チャン・ハンジュン監督による韓国サイコスリラー映画『記憶の夜』。
1997年のある春の日、一家4人は新しい家に引っ越してきます。引っ越し先の家に見覚えのある違和感を抱く弟。新しい家で温かい家族生活が始まると思っていたのもつかの間、尊敬する兄が雨降るなか何者かに拉致されてしまいます。
19日後無事に戻ってきた兄は、その間の記憶を無くしていました。家に感じる違和感を拭えないまま、兄の様子がこれまでと異なることに気づく弟は・・・。
信じていたものが壊れゆくとき、真実が炙り出される人間の哀情。「記憶」を鍵に繰り広げられるサイコミステリー。
『ミッドナイトランナー』のカン・ハヌルが主役の弟を演じ、『悪人伝』のキム・ムヨルと共演。そのほか『ソウル・コンパニオン/肉体の虜』のナ・ヨンヒ、『教授とわたし、そして映画』のムン・ソングンらが脇を固めます。
そして演出と脚本は『吹けよ春風』『最後まで行く』などのチャン・ハンジュン監督が務めています。
映画『記憶の夜』の作品情報
【公開】
2017年(韓国映画)
【原題】
NIGHT OF MEMORY/FORGOTTEN
【脚本・監督】
チャン・ハンジュン
【キャスト】
カン・ハヌル、キム・ムヨル、ナ・ヨンヒ、ムン・ソングン、イ・ウヌ
【作品概要】
『ミッドナイトランナー』で活躍のカン・ハヌルと『悪人伝』出演のキム・ムヨルがダブル主演でタッグを組み、繰り広げられるサイコミステリー映画。
引っ越し先に向かう車の中で悪夢から目覚めるソン・ジンソク(カン・ハヌル)は、新居に着いた途端にその家に身見覚えがあるような錯覚を覚えます。
尊敬する兄と両親とで新しい家での暮らしを迎えた夜、前住人の荷物があるという開かずの部屋から聞こえる物音が気になりますが、「絶対に見てはいけない」と父親に諭されます。ジンソクの気を紛らわそうと散歩に連れ出す兄ユソク(キム・ムヨル)ですが、その帰りみち兄が 何者かに拉致され・・・。
映画『記憶の夜』のあらすじとネタバレ
1997年5月、引っ越し先に向かう車の中で4人家族の弟ソン・ジンソクは悪夢から目が覚めます。
安堵するように穏やかな母、運転する父、そして尊敬する優等生の兄の存在を確認するも、新居先へ着くや否やソン・ジンソクはその家に見覚えがあることに違和感を覚えるのでした。
引っ越し作業中、ジンソクは兄ソン・ユソクと同じ部屋となることを知ります。ジンソクの部屋になるべき一室は、以前の住人の荷物で占拠されていることから使えず、またその住人にお願いされていることから決して中は見てはいけないと父親に諭されるのでした。
転居初日、家族4人で食卓を囲んでいると上の開かずの部屋から物音が聞こえ、ジンソクは訝しく思います。
自室に戻った後も聞こえる音に、ジンソクは部屋を開けようとしますが、扉を開けようとする寸前で兄に声を掛けられ実行できません。兄はジンソクに気分転換をしようと雨降る中散歩に連れ出します。
雨降る公園で夜景を眺めていると、兄の携帯に父親から電話がかかり兄は父の依頼を片付けるために一足先に家に戻りますが、その途中で何者かに拉致されてしまいます。
後を追うように家に戻ろうとしたジンソクは拉致現場を目撃しますが、状況を家族や駆け付けた警官に伝えても取り合ってもらえません。
日がな兄の帰りを待つジンソクは悪夢をたびたび見るようになります。また家の中の開かずの部屋からの物音や気配も感じるようになっていました。
その後、行方知れずとなっていた兄は、拉致された日から19日が経った朝に家に戻ってきます。無事に戻ってきた兄でしたが、行方不明となっていた19日間の記憶を無くしていました。
そんな兄の様子が以前とは異なることにジンソクは気づきます。兄が夜中に家を出たり、寝ているジンソクの目を刺そうとしていたりと。ジンソクが問いただしても、ジンソクの神経症による妄想だと兄に交わされてしまいます。
兄の様子に不審を抱くジンソクは、ある夜家から出る兄を尾行します。本来なら過去の負傷で左足を引きずり兄は普通に歩き、また怪しい連中とつるんでいる様子を目撃します。
