『X エックス』(2022)に続き、タイ・ウェスト監督×ミア・ゴス主演でおくるサイコサスペンス
『X エックス』(2022)の前日譚として、『X エックス』で登場した老婆・パールの若かりし頃を描いた本作は、ミア・ゴスが脚本と、エグゼクティブ・プロデューサーとして参加しました。
厳格な母親と病気の父と農場で暮らすパールはスクリーンで踊るスターを夢見て農場から出たいと願い、その願いは次第に狂気となり爆発してしまいます。
無垢なる少女の狂気の奥にある「愛されたい」「私はどこか皆と違うのかもしれない」という思いは、『X エックス』に登場した老婆の狂気の奥にある哀しさを浮き彫りにしていきます。
1918年、テキサス。
農場の鮮やかな色彩の中、原色的な赤が映えるスラッシャームービーとなっている本作は、『悪魔のいけにえ』(1975)をはじめスラッシャームービーへのオマージュを盛り込みながらら新たな女性シリアルキラーの誕生ストーリーになっています。
彼女の理解者のような存在として出てくる家畜や、前作『X エックス』にも登場したワニの存在もアクセントになっています。
『オズの魔法使』(1954)など50年代ハリウッドのミュージカルムービーを彷彿させるような世界観も、ポルノムービー全盛期を感じさせた『X エックス』とはまた違うパールの若かりし頃の年代の空気を醸し出します。
映画『Pearl パール』の作品情報
【日本公開】
2023年(アメリカ映画)
【原題】
Pearl
【製作・監督・脚本・編集・キャラクター創造】
タイ・ウェスト
【共同製作】
ジェイコブ・ジャフク、ケビン・チューレン、ハリソン・クライス
【製作総指揮】
ミア・ゴス、ピーター・ポーク、サム・レビンソン、アシュリー・レビンソン、スコット・メスカディ、デニス・カミングス、カリーナ・マナシル
【共同脚本】
ミア・ゴス
【撮影】
エリオット・ロケット
【キャスト】
ミア・ゴス、デヴィッド・コレンスウェット、タンディ・ライト、マシュー・サンダーランド、エマ・ジェンキンス=プーロ
【作品概要】
『X エックス』(2022)で登場した老婆・パールの若かりし頃を描く本作は、前作同様タイ・ウェストが監督を務め、主演を務めるミア・ゴスが脚本、エグゼクティブ・プロデューサーとして参加しています。
A24製作の映画として初のシリーズものであり、現在三作目となる『X エックス』のその後を描いた映画『MaXXXine(原題)』が現在製作中です。
パールが出会う映写技師役を演じたのは、Netflix映画『2つの人生が教えてくれること』(2022)のデヴィッド・コレンスウェット、パールの母役には『ブラックシープ』(2020)のタンディ・ライトが務めました。タンディ・ライトは、『X エックス』でインティマシー・コーディネーターとして参加していました。
映画『Pearl パール』のあらすじとネタバレ
1918年、テキサス。
農場で暮らすパールは、スクリーンで踊るスターに憧れ、いつか農場を出てスターになることを夢見ていました。
しかし、若くして結婚したパールの夫・ハワードは戦争に出征中、体が不自由な父親と敬虔で厳格な母親と暮らし、農場の手伝いをしていました。
母親は、パールの夢を「馬鹿げた考えは捨てなさい」と厳しく言い、男手がなく生活が苦しいのだからしっかり手伝うように言います。
戦争の最中、ドイツ系であるパールの家族は肩身が狭い上に、町ではスペイン風邪が流行していました。それでも夢を諦めないパールは農場の家畜たちを相手にミュージカルショーを行なっていました。
ある日、父親の薬を買いに町まで出かけたパールは、薬の代金の残りで母親に内緒で映画を見にいきます。映画の中で踊るダンサーたちにパールは釘付けになって見ています。
映画館を出たパールは、映写技師に出会います。スターになることを夢見ていると話すと、君は可愛いからきっとなれる、スクリーンで踊る君を見るのが楽しみだと言われます。
親を見捨てて農場を出れないというパールに、男は自由に自分の好きなように生きていいとパールに言い、更に好きな映画を見させてあげるから町に来たときは、この部屋をノックしてくれと言います。
映写技師に出会ったことでよりパールは農場から出たいと思うようになります。そしてカカシを相手に恍惚の表情でダンスを始めたパール。
しかし、カカシの顔が一瞬映写技師に見えてはっとし、「私は人妻よ」と怒鳴りますが、何かを刺激されたパールはカカシにまたがり性行為の真似事を始めます。
農場に帰ると母親に薬代の残りのお金はどうしたのかと聞かれます。咄嗟に帰りにキャンディを買って食べたと答えると、母親はパールが食べている夕食を除け「お菓子を食べたなら食事はいらないわね」と言います。
