連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」第4回
ポスト・コロナの時代に負けず、埋もれかねない佳作から迷作・怪作まで、世界の様々な映画を紹介する「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」。第4回で紹介するのは、トンデモ設定で注目を集めるホラー映画『キラーソファ』。
人を不幸にする呪われた品々、恐ろしいです。呪いを抱いた人形、ありそうです。その人形が動き出して人を襲う、将にホラーの世界です…。
だったら他の物でも、家具のソファが人を襲ってもイイのでは?そんな人を喰ったようなアイデアが、成立するのがホラー映画の世界。開いた口がふさがらない恐怖(?)が見る者を襲う、そんな珍品映画がまた1つ誕生しました。
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CONTENTS
映画『キラーソファ』の作品情報
【日本公開】
2020年(ニュージーランド映画)
【原題】
Killer Sofa
【監督・脚本・撮影・編集・製作】
バーニー・ラオ
【キャスト】
ピイミオ・メイ、ジェド・ブロフィー、ナタリー・モリス、ジム・バルタクセ
【作品概要】
美女の元に届いたソファが見つめる、動く、襲う!という、家具離れした恐怖(?)を映像化した、オカルトホラー・コメディ映画です。監督は数多くの短編映画を自ら製作し、実績を重ねているニュージーランドの新鋭・バーニー・ラオです。
主人公はもちろんソファ。監督が発掘したピイミオ・メイを主演に、仲間たちと作り上げた低予算ホラー映画は、奇抜な設定が話題となり、世界のファンから注目を集めました。
映画『キラーソファ』のあらすじとネタバレ
何か儀めいた祭壇に、女の写真が飾られていました。その脇で口を塞がれ、縛られた男の前に、電動ナイフを持った男が現れます。
縛られた男のうめき声にも構わず、その体を切断してゆく男。その光景を、背もたれに付いた2つのボタンを、つぶらな瞳のようにして見つめるソファ…。
数日後、男女3人組が倉庫に現れます。オカルトめいた品が並ぶ倉庫の中に、目当てのソファ、正しくは変形できるリクライニングソファが、立っているかのように置かれていました。
その頃、ダンサーのフランチェスカ(ピイミオ・メイ)は、友人のマキシ(ナタリー・モリス)や偏執的に見守る男ラルフの前で、演奏に合わせ踊っていました。
踊り終えたフランチェスカの前に、2人の人物が現れます。フランチェスカのマネージャーと称したマキシに、2人は刑事のグレイビー(ジェド・ブロフィー)とグレープだと告げます。
男女2人の刑事は、殺人事件の捜査ののためにフランチェスカを訪ねたのです。マキシと共に警察署に向かうフランチェスカ。
彼女は切断され発見された、無惨な足の写真を見せられます。それはフランチェスカがかつて付き合っていた男、フレデリコの体の一部でした。
警察は彼と関係のあったフランチェスカに、事情を尋ねます。しかし彼女は既にフレデリコと別れており、その後ストーカーじみた振る舞いをした彼から身を隠します。
それは警察から得た、接近禁止命令で証明できると話すフランチェスカ。何かが引き寄せるのか、彼女は妙な男から付きまとわれる、そんな経験を繰り返していました。
家に家具が到着するので帰らねばならないと告げ、フランチェスカとマキシは立ち去ります。
彼女の何が男を引きつけるのか、女刑事のグレープに理解できませんが、フランチェスカの容姿を見て、妙に納得するグレイビー刑事。
例のソファを運ぼうとした3人組の女が、金属部品に手を挟み怪我をします。出血が収まらずもう1人に面倒を見せさて、残る男1人で配送することになります。
配送の男はフランチェスカの家と誤り、マキシの祖父ジャック(ジム・バルタクセ)が経営するアンティーク店に現れます。ジャックはそれが、孫娘の友人宛ての荷物だと気付きました。
しかしジャックは、ソファを見たとたん、言い知れぬ不安に襲われます。ソファに触れた彼は、衝撃を受け何かを幻視します。
それは何か怪しげな儀式を行う現代の男と、何者かに追われる古風な衣服の女の姿でした。
意識を失い倒れたジャックを、配送の男が介抱して目覚めさせます。男は彼を案じますが、ジャックは自分の身より、今見た幻視と目の前のソファを恐れていました。
ジャックからフランチェスカの家を聞き、ソファは配達されました。彼女は同居中のパートナー、TJに2階までソファを運んでもらいます。
