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Entry 2020/01/27
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映画『リチャードジュエル』ネタバレ感想と考察。実際に起きた冤罪事件を基にイーストウッドが情報化社会の危機感を問う|サスペンスの神様の鼓動27

  • Writer :
  • 金田まこちゃ

こんにちは、映画ライターの金田まこちゃです。

このコラムでは、毎回サスペンス映画を1本取り上げて、作品の面白さや手法について考察していきます。

今回ご紹介する作品は、爆弾テロから多くの命を救った「英雄」が、FBIとマスコミにより「テロの首謀者」にされてしまう、クライムサスペンス映画『リチャード・ジュエル』です。

1996年のアトランタ五輪で、実際に起きた爆弾テロ事件の真相を、近年、実話を基にした作品を多く手掛ける巨匠、クリント・イーストウッドが描いた、監督40本目となる作品。

今回は、英雄だったはずの男が、何故、爆弾テロの首謀者にされてしまったのか?という、サスペンス的な部分に注目してご紹介します。

【連載コラム】『サスペンスの神様の鼓動』記事一覧はこちら

映画『リチャード・ジュエル』のあらすじ


(C)2019 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
1986年、中小企業局のアトランタ事務所に勤める、リチャード・ジュエル。

彼は、弁護士のワトソン・ブライアントと知り合い、不足している物を察知する性格から、「レイダー」という、あだ名を付けられます。

リチャードは、法執行官に憧れを抱いており、警備員の職に就く為、ワトソンに退職の挨拶をします。

その際、ワトソンから「警察官になれ、クソ野郎になるな」と、言葉を送られます。

1996年、リチャードは、一時的に群の副保安官の職に就きましたが、退職後に、大学の警備員になります。

ですが、正義感の強さから、過剰な取り締まりをしてしまい、学長に問題視された事で、大学をクビにされてしまいます。

職を失ったリチャードですが、この年は、アトランタ五輪が開催されており、リチャードは、記念公園で連日開催される、コンサートの警備員となります。

ある日、腹痛を感じながらも公園の警備を続けていたリチャードは、酔っ払って騒いでいる若者たちを注意します。

若間たちが去った後に、リチャードは、ベンチの下に不審なバッグが置かれている事に気付きます。

警官たちは「ただの忘れ物」と気にしませんが、リチャードはマニュアルに乗っ取り、不審物を処理しようとします。

同じ頃、警察に「記念公園を爆破する」という、2度に渡る犯行予告があった事で、記念公園に爆発物処理班が派遣されます。

爆発物処理班が、バッグの中身を確認すると、そこには、3本のパイプ爆弾が入っていました。

リチャードは警官たちと、公園内の人々を避難させようとしますが、その間に爆弾が爆発します。

しかし、いち早く爆弾に気付いたリチャードの活躍で、被害は最小限となり、リチャードは「多くの人を救った英雄」として、マスコミの取材を受けるようになります。

記念公園で警備を担当していた、FBI捜査官のショウ捜査官。

彼は、爆破事件を防げなかった事を悔み、次の被害者を出さない為、爆破テロの真犯人を、捕まえる捜査を開始していました。

そんな中、過去にリチャードが警備員として勤めていた大学の学長から、「リチャードは問題のある男だった。英雄じゃない」と証言されます。

学長の証言と、過去の爆破事件の犯人の傾向から「英雄=真犯人」の仮説を立てたショウ捜査官は、リチャードを容疑者とします。

記念公園の爆破事件に居合わせた、女性新聞記者のキャシーは、特ダネを掴み、自分が名声を得る事しか頭にありません。

記念公園の爆破事件を「自分が一番に特ダネを掴み、犯人が興味深い人物である事」を祈り、取材を開始します。

キャシーは、知人であるショウ捜査官にすり寄り、FBIが「リチャードを容疑者として考えている」事を掴みます。

「母親と暮らす醜いデブが、英雄な訳がない」と考えたキャシーは、翌日の朝刊の一面で、リチャードが「FBIの捜査対象になっている」という内容の記事を掲載します。

極秘情報が漏れた事に焦ったFBIは、非公式にリチャードをFBIに連行し「FBIの訓練ビデオの撮影」として、リチャードに書類へのサインや、容疑者に聞かせる「ミランダ警告」を読み上げて、その様子をビデオ撮影しようとします。

