連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第28回
映画『望み』は、2020年10月9日(金)より全国ロードショー。
この作品は、雫井脩介の同名小説を堤幸彦監督が映画化したもので、家を出たまま帰ってこない息子が、事件の加害者なのか被害者なのかわからずに苦悩する家族の姿を描きだしています。
ポスターにも使われている幸せそうな主人公一家の写真が、2019年度に数々の映画賞を受賞した韓国映画『パラサイト 半地下の家族』とよく似ています。
一見幸せそうな家族勢ぞろいのポスター写真から、この家族の背景を紐解いていきます。
CONTENTS
映画『望み』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【原作】
雫井脩介『望み』角川文庫刊
【監督】
堤幸彦
【キャスト】
堤真一、石田ゆり子、岡田健史、清原果耶、松田翔太、加藤雅也、市毛良枝、竜雷太
【作品概要】
映画『望み』は、『悼む人』(2015)『人魚の眠る家』(2018)『十二人の死にたい子どもたち』(2019)を手掛けた堤幸彦監督と俳優・堤真一が初タッグを組み、雫井脩介の同名ベストセラー小説を映画化したサスペンスドラマ。脚本は『八日目の蝉』(2007)『おおかみこどもの雨と雪』(2012)の奥寺佐渡子。
主人公役の堤真一をはじめ、その妻役を『マチネの終わりに』(2016)の石田ゆり子が、岡田健史と清原果耶が兄妹を演じています。他に松田翔太、加藤雅也、市毛良枝、竜雷太ら、実力派俳優が脇を固めます。
映画『望み』のあらすじ
建築デザイナーの石川一登は、フリーの校正者である妻の貴代美と、高校1年生の息子・規士(ただし)、高校受験を控えた中3の娘・雅(みやび)の4人家族。
規士は、怪我のためにサッカー部を辞めて以来、遊び仲間が増え、顔に青あざを作って帰ってきたりと、少し生活が乱れ気味でした。
規士の部屋で購入したばかりの切り出しナイフを見つけて、心配する母貴代美でしたが、ナイフの用途もはっきりしないうちに、新しい年が明けました。
1月5日、規士が前夜から家を出たきり帰ってこなくなり、連絡すら途絶えてしまします。
夜に貴代美の母から電話があり、規士がまだ帰っていないか確認し、すぐにテレビを見るように言われます。
テレビのニュースでは、戸沢で起こった事件を伝えていました。道の途中で動けなくなった車から何人かの少年が逃げ出し、その車のトランクから10代の少年の遺体が発見されたというのです。
目撃者の証言では、車から逃げ出したのは高校生くらいの若い男性が2人ということ。
また、警察発の情報で、遺体は激しい暴行が加えられていたこと、昨日から今日にかけて亡くなった可能性が高いこと、外見の特徴からすると高校生くらいの少年であるということがわかりました。
その後の自宅を訪れた警察官によると、規士が事件に関与している可能性が高いといいます。
行方不明となっているのは3人で、そのうち犯人と見られる逃走中の少年は2人だとも。規士が犯人なのか被害者なのかわかりません。
犯人であっても息子に生きていてほしい貴代美と、被害者であっても彼の無実を信じたい一登でしたが、どちらにしても苦しむ結果は見えています。
憔悴する家族ですが、やがて事件の真相が明らかになります。
映画『パラサイト 半地下の家族』とは
2019年度の映画賞を軒並み獲得し、アジアからアカデミー賞を総なめする作品となった韓国映画『パラサイト 半地下の家族』。第72回カンヌ国際映画祭の最高賞となるパルムドールに輝きました。
この映画は、ポン・ジュノ監督と俳優ソン・ガンホがタッグを組んだ作品で、金持ち家族にパラサイトする貧困家族を描き、経済格差をわかりやすく描きだしています。
舞台はソウル。両親が失業中で、長男長女は浪人中のキム一家は、半地下暮らしをしています。窓から空は見えず、酔っ払いの立ち小便や嘔吐に悩まされているような状態です。
一方、高台に暮らす裕福なパク家の大きな窓から見えるのは、広々とした庭と空。有名な建築家に建ててもらった豪邸に住むパク家に、貧しい家族が仕事人として入り込んだことから悲喜劇の数々が起こります。
映画『望み』家族写真からの考察
一方の『望み』は、『パラサイト 半地下の家族』とは、映画の内容は全く違いますが、類似点がありました。
『パラサイト 半地下の家族』とよく似た配置の家
類似点は“裕福な家”ということ。『望み』の主人公一家の自宅は、パク家のミニチュア版と言っていいほどそっくりなのです。また、主役である石川家勢ぞろいの写真が『パラサイト』のポスター写真ともよく似ています。
正面を向いて座る構図は同じになるというのは仕方がないにしろ、テーブルの後ろの階段や絵の位置など、比べてみると面白いほど、そっくりです。
あるまちの郊外に建築士の一登自らが考案して建てられた石川家。一方の『パラサイト』の裕福な豪邸は、やはり建築家の注文住宅ということです。
プロの建築家のセンスは同じようなものなのでしょうか。
本作の石川家の外観は白色でとてもモダンな造り。立派な門塀が構えていて目を引きます。
家の中に入るとリビングには、存在感があるテーブルダイニング。ダイニングと隣接して、家づくりで人気が高いといわれるアイランド型のキッチンを取り入れられています。
父・一登が家族が住みやすい家を自分のセンスとこだわりを持って設計した家で、仕事も順調、家庭内も事件が起こるまでは何事もなく、平和そのものの幸せな一家の象徴とも言える写真です。
息子・規士と母・貴代美の関係
一家4人のリビングでのポスター写真。よく見ると、真正面を向いてほほ笑んでいるのは規士を除く3人だけで、規士は少し下向きかげんで母を見ているようにも見えます。
ストーリーが進むにつれ、この構図が母と息子の関係を表しているように思えます。
思春期の高校1年生の多感な年ごろの規士。怪我をして、好きなサッカーが出来なくなり、遊び歩くようになった揚げ句に、友人とのトラブルに巻き込まれて、行方不明になってしまいました。
加害者として生きているのか、被害者として死んでいるのか。
何一つわからない状況のなか、父も妹もどちらかというと、規士が被害者であることを願います。しかし、母だけはたとえ加害者であっても生きていて欲しいと願っているのです。
父も母も、規士の無実を信じていますが、それでも最悪の場合を考えてしまいます。
あきらめと希望が交互に訪れる事態になって初めてわかることですが、規士への母の持つ強い想いを彼は本能的に知っていたのかもしれません。
写真のうつむきながらもじっと母を見つめる規士からは、母に助けを求めたいという本心が現れているようです。
まとめ
幸せな建築士一家を襲った突然のできごとに、揺れ動く父母の気持ちが丁寧に描かれている『望み』。
裕福な家にパラサイトする貧困家庭を描いた『パラサイト 半地下の家族』とは、ストーリーは全く違いますが、豪邸で暮らすちょっと幸せそうな家族が出てくる点は似ています。
『望み』の主役である幸せそうな家族は、悪夢のような数日間を通して、家族に対する信頼はアツいものとなりました。
『パラサイト 半地下の家族』を観た方も観ていない方も、“家”から感じられる家族の在り方を本作でもう一度考えてみてはいかがでしょう。