連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第15回
中川龍太郎、穐山茉由、安川有果、渡辺紘文という4人の監督による連作スタイルの長編映画『蒲田前奏曲』。今回は、第4番渡辺紘文監督「シーカランスどこへ行く」をご紹介します。
新しいスタイルのこの作品が、2020年9月25日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、キネカ大森ほか全国順次公開されます。
蒲田で生活する売れない女優蒲田マチ子を中心に巻き起こる、過去と現在と未来の出来事。エンターテインメント界への皮肉が存分に込められたオムニバス映画です。
CONTENTS
映画『蒲田前奏曲』第4番「シーカランスどこへ行く」の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【英題】
Kamata Prélude
【監督・脚本】
渡辺紘文(大田原愚豚舎)
【キャスト】
久次璃子、渡辺紘文
【作品概要】
映画『蒲田前奏曲』は、4人の監督による連作スタイルの長編映画です。中川龍太郎(第1番「蒲田哀歌」)、穐山茉由(第2番「呑川ラプソディ」)、安川有果(第3番「行き止まりの人々」)、渡辺紘文(第4番「シーカランスどこへ行く」)という監督たちが、各自の手法でコミカルに手掛けることで長編作へと仕上げていった意欲作。
売れない女優・マチ子を通し、女性が人格をうまく使い分けることが求められる社会への皮肉を、周囲の人々との交わりを介しながら描いています。
第4番「シーカランスどこへ行く」の監督を務めるのは、渡辺紘文(大田原愚豚舎)。映画音楽家の渡辺雄司と共に映画製作集団 大田原愚豚舎作品を旗揚げし、映画『叫び声』(2019)が東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門監督賞に輝きました。第22回ウディネ・ファーイースト映画祭では大田原愚豚舎作品、渡辺紘文監督特集が組まれるなどしています。
映画『蒲田前奏曲』第4番「シーカランスどこへ行く」のあらすじ
女優の蒲田マチ子の実家は大田原にあります。
大田原に住むマチ子の親戚の小学5年生のリコは、映画に出演するために大田原の撮影現場にいました。
待機場所でじっと雑誌を見ながら出番を待っていると、映画監督の渡辺が挨拶にやって来ます。
「リコさんにちょっとまた別の僕の作品に出てもらいたいなと思っているんですけどね。今度東京で活躍している蒲田マチ子を起用したオムニバス映画を企画しているんです。4人の映画監督が蒲田マチ子に関する映画を撮るというオムニバス映画なんですよ、要は。4人の監督が4本の映画をとって、1本のオムニバス映画にするっていうもので、僕もその一人の監督として依頼を受けたんですけど……」
渡辺監督は挨拶もそこそこに、リコを相手に長々と自分の話を始めます。どうやら、リコが蒲田マチ子の親戚とは知らないようでした。
「リコさんは、ああいうオムニバス映画とかどう思います? 正直言って」
何回も尋ねる監督の質問を、リコは笑顔か頷きだけで返答します。
その後も、渡辺監督目線の東京中心主義、映画業界、日本の社会問題についての考えが、延々と続きます。
そのたびに、監督は「ねぇ、リコさんはどうお考えですか?」と尋ねてきます。リコは無視はしませんが、黙っています。
そのうちに、いよいよ撮影に入りました。
道幅いっぱいに並んだ街の人々と空を見上げて、飛んでいる宇宙船を発見するというシーンです。リコの他にも女の子が2人いますが、3人とも全員ぬいぐるみを抱えています。
リコが抱いているのは、「シーカランス」という名前の何だかわからない種類のぬいぐるみでした。
撮影の合間にも、リコはまた監督のトークを延々と聞くことになります。
そして、渡辺監督のダメ出しで何回も撮影は繰り返され、シーンごとの出来はドンドン良くなっていきました。
映画『蒲田前奏曲』第4番「シーカランスどこへ行く」の感想と評価
出演者は、ほぼ渡辺監督と子役のリコの2人だけのような、『蒲田前奏曲』第4番「シーカランスどこへ行く」。
今までの3つの話とは少し視点が変わっているのを示唆するように、ほとんどがモノクロ画像で渡辺監督独断場のようなユニークな作品です。
渡辺監督は小学生のリコを相手に、役者が東京にばかり集まるのはどうかと思っていると東京中心主義を皮肉ったり、オムニバス映画についての見解を述べたりと、業界に対して自分の意見を交えているような演技をしていました。
特にインディーズ映画については、監督や出演者に関して痛烈な皮肉を述べていて、いかにこういった映画作りが困難なのかがよくわかります。
また一方では、撮影が始まると大人のキャストには自分の思い描く演技をどんどん要求し、子役のリコたちには「何も悪くないからもう少し続けてくださいね」と甘い言葉を投げかけます。
この辺りは、うまくキャストの良さを引き出そうとする映画監督の駆け引きといったところでしょうか。監督自らが演じる監督像はとてもリアルなものでした。
けれどもここでは何と言ってもリコが主役。渡辺監督のグチとも皮肉とも取れる話を黙って聞きながら、その頭の中では、親戚のマチ子お姉ちゃんのような女優になろうかなと思っています。
リコは、女優として荒波の中を生きているマチ子の悩みや苦労を知りません。純粋な憧れを抱くリコならではの明るい笑顔に、心温まる想いがします。
まとめ
映画『蒲田前奏曲』第4番「シーカランスどこへ行く」の監督は、大田原愚豚舎の渡辺紘文。
渡辺監督は「大田原愚豚舎が『蒲田前奏曲』の参加を決めたのは、女優・松林うららの強い意志と映画への愛情に共鳴したからです」と言います。
松林うららの持つ「女優という立場を様々な角度から見た映画を作りたい」という思いは、成功が保証されてるわけでもありません。それでもやってみたいという強い気持ちが、他の監督の共感を呼んでいるようです。
その結果、松林に共感した監督たちが作ったオムニバス映画『蒲田前奏曲』は、それぞれの監督たちの「女優・蒲田マチ子」への思いが籠ったものとなりました。
そして、監督たちは「女優・蒲田マチ子」を様々な面から見つめて、女性の置かれている現状の問題も投げかけています。
男性監督たちはマチ子が遭遇した過去と将来のあるべき姿を描き出していますし、女性監督はマチ子が体験する現実問題を自らの視点で鋭く切り込んで描きだしました。
マチ子の過去や現在の問題点などを描いた第1番、第2番、第3番に続いて、ラストを飾るのは、どんな将来が待っているのかわからないマチ子の親戚・リコのエピソードです。
4人の監督とさまざまなキャストを交えて描かれた「蒲田マチ子」像。ラストは見事に希望が持てる未来に繋がりました。
リコが大人になる頃には、今よりももっと女性が活躍できる社会になっていることを信じ、本作をプロデュースした松林うららと監督たちの願いと映画への思いが、見る人に届くことを願わずにはいられません。
映画『蒲田前奏曲』は、2020年9月25日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、キネカ大森ほか全国順次公開!