連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第44回
「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」の第44回で紹介するのは、異色のハンティング映画『ヒトラーを殺し、その後ビッグフットを殺した男』。
凄いタイトルです。また日本の配給映画が、トンデモないタイトルを付けたと思った方、違うんです。原題をズバリ直訳したタイトルです。
なぜこんなタイトルを? そしてこの映画の主演を、名優サム・エリオットが演じる? 多くの疑問が頭をよぎるでしょうが、そこには作り手の意図がありました。
良い意味で期待を裏切る、想像を越えた映画です。アメリカ伝説のハンターと呼ばれた男の、最後の狩りが今、始まります。
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CONTENTS
映画『ヒトラーを殺し、その後ビッグフットを殺した男』の作品情報
【日本公開】
2020年(アメリカ映画)
【原題】
The Man Who Killed Hitler and Then The Bigfoot
【監督・脚本】
ロバート・D・クロサイコウスキー
【キャスト】
サム・エリオット、エイダン・ターナー、ラリー・ミラー、ケイトリン・フィッツジェラルド、ロン・リビングストン
【作品概要】
平穏な老後を送る1人の男。かつて困難な任務を成し遂げた伝説のハンターに、重大な使命が与えられた……。奇抜な設定で描かれた、モンスター・アクション映画。製作総指揮はVFXと映像革命の先駆者ダグラス・トランブル、また製作には『希望の街』(1991)を監督するなど、インディペンデント映画界の雄ジョン・セイルズも名を連ねています。
監督・脚本はジャック・ケッチャム原作のホラー映画、『ザ・ウーマン』(2011)の製作に参加したロバート・D・クロサイコウスキー。主演は長らく西部劇で活躍、『アリー スター誕生』(2018)でアカデミー賞にノミネートされたサム・エリオット。ピーター・ジャクソン監督の「ホビット」3部作に出演した、エイダン・ターナーが主人公の若き日の姿を演じました。
映画『ヒトラーを殺し、その後ビッグフットを殺した男』のあらすじとネタバレ
1人酒場のカウンターに座る老いた男。店にはジュークボックスの音楽が流れてます。その男、カルヴィン・バール(サム・エリオット)の脳裏に、第2次大戦時の記憶が甦っていました。
若き日のカルヴィン・バール(エイダン・ターナー)は、ナチス武装親衛隊(SS)の制服を付け、SSが厳重に警備する邸宅を訪れていました。彼は身体検査を受け、2階へと上がります。
彼は密かに、細かく分解して隠した、またペンやバックルに見せかけた部品を組み立て、銃を完成させます。そして彼が入った部屋には、あの男がいました……。
馴染みのバーテンに肩を叩かれ、我に返ったカルヴィン。彼はバーテンと言葉を交わすと、今日は帰宅することにします。彼が酒場から出ると、黒い大型乗用車が姿を現します。
歩いて駐車場に向かう途中、中に小石でもあるのか、カルヴィンは靴の履き心地を気にします。彼はホームレスに乞われると、惜しげもなく金を渡します。しかし車の扉を開けようとした時、カルヴィンは背後から3人組のチンピラに襲われました。
脅されて彼は財布を取り出しますが、ナイフを持った相手はそれを奪い、若い女性の古い写真を取り出します。調子にのった男は、その写真に煙草の火を押し付けました。
するとカルヴィンは男から鉄パイプを奪い、それを武器に3人を倒します。男の持つ銃は使えないよう分解して壊すと、地面に伸びたチンピラたちを残し、車で走り去ったカルヴィン。
脇をパトカーが通りすぎても、彼は何の反応も示しません。しかし車が家の前に着くと、カルヴィンは車の中で目頭を押さえ、声を押え泣き出します。
翌朝、彼の家に配達された新聞には、「カナダで連続殺人発生」との見出しが踊っていました。彼の家の前に停まる黒い車は、昨日見かけたものでしょうか。それには政府公用車を示すナンバープレートが付いています。
パジャマのまま1人食卓に着いたカルヴィンは、ピルケースに入れられた今日の薬を飲みます。彼の足元には飼い犬のラルフが姿を現します。彼は自分の皿のソーセージの1かけらを、ラルフに分け与えました。
