Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

インタビュー特集

【リウ・クァンフイ監督インタビュー】映画『君の心に刻んだ名前』自身の“思い出”を台湾のかつての時代と共に描く

  • Writer :
  • Cinemarche編集部

第15回大阪アジアン映画祭上映作品『君の心に刻んだ名前』

2020年3月に開催された、第15回大阪アジアン映画祭。

そのコンペティション部門で上映された映画『君の心に刻んだ名前』は、戒厳令が解除された1988年の台湾を舞台に、友情と恋愛の狭間で揺れ動く二人の少年の姿と「その後」を描いた作品。また「その後」にあたる30年後を生きる主人公アハンを演じた俳優レオン・ダイは、同映画祭にて「薬師真珠賞」を受賞しました。


(C)Cinemarche

今回、同映画祭に際して来日されたリウ・クァンフイ監督にインタビュー。今作の題材を取り上げた発端などと合わせ、映画に反映させた自身の経験や思いなどとともに、映画に対する向き合い方などをたずねました。

時代背景と自身の経験を反映

──本作の舞台は戒厳令が解除された直後である1988年ごろの台湾ですが、その時代の中でセクシャルマイノリティというテーマを描こうとされたきっかけ、着想の経緯を改めてお聞かせください。

リウ・クァンフイ監督(以下、リウ):この映画を手がけるちょうど3年前のことですが、当時の台湾では社会で一つの大きな議論がされました。それは「同性婚を認めるべきか」という問題で、それぞれの派閥で社会が二分したんです。国民の半分が投票をして同性婚は認められないことになったんですが、一方で同性婚支持派、いわゆるLGBTの方々は大きな怒りを覚えて対立しました。当時はそんな社会的状況だったんです。

1988年ごろ、私はカトリックの男子校に通う学生だったんですが、その学校で一人の男の子に心を惹かれたんです。ある時、学校に勤めていた神父に自身が抱えている思いを打ち明けたところ「それはいけないことだ」と諭されました。

神父はのちに母国のカナダに戻られたんですが、やがて亡くなられたというニュースを聞きました。そしてさらに時間が経ってから、彼も実は同性愛者だったということを知ったんです。それで私は理解しました。つまり学生だった私の告白に対し、神父はどうしても真実を伝えることできず、私に同じような苦しみを味わってほしくなかったから、敢えてあのような言葉を告げたのだと。彼も長い時間を、苦しみと共に生きてきたのだと思います。

そうした経緯から、戒厳令が解かれて30年たった今でも同性愛者に対する社会的な理解は、まだ足りないと思いました。だからこそ作品を通じて、もっと理解を深めてもらいたいと考えたのが、この映画に着手したきっかけでした。

心の中に残る神父の姿

──作中、歳をとった主人公アハンがカナダを訪れ亡き神父の墓前に煙草を供える場面などがありますが、それらの場面にはやはり、リウ監督がかつて出会った神父に対する思いが反映されているのでしょうか。

リウ:私は神父が亡くなられたことを伝え聞いた後にも、実際にカナダを訪ねることはありませんでした。ただ同級生の多くはみなカナダへ行き、晩年の彼の生活をビデオで撮影していたため、その映像を観せてもらったことはありました。ですがその映像を観ていても、同級生の神父に対する理解と、私のそれは大きく異なるだろうと感じていました。多分私だけが、神父が抱え続けていた苦悩を理解していたと思うんです。

最期に彼に会っておきたかったのですが、そこへ行くことは叶いませんでした。ですから本作の物語を通じてこの教会を訪ね、亡くなった神父に哀悼の意を表す格好としました。

また作中で神父が煙草を吸う場面が描かれていますが、かつて私が出会った彼も、実際に巻き煙草を吸っていたんです。バッハの音楽を聴きながら巻き煙草を吸うその姿は、我々学生からすればとても魅力的に映りました。また当時の神父は本当に小さな部屋に学生を招き、学生が煙草を吸うことを学校には内緒で認めてくれていたんです。

そういった私と神父にまつわる記憶も、映画の物語としての展開や細かな描写として取り入れました。私にとって本作における神父と学生たちのやりとりには、小さな空間の中で短い間だけ、神父と学生が神様からの監視を逃れて、自分たちのやりたいことをやっていたという思い出に対する思いも込められているんです。