マキシに言わせるとゲイのTJですが、妙な男に執着されてきた彼女には、TJのような男こそ安心できる相手でした。早速ソファの座り心地を確認するフランチェスカ。
その頃マキシは、祖父のジャックと彼のパートナーの女、アシャンティと食事をとっていました。マキシは経営が思わしくない、祖父の店の売り上げを伸ばすアイデアを話します。
しかしジャックは、今日見た幻視の方が気になっていました。アシャンティは彼の父親譲りの霊感の力を高く評価し、今日見たものにも意味があると信じていました。
あの体験の謎を解こうと、オカルト関係の文献をあたり、ユダや文化に伝わる悪魔”ディブク”について調べるジャック老人。
シャワーを浴びていたフランチェスカを、家を訪れたマキシが驚かせます。彼女はフランチェスカを元気づけに現れたのです。
2人はソファにパソコンを置き、映画を鑑賞しました。友人に対しフレデリコのことは忘れ、前に進むよう励ますと、帰って行ったマキシ。
車に乗ろうとした彼女が振り返ると、2階の窓からフランチェスカが見ていました。ふと隣の部屋の窓を見ると、あのソファがボタン製の瞳でこちらを見ています。
驚いた彼女がもう一度窓を見ると、ソファの姿はありません。
マキシが去るとフランチェスカは、リクライニング機能を使い背もたれを倒し、ソファに身を委ねます。何故かソファをなで始め、恍惚の表情を浮かべるフランチェスカ。
フランチェスカが我に返って目覚めた時、彼女はベットの上にいました。彼女を見つめるように鎮座するソファの後ろに、何者かの人影がありますが、消えていきます。
自分の体験が気になっていたジャックは、オカルト研究家のマクツが語る動画を見ていました。
彼は強力な悪霊が、身近にいる人間の心や体を奪おうと企て、その者の体に様々な影響を引き起こすと語っていました。
それは今、ジャックの身に起きている症状と一致するものです。
朝になりフランチェスカが目覚めると、床にロウソクが並べられています。それに導かれて歩むと、彼女はソファの前にたどり着きました。
ソファのひじ掛けには、手作りのクッキーとコーヒーが、花と一緒に置いてあります。
ソファと見つめ合う(?)フランチェスカ。そこにTJが現れました。
彼女はこれをTJが用意したものと思い、彼にキスをします。その心当たりは無く、よく判らないままクッキーを取って食べるTJ。
警察署ではグレイビー刑事が、酒を飲みながら体の一部が見つかった、フレデリコについて調べていました。残された所持品やブログを見ると、彼はオカルトに傾倒していたようです。
証拠の写真から判断すると、彼は一方的に思いを寄せたフランチェスカに、ブードゥーの魔術をかけたようでした。
この日も呼び出されたフランチェスカとマキシは、グレイビーとグレーブ両刑事から、フレデリコについて訊ねられます。
別れた後、ストーカー行為を行う彼から逃れ、転居したと彼女は説明します。今や自分の支えは、ダンスと友人のマキシだけと説明するフランチェスカ。
彼女は自分には、男を執着させる何かがあるようだと語ります。フレデリコと付き合っていた際、暴力を振るわれたかと聞かれると、彼女はそれを否定します。
2人の間の暴力沙汰は、あくまでベットの上の行為の結果と説明するフランチェスカ。
今同居しているTJについて刑事から聞かれ、彼女は執着や暴力に全く縁のないタイプだと説明します。彼はゲイだと補足するマキシ。
その頃家で料理をしているTJの姿を、ソファの背もたれの黒いボタンが見つめます。
鼻歌まじりでキッチンに向かう彼の背後で、何かを引きずる音がします。振り返っても誰もいません。また音がして振り返ると、ソファが先程より近い場所にあるようです。
ソファは彼の背後に忍び寄り、スプリングの尖った先を彼のふくらはぎに突き立てます。悲鳴をあげるTJ。
警察でフランチェスカとマキシが、フレデリコのオカルトブログの動画を見せられていると、助けを求めるTJからの電話がかかってきます。
フランチェスカがグレイビー刑事と共に家に戻ると、部屋の中は焦げた料理の煙で満ちています。浴槽に逃れたTJは足から出血し、悲鳴を上げていました。
グレイビー刑事は、煙の中に鎮座するソファを見つめます。
ジャック老人は電話で、自分が悪魔”ディブク”に遭遇したらしいと、隠居したユダヤ教のラビであり霊能力者でもある父に訴えていました。
父はラビではないジャックに、悪霊は手に負える存在ではない、と警告しますが、父から能力を受け継いでいると信じ、”ディブク”を滅ぼそうと決意するジャック。