髭を剃るために鏡に向かうと、またも第2次大戦時の記憶が甦ってきたカルヴィン。
民間人の姿をした若き日の彼は、ヨーロッパの某所でナチスと闘うパルチザンたちと合流します。パルチザンのリーダーは、特別な任務のために極秘にやって来たアメリカ人のカルヴィンを、親し気な態度で歓迎しました。
髭をたくわえたカルヴィンの顔を見たリーダーは、私の母はジブシーの娘で、カミソリの刃は未来を告げてくれると話していた、と語ります。
彼はカルヴィンの髭を剃ることで、未来を占おうと言います。もし彼がカルヴァンを傷つけることなく剃り上げれば、任務は果たせずあなたは死ぬだろう、と告げました。
誤って肌を傷つけ、血が流れ出せばそれは吉兆、あなたは生き残ります。しかしわざと傷つけるような行為を行えば、私たちは呪われると話すリーダー。
そう言うとリーダーは慎重に、そして丁寧に彼の髭を剃刀で剃り始めました。カルヴィンにも動かないよう要求し、傷1つ付けることなく髭を剃り上げました。
これであなたは死ぬと決まった、そう言うと彼はカルヴィンの顎を、軽く切って血を流させます。こうすれば任務が成功する、だが、私たちは呪われたと告げるリーダー。
これからあなたは、1人で道を進むのです、と語りかけるパルチザンのリーダーに、カルヴィンは礼を述べました。そして2人は酒を酌み交わしました。
老いたカルヴァンはベットの下から、小さな木箱を取りだします。しかしその箱を元の場所に戻し、第2次大戦時の軍服と勲章を取りだし、思わず「何だったのか」と一言つぶやくカルヴィン。彼は勲章をボタンを入れたビンに、ぞんざいに放り込みます。
飼い犬のラルフに相棒と呼びかけ、カルヴァンは犬と共に車に乗り込みます。ラジオはカナダの連続殺人事件を、怪物ビックフットと結びつけるDJの発言を放送していました。
車を止めると、カルヴィンは犬を連れ歩きはじめます。靴の違和感を気にしてベンチに座り、中の小石を出そうとしますが、どうにも取りだせません。ふと手を休め、まだ若く、戦争前の平和だった頃を思い出したカルヴィン。
彼はこの小さな町の帽子屋で働いていました。ある日そこに客として、美しい女性が現れます。それがマキシン(ケイトリン・フィッツジェラルド)との出会いでした。
小石を出すのを諦め、靴を履こうとした彼の足元に、誰かの落したスクラッチくじが風に飛ばされてきました。それを拾ったカルヴィンは、くじを売っている雑貨店に持って行きます。
この辺りでくじを売っているのはこの店だけで、自分が買ったものではないと、彼は店員にくじを渡そうとします。くじは100ドル当たっていました。店員は販売済みのものだからと、彼に金を渡そうとしますが、カルヴィンはそれを断りました。
店でくじを数日預かって、落とし主が現れなければ好きにしてくれ、と頼むカルヴィン。店員が飼い犬にとジャーキーを差し出すと、彼はボロボロの1ドル紙幣を出し支払います。
彼は犬のラルフを連れ、弟エド(ラリー・ミラー)が経営する床屋に現れます。いつものようにカルヴィンは、弟に散髪を頼みます。何か話したいことがあるようですが、言葉にできない兄に対し、もっと会話すべきだから、今度一緒に釣りに行こうと提案するエド。
戦争中に人を殺したことが、今も心の傷であるカルヴィンは、また当時を思い浮かべます。パルチザンの協力でシェパード犬を手に入れた彼は、リーダーらと別れ1人行動を開始します。
SS将校の服を身に付けた彼は、犬を連れ車にボート、列車を乗り継いで先へと進みます。貨車に乗せされるユダヤ人たちを、黙って見守るしかないカルヴィン。
犬を連れたSS将校姿で進む彼は、怪しまれず目的の邸宅に到着します。そこで犬を放すと、彼は邸宅に入り身体検査を受け、隠し持った銃を組み立て、あの部屋に入ります。
そこには手を小刻みに振るわせる、ナチス総統ヒトラーの姿がありました。総統に敬礼するカルヴィンは、見られないよう背中で指を組み、嘘をついた許しを神に乞うサインをしていました。
彼は総統に封書を渡します。ヒトラーがそれを開けると、中にはアンクル・サムを描いた絵が入っています。消音機能が付いた銃を向けると、カルヴィンはヒトラーを射殺します。
辺りが暗くなる頃、床屋を出た彼は犬を連れ家に戻ります。その姿を例の車が見守ります。自宅でカルヴァンは靴を脱ぎますが、どうにも中の小石が取りだせない様子です。
