驚異の新人監督ホン・ウィジョンとスター俳優ユ・アインの奇跡のタッグ
生きるために犯罪組織の底辺の仕事を請け負う口のきけない青年と、両親に身代金を支払ってもらえない少女の交流を描いた韓国映画『声もなく』。
新人監督ホン・ウィジョンのオリジナル脚本によるインディーズ映画にスター俳優のユ・アインが出演したことで大きな反響を巻き起こし、韓国、アジアの映画賞を座巻するなど作品的にも高い評価を受けました。
ユニークなキャラクターと予測不可能なストーリーを通じて、ジャンルの枠を転覆させるユニークかつ斬新、そして全く新しい作品に仕上がっています。
映画『声もなく』の作品情報
【日本公開】
2022年公開(韓国映画)
【原題】
소리도없이 (英題:Voice of Silence)
【監督・脚本】
ホン・ウィジョン
【キャスト】
ユ・アイン,ユ・ジェミョン、ムン・スンア、イ・ガウン、イム・ガンソン、チョ・ハソク、スン・ヒョンベ、ユ・ソンジュ
【作品概要】
ホン・ウィジョン監督の長編第一作。新人監督のオリジナル脚本にユ・アインが出演し、ジャンル枠を超えた新しい作品として注目を集めました。
2021年・第41回青龍賞で主演男優賞、新人監督賞を受賞、第57回百想芸術大賞では映画部門男性最優秀賞、監督賞を受賞。アジア・フィルム・アワードでも主演男優賞、新人監督賞を受賞するなど韓国映画界を座巻する快挙を果たしました。
映画『声もなく』あらすじとネタバレ
口のきけないテインと、片足を引きずっている相棒チャンボクは、卵の移動販売の他に密かに犯罪組織からの下請け仕事である死体処理で生計を立てていました。
ある日、ボスのキム・ヨンソクから、人間を1人預かってくれと命じられます。チャンボクは自分たちは死体専門ですと断りますが、一日だけだからと強い調子で言われ、仕方なく引き受けることになりました。
翌日、キムから教わった電話番号に連絡し、目的地につくと、部屋にはうさぎのお面をつけた少女がひとり佇んでいました。
子どもだとは思っていなかったチャンボクは抗議の電話をかけますが、聞き入れてもらえません。
誘拐犯たちは「長男である弟の方を誘拐する予定だったが、間違えて姉の方を連れてきてしまい、父親が身代金を払うのを渋っているのだ」と語りました。
チャンボクはテインに少女を家に連れて帰るよう命じ、あぜ道で彼らを車から降ろしました。そこからテインは自転車に乗り換え、少女を家に連れ帰りました。
森の中にぽつんとたたずんだビニールハウスがテインの家でした。テインがドアを開けると、部屋は散らかり放題で雑然としており、ふとんの中から、ボサボサの髪をした薄汚れた少女が起き上がり、「お腹すいた」と声をあげました。
誘拐された少女はチョヒという名で、この薄汚れた少女も自分と同じように誘拐されてきたのだろうと考えますが、少女はテインの妹ムンジュでした。
テインはムンジュに簡単な食事を与えるとすぐに眠ってしまいました。チョヒも恐る恐る、体を横たえ眠りにつきました。
翌日、テインは仕事場にチョヒを連れていきますが、そこで観たのは宙吊りにされたキムの姿でした。なにかまずいことをしでかしたのか、今度は自分が制裁を受けることになったようです。
「預かった子供はどうすればいいのですか!」とチャンボクはキムにすがりつきますが、キムは完全に気を失っていてらちがあきません。
キムはそのまま始末されてしまい、チャンボクとテインはいつものように山に死体を埋めました。キムの上司の図らいで、実際の誘拐犯たちと会うことができましたが、彼らは少女を引き取って欲しいのなら、金を払えといって、壮大な額を提示してきました。
身代金を受け取るか、自分たちで金を工面するかどちらかしかないと言われ、チャンボクはしぶしぶもう少しチョヒを預かることに同意します。
誘拐犯たちに少女に手紙を書かせろと命じられ、テインは文房具屋で色鉛筆や紙、封筒、クロッキー帳などを買い込みました。
チョヒが書いた手紙を誘拐犯のひとりに手渡すと、手紙をのりづける際、唾液をつけましたか?と尋ねられ、テインはうなずきます。こちらで別のものに変えておきますと言って、男は立ち去りました。
「お父さんは身代金を払ってくれた?」とチョヒはテインに何度も尋ねますが、身代金は一向に支払われません。
