こんにちは、映画ライターの金田まこちゃです。
このコラムでは、毎回サスペンス映画を1本取り上げて、作品の面白さや手法について考察していきます。
今回ご紹介するのは、2012年の香港映画『ドラッグ・ウォー 毒戦』をリメイクし、韓国で記録的な大ヒットとなった、正体不明の麻薬王を追う、刑事の決死の潜入捜査を描く、クライムサスペンス『毒戦 BELIEVER』です。
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映画『毒戦 BELIEVER』のあらすじ
巨大な麻薬組織のボスとして君臨しながらも、誰も正体を知らない、謎多き麻薬王「イ先生」。
麻薬取締局のウォノ刑事は、長年「イ先生」を追っていますが、全く情報を掴むことが出来ません。
「イ先生」逮捕へ執念を燃やすウォノを、上司は厄介に感じ、煙たがっています。
ある時、ウォノが「イ先生」逮捕の為に、おとり捜査に使っていた女性、スジョンが殺されてしまいます。
スジョンの死にショックを受け、「イ先生」の捜査に行き詰まりと限界を感じていたウォノは、麻薬製造工場が爆破され、唯一の生き残りとなった青年、ラクと出会います。
「イ先生」の君臨する組織で、ラクは麻薬取引の連絡係を担当していた事を知ったウォノは、ラクを釈放する代わりに「イ先生」が現れる可能性のある取引現場への、案内をするように取引を持ち掛けます。
ラクがウォノの提案を承諾した事から、ウォノは麻薬取引現場への潜入捜査を開始します。
それは、狂気が支配する、危険な世界への入り口でした。
死と隣り合わせの、ウォノの執念の捜査の結末は?
そして「イ先生」とは何者なのでしょうか?
サスペンスを構築する要素①「正体不明の麻薬王」
本作の物語の主軸は、主人公のウォノ刑事が追う謎の麻薬王、「イ先生」が何者なのか?という点です。
「名前だけが一人歩きしている謎の男」というと、有名な作品では『ファイトクラブ』の「タイラー・ダーデン」であったり、『ユージュアル・サスペクツ』の「カイザー・ソゼ」などが連想されるのではないでしょうか?
そして、その正体は必ず作品中の誰かであり、『毒戦 BELIEVER』も「イ先生」の正体は、登場人物の誰かなのですが、本作の登場人物は、全員が強烈な個性を放っており、全員が怪しいのです。
ウォノ刑事が最初に接触する、闇マーケットの大物ハリムは「自分の宿泊した部屋の電球がLEDだった」という理由で、部下を血まみれにする危険な男で、グラスにお酒を注ぐ際には、震えた手でグラスからお酒が溢れても注ぎ続け、次の瞬間には怒鳴り始めるという、情緒不安定さを見せます。
ラクの上司で、麻薬の売人を担当しているパク・ソンチャンも、抜け目の無い狡猾な男ですが、更にパクの上司となるブライアン理事は、クリスチャンでありながら、相手の顔面に何の躊躇もなく、何発も拳を叩きこむ異常な人間です。
強烈な個性を持つ登場人物の誰かが「イ先生」である可能性があり、作品前半の見どころになっています。
サスペンスを構築する要素②「狂気が支配する世界への潜入」
本作では、前述したように個性の強いキャラクターが多数登場しますが、「イ先生」を捕らえる為に、麻薬中毒者の世界に潜入した、ウォノ刑事の立ち回りにも注目です。
ウォノ刑事は、麻薬捜査の現場に潜入する為、時にはハリムやパク・ソンチャンに変装するという、危険な手段にも出ます。
ハリムの容姿や、立ち振る舞いは真似る事が出来ますが、潜入したのは麻薬の世界。
ウォノ刑事が、麻薬を吸引しなければならない状況にも直面します。
常人とは一線を超えてしまい、狂気の支配する世界の住人となった人々は、何を見て何処で判断をしているのか、一般の人間には未知の領域です。
1つのミスが、命さえも失う可能性があり、特に中盤は緊迫した展開が続きます。
サスペンスを構築する要素③「はみ出し刑事と捨て犬」
「イ先生」を追い詰める為に、命がけの潜入捜査を開始するウォノ刑事。
主人公である、ウォノも「イ先生」逮捕に執念を燃やすあまり、まともな感覚ではなくなっています。
長年の捜査も実らず、「イ先生」の正体を全く掴めないウォノは、組織の中でも煙たがられている存在です。
ウォノは、自身の一方的とも思える捜査方法に周囲を巻き込んでおり、おとり捜査に協力させていた一般人であるスジョンを失って尚、麻薬組織の情報を持ってはいますが、一般人であるラクに捜査協力をさせます。
ウォノの中に宿る、自分の目的の為であれば、手段を選ばない「執念」言い換えれば「異常さ」を感じます。
そして、ウォノに協力する事になったラクも、「イ先生」の組織一掃に巻き込まれ、組織から捨てられたばかりか、母親も失い、拠り所を失った人間です。
強引とも言えるウォノの捜査に、協力するしかなくなったラク。
組織の厄介者の刑事と、組織から見捨てられた男。
同じタイプに思えますが、感情の起伏が激しく、時に暴力的なウォノに対し、ラクは感情を表に出さず、常に無表情で、実際は正反対の2人です。
「イ先生」を探るタイプの違う2人が、行きつく結末とは?
映画『毒戦 BELIEVER』まとめ
本作の物語の主軸は「正体不明の麻薬王が誰なのか?」という部分ですが、主人公のウォノの生きざまにも注目していただきたいです。
正体を見せない「イ先生」を逮捕する為、ウォノは執念を燃やしていますが「実態の無い相手の捜査」という下手をすると、ゴールの見えない捜査を続けている事になります。
上司から呆れられていますが、ウォノは部下には慕われているように見えます。
しかし、部下たちも「イ先生」を逮捕するというよりは、ウォノの執念に突き動かされており、疑問を挟む余地が無いという見方も出来ます。
都市伝説レベルの相手を逮捕するという、この捜査の終着点を、ウォノ自身が見えていないのではないでしょうか?
ただ、本作の後半で「イ先生」は姿を見せます。
そして「イ先生」の正体に、意外な形で気付くウォノは、1人で決着をつける事を決断し、部下たちに、別れの言葉を送るのですが、この時の内容が、ウォノ自身を自分で否定するような言葉で、見えないはずだった終着点を、突然、意外な形で迎えてしまった、ウォノの虚無感のような部分を感じます。
そして「イ先生」と対峙したウォノの行動は、どちらとも解釈できるラストシーンとなっております。
麻薬と言う毒に狂わされた世界に、執念という狂気に毒された刑事が立ち向かう、映画『毒戦 BELIEVER』。
シネマート新宿、シネマート心斎橋他にて10月04日(金)よりロードショー公開となっています!
次回のサスペンスの神様の鼓動は…
「ワールド・エクストリーム・シネマ2019」公開作品の、パニック障害を抱える女刑事が、連続殺人犯に立ち向かう、クライムサスペンス『X(エックス)謀略都市』を、ご紹介します。