砂嵐の画面を映すブラウン管テレビの前で、1人味気ない食事と向き合うカルヴィンは、若き日にマキシンと行った、高級レストランでの食事を思い出していました。
学校の教師をしているマキシンは、彼が用意したこのデートを喜んでいました。カルヴィンは今日こそ彼女に、指輪を渡そうと準備していましたが、タイミングを逃し上手く渡せません。そして食後に、音楽に身を任せてダンスを踊る2人。
カルヴィンはまたベットの下から、大切にしている木箱を取りだします。しかし悩んだ末に開けること無く、同じ場所に戻しました。
翌朝、1人食事をとっていたカルヴィンは、何を思ったのかピルケースの薬をゴミ箱に捨てます。読書していた彼はやがて眠りますが、ノックする音に目覚めます。玄関のドアを開けるとそこには2人の男がおり、1人は彼にFBIの身分証を見せます。
2人を招きいれたカルヴィン。FBIの捜査官(ロン・リビングストン)は、あなたはカナダで起きている大量殺人のニュースを知っているかと訊ね、実は事件はアメリカ・カナダ両政府の、偽装工作だと説明しました。
軍の高官であった私の祖父は、あなたのことを知っていました、と告げる捜査官。祖父は幼い私に話をしてくれました。それは信じがたい話で、家族は嘘だと疑っていましたが、私は違いましたと言葉を続ける捜査官。
1955年、まだ10歳だった私は、祖父からある兵士の話を聞かされた、その優れた男の話は、伝説上の物語と同じものかもしれない、そう捜査官は語りました。
もう1人があなたに力を借りたいと話すと、カルヴィンは自分はもう老人に過ぎないと告げます。しかし男は、多くの命を救うために、ぜひ協力して欲しいと頼んできます。
するとFBI捜査官は、彼に持参した資料の写真を見せます。カルヴィンは、これは何の資料かと訊ねました。それはあの未確認生物、”ビックフット”に関するものでした。
映画『ヒトラーを殺し、その後ビッグフットを殺した男』の感想と評価
参考映像:『エクスペンダブルズ2』(2012)
北米大陸に伝わる”トール・テール”(ほら話)をご存知でしょうか。有名なのは伝説の木こり、ポール・バニヤンのお話。とんでもない巨人で、木を切ると1日で山が丸裸になるとか、五大湖やミシシッピ川を彼が作ったとか、創造神話レベルで語られる人物です。
これは開拓民らが作り上げた物語です。前向きで強く優しく大らかで、あり得ないことを成し遂げる人物を、スケール大きくユーモラスに語ります。過酷な生活を強いられた開拓民が、前向きに生きるために作った物語だ、とも言われています。
ポール・バニヤンの姿は、映画『ファーゴ』(1996)に登場する木像だと言えば判るでしょうか。ディズニーのオムニバスアニメ映画『メロディ・タイム』(1948)の一編、「青い月影」に登場するペゴス・ビルも、”トール・テール”の主人公である伝説のカウボーイです。
東京ディズニーランドには彼の名の付いた店、”ペゴスビル・カフェ”があります。いかにアメリカ文化に根付いた存在か、お判りいただけましたか。
この”トール・テール”の現代版が、アクション映画ファンにお馴染みの大スター、チャック・ノリスをネタにしたジョーク、”チャック・ノリス・ファクト”です。
アクション系の愉快なホラ話以外にも、「チャック・ノリスは、玉ねぎを泣かせる」「チャック・ノリスは、ピアノでバイオリンを弾くことができる」とか…。『エクスペンダブルズ2』ではこのジョークを劇中のネタに取り入れています。
さて、トンデモないタイトルである『ヒトラーを殺し、その後ビッグフットを殺した男』、その背景には、アメリカの”トール・テール”文化が存在しているのです。
名優が演じる“現代の伝説”
監督のロバート・D・クロサイコウスキーは、アメリカの神話というべき物語から生まれたヒーロー像を、新たな視点で描こうとしてこの映画を作りました。
脚本を書き始めた時は、パルプ小説かコミックの登場人物のような主人公…歴史上のモンスターであるヒトラーと、未確認生物のモンスター”ビックフット”と対決する男…は、やがて監督が体験した恐れや喪失、後悔の念といった思いが反映される存在になります。
寓話と娯楽要素をミックスした脚本は、思慮深いヒーローと言うべき男の、若き日と老いた日を描いた物になっていきます。また正しい人間の振る舞いが、周囲に良い影響を与えいく姿を通し、真のヒーローとは何かを見せる物語にもなりました。