不信感を抱いたリチャードは、本の出版を持ち掛けられた際に、契約内容の確認を依頼していた、かつての同僚である弁護士、ワトソンに連絡をします。

電話から、FBIの強引な操作である事を感じたワトソンは、すぐにその場を立ち去る事を助言します。

その夜、リチャードが母親と住む住宅を訪ねたワトソンは、住宅に多くのマスコミが押しかけている、異常な光景を目にします。

容疑をかけられながらも「自分はやっていない」と言う、リチャードの主張を信じて、ワトソンはリチャードの弁護を引き受けます。


(C)2019 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには『リチャード・ジュエル』ネタバレ・結末の記載がございます。『リチャード・ジュエル』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。
リチャードの弁護を引き受け、話題になったワトソンですが、過去にリチャードが、警官と偽って逮捕された事など、知らない過去が多い事に苛立ちを見せます。

しかし、犯行現場の記念公園に仕掛けた爆弾と、犯行予告があった公衆電話の距離は遠く、ワトソンは「リチャードの犯行は不可能」という確信を得ます。

そんな中、リチャードの家にFBIの家宅捜査が入ります。

ワトソンは、リチャードに「何も話すな」と指示を出しますが、FBIに仲間意識を持っているリチャードは、家宅捜査に積極的に協力します。

またFBIも、ワトソンが目を離した隙に、リチャードへ違法捜査を仕掛けます。

真犯人をリチャードと決めつけたマスコミは、次第に報道が過熱していきます。

そんな中でも「捜査に協力すれば、無実を証明できる」と信じるリチャードは、FBIに協力を続けますが、ある時ワトソンに「FBIに、お前は馬鹿にされている」と指摘されます。

FBIの応対に、リチャードも自身が馬鹿にされていた事を感じており、初めて感情を爆発させます。

リチャードは、中小企業局にいた時も皆に馬鹿にされており、唯一人間扱いしてくれた、ワトソンを信頼していたのでした。

お互いの感情をぶつけ、信頼関係が深まるリチャードとワトソンでしたが、FBIは盗聴や、リチャードの親友に捜査を協力させようとするなど、手段を選ばない、強引な捜査を進めます。

リチャードの母親ボビは、心労に耐えられなくなり、涙を流します。

ボビの涙を見たワトソンは、反撃を開始する事を宣言します。

ワトソンは、リチャードに嘘発見器による質問を受けてもらい、証言に偽りが無い事を確認します。

ワトソンとリチャードは新聞社を訪ね、最初に記事を発表したキャシーを抗議します。

最初は、気にもしていなかったキャシーですが、あらためて現場を検証し、リチャードの犯行は不可能である事に気付きます。

キャシーは、ショウ捜査官に「リチャードの犯行ではない」事を伝えますが、ショウ捜査官は既に、真犯人はリチャードであるという方向で、方針を固めていました。

キャシーは、あらためて自分が行った、軽率な行動を恥じます。

ワトソンはボビに、マスコミの前で、苦しんでいる現在の心境を語ってもらいます。

息子を信じ、涙を流すボビのスピーチに、キャシーは涙を流します。

リチャードとワトソンは、FBIの事情徴収を受ける事になりました。

担当捜査官のショウ捜査官は、誘導尋問とも取れる質問を重ねますが、リチャードは逆に「自分が真犯人だという証拠を見せてほしい」と質問し、決定打を持っていなかったショウ捜査官は沈黙します。

事件発生から88日後、リチャードとワトソンの前にショウ捜査官が現れ、裁判所により、リチャードの容疑が消えた事を告げますが「お前はクロだ」と言い残し、その場を去ります。

自身の容疑が晴れた事に、リチャードは涙を流して喜びます。

6年後、警察官になったリチャードを、ワトソンが訪ねます。

ワトソンはリチャードに「爆弾犯の真犯人が捕まった」事を伝えるのでした。

サスペンスを構築する要素①「暴走するプロファイリング」


(C)2019 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
爆破物を発見し、多数の命を救った男が、一転して容疑者にされてしまう恐怖を描いた、クライムサスペンス『リチャード・ジュエル』。

本作の主人公リチャードが、容疑者にされてしまった要因に、FBIの「プロファイリング捜査」があります。

「プロファイリング捜査」とは、過去に発生した犯罪のデータを、新たに起きた犯罪の捜査に適用させ、犯人像を割り出す捜査方法です。

ドラマや映画で、よく耳にする言葉ですが、世の中に「プロファイリング捜査」を周知させたのは、1991年公開の映画『羊たちの沈黙』だと言われています。

本作に登場する、ショウ捜査官は、この「プロファイリング捜査」に重点を置きすぎたせいで、過去の爆破事件の傾向が「英雄=真犯人」である事から、リチャードを「注目を浴びたがっている孤独な男」と分析し、容疑者としてしまいます。

恐ろしい事にショウ捜査官は、リチャードと、一度も対等に話をしておらず、新聞やテレビの情報と、過去の爆破事件の犯人像を勝手に結び付けてしまっています。

まともな捜査と言うと、リチャードに嫌悪感を抱いていた、学長から証言を取っただけです。

こうして、リチャードの全く知らない所で、イメージだけの「プロファイリング捜査」が勝手に進み、FBIがリチャードを容疑者として固めていく、実に理不尽な展開が、前半の主軸となっています。