若き日への思いと映画作り

──学生時代の神父との思い出の他にも、ご自身の経験を反映されている場面などはあるのでしょうか。

リウ:ちょうど作中ではパーティーへアハンとバーディが一緒に出かけていく場面があるんですが、私も学生の時、放課後に好きな彼と一緒にハメを外して出かけたことがありました。またその彼がカメラで写真を撮るのが好きだったので、二人で海辺まで行って遊んでいる時にはついやり過ぎて、服を脱いでお互いに相手の裸を撮ったこともありました(笑)。海辺へ行って好きなように相手とふれ合うのには開放感もあり、服を脱いで裸になって大声で叫んだり……流石にはしゃぎ過ぎたとは思いますが、それだけ刺激的な体験だったわけです。

そこにあったのは「愛」というよりも、その愛を超えた先にある感情だったと思うんです。もしかしたら、それが本当の愛であり恋なのかもしれないですね。ただ相手からすれば、あくまでそれは「青春」がもたらしたもの程度に解釈しているかもしれない。お互いの解釈は全然違ったと思うんですが、そういった側面も含めて私自身の経験を反映しているところはあります。

──ご自身の記憶や思い出に対する思いが込められた本作が完成された際には、どのようなことを考えられましたか。

リウ:やはり撮影と編集を経て完成した作品を観た際には、万感の思いがありましたね。歳をとった今、改めて「若い時っていいな」「恋愛はなんて素晴らしいんだろう」と感じられました。そしてこの映画を通じて、若い時の自分が青春の中で抱いた心情などをもう一度体験をできたという満足感を持つことができました。

恩師エドワード・ヤンとの記憶

「ヤン先生」こと恩師エドワード・ヤンのモノマネをするリウ監督


(C)Cinemarche

──リウ監督が映画の作り手となったきっかけも、やはりご自身の青春時代に深く関わっているのでしょうか。

リウ:私が映画監督の道を選んだのは、当時好きだった人の影響を受けたからなんです。当時の私は西洋の音楽が好きで、いつも音楽を聴きながら「僕の夢は、いつかレスリー・チャンみたいに自分のコンサートを開くことだ」という思いを抱いていました。

結局そうはならなかったんですが、作中でアハンとバーディは「君がもし映画を撮るんだったら」「いや、僕は映画はあんまりたくさん観てないんだ」「もし台北に行って君が映画を撮るのなら、僕は音楽を付けてやるよ」といった会話をしていますよね。その会話にはある意味、自分にとっての「青春時代のバカな夢」が描かれているんです。

──ちなみにリウ監督が結果的に「音楽家」ではなく「映画監督」という道を選ばれた理由とは何でしょうか。

リウ:大学は芸術系の学部を受験したんですが、実はその好きな人と一緒に受験したんです。その学校はいわゆる演劇、戯劇の学部だったんですが、残念ながら歌の学部はありませんでした。それで「まあ演技の勉強もいいかな」と思い直して二人で一緒に受験に行ったんですが、彼は落ちて私は受かったんです(笑)。

これが運命の分かれ目だったわけですが、それで結局ずっと舞台劇の勉強をしていました。またそこでは映像の勉強もできたのですが、実は当時、僕らの映画の先生だったのが、台湾ニューシネマの旗手の一人であるエドワード・ヤン監督だったんです。

ヤン先生は例えば「じゃあそれを演技で見せましょう」「いや、こういう風にして笑う」「煙草を吸うね」「絵を描くのが上手」と、思いついたことをすぐ言うんです。またカメラの話になると「カメラの構造?それはね」と言葉じゃなくて、絵を描いて説明したり。

そんなヤン先生の講義では、女の子はみんな最前列に座ってじっと先生を見ていたんです。すごい才能にあふれた人で、とても魅力的な人でしたから、私もその時に「いつかヤン先生みたいに才能あふれる人間になりたい」と思っていました。またヤン先生はちょうどそのころ『牯嶺街少年殺人事件』(1991)という作品を準備されており、学生も全員映画撮影の手伝いに総動員されていました。

自身の経験をどう映像に生かすか


(C)Cinemarche

──本作を経てリウ監督は今後どのように映画監督として活動を続けられるのか、その思いを改めておうかがいできますか。

リウ:私がこれまでに手がけてきたテレビドラマはコメディが多いんです。またデビュー作となった映画もラブコメでした。ですが今回初めてこういったシリアスな内容を描き、観てくださった方によっては泣き、感動してもらえる作品を完成させたことで、非常に色々なものを学びました。