厳格な母親との生活に限界が来ていたパールは、義妹から今度教会でダンスオーディションがあることを知らされます。
映画『Pearl パール』の感想と評価
マキシーンとパールの共通点
『X エックス』(2022)で登場した老婆・パールの若かりし頃を描く『Pearl パール』は『X エックス』に繋がる布石が沢山散りばめられています。
『X エックス』において、老婆のパールはマキシーンに若い頃の自分と似ていると言葉にしています。
パールはスターになることを夢見ており、その姿は私はファッキンポルノスターと『X エックス』の冒頭で言い放つマキシーンと重なるところがあります。
更に、パールは敬虔で厳格な母親のもとで籠の鳥のように育てられています。
それは『X エックス』の終盤で連日テレビで放映していた悪魔のせいで家出したという娘が実はマキシーンであったことが明かされています。
マキシーンは敬虔な父親の元で育ち、ポルノ映画のプロデューサーであるウェインと出会い家を飛び出したということがわかります。
それはそのまま、ハワードと結婚し農場を出ることを願い、映写技師とヨーロッパに行くことを願ったパールと重なります。
しかし、パールは農場を出ることは叶わずオーディションにも受からなかった、母親の言葉通り“農場を出ることができなかった”のです。
『X エックス』で、パールもハワードも若い頃パールはダンサーだったと言葉にしていますが、観客は本作を見てそれは事実ではなかったということを知ります。
パールはダンサーとして各地を回るどころかステージに上がったことすらないのです。
パールの執念が夢を現実だと思い込みハワードはそんな妻に合わせたのでしょう。
『Pearl パール』のエンディングはハワードが帰ってきたところで終わっていますが、そのまま『X エックス』に繋がるということを考えるとハワードはパールの狂気を受け止め共に生きていくことにしたと推測されます。
更にパールに対して罪悪感を感じている様子も見受けられました。それはパールの夢を叶えられず農場に縛りつけてしまったということや性の欲求に応えられないというとこらからきているのかもしれません。
パールは母親に本質は隠せないと言われており、母親はパールの狂気を知っていて、あえて農場に閉じ込めていたともとれます。
しかし、一方で抑圧が狂気を加速させたとも言えるのです。
結局思い通りの人生を生きられなかったパールは年老いてかつての母親がパールに言ったようにマキシーンに「いつか私のようになる」と罵ります。
マキシーンは呪いのようにパールと同じように思い通りの人生を生きられず老いていくのか、それとも夢を手にするのか……。
三部作の最後である『MaXXXine(原題)』で、タイ・ウェスト監督とミア・ゴスはどう描いてくるのか、楽しみなところです。
まとめ
無垢なシリアルキラーの誕生を描いた映画『Pearl パール』ですが、そこにはパールの哀しさも描かれているのです。
パールは良い家庭で育ち完璧な夫・ハワードとその家族に対し妬みを感じていました。
ハワードに好かれたパールは、いい子を装いハワードと結婚すれば今の惨めな生活から抜け出せると思っていました。
しかし、その願いは叶わずハワードは自分とは違う農場の生活に魅力を感じ、更には戦争に出向きパールを置き去りにしてしまいます。
体の不自由な父親、そしてハワードの出征により男手を失ったパールと母親は苦しい生活を強いられます。
パールだけでなく、パールの母親も不満を感じ自分の生活を惨めだと思う気持ちはあったのでしょう。
裕福なハワードの両親からの豚のローストを差し入れられてもパールの母親は施しは受けないと玄関先に置き去りにして腐るままにしていました。
男性の不在は性の欲求、愛の渇望にも繋がっていきます。パールはただ愛されたかったと言っています。
それは親からへの愛情、ハワードからの愛情が渇望していたということなのでしょう。
映写技師とパールが肉体関係を持ったのは、映写技師がパールを性愛の対象として見ていた、そう見られることにパールが飢えていたからなのではないでしょうか。
更にパールは映写技師が自分を農場から連れ出してくれることを願っていました。
自分1人で出ていくのではなく男性を頼るのは、男性優位な社会の構造で生きてきたパールにとって抜け出すには男性の存在が必要だからなのでしょう。
それは1970年代を舞台にした『X エックス』においても変わりません。
厳格な父親の元で育てられたマキシーンが家を抜け出すには男性を頼る必要があったのです。
パールやマキシーンにとって男性は抜け出すための手段でもあり、愛し求めてくれる存在なのです。