ホロコーストを生き延びたユダヤ人たちによる復讐計画の行方を描いたサスペンス映画『復讐者たち』
“目には目を、歯には歯を”家族を殺されたユダヤ人たちの癒えない苦しみと、驚くべき復讐計画「プランA」。
実話を基に『ザ・ゴーレム』のドロン・パズ、ヨアヴ・パズ監督らが描くサスペンス。
ユダヤ人が加害者であるナチスに復讐するクエンティン・タランティーノ監督の荒唐無稽なバイオレンス・アクション『イングロリアス・バスターズ』(2009)にも出演していたアウグスト・ディールがナチスに家族を殺された主人公マックスを演じ、マックスの過酷な運命を描く。
復讐に生きがいを見出し、英国軍の指揮下にあった対ナチス部隊のユダヤ旅団に参加、そして過激なユダヤ人組織ナカムと共に恐るべき復讐計画に関わっていくマックスが最後に選んだ究極の“復讐”とは。
映画『復讐者たち』の作品情報
【日本公開】
2021年(ドイツ、イスラエル合作映画)
【原題】
Plan A
【監督・脚本】
ドロン・パズ、ヨアヴ・パズ
【キャスト】
アウグスト・ディール、シルヴィア・フークス、マイケル・アローニ、イーシャイ・ゴーラン、オズ・ゼハビ
【作品概要】
監督を務めたのはイスラエル出身のドロン・パズ&ヨアヴ・パズ監督。POVスリラー『エルサレム』(2016)で初監督を務め、その後ユダヤ教の伝承に登場する泥人形ゴーレムを題材にした映画『ザ・ゴーレム』を手がけます。
主人公マックスを演じたのは、クエンティン・タランティーノ監督の『イングロリアス・バスターズ』(2009)や『マルクス・エンゲルス』(2017)、テレンス・マリック監督作『名もなき生涯』(2020)など様々なジャンルで活躍するドイツの名俳優アウグスト・ディール。
アンナ役には『ブレードランナー 2049』(2017)のレプリカント・ラヴ役や、『蜘蛛の巣を払う女』(2019)で本格的なハリウッド進出も果たしたシルヴィア・フークス。
映画『復讐者たち』のあらすじとネタバレ
1945年、敗戦直後のドイツ。
ユダヤ人男性のマックス(アウグスト・ディール)は、ホロコーストを生き延び、とある民家に向かいます。家の中からマックスの姿を見かけた家族は身構え、男性が銃を構えて外に出てきます。
マックスは妻ルートと息子のベンヤミンの行方を尋ねますが、相手にされません。何故自分たちを密告したのかとマックスは更に尋ねます。
しかし、男性は答えずマックスに銃で殴りかかり、二度と家の敷居をまたぐな、戦争が終わったからと言ってユダヤ人が安心できると思うなと言います。
仕方なくマックスは彷徨い、行方不明者の情報を探すべくユダヤ人難民キャンプに向かいます。道中マックスは英国の支配下にあるユダヤ人旅団の兵士らと出会い、キャンプまで送ってもらいます。
キャンプに辿り着くも妻子の様子は見当たらず、マックスは2人の似顔絵を描いて掲示板に貼ります。
マックスを何かと気にかけていたユダヤ人旅団の兵士ミハイル(マイケル・アローニ)は夜中にマックスを呼び、とある場所に連れていきます。
そこには拷問されているナチスの関係者の姿がありました。ユダヤ人旅団は各地に身を潜めたナチス関係者を探し出し、秘密裏に処刑を行っていたのです。
キャンプにいたマックスの元に一人の女性がやって来て、マックスの妻ルートと息子のベンヤミンの死を知らされます。
憤りと悲しみと、やり場のない感情が溢れ出し、マックスは森の中で一人慟哭します。そして復讐に心を燃やしたマックスはパレスチナと向かうトラックには乗らず、ミハイルにユダヤ人旅団と行動を共にさせて欲しいと頼み込みます。
マックスはユダヤ人旅団と行動を共にすることになり、リストを元にナチス関係者を秘密裏に処刑していきました。ユダヤ人旅団兵士の一人がマックスに問いかけます。
「収容所で何千人とユダヤ人がいたというのに誰も抵抗せず、死んでいったのか、戦おうとはしなかったのか」
その言葉にマックスは憤り、ユダヤ人旅団の兵士らは揉めてしまいます。その隙に捕らえていたナチス関係者の男に逃げられてしまいます。逃げた男を探すマックスの目の前に男が現れ襲われるマックスを、森の中に潜んでいたパルチザンの女性が助けました。
パルチザンの人々は森に潜んでいたため戦争が終わったことも知りませんでした。
ナチスを処刑していることに気づいた英国により、ユダヤ人旅団の任務は終了し、別の任務地に行くことが決まりました。しかし、ミハイルはパレスチナの軍事組織ハガナーに合流する予定であるとマックスに告げます。その話を聞いたマックスもハガナーの一員となりました。
