。彼はどこか単なるアンドロイドにとどまらない自主性のような性格を持ち合わせています。それを最も印象付けているのは、実は冒頭のシーンにあります。
皆がLV-223に向けて冷凍睡眠に入っている間に、彼は一人皆の世話や航行状態の監視をしながら、映像などで知識を蓄えていくシーンがあります。この中で、映画『アラビアのロレンス』の一節が映し出されるのですが、ここでは主人公のロレンスが素手でマッチの火を消すのを見た仲間のポッターが真似をしてひどい目に遭ったときに、なぜ熱も気にせず火を消せるのか?と尋ねたところ「なぜなら、僕は痛さを気にしないからだ」と答えます。
そのシーンを見たデヴィッドは、ロレンスの言葉を繰り返すのですが、この映像からは、人間に作られた彼はあくまで人間に追従するものとしてそこに存在する中で、人間になりたいという意思すら持っているようにも見えてきます。
一方で意外にも人間に対して敵意むき出しのエンジニア、一方で純粋に“知りたい”という欲求に向き合う学者ショウとホロウェイ、そしてウェイランド社長、調査隊責任者のヴィッカーズなどさまざまにエゴを持った人たちが絡み合います。
まとめると、この物語には多くのエゴを持った人間が存在し、これに対し「エンジニア」という宇宙生命体の存在はある意味罰を与えるものとして存在しているようです。
こうして見ると作品としては「人類の起源」よりも、そんな登場人物の絡み合いをベースとして「そもそも人間とはどのような存在なのか」を追い、それこそエンジニアが人間たちに対しこうした不幸をもたらせようとした原因として表しており、続編となる『エイリアン:コヴェナント』への強い求心力を産んでいるようでもあります。
総じて考えると、本作を含めた「エイリアン」シリーズにおける「エンジニア」と宇宙生物という存在は、シリーズを通して見れば非常にインパクトがあるものであり、見る側としてはどうしてもその両者に目を奪われがちでありますが、実はその裏に隠すように描いている人間模様こそが、本作の魅力ともいえるでしょう。
なお、本作ではそれでも何らかの本作に対する補足のため作られたと思われるプロモーション映像で、ウェイランド社長が若き日にTEDカンファレンス(実在するアメリカ会社TEDによる有名なカンファレンスイベント)に登場するという短い映像があります。
ここではLV-223に向けた旅の発端の一部や「プロメテウス」というタイトルをにおわせる意、そして映像中に「アラビアのロレンス」が登場したきっかけをにおわせるようなエピソードなどが語られています。
この映像はある程度その「前日譚」的な部分をカバーする映像となっていますが、本作はこのエピソードを敢えて意識せずとも、本編のみでも大きなイマジネーションを得られる魅力があります。
まとめ
本作に向けたスコット監督のポリシーは、どちらかというと、暗いくすんだ感じの映像感が『エイリアン』にも通じるところもあり、何らか原点回帰のような意向も感じられます。
また本作にはシャーリーズ・セロン演じるヴィッカーズという登場人物がいますが、彼女はどちらかというと「社命だから仕方なく対応している」という態度が見える上、体調に異変を生じたホロウェイを宇宙船内に入れることに強く反対します。これは『エイリアン』に登場したリプリーのバックグラウンドと共通点があります。
この点に注目すると、『エイリアン』シリーズとしてはリプリーというキャラクターに注目されがちなところがありますが、『エイリアン』、本作ともに製作においてスコット監督自身の意志としては、初期作も含めもともと宇宙船内の群像劇に着目したがっていたようにも見えます。
総じて考えると、本作は「前日譚」という名目もある一方でもともとスコット監督がこの『エイリアン』シリーズというお題に対して「こう書きたかった」という世界観を、改めて示しているようでもあります。
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