映画『スイート・マイホーム』は2023年9月1日(金)より全国公開!
作家・神津凛子のデビュー作である同名小説を、俳優として活躍しながら映像制作活動も行い、初の長編監督作『blank13』(2018)では国内外の映画祭で8冠を獲得した齊藤工監督が映画化した『スイート・マイホーム』。
窪田正孝が主演を務めた本作は、とある一家が「まほうの家」と謳われる新居を購入したのを機に怪異に巻き込まれていく様とその顛末を描き出します。
本記事では映画『スイート・マイホーム』のネタバレあらすじとともに、原作小説との相違点を交えて作品の魅力を考察・解説。
「まほうの家」という密室にこもり育まれていった“のろい”の正体と、映画オリジナル演出として冒頭・ラストに描かれた「覗き見る少女」に込められた意味を探っていきます。
CONTENTS
映画『スイート・マイホーム』の作品情報
【公開】
2023年(日本映画)
【原作】
神津凛子『スイート・マイホーム』(講談社文庫)
【監督】
齊藤工
【脚本】
倉持裕
【主題歌】
yama『返光(Movie Edition)』(ソニー・ミュージックレーベルズ)
【音楽】
南方裕里衣
【キャスト】
窪田正孝、蓮佛美沙子、奈緒、中島歩、里々佳、吉田健悟、磯村アメリ、松角洋平、岩谷健司、根岸季衣、窪塚洋介
【作品概要】
作家・神津凛子が第13回小説現代長編新人賞を受賞したデビュー小説を、俳優として活躍しながら映像制作活動も行い、初の長編監督作『blank13』(2018)では国内外の映画祭で8冠を獲得した齊藤工監督が映画化。
新居購入を機に怪異へと巻き込まれていく主人公を、齊藤監督とはドラマ『臨床犯罪学者 火村英生の推理』(2016)で俳優としてバディを組んだ窪田正孝が務めています。
さらに主人公の妻を蓮佛美沙子が、主人公一家の新居の住宅会社営業担当・本田を奈緒が、心を病んでいる主人公の兄を窪塚洋介が演じています。
映画『スイート・マイホーム』のあらすじとネタバレ
長野県のとあるスポーツジムで、インストラクターとして働く清沢賢二(窪田正孝)。彼は妻のひとみ(蓮佛美沙子)と娘のサチ(磯村アメリ)の3人家族でアパート暮らしを続けていましたが、毎年の寒さを考慮し「まほうの家」の購入を検討することにします。
ひとみ・サチと訪れた住宅展示場で、住宅会社の営業担当である本田(奈緒)の説明を受けながら「まほうの家」のモデルハウスを見学する賢二。
室内の家電・設備をタブレット1台で管理可能なスマートホームでもある「まほうの家」は、地下室に巨大な暖房設備があり、たった1台のエアコンで家全体を温めてくれるとのこと。しかし賢二は、同じく住宅会社の社員である甘利(松角洋平)に誘われ地下室に入った途端、視界が揺らぎ気を失ってしまいました。
賢二はある時期から、閉所が極度に苦手となっていました。それは暗く、狭い場所に短時間でもいるだけで意識が朦朧とし、恐怖のあまり失神してしまうほどでした。
しかし、室内の子どもの様子を確認できる「見守りカメラ」のオプション、「私の娘も『まほうの家』に住んでから寝つきが良くなった」「夫も地下には行かず、業者に管理を任せている」「一購入者として『まほうの家』はベストの選択」という本田の言葉に後押しされ、夫婦は新居の購入を決意します。
賢二は家族とともに実家へ行き、新居購入を決意したことを母の美子(根岸季衣)に報告します。美子は新居購入を喜んでくれ「この家は誰が継ぐの?」と尋ねる賢二に対しても「継ぐとしても聡でしょ」と答えます。
しかし賢二は、母の答えに不安を感じていました。賢二の兄であり長男の聡(窪塚洋介)は、いつ頃からか目に見えない「あいつら」の監視に病的なまでに怯え、家族と家を守るべく実家に引きこもり続けていたためです。
新居を建てるための土地も自分たちで見つけ、「まほうの家」の設計も一級建築士である本田に依頼することにした賢二。住宅会社を去る際に甘利から「設計士は自分に紹介させてほしい」としつこく頼まれたものの、結局断りました。
一方で、賢二は同じスポーツジムに勤務する原(里々佳)と不倫関係にありました。しかしながら賢二の新居購入に加え、原の婚約相手との結婚が決まり「いいお母さんになりたい」と語る彼女の方から別れを切り出されたのを機に、関係を解消することにしました。
清沢家を「理想の家族」とまで評してくれた本田による「まほうの家」の設計も無事終わり、ついに新居が完成。新居を建てる間にひとみが授かった次女のユキも無事に生まれ「4人家族」となった清沢家は幸せな生活を送っていました。