因みにですが、ショウ捜査官は実在した捜査官ではなく、複数の捜査官の特徴を合わせて作った創作の人物である事を、クリント・イーストウッド監督はインタビュー記事で語っています。

ですが、実際のリチャード・ジュエルの事件を執筆した、原作者のマリー・ブレナーは「全く犯人が掴めず、当時のFBIは混乱状態だった」と語っています為、FBIの事件解決への焦りが、この冤罪事件を生み出したのは間違いないでしょう。

サスペンスを構築する要素②「過熱するマスコミの報道」


(C)2019 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
リチャード・ジュエルの冤罪事件は、FBIの焦りが生み出した事は前述しましたが、では「何故、FBIは焦りを感じたのか?」という部分において、本作では「地元記事にリークされた事」が、要因の1つとして描かれています。

地元の新聞社に勤める女性記者のキャシーが、特ダネを得る為に、ショウ捜査官から情報を得た事で報道されてしまうのですが、ここでキャシーも、全く裏を取らず「母親と暮らす醜いデブが、英雄な訳が無い」という偏見だけで、記事にしてしまいます。

ここから、英雄だったはずのリチャードは、一転して爆弾犯となり、マスコミの餌食とされてしまい、精神的に追い込まれていきます。

本作に登場するキャシーを演じる、オリヴィア・ワイルドは、眉毛を上げた強めのメイクで挑んでおり、中盤ではヒョウ柄を着ているなど、イーストウッド監督は徹底して、キャシーを「我の強い嫌な女」として描いています。

この、キャシーという新聞記者は実在した人物で、FBI捜査官との恋愛も実際の話のようです。

ですが、本作において、創作されたエピソードも含まれており、その点に関して、強い抗議も起きていますね。

サスペンスを構築する要素③「ワトソンとリチャードの反撃」


(C)2019 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
FBIとマスコミにより、完全に世間を敵に回してしまったリチャード。

ですが、旧知の仲である弁護士、ワトソン・ブライアントの登場により、物語はリチャードの反撃へと変わっていきます。

ここで面白い点として、ワトソンが登場して以降、これまでリチャードの視点で進んでいた物語が、ワトソンの視点に代わっていく事です。

これにより、第三者の視点から、リチャード・ジュエルという男を見る事になるのですが、決して、真っ白な人物でない事が分かります。

警備員時代に警察官を名乗って逮捕されたり、鹿狩りに使用する為、大量の猟銃を持っていたり、疑われる要素を、それなりに持っているのです。

リチャード役のポール・ウォルター・ハウザーは、これまで数多くの「実家暮らしで、話をややこしくさせるダメ人間」を演じてきましたが、ワトソン目線になってからは、まさにポール・ウォルター・ハウザーの真骨頂とも言えます。

ワトソンは、リチャードの胸の内を知る為、作品の中盤でリチャードを侮辱し、感情的にさせるなどして、2人は徐々にチームになっていきます。

そして、「プロファイリング捜査」を疑わないFBIと、真っ向から対峙したリチャードとワトソンが、最後に状況を打開したのは、誰もが感じる純粋な疑問でした。

ショウ捜査官を含むFBIが、リチャードとまともに対峙したのは、この場面が初めてとなります。

FBIの捜査官が、情報を重視せず、もっと早くリチャードと対話をしていれば、彼が容疑者になる事はなかったかもしれません。

本作は、情報が錯綜する現代社会に、人との対話の重要性を説いた作品だと感じます。

映画『リチャード・ジュエル』まとめ


(C)2019 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
本作は、実話をもとにした作品ですが、全てを忠実に再現した作品ではありません。

作品の空気が重くなりがちな物語の中盤で、イーストウッド監督は故意的に、コメディ的な展開を入れています。

『リチャード・ジュエル』は、映画であり、実話を題材にした創作物である事が、強調されているように感じます。

また、前述したように、ショウ捜査官は実在せず、女性記者のキャシーにも、架空のエピソードが加えられています。

現在は、パソコンを使えば、だいたいの情報は調べる事が可能で、情報を見ただけで、分かったような気持ちになってしまいます。

しかし、それは、何の裏も取らずに、リチャードを容疑者と決め付けた人たちと、同じではないでしょうか?

本作を鑑賞しただけで、「リチャード・ジュエル冤罪事件」の全てを、分かったような気持ちになる事は危険で、どこまでが「事実か?」と疑う事も大事なのです。

イーストウッド監督は、情報化社会へ向けて、そんな警告を込めたのではないでしょうか?

次回のサスペンスの神様の鼓動は…


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