戦地シリアでアパートの一室に身を寄せる市民たちの緊迫の24時間
第67回ベルリン国際映画祭で観客賞を受賞した映画『シリアにて』が、2020年8月22日(土)より岩波ホールほか全国順次公開されます。
今なお戦乱激しいシリアを舞台に、自らの住むアパートの一室に身を寄せる家族と、その隣人夫婦の緊迫の24時間を描く密室劇の、見どころを紹介します。
映画『シリアにて』の作品情報
【日本公開】
2020年(ベルギー・フランス・レバノン合作映画)
【原題】
Insyriated(英題:In Syria)
【監督・脚本】
フィリップ・ヴァン・レウ
【撮影】
ヴィルジニー・スルデー
【編集】
グラディス・ジュジュ
【音楽】
ジャン=リュック・ファシャン
【キャスト】
ヒアム・アッバス、ディアマンド・アブ・アブード、ジョリエット・ナウィス、モーセン・アッバス、モスタファ・アルカール、アリッサル・カガデュ、ニナル・ハラビ、ムハマッド・ジハド・セレイク
【作品概要】
未だ内戦の終息が見えないシリアで暮らす市民の日常を、24時間の緊迫の密室劇で描きます。
監督・脚本を務めるのはベルギーの社会派監督フィリップ・ヴァン・レウで、2012年に友人の父親が、シリア北部の都市アレッポの住居から3週間出られずにいたという話を元に映像化に着手。
死と隣り合わせの日常におびえる家族を強く導く女性主人オームを演じるのは、『ミュンヘン』(2005)、『ブレードランナー 2049』(2017)などのハリウッド映画にも出演するパレスチナ出身のヒアム・アッバス。
隣人ハリマ役は、『判決、ふたつの希望』(2018)で注目を浴びたディアマンド・アブ・アブードで、本作の演技でカイロ国際映画祭主演女優賞を獲得しました。
日本では2017年の第30回東京国際映画祭のワールド・フォーカス部門として初上映され、今回が一般公開となります。
映画『シリアにて』のあらすじ
シリアの首都ダマスカスのアパートに住むオームは、戦地に赴いた夫の代わりに家長としてアパートの一室にこもり、そこに身を寄せた隣人のハリマ夫婦とともに、何とか生活を続けていました。
ある日の朝、ハリマの夫がレバノンの首都ベイルートに脱出するルートを見つけ、その夜のうちに逃げようと彼女に語ります。
ところが、夫が脱出する手続きをするためにアパートを出た途端、スナイパーに狙撃されてしまいます。
その一部始終を目撃していたメイドのデルハンはオームに知らせるも、外に出るのはあまりにも危険であるとして、そのことを知らないハリマには伏せておくよう告げます。
やがて昼になり、アパートを物色する強盗が現れたことで、オームたちに予期せぬ事態が…。
映画『シリアにて』の感想と評価
戦闘シーンを排除した“密室”戦争ドラマ
本作『シリアにて』は、未だ内戦の終息が見えない、アサド政権と反体制派、そしてIS(イスラム過激派組織)の対立が続くシリアを舞台とした戦争ドラマです。
しかしながら本作は、戦地が舞台でありながら、砲弾や爆弾が飛び交う戦闘シーンはおろか、瓦礫の山と化した街並みなどは一切映りません。
カメラは、メインの登場人物であるオームとその家族が暮らすアパートの部屋からほぼ出ることなく、彼らが交わす会話で構成される、文字通りの密室劇となっています。
武器を持たずに、聴こえてくる銃声・爆音や周囲の住人の反応に怯える一般市民側の視点を通じて、観る者も戦地に立ち会っているかのような臨場感をもたらします。
常に死や暴力と隣り合わせなシリア市民の現状
シリアが舞台の映画は、ここ数年間で、世界各国で次々と製作されています。
軽く挙げるだけでも、女性戦場記者メリー・コルヴィンの生涯を描く実録ドラマ『プライベート・ウォー』(2019)や、内戦に介入するトルコ軍を描いたミリタリーアクション『レッド・ホークス』(2019)、そして、現地のシリア人女性監督が日々の戦況を撮ったドキュメンタリー『娘は戦場で生まれた』(2020)などが日本で公開されています。
テーマや切り口はさまざまですが、いずれの作品で共通して触れられているのは、シリアで暮らす一般市民たちが置かれている現状です。
彼らは、常に命を落とす危険性に脅えながら、電気や水道も満足に使えない生活を余儀なくされています。
本作での主要人物に当たる女性オームも、不在の夫の代わりに、子どもや義父ら家族の安全を守ろうと常に神経を尖らせつつ、家事に勤しんでいます。
そのため、銃声や爆音はもちろん、ヘリコプターの飛行音やサイレン、さらにはアパート内を行きかう足音やノック音にまで危機感を募らせます。
そんな緊張感を強いられる生活を送っていたオームは中盤で、あまりにも理不尽な暴力と直面することになります。
観ていて思わず目を背けたくなるような事態に、ある選択を迫られることになるオーム。
あらすじこそフィクションではありますが、彼女達が暮らす今のシリアでは、実際に起こっても何らおかしくはないのです。
参考:『娘は戦場で生まれた』(2020)
まとめ
2020年3月現在、死者は民間人を含めて少なくとも38万4000人にも上り、開戦から10年目に突入した今も終息の目途が立たないシリア内戦。
そんな哀しき人道危機を、息苦しさを誘うサスペンスドラマに昇華した本作『シリアにて』。
死の恐怖に耐えながらも、生きる希望を失わない人間の強い意志から、目を逸らさないでください。
映画『シリアにて』は、2020年8月22日(土)より岩波ホールほか全国順次公開です。