不信になるジンソクは、母親に兄の不審な行動を伝えます。一見、ジンソクの話を信じたかのように見せた母親でしたが、その後ジンソクは母親が電話で誰かと話しジンソクが何かに気づき始めたと伝えているのを聞いてしまいます。
信じていた家族が本当の家族ではないと気づき、真実がわからなくなったジンソクは雨の中必至に逃げようとします。一味に追いかけられながらも、目の前に見えた交番に駆け込もうとしたところで衝突しそうになったパトカーに助けを求めます。
映画『記憶の夜』の感想と評価
実は不幸の連鎖によって成り立っていることが判明する本作『記憶の夜』。
カン・ハヌル演じる主人公ソン・ジンソクが抱える悲しみと喪失感によって、世知辛い情勢の中で生きるために間違った選択をした結果、つらい現実の記憶が忘れ去られてしまいます。
そして、主人公が「解離性健忘」で失くした記憶を取り戻させるために仕組まれた疑似家族。その疑似家族も紐解けば、失くした「記憶の夜」に起きた事件の加害者と被害者の立場でそれぞれに苦しんでいた過去を背負っていることがわかります。
兄も弟もその「記憶」を取り戻し本来の自分で相手と対峙する時、自ら死を選び終わりを迎えるのですが、なんとも救いのない現実を描いている本作はサスペンスタッチで描かれるサイコミステリーながらも、実際に韓国経済が破綻した1997年に人々が経済的苦境に立たされた時代背景に端を発しています。
生きていくためのお金を得ようとするとき、背に腹は代えられない状況において、人は目の前の誘惑にすがるのかもしれません。
家族とは、そして経済的困窮が家族に及ぼすものとは? 国家の経済破綻が個人に及ぼす影響が不幸の始まりだとして、その中で連鎖する負の決断、行いの因果に言いようのない思いを抱きます。
その連鎖を断ち切るように一つ救いがあるとすれば、記憶を取り戻したソン・ジンソクが自分の兄のふりをしていたユソクが実は殺害した家族の息子チェ・ソンウクであり自分が助けた男子だったと分かった際に、実際は殺害命令がチェ・ソンウクの父親からのものであったにも関わらず、自分ひとりが罪を背負うことで彼の家族を守ったことといえます。
家族を大事に思っていたからこそ取ってしまった行動の、一方で家族に愛され家族を愛していたからこそとれる行為の姿がそこには垣間見えるのでした。
まとめ
『ミッドナイトランナー』ではつらつとした警察学校生を演じたカン・ハヌルが、本作では神経症を患うナイーブな弟役を好演し、青年期と壮年期の二つの時代を演じ分けています。
そして、いい人そうに見えて一癖二癖ある役作りをしたらこの人というほどのキム・ムヨルもまた、爽やかな中にもミステリアスな雰囲気を醸し出すことで映画全体の緊張感を醸成しています。
カン・ハヌルの切羽詰まった演技にも目を離せない一方、キム・ムヨルが抱えていた哀しみに最後は涙を誘うものがあり、男性二人の重厚な演技バトルを楽しめる映画となっています。
カン・ハヌル演じる弟の神経症に基づく被害妄想が繰り広げられるサスペンスかと思える前半から、からくりが判明する後半、そして事実とそこに至る経緯が自明になる展開に、この映画の根底に流れる悲しみが伝わります。
家族を殺された側と殺した側の立場、犯人に責任を問いたくても真相を解明したくても殺害の記憶を喪失してしまっている事実。
そして記憶を取り戻させ真相を解明した後でもぬぐえない悲しみと見いだせない希望に命を閉じてしまう結末は、何が正解であったのか答えのない疑問を投げかけます。
韓国の学歴社会や当時の情勢、様々な要素が複雑に織り込まれており、それら一つ一つに理解を馳せることで人間の悲しみが映し出される作品となっています。
人と人が人生でどう交差し、その後の人生に関わっていくのか、その不思議な縁を是非見届けてください。
また劇中でも描かれる韓国の人々が苦境に立たされた1997年当時の経済破綻については、チェ・クッキ監督の韓国映画『国家が破産する日』をご覧いただくと、より一層に本作の根底に流れる背景を深く理解できます。