過激な報復活動を行うパルチザンのグループ“ナカム”をハガナーは危険視しており、ナカムはニュルンベルクで大規模な復讐計画を立てていました。ナカムの監視の任務に就いたミハイルに協力を誓ったマックスはナカムとの接触を試みます。
映画『復讐者たち』の感想と評価
目には目を歯には歯を
監督のドロン・パズ、ヨアヴ・パズは、知人の祖父がホロコーストを生き延び、故郷の家に戻ると、自分たちを密告した隣人がその家に住んでおり復讐を決意したという話を聞き、実際にあった「プランA」など歴史的事実を調べ映画化するに至ったそうです。本作の冒頭でもマックスが自分たちを密告した家族に出会う場面から描かれています。
「愛する家族を殺されたときあなたならどうするか」本作はそう問いかけます。
自分たちを死の収容所に追いやった隣人をあなたなら許せますか、収容所に追いやられ殺されていくユダヤ人を見ても何もしなかったドイツ人を許せますか。シルヴィア・フークス演じるアンナの深い悲しみと怒りと憤り…そして何より息子を救えなかった自分が許せない苦しみ。彼女は毎晩悪夢にうなされています。
マックスは収容所にやってくるユダヤ人を出迎え、荷物を管理する倉庫係を担わされていました。収容所に入れば殺されることはわかっていたのに笑顔で出迎える自分に対し、なぜ何もしなかったのか、と自責の念を感じています。
復讐に駆り立てられていくユダヤ人達はナチスに対する怒りや憎しみだけではない、何もできなかった、救えずに生き残ってしまった自分に対する憤り、死んでいった者たちへの贖罪でもあるです。
しかし復讐し、多くのドイツ人を殺すことはユダヤ人ら自身をナチスと同じ殺戮者に貶めることともなります。癒えない傷と、人を殺めることへの葛藤をマックス役のアウグスト・ディールをはじめとした役者陣が説得力のある演技でみせます。
「プランA」が実行されていたら多くの罪のないドイツ市民の命を奪うことにもなっていた…その映像をあえて見せた後に、実際は実行されず、マックスの決断を映し出します。マックスの“生きる”という選択はユダヤ人の問題だけではなく現代抱えるさまざまな人々に対して投げかけられた強いメッセージのように感じられます。
建国のために
ユダヤ人の報復活動を映画化した作品はあまり多くなく、本作は知られざる「プランA」を初めて映画化しました。他にも印象的だったのはユダヤ人旅団、ハガナーの存在です。
パレスチナのユダヤ人が志願し、英国陸軍の訓練のもと構成されたのがユダヤ人旅団です。ユダヤ人旅団は第二次世界大戦中から編成され、イタリア戦線などにも駆り出されていました。
ユダヤ人の民兵組織であるハガナーの編成はユダヤ人旅団よりも前、第一次世界大戦後に遡ります。第一次世界大戦後、イギリスの委任地域パレスチナへのユダヤ人移民増加に伴いアラブ人との衝突も増えました。その時期にユダヤ人の武装勢力が乱立し、その一つがハガナーでした。
第二次世界大戦後、ホロコーストを生き延びたものの、ユダヤ人らの帰る家はほとんど残されていませんでした、行き場を失ったユダヤ人はパレスチナへと向かい新たな土地で生きることに希望を見出しました。
劇中でもハガナーの人員となったミハイルは復讐に取り憑かれるのではなく、未来を生きることを考えろと言い続けます。そしてミハイルはユダヤ人の国の建国を掲げていました。後にハガナーはイスラエル国防軍となり中東戦争などに関わっていくことになります。結果としてイスラエル建国は叶いましたがイスラエルやパレスチナを取り巻く問題は解決には至っていません。
そのようなイスラエルの建国、ユダヤ人による報復活動とあまり描かれてこなかった、また物議にもなりかねない史実をイスラエル出身のドロン・パズ、ヨアヴ・パズ監督が手がけたことにも大きな意味があるのかもしれません。
まとめ
“目には目を歯には歯を”知られざるユダヤ人たちによるナチスへの報復計画「プランA」を描いたサスペンス映画『復讐者たち』。
アウグスト・ディール、シルヴィア・フークスの苦しみ葛藤する演技と、緊迫した計画の行方。家族を奪われ、多くの仲間を殺されたユダヤ人にとって復讐に生きがいを見出すユダヤ人たちの苦しみがありありと伝わってきます。
苦しみ、葛藤した末にマックスが選択した“生きる”という決断。その決断は、ユダヤ人を抹殺しようとしたナチスに対する最大の復讐とも言えるのかもしれません。