登場人物の設定や、ブラウン管TVや固定電話の登場から判るように、この物語の舞台は1987年の設定。新自由経済主義の影響が強まりつつも、まだネットもチェーン店も無い、個人経営の雑貨屋や床屋がある、昔ながらの田舎町のコミュニティーを舞台にしています。
今や郷愁をもって語られる古き良き田舎で、古風だが誰もが敬意を払う、清く正しい道徳観を持って、ひっそりと生きる老いたヒーロー。この物語に魅了されたのか、製作にダグラス・トランブルやジョン・セイルズが名を連ねることになりました。
そして主人公にサム・エリオットの起用が決まります。若き日から西部劇の登場人物を演じ、公私の振る舞いが尊敬を集める名優で、アメリカの古き良き男性像の代名詞、といった存在です。
今もそのような役柄を演じ続け、高い評価を得ていますが、中には『ビッグ・リボウスキ』(1998)や『マイレージ、マイライフ』(2009)のように、そんな男性像のアイコンとして起用された映画もあります。
脚本は最初から彼をイメージして書かれた訳ではありませんが、完璧に主人公の役柄に一致する俳優を得て、映画は輝きを放つことになりました。
不器用な主人公
過去のエクスプロイテーション映画の馬鹿げたタイトルや、『ジェシー・ジェームズの暗殺(原題The Assassination of Jesse James by the Coward Robert Ford)』(2007)のような、長いタイトルが好きだと語るクロサイコウスキー監督。
こうして『ヒトラーを殺し、その後ビッグフットを殺した男』というタイトルが付いた訳ですが、サム・エリオットもエイダン・ターナーも、このトンデモないタイトルに惹かれて脚本を読み、出演を決めた訳ですから効果ありです。
そして過去のエクスプロイテーション映画がそうであったように、観客を引きつけ、観客の期待を超える映画を提供したかった、と語る監督の意図は、ある面では大成功でした。
ところが、当然の結果ですがB級モンスター映画を期待して集まった観客を、大いに当惑させることにもなりました。多くの人がサム・エリオットとエイダン・ターナーの演技を絶賛しながらも、実に誠実な物語と、タイトルとのギャップの解釈に苦しんでいます。
老名優サム・エリオットとビックフットの対決で、顔面に何やら浴びるシーン。ある意味ギャグなんですが、熱演過ぎて笑えません。多くを語らぬ不器用な主人公は魅力的ですが、観客は彼の人生の様々な部分を、想像で埋めなければなりません。
この作りも気楽に楽しめるB級映画とは対照的。モンスター映画を気軽に楽しむつもりだった人が、別の意味で凄いものを目撃した。そんな感想を抱くのも当然です。
この映画、何かが根本的に間違ってます。でも、だからこそ他に例の無い凄い映画なんです。
まとめ
タイトルも中身も凄い映画、『ヒトラーを殺し、その後ビッグフットを殺した男』の正体がお判り頂けたでしょうか。
劇中の登場するビッグフットは、CGではなく古式ゆかしいスーツ姿で登場。演じているのはマーク・スティーガー。『アイ・アム・レジェンド』(2007)やドラマ「ストレンジャー・シングス 未知の世界」でモンスターを演じている人物です。
ホラー映画『ディープ・インフェルノ』(2014)では、これまた未確認生物である”チュパカブラ”を演じている、まさにUMA俳優。冗談はさておき、知る人ぞ知るモンスター俳優の第一人者ですから、興味ある方はその活躍にご注目下さい。
まだ本作がどんな映画か判らない? では、”高倉健か仲代達矢を主演にして、ふざけた要素を一切排除して作った「川口浩(藤岡弘、)探検隊シリーズ」”、だと思って下さい。どうです、これで伝わったでしょう。
えっ、ますますどんな映画か想像出来なくなった? でも、何だか気になってしまった? そんな方は作り手の術中にハマってます。どうか諦めてご覧になって下さい。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」は…
次回の第45回は猛獣ハンター、ニコラス・ケイジが野獣と殺人鬼と戦う!サバイバルアクション映画『ザ・ビースト』を紹介いたします。お楽しみに。
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