天才女性マエストロの光と影
『TAR/ター』は、『イン・ザ・ベッドルーム』(2001)『リトル・チルドレン』(2006)のトッド・フィールド監督が16年ぶりに手がけた長編サイコ・スリラー。
アカデミー賞主要6部門にノミネートされ、主演のケイト・ブランシェットはヴェネツィア国際映画祭で女優賞を受賞しました。
天才的な才能を持った女性指揮者の重圧と苦悩を描きます。
権力を振りかざすようになったリディア・ターは、まっしぐらに破滅の道を突き進みます。ケイト・ブランシェットの鬼気迫る演技に圧倒される本作の魅力をご紹介します。
映画『TAR/ター』の作品情報

(C)2022 FOCUS FEATURES LLC.
【公開】
2023年(アメリカ映画)
【監督・脚本】
トッド・フィールド
【キャスト】
ケイト・ブランシェット、ノエミ・メルラン、ニーナ・ホス、ソフィー・カウアー、アラン・コーデュナー、ジュリアン・グローヴァー、マーク・ストロング
【作品概要】
『イン・ザ・ベッドルーム』(2001)『リトル・チルドレン』(2006)でアカデミー脚色賞にノミネートされたトッド・フィールド監督による16年ぶりの長編作品。
『アビエイター』(2004)『ブルージャスミン』(2013)で二度のオスカーを受賞する名優ケイト・ブランシェットを念頭に置いて、監督自ら脚本を手がけました。
才能と権力を併せ持つ天才女性指揮者リディア・ターの重圧と苦悩、そして欲望と狂気を映し出します。
本作はアカデミー賞主要6部門にノミネートされたほか、ケイト・ブランシェットはヴェネツィア国際映画祭で女優賞を受賞しています。ブランシェットはドイツ語とアメリカ英語を習得し、ピアノと指揮も本宅的に学んで全演奏シーンを演じきりました。
パートナーのシャロン役を、ドイツの実力派俳優ニーナ・ホスが演じます。秘書フランチェスカに『燃ゆる女の肖像』(2020)『パリ13区』(2021)のノエミ・メルラン。ターを翻弄するチェリストのオルガ役にチェリストのソフィー・カウアーが分します。
映画『TAR/ター』のあらすじとネタバレ

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最高峰オーケストラであるベルリン・フィルハーモニーで、女性としてはじめて首席指揮者に任命されたリディア・ター。
天才的能力とたぐいまれなプロデュース力で、その地位を築いた彼女でしたが、いまはマーラーの交響曲第5番の演奏と録音のプレッシャーと、新曲の創作に苦しんでいました。
そんなある時、かつて彼女が指導した若手指揮者クリスタの訃報が入り、ある疑惑をかけられたターは追い詰められていきます。
ネタバレ部分はこちらの記事参照 ↓
映画『TAR/ター』の感想と評価