フランチェスカは家の血痕を掃除していました。負傷したTJは母の家に帰りました。動きが不自由な彼は母を呼びますが、イヤホンをする母にその声は届きません。
やむなく杖を持って動くTJ。その家の2階の窓の外に、伸びたスプリングの先端が現れます。
その音に気付いたTJが窓を開け、下を覗くとそこにソファがありました。背もたれを動かして、つぶらなボタンの瞳でTJを見上げているソファ。
慌てたTJですが、スプリングの先が邪魔して窓を閉めることができません。どれだけスプリングが伸びたのか、恐ろしくて想像すらできません。
忍び寄るスプリングに捕えられたTJに、その鋭い先端が迫ってきます…。
パートナーのアシャンティがブードゥか何かの魔術の儀式を行う脇で、オカルト研究家のマクツの動画を見て、悪魔”ディブク”について調べるジャック老人。
“ディブク”は罪を犯し、輪廻転生できなかった者の悪霊を支配します。悪霊は人に憑依し、”ディブク”は犠牲者の魂を喰い強くなります。TJはその犠牲になったのでしょうか。
ジャックはアシャンティの術で、自分が見た幻視を再度体験し、正体を突き止めようとします。
彼はフレデリコを目撃し、遠い昔の古風な服装の、何者かに追われている女性に遭遇します。彼女の落した袋には、いやな臭いのする花が入っていました。
その女は現れた、別の女の前で自らの喉を斬り死にました…。
幻視を体験した後、意識を取り戻したジャックは、目撃した光景をアシャンティに語りました。遠い昔に毒草を持った女が、自殺する光景だと説明するジャック。
その夜家で休んでいたフランチェスカは、何かの気配に気付きます。彼女の下着を漁る、何者かがいるようでした。窓が開いており、誰かが忍びこんだようです。
ベットで目覚めたフランチェスカ。今見たものは夢でしょうか。懐中電灯を手に部屋の中を調べると、映し出されたソファがいきなり動き、彼女は悲鳴をあげました。
家の外で震える彼女の元に、連絡を受けたマキシが現れます。2人は様子を見に家に入りますが、懐中電灯に映し出されたソファが、動き出す訳がありません。
それでもフランチェスカを落ち着かせるため、マキシは車に彼女を乗せ、共に立ち去ります。その姿を、自力でベランダに出た(!)ソファが見つめていました。
翌朝、TJの母は掃除機の中に、息子のミンチ状にされた脳みそと目玉を見つけます。
明るくなり自宅に戻ったフランチェスカは、例のソファの前に立ちました。背もたれのボタンの瞳と見つめ合う彼女。
警察から呼び出しを受け、彼女が玄関を出るとそこにラルフがいました。フレデリコのように彼女に執着しているラルフは、TJが家を出たと知り早速現れたのです。
気味の悪いモーションをかけてくるラルフを無視して、彼女は警察署に向かいます。彼女が去ると郵便受けから手を差し入れ、ドアをこじ開け家に侵入するラルフ。
グレイビー刑事はフランチェスカに写真を見せ、TJの頬に「FR」の文字が残されていたと示します。犯人は彼女に執着している者だと、刑事は考えていました。
刑事は今までフランチェスカにストーカー行為を働いた、男たちのリストを見せます。存命の者で一番怪しいと思うのは誰か、と彼女に訊ねるグレイビー。
彼女が選んだのは、マキシのいとこでもあるラルフでした。そのラルフは今、無人のフランチェスカの家にいました。
彼女の家に盗撮カメラを仕掛けるラルフ。殺人ソファは首、ではなく背もたれの向きを変え、その姿を見守っていたのです…。
映画『キラーソファ』の感想と評価
参考映像:『アタック・オブ・ザ・キラー・トマト』(1978)
人間を人形が襲う、無人の車や呪われた船、幽霊屋敷が人を襲う!物が人を襲う恐怖が成立するなら、種類は何でもいいんじゃないでしょうか?「物ボケ」はお笑いだけでなく、B級映画の世界にも君臨するジャンルです
そんな「物ボケ」恐怖映画を、悪ふざけの極みで作ったのが、今も「不朽の駄作」「元祖お馬鹿映画」「もはやZ級映画」として愛される『アタック・オブ・ザ・キラー・トマト』です。
これをお手本に、馬鹿げたコメディホラーが続々登場する一方(本家の続編、『リターン・オブ・ザ・キラートマト』(1988)にはジョージ・クルーニーが出演)、ホラー映画が流行しネタが尽きた1980年代に、「物ボケ」設定で大真面目に作る作品まで登場するから不思議です。
「未体験ゾーンの映画たち2020」に登場した『DRONE ドローン』(2019)は、そんな時代のホラー映画を現代に蘇らせた、いい歳をした大人たちが真剣にドローンと対決する姿を描く、何とも奇妙な味わいの珍作でした。