ある日、ひとみがママ友とその子どもたちを家へ招待しますが、1人の男の子が隠れんぼの最中に地下室へと入った際に、暗闇の中で“何か”を目撃。それに恐怖した男の子は母親とともに早々に家を立ち去りました。
また賢二の元には「婚約相手の職場に不倫の証拠映像が送られてきた」という原からの連絡が。「婚約相手との結婚が決まった」という最もダメージを受けるタイミングで映像を送ってきた点からも、原は脅迫者について「恨みがあるのは間違いない」と語りました。
賢二はその後、ひとみ曰く「最近音が大きい」という家の暖房設備について住宅会社へ尋ねに行きますが、そこで例の甘利から「最近の清沢家の様子」を意味深に尋ねられたため、甘利が自身の新居購入を担当できなかったことを逆恨みし、原を脅迫しているのではと疑い始めます。
夜、清沢家を訪問した本田は甘利の言動について謝罪。長女サチのお気に入りのオモチャを偶然にも当てられるほどに、子どもとの接し方に慣れている本田のことを、清沢家は夕食へと誘います。その様子を、甘利は家の外から観察していました……。
それから2日後、賢二の職場であるスポーツジムに、長野県警の刑事である柏原(中島歩)が訪ねてきます。
賢二は2日前に住宅会社で会った際に思わず詰問してしまったことから、甘利に訴訟でも起こされたのではと考えましたが、柏原は「清沢家付近の雑木林で、2日前に絞殺された甘利の遺体が発見された」と告げました。
別の日、賢二は喫茶店で原と会いますが、婚約相手の職場以外にも自宅・婚約相手の実家へ不倫の証拠映像を送られ続けていた彼女は、婚約相手が出ていったこともあり酷くやつれていました。また最近は、原の携帯に毎日数十回もの無言電話がかけられてくるとのことでした。
会話中にもかかってきた無言電話に対し、原の代わりに応じた賢二。すると、通話先の向こうから聞こえてくる音声の中から“聞き覚えのある音”がかすかに鳴っていました。
それは、長女サチのお気に入りであるぬいぐるみの、お腹の中にある機械を押すことで流れるメロディの音でした。
「甘利が死んだ後も脅迫を続けている者の正体は、妻のひとみかもしれない」……疑惑が頭に浮かび、急いで帰宅した賢二を、酷く怯えた様子のひとみが迎えました。
「さっき家の中に誰かがいた」「家の鍵は全部閉まっていたが、誰かの気配と物音がした」と訴えるひとみに賢二は戸惑いますが、室内には何かの破片がわずかに残されていました。
後日、新居に母の美子と兄の聡が訪ねてきます。
ひとみが美子とともに急遽買い物へ行った後、「あいつら」の監視に見つかったら終わりだと語る聡に対し、賢二は「母と幼かった兄弟の3人で東京から引っ越した後、それきり会っていないはずの父」について訊きますが、聡は何も答えませんでした。
また賢二は、いつの間にか室内で姿の見えなくなったサチを探し始め、最後には地下室へ。サチを見つけはしたものの、以前同様に意識が朦朧としその場に倒れてしまい、異変を察知した兄の聡にサチともども助け出されました。
聡曰く、サチを狙い誘拐しようとしていた「あいつ」。2階にあるサチの子ども部屋に入り「あいつはそこら中にいる」「天井にも床下にも」と話す兄に、賢二は妄想の産物ではと困惑を隠せませんが、聡は「しっかりしろ賢二」「お前の家族のことだろうが」と真剣に訴えました。
やがて、賢二の職場に刑事の柏原が再び訪ねてきます。原との不倫関係も把握済みだった彼に対し、賢二は死んだ甘利の家で脅迫の証拠が見つかったのではと推測しましたが、柏原は「原が自宅マンションで首を吊った状態で発見された」「自殺・他殺の両面で捜査中」と伝えました。
動揺を隠せない賢二に「なぜ甘利を脅迫者だと思ったのか」と尋ねる柏原。賢二は「甘利に逆恨みされていたから」と答えますが、柏原には「甘利のことを悪く言うのは、関係者の中であなたしかいない」と告げられてしまいます。
賢二が帰宅すると、灯りの点いていない暗い居間で、ひとみが待っていました。
「ユキがいつからか、何にもないところを見つめるようになったの」「あの子だけに見えている世界があるのかもと思ったけど、赤ちゃんの瞳って澄んでて真っ黒でしよ」「見ているものがはっきり映る」……。
ママ友やその子どもたちが誰も家に来なくなった理由も、以前訪れた男の子が地下室で「お化け」を見たためであることにも触れた上で、ひとみは「この家には、絶対何かいる」と泣きながら訴えました。
しかしその後、賢二は研修のために遠出することに。日帰りは実現できなかったものの、翌朝には帰宅することにした賢二でしたが、母の美子から「聡が家にいない」と連絡が。