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リディアの罪と罰
トッド・フィールド監督がケイト・ブランシェットが演じることを想定し、芸術と狂気がせめぎ合う様を描き出した傑作です。主演を即諾したというブランシェットが、圧巻のオーラを放ち観る者を魅了します。
世界最高峰のベルリン・フィルハーモニーの首席指揮者となったリディア・ターは、時代の寵児となり、最高権力を持つようになります。権力者が出す独特の空気をブランシェットが見事に醸し出します。
野心的だからこそ美しいリディア。華麗な経歴は生来の頭のよさを証明しており、彼女は世渡りにおいても群を抜く賢さを持っていました。類い稀な作曲の才能もあります。
わがままではあっても、音楽に対してはこの上なく真摯で、演奏を聴くだけで誰が指揮した演奏かわかってしまう本物の耳を持っています。音楽に関する細かいエピソードの数々は、クラシックファンも満足させるリアルさがあります。
だからこそ彼女には力をふるうことが許されていました。一芸に秀でた人間の欠落した部分には、凡人は目をつぶるしかありません。その結果、運命はリディアを失脚へと導きます。
リディアは不安定な道を強引に進み続けます。その身までも焼き尽くさんばかりの熱を常に帯びながら。
気に入った団員のチェロのオルガをソリストに選出するシーンは象徴的です。リディアはまるで団員が選んだかのように話を進めますが、実際はターの思惑通りに事が運んでいます。リディアは言葉巧みに自身の望む道へと周囲を誘導する天才でした。
しかし、その理不尽さには皆気づいており、彼女への不信感は広がり続けました。リディアだけがそのことに気づいていませんでした。
クリスタの自殺と、秘書フランチェスカの裏切りによりディアは完全に失敗します。危険を共有していた秘書に対して、リディアのとった行動はあまりにも軽率でした。
クリスタとリディアの間に何があったかははっきり明かされません。しかし、恐ろしいほど大きな確執があることは伝わってきます。
主要なオーケストラの有力者宛てに、クリスタを使わないようにという内容のメールをリディアが送っていた事実がすべてです。
リディアに妨害されどこでも使ってもらえなくなったクリスタは絶望して自殺し、副指揮者に抜擢されなかったフランチェスカはリディアを見捨てます。
足下をすくわれる形で、リディアは完全に失墜します。フランチェスカにどれほどの無理を強いてきたかに思いを寄せることなく、怒りを燃やすターはあまりにも浅はかで愚かです。
アジアに渡ったリディアが、少女買春現場を前にして嘔吐するシーンがあります。形こそ違え、リディアが若い有望な女性たちにしてきたことは同じ苦痛を強いるものだったことでしょう。そのおぞましさに、リディアはやっと気づいたのかもしれません。
衝撃のラストシーンの意味

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本作の衝撃のラストシーンについては、様々な意見が飛び交っています。公式ホームページでは、ハッピーエンドなのかバッドエンドなのか観客個々の感想を紹介するほどです。
受け取る側に判断を委ねられた名シーンといえるでしょう。
ベルリン・フィルの首席指揮者という、クラシック界の頂点にいたことを思えば、リディアのたどった道は「転落」としか表しようのないものといえます。
誰もが落ちる可能性があるという真実が観る者の心を深く抉り、恐怖に突き落としたことも事実です。
しかし、リディア自身にとってはただの不幸とは言い切れないのではないでしょうか。
彼女は学生時代はペルー先住民族音楽を専門に学び、5年間共に暮らした経験を持ちます。
幅広く興味と知識を持ち、実際にエミー賞、グラミー賞、オスカー、トニー賞という、クラシック外でも大きな受賞を重ねてきました。クラシックに専心していたのは恐らくは頂点にいた数年間だけのはずです。
誰よりも強い生命力を持ち、音楽の土台も堅牢である彼女なら、必ず立ち上がるだろうことは明白です。
実家で若き頃に感銘を受けたビデオを観たリディアは、音楽の根源的な素晴らしさを再認識して涙し、それからアジアに単身で渡ります。その時点で、彼女は再生への道を踏み出しているといえます。
世間はクラシックの方が高尚で、ゲーム音楽は格下と見る人の方が多いでしょう。その視線で見れば、本作はリディアの転落劇となります。
しかし、リディアは新天地でも、まず作曲家の意図からくみとろうとする真摯な姿勢を貫きます。そんな彼女に転落という言葉は似合わないように思うのです。
今や彼女が仕えるのは音楽の神だけ。リディアは、周囲の目やクラシックの囲い、恋人シャロンとのしがらみから解放され、やっと身一つで音楽に向き合うことができるようになったのかもしれません。
まとめ

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大きすぎる才能と情熱を持った女性指揮者の半生をドラマチックに綴す傑作『TAR/ター』。主人公リディアに同化しきったケイト・ブランシェットの演技にただただ圧倒されます。
リディアが欲望に忠実すぎたゆえに招いた悲劇だったかもしれません。しかし、欲望に歯止めをかけられる芸術家などいるのでしょうか。その熱さゆえにリディアは一流たりえたのだと思えてなりません。
世界の第一線に戻れることはなくとも、たくましく才あふれる彼女なら、また別の形でのし上がるはずです。
踏みにじられても再び天に向かってのびる雑草のように、リディアは決して負けずに頭を上げ続けることでしょう。



