さて、そんな系譜に連なる作品『キラーソファ』、見るからに頭の悪そうな設定ですが、実はこの作品、監督が恐ろしいほど心血を注いだオカルトホラー映画でした。
恐るべき”ディブク”の正体とは
さて本作に登場する”ディブク”とは、どういったものでしょうか。
その正体はヨーロッパのユダヤ人社会、時に東欧のイディッシュ文化の民間伝承に登場する悪霊です。彼らの間では人間が死ぬとその魂は、輪廻転生すると信じられていましたが、罪を犯して死んだ人間はそれが叶わず、現世を彷徨う悪霊となるのです。
“ディブク”は人に憑依して、時に別の人格の様に振る舞い、その人を精神的にも肉体的にも苦しめます。キリスト教文化に登場する悪魔憑きと、日本の憑依霊の性格を併せ持つ存在です。
実際古くは悪魔のような存在でしたが、時を経て人間の死霊の性格が強くなったようです。本作に登場する”ディブク”は、この2つの性格を併せ持つ存在として創造されました。それでもリクライニングソファに憑りつき動くのは、おそらく有史以来初めての行動でしょう。
監督・脚本のバーニー・ラオは、本作をキリスト教、ユダヤ教、ブードゥー教などの様々な要素をミックスした、練りに練ったオカルトホラーにしました。更に謎解き要素に過去の出来事、推理要素も加え、お気楽なお馬鹿ホラー映画を想像した人を、心底驚かせる映画を完成させました。
世界のB級映画ファンが認める「WTF」映画
しかし。監督・脚本以外にも、撮影に編集そして製作と、何から何まで自分でこなした80分余りの映画に、あらゆるものを詰め込み過ぎました。
ストーリーに絡む登場人物が実に多く、それを追うだけで一苦労です。オカルト物として、また刑事物としての謎解きに展開が振り回され、物語に付いていくのも大変です。
監督の知り合い人脈を使った、素人に近いキャストもいますが、緊迫感を維持して映画は進んでいきます。このジャンルの映画にありがちな、おふざけ悪乗り演技もほぼ皆無。
主人公の女性、やたら男を引きつける女性という設定にしては地味…と思ったら、最後に化けるから納得しました。流石監督が苦労して見つけた逸材(長編映画初出演にして主演です)だと、大いに自慢する女優さんです。
一方でテンポが悪く、殺人ソファ君の熱演は大いに笑えるのに、今一つ乗れない映画になったのは残念です。もう少しエピソードを減らし、テンポの良い編集で見せれば、世界のお馬鹿映画ファンを満足させたでしょう。
この映画を「物ボケ」の「お馬鹿映画」と信じて見た世界のB級映画ファンが、このチグハグ感に戸惑い、同時に奇妙な愛着を覚えたようです。この映画を見た英語圏の多くの人が叫ぶ言葉が「WTF」の3文字、つまり「what the fuck!」の略語です。
様々な意味を持つ言葉ですが、本作を見終えた状況で使った場合、一番適当な日本語訳は「なんだこりゃ!」。多くの方が、この言葉に納得するでしょう。
そもそもつぶらな瞳で動く、殺人ソファ君に出会ったら、皆がそう叫ぶしかないでしょう。将に「WTF」映画と呼ぶに相応しい作品です。
まとめ
お馬鹿映画にしてはあまりに力作過ぎた、それでもなお殺人ソファ君の姿に笑うしかない『キラーソファ』、心してご覧下さい。国を挙げて映画人を育成し、その目的のためならふざけた映画の製作も許す、ニュージーランド映画界らしい作品です。
しかし悪ノリやテンポの良さの面で、先輩であるピーター・ジャクソン監督の『バッド・テイスト』(1987)や『ブレインデッド』(1992)、「未体験ゾーンの映画たち2020」で上映された『ブラックシープ』(2006)の、後塵を拝していることも間違いありません。
しかし自らの手で、様々な要素の宝石箱、あるいは闇鍋のような映画を作り上げた、バーニー・ラオの力量はお見事、今後の活躍に要注目です。
ちなみにジャック老人を演じたジム・バルタクセは、監督の友人です。彼の家とそこから見える景色が映画に利用できると、監督に様々なインスピレーションを与え、実際に本作の撮影にも使用されました。
しかし彼の家と、ユダヤ教のラビのように見える彼の容姿が、何か映画に使えないかという監督のひらめきが、殺人ソファの登場する映画になるとは、誰にも想像がつかなかったでしょう。こんな映画を思いつくなんて、将に「WTF」(信じられねぇ!)です。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」は…
次回の第5回は、人間の残虐性をあぶり出すバイオレンス・スリラー映画『ゲット・イン』を紹介いたします。お楽しみに。
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