気になった賢二はひとみにも確認の電話をし「もし聡が訪ねてきたら、家に入れてやってほしい」と頼みます。ところがその電話中、まだ赤ん坊であるユキの姿がどこにもないことに、ひとみが気付きました。
賢二が急いで自宅へ帰ると、家の周りには警察のバリケードテープが張り巡らされていました。柏原の制止も聞かずに賢二が室内へと入ると、そこには子ども部屋で血を流しながら倒れている聡の姿がありました。
映画『スイート・マイホーム』の感想と評価
「家」という密室にこもり、育まれる“のろい”
清沢家の「まほうの家」を自ら設計した、住宅会社の営業担当である本田。映画終盤では、彼女が「まほうの家」に込めた“のろい”とも言うべき狂気が明かされますが、彼女が狂気へと至った経緯は映画化にあたり少なからず改変されています。
原作小説では、夫を失う以前にも、家族と家にまつわる惨い過去を抱えていた本田。対して映画では、家族を失う以前の本田の過去は省略し「新居の地鎮祭の日に夫を失い、妊娠していた子ものちに失った=自身にとっての“理想の家”を永遠に失った」へと設定が改変されています。
その設定改変は、永遠に帰ることのできない“理想の家”を求めて、人家も何もない土地……精神の荒野を彷徨い続けた果てに「家には取り憑けるが、家族の一員には決して入れない者」と化してしまった本田の“お化け”像をより強調しています。
また同時に、本作の大きな主題の一つである「他者の侵入を絶対に許さない、ある意味ではそれ全体が“開かずの間”とも表現できる『家』という名の密室にこもり、育まれる“のろい”」も同時に描き出しているのです。
本田が「まほうの家」を去った後も、一度家の中にこもってしまった“のろい”は消えることなく、清沢家の中で誰よりも家に触れ続けたために“障り”に遭ってしまった、賢二の妻であり姉妹の母親であるひとみの手によって育てられ続けました。
そして赤ん坊ユキの両眼は、“お化け”さえも映し出すほどに「“理想の家”への他者の侵入」を許してしまう、境界の出入口としての役割を持つ鏡……不都合なものさえも全て克明に映し出す“カメラ”の役割を果たしてしまった。
それゆえに“のろい”の育て親と化したひとみは、開かずの間そのものである“理想の家”を守るという目的のもと、自身の娘である幼いユキの両眼をその手で塞いだのです。
「覗き見る少女」と映画の“窃視”の性質
また「“カメラ”の役割を果たす眼」の描写として忘れてはいけないのが、映画オリジナル演出として描かれた二人の少女の姿です。
映画冒頭の本田の過去の場面では地鎮祭の会場を通りすがった小学生が、そして映画ラストでは清沢家の長女サチが登場し、2人はともに「両眼を手で覆うものの、指と指の隙間から片眼だけを覗かせる」という姿を見せます。
齊藤工監督は本作を「女性性・母性の継承と伝承の物語」とし、「女性性・母性の奥に潜む何かを見つめるための儀式的な行為」として、“次世代を生きることになる女性”でもある少女たちによる演出を脚本開発の段階から構想していたと語っています。
その一方で、「各場面における少女たちがなぜ両眼ではなく、指と指の隙間から“片眼”だけを覗かせるのか」の理由を、赤ん坊のユキを通じて描かれた「“カメラ”の役割を果たす眼」とともに考えてみると、そこには映画の性質の一つである“窃視”が垣間見えてきます。
本来は見ることが許されないものを、覗き見る。許されないどころか、むしろ目撃したくないほどの惨い悲劇を前にしても、それでも恐る恐るコッソリと覗き見てしまう、人間の“窃視”の欲望。
そんなあさましい欲望を満たす装置として、映画は「他人の不幸は蜜の味」という人間の醜さを継承・伝承してきたことも、本作は二人の覗き見る少女の姿を通じて描こうとしたのです。
まとめ/真の「覗き見られている者」は……
映画冒頭に登場した名もなき少女は、本田の身に起こった悲劇を覗き見ているように描写されていますが、映画ラストのサチが何を覗き見ていたのかは明確には描かれていません。
しかしながら、同場面でのサチは真正面……画面越しに彼女の姿を見つめる観客たちが座っている“コチラ”に視線を向けているのではと誰もが感じるはずです。
もしかするとサチの眼は、“理想の家族”をめぐる惨い悲劇を他人の不幸として面白おかしく覗き見る観客たち……自分たちも、映画の中の登場人物という他人に覗き見られる者=「誰かの“他人の不幸”を生きる者」でしかないと気付かない観客たちを、逆に覗き見ているのかもしれません。