ある日、テインが仕事から戻ってくると、部屋の中がすっかりきれいに片付けられていました。チョヒが采配をふるい、ムンジュと一緒にふとんをあげ、服をたたみ、きれいに整理したのです。
チョヒは片隅に畳んで放置されていた机をひっぱり出してきました。テインが買ってきた餃子を、まるで家族のようにテーブルを囲んで3人で食べました。
そんな不思議と穏やかな生活が続く中、チャンボクが訪ねてきました。彼が箱から取り出したのはポラロイドカメラでした。扱いを知っているのはチョヒだけで、チョヒの指示にしたがって、皆、写真を撮り始めました。
本来の目的はチョヒの写真をとって、父親に送りつけることですが、チョヒがあまりに楽しそうな顔をして笑っているので、チャンボクはもう少し悲しそうな顔をするようにと指示しなくてはなりませんでした。
それからしばらくしてチャンボクからテインに電話がかかってきました。チャンボクが身代金の受け渡しに関わることになったというのです。
誘拐犯たちは顔が割れているから、チャンボクがする方がいいと説得され、丸め込まれたのです。もし、時間内に金を届けられなかったらチョヒを養鶏所に連れていくよう、連れていきさえすればあとのことは彼らがやってくれるとチョンボクはテインに告げました。
チャンボクは指示通りの場所に行き、車の中で身を潜めていました。青い帽子をかぶった男はなかなか現れません。緊張が頂点に達した時、ついに青い帽子の男がやってきました。男はチョヒの父親なのでしょう。黒い大きなバッグを抱えていました。
男のあとをつけていたチャンボクは男がバッグを置いて立ち去るのをみて、あわてて近づきバッグをとって、走り出しました。
誰もが警官のように見え、あせりながら階段を降りていたチャンボクは階段を踏み外し、そのまま落下。頭を強く打って血を流し、動かなくなりました。
一向にチャンボクから連絡が入らないのでやきもきしていたテインでしたが、言われた通り、チョヒを自転車に乗せて養鶏所に連れていきました。
養鶏所には他にも小さな子どもたちがいて、皆、うつらうつらとしていました。女が出てきて、チョヒを見て、聞いていたのよりも大きいじゃないかと怒り始めます。男が電話をして謝っている横でテインはチョヒと共に佇んでいました。
「お前は帰れ」と言われるもテインはなかなか去ろうとしません。チョヒも不安げな顔をしてテインを見ています。
「行け!」と言われ、ようやく立ち上がりますが、振り向くとチョヒが女になにか飲まされているのが見えました。
自転車を漕いで家に戻ってきたテインは以前処分せず持ち帰ったキムの背広がきれいにほされているのに気が付きます。チョヒが洗濯してくれたのです。
彼はおもむろにそれを着ると、養鶏所に向かって猛然と自転車を漕ぎ始めました。
養鶏所の男は子供たちをバンに乗せて、取引先に連れて行こうとしていました。車に遭遇したテインは自転車を降りると、運転席に体をねじ込み、争って、男を外に放り出しました。
男は足の骨を折ったようです。テインは自転車をバンに積み込み、車をスタートさせました。町に出ると車を停め、チョヒを下ろそうとしますが、うとうとしながらもチョヒはテインの手を払おうとします。それでもテインはチョヒを連れ出し、家に連れて帰りました。
店の前に車を停められたと店主が怒って出てくると車には数人の子どもたちが乗っているのが見え、店主は戸惑います。
映画『声もなく』感想と評価
冒頭、ユ・アイン扮するテインとユ・ジェミョン扮するチャンボクが、服を脱ぎ、レインコート、ヘアキャップ、ゴム手袋を次々と身につけていく様子が映し出されます。
観ていてほのかな不安を覚えていると、案の定、その後、手足を縛られ吊るされた男の姿が現れ、ふたりはビニールシートを手慣れた手付きで敷き始めます。
韓国映画でしばしば見かける拷問シーンが始まるのかと思わず身を固くしていると、こちらの緊張にフェイントをかけるように彼らは「またのちほど」と言ってその場からいなくなってしまいます。
人を殺すのは別の男たちの仕事で、死体やその所有物を山に埋め始末するのが彼らの役割でした。彼らはこの仕事を悪びれずたんたんとこなしますが、一方で信心深いチャンボクは死体を北枕にして葬ったり、作業の際も祈りを捧げることを忘れません。
韓国ノワールや犯罪映画の伝統を身にまといながら、違った方向へひねりを利かせているのが本作の面白さのひとつとして挙げられるでしょう。