私は今年で50歳になりました。その節目となる年に、この映画がワールドプレミアとして大阪アジアン映画祭で上映されました。ですから私にとってこの作品は、ある意味では人生における大きなプレゼントと受け止めています。私が今まで歩んできた人生における一つの経験、豊富な経験の一つになるだろうと。

実は映画祭の開催期間中に、大阪のゲイクラブへ飲みに行ったんです。そこには結構古い知り合いがいるんですが、皆さんと「20年ぶり」「久しぶりだね」とつもる話もしました。その時思ったのは、人間にとって体験というものはとても重要だということでした。この体験を通じてこの時間の経過、変化、あるいは自分自身の経験を通して積み重ねたものがとても貴重だと思うんです。

だからそういったものを今後の作品作りにどういうふうに生かす、そういったことはすごく大事だな思っています。作品を作る際には、どのジャンルの映画を手掛けていこうといった決め事は全くなくて、どちらかというと自分自身の経験をどうやって生かして、いい作品を作ることができるかということを考えてます。

インタビュー/河合のび
撮影/出町光識
構成/桂伸也

映画『君の心に刻んだ名前』の作品情報

【日本公開】
2020年公開(台湾映画)

【原題】
Your Name Engraved Herein [刻在你心底的名字]

【監督】
リウ・クァンフイ

【キャスト】
エドワード・チェン、ツェン・ジンホア、レオン・ダイ、ワン・シーシェン

【作品概要】
戒厳令が解除された直後の時代にあたる1988年の台湾を舞台に、友情と恋愛の狭間で揺れ動く二人の少年の姿と「その後」を描いたラブストーリー。「その後」にあたる30年後を生きる主人公アハンを演じた俳優レオン・ダイは、第15回大阪アジアン映画祭にて「薬師真珠賞」を受賞しました。

映画『君の心に刻んだ名前』のあらすじ

1988年、長きにわたる戒厳令が解除された台湾。台中のミッション系男子校に通うアハンとバーディは、校内のブラスバンドで出会い、親友となりました。

やがて友情を超えた愛情に気づいていく二人でしたが、学校が女子学生を受け入れることとなり、新入生の美少女・バンバンが二人の関係の間に入り込み、そしてバーディと付き合い始めるに至って、二人の微妙な関係は崩れていくのでした……。



関連記事

インタビュー特集

【兼重淳監督インタビュー】『水上のフライト』中条あやみの“笑顔”という真骨頂と“泣き”という新境地を観てほしい

映画『水上のフライト』は2020年11月13日(金)より全国にてロードショー公開! 映画「超高速!参勤交代」シリーズなど数多くの大ヒット作を手がけた脚本家・土橋章宏が、実在するパラカヌー選手との交流を …

インタビュー特集

【夏のホラー秘宝まつり2019】山口幸彦×田野辺尚人インタビュー。怖いホラー映画の魅力ついて語る

山口幸彦・田野辺尚人インタビュ-「夏のホラー秘宝まつり2019」について語る 2019年8月23日(金)よりキネカ大森で開催される、毎年恒例となった「夏のホラー秘宝まつり2019」。 新旧、洋画・邦画 …

インタビュー特集

【野本梢監督インタビュー】映画『彼女たちの話』『3653の旅』困難への向き合い方の“多様性”を2作から受け取ってほしい

映画『彼女たちの話』『3653の旅』は2022年8月13日(土)より池袋シネマ・ロサにて劇場公開! 女性の社会進出における不遇を目の当たりにしながらも、男女の対立構造に疑問を抱き始める中学生の少女の姿 …

インタビュー特集

【佐古忠彦監督インタビュー】映画続編『カメジロー不屈の生涯』瀬長亀次郎を政治家でなく「人間・父親・夫・友人」から見つめ直す

映画『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 カメジロー不屈の生涯』は2019年8月24日(土)より全国順次ロードショー “平和”の犠牲者を強いられてきた戦後の沖縄において、米軍の圧制と弾圧、戦後という日本の …

インタビュー特集

【里見瑶子インタビュー】映画『カニバ』パリ人肉事件の佐川一政との出会いが女優業のはじまり

映画『カニバ/パリ人肉事件38年目の真実』は2019年7月12日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて絶賛公開中! 1981年。青年・佐川一政は日本人留学生としてフランス・パリに訪れ、そこで …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学