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Entry 2019/10/30
Update

ホラー映画『ザ・ゴーレム』評価レビューと解説。少年型の人形で人間の業を描くイスラエル作品|SF恐怖映画という名の観覧車73

  • Writer :
  • 糸魚川悟

連載コラム「SF恐怖映画という名の観覧車」profile073

大好評開催中の「シッチェス映画祭ファンタスティック・セレクション 2019」。

ヒューマントラストシネマ渋谷ではいよいよ大詰めを迎え、10月31日の上映を持って終幕。

何週かに渡り上映作品のご紹介を続けてきたこのコラムでも、遂に今回が「シッチェス映画祭ファンタスティック・セレクション 2019」特集の最後となります。

今回の作品はイスラエル製のホラー映画『ザ・ゴーレム』(2019)。

「虚無」が引き起こす恐ろしさと、人間の業を詰め込んだ物語の魅力をご紹介させていただきます。

【連載コラム】『SF恐怖映画という名の観覧車』記事一覧はこちら

映画『ザ・ゴーレム』の作品情報


(C)2019 The Golem Partnership and Epic Pictures Group, Inc.

【日本公開】
2019年(イスラエル映画)

【原題】
The Golem

【監督】
ドロン・パズ、ヨアブ・パズ

【キャスト】
イーシャイ・ゴーラン、ハニ・ファーステンバーグ、キリル・チェルニャコフ

【作品概要】
世界の終末をテーマにした、2015年のパニックホラー『エルサレム』の監督、ドロン・パズとヨアブ・パズが「ゴーレム」をテーマに手掛けたホラー作品。独特の世界観を表現した撮影監督を『エルサレム』に続き、ロテム・ヤロンが担当しています。

映画『ザ・ゴーレム』のあらすじ


(C)2019 The Golem Partnership and Epic Pictures Group, Inc.

死の病とされたペストが蔓延する17世紀。

ユダヤ系コミュニティが運営する村に住むハンナとその夫ベンジャミンは息子を失って以来、子どもを授かることが出来ず苦悩に満ちた日々を過ごしていました。

ある日、ペストで家族が死の危機に瀕したことに憤る外部の男たちが村を訪れ、村人を脅迫し始めたこときっかけにハンナは禁忌とされていた秘術を使い「ゴーレム」を製作してしまいます…。

意思を持たない人形が引き起こす「恐怖」


(C)2019 The Golem Partnership and Epic Pictures Group, Inc.

ユダヤ教の伝承に登場する泥人形「ゴーレム」。

人を一瞬で死に至らしめるほどの強大な力を持ったゴーレムは、製作者の命令を忠実に守る「意思を持たないロボット」のような存在です。

劇中では感情を持たないはずのゴーレムの「不気味さ」にスポットが当てられており、殺人行為に一切の躊躇をしないゴーレムの持つ「虚無」の恐怖が際立つような画面作りがなされていました。

少年型で不気味なゴーレムを演じたキリル・チェルニャコフの演技も素晴らしく、意思を持たないがゆえの「無垢さ」と「危険さ」の両方の表現を感じ取ることができ、画面に引き込まれるほどでした。

宗教知識を得ることでより深くなる物語


(C)2015 Paz Brothers/Epic Pictures Group. All Rights Reserved.

ユダヤ教やゴーレムと言った単語が記事内でも頻発し、劇中でも多くの宗教用語が登場します。

本作を製作したドロン・パズとヨアブ・パズはイスラエルに旅行に行った若者を襲うPOVホラー『エルサレム』(2015)のように、エンタメ性の強いホラーを作ることでも有名な兄弟であり、本作も宗教的知識を持たなくても楽しむことが可能な作品。

主人公のハンナとベンジャミンの夫婦は7年前に息子を失っており、それ以来いくら性行為を重ねてもハンナは妊娠する気配を見せません。

そのことで村のラビ(ユダヤ教における宗教的指導者)でありベンジャミンの父はベンジャミンにハンナを捨て、ほかの女性に切り替えるように忠言します。

日本人の感覚からすると薄情にも感じてしまうこの出来事ですが、ユダヤ教では妊娠や出産などの命の誕生は重んじられており、とても重要なことです。

子どもが出来なくても妻のハンナともう一度子どもを作ることを選ぶベンジャミンの懐の深さがより理解できるワンシーンであり、このように宗教的知識を得ることで様々な描写を楽しむことが出来る映画でもあります。

復讐と誤解、人間が引き起こす災厄


(C)2019 The Golem Partnership and Epic Pictures Group, Inc.

ゴーレムは意思を持たない人形であり、製作者が掟を守り続ける限り、製作者の命令に従います。

劇中ではハンナがベンジャミンに対するとある誤解から「ゴーレムは大儀のために使う」と言う掟を破ってしまったことで、物語が不穏な方向へと舵が切られます。

村内に危険な男たちが侵入したことも「ペスト」がユダヤ教の「呪い」であると考えた「誤解」がきっかけであり、劇中の物語内で災厄のきっかけがすべて人間の「誤解」にあることがはっきりとしています。

とても危険で一度利用したら二度と平和を迎えることが出来ないような大量破壊兵器でも、作るのは人間であり使うのも人間。

大儀のために製作されたはずの「武器」を巡る悲劇と災厄、抑止力のための軍備に対する国内外での様々な意見の多いイスラエルの映画だからこそ真摯に向き合っていると感じる作品でした。

まとめ


(C)2019 The Golem Partnership and Epic Pictures Group, Inc.

ゴーレムによる人体破壊描写を始め頭に刻まれるようなゴア表現や陰鬱な物語展開でありながら、決して後味の悪くない本作。

独特な雰囲気作りとキリル・チェルニャコフの演技に引き込まれる『ザ・ゴーレム』は、ユダヤ教の宗教観を知るにもうってつけの作品。

人間の業を深く描いた本作は「シッチェス映画祭ファンタスティック・セレクション 2019」において劇場で公開中。

東京では上映が終了となりますが、名古屋や、大阪でも11月より開催される「シッチェス映画祭ファンタスティック・セレクション 2019」にぜひとも足を運んでみてください。

次回の「SF恐怖映画という名の観覧車」は…


(C)「積むさおり」製作委員会

いかがでしたか。

次回のprofile074では『血を吸う粘土 派生』(2019)を手掛けた梅沢壮一監督の最新映画『積むさおり』(2019)をご紹介させていただきます。

11月5日(水)の掲載をお楽しみに!

【連載コラム】『SF恐怖映画という名の観覧車』記事一覧はこちら



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