幼児誘拐、人身売買という恐ろしい犯罪が登場しますが、同じ題材を扱かった『ただ悪より救いたまえ』とはまったく別物の感があるのが面白いところです。
本作に登場する誘拐犯も人身売買の関係者も、みかけはごくごく普通の人です。とりわけ、誘拐犯と人身売買の男たちが話をする場面は、まるで和やかにご近所話をしているような雰囲気です。
本当の悪人は悪人には見えない、あるいは、普通に見える人がいとも簡単に悪に染まるということなのでしょうか。それは悪を悪として描くよりも数倍恐ろしいもののように感じられます。
人は見かけでは判断できないという真理を巧みに使った、夜道を通りかかった自転車の男のエピソードは実に秀逸です。
草原をかきわけて進む少女と暗がりから現れる男というシチュエーションはポン・ジュノ作品を想起させます。
ホン・ウィジョン監督はそうしたイメージを観客に持たせることで、物語にひねりと意外性を与えることに成功しています。
犯罪組織の末端で食いつないでいるテインとチャンボクは社会の最底辺に位置していて、他者から軽く観られ、都合よく利用されます。彼らは誘拐された少女を預かっただけで本物の誘拐犯となってしまうのです。
一方、誘拐された少女は、誘拐犯が長男の弟を誘拐するはずが間違えて姉の方を連れてきたために、父親が娘に金を出す価値はないと考え、金を出し渋っており、ちゅうぶらりの状態に置かれています。
昨今の韓国ではフェミニズムの浸透がめざましいですが、まだまだ家父長制による男尊女卑の問題は根深く、女と男という違いが命の値段としても現れるのです。
阻害された者同士が、心を通わせるのは必然だったでしょう。テインはしっかりと家を切り盛りするチョヒに「母親」の面影を感じたのではないでしょうか。
しかし、ずっと家族のように暮らしたいと願ったテインに対し、いくら軽んじられたとはいえ、きちんとした家柄の少女が家に帰りたくないわけがありません。
これもまた、『万引家族』といった作品が持つ疑似家族もののイメージを逆手に取ったものと言えます。ふたりの間に生じる齟齬はなんともいえないせつなさをもたらします。
少女は彼女のもとにやってくる本物の家族の姿を前にして、背を正します。見捨てられないように、彼女は以前よりも家族に従順に、好かれようと健気に務めるでしょう。
一方、言葉を発せられず弁解できないテインは手紙につけてしまった唾液なども証拠にされ、主犯として裁かれるかもしれません。
しかし、いつかどこかで、彼女はふと思い出すのではないでしょうか。あの時、テインとチャンボクとムンジュと共に、心のそこから笑った楽しかった日のことを。ビニールハウスで過ごした不思議な日々に確かな幸福があったことを。
まとめ
1982年生まれのホン・ウィジョン監督は2005年韓国芸術総合学校映像院映像デザイン科を卒業した後、2012年ロンドンフィルムスクールで修士学位を取得。
2016年ヴェネチア国際映画祭の『ビエンナーレ・カレッジ・シネマプログラム』で本作の脚本が最終候補作品の2本のうちの一本に選ばれました。
ヴェネツィア・ビエンナーレ・カレッジ・シネマプログラムは、第1もしくは第2長編映画を演出する監督を選定し、映画祭が制作支援するというものです。
無名の監督の低予算の長編第一作の出演に名乗りを上げたのが、『ベテラン』(2015)、『バーニング 劇場版』(2018)などの作品で知られる若手スター俳優、ユ・アインです。
そうして完成した『声もなく』は大きな話題を呼び、スマッシュヒット。作品的にも評価され、韓国映画界を座巻。世界的にも高い評価を受けています。
ユ・アインは一切台詞のない難役に挑戦し、動作と繊細な表情だけで感情を表現しました。この役作りのため、彼は体重を15kgも増やして撮影に臨みました。
ドラマ『秘密の森』や映画『ブリング・ミー・ホーム 尋ね人』などで知られるユ・ジェミョンが相手役として出演し、味のある演技をみせているほか、子役のムン・スンアが多感な表現で誘拐された少女を演じています。
誘拐や人身売買、死体処理などが描かれる恐ろしい犯罪映画でありながら、ジャンルの枠内にとどまらないアイロニーとユーモアが漂う全く新しい作品になっており、ホン・ウィジョン監督の並々ならぬ才能を感じさせます。