今回取り上げるのは、1999年の公開から約20年以上経った今も熱狂的人気を誇る作品、『ファイト・クラブ』です。
生涯ベストの映画にあげる方も多いであろう本作を、あらすじ、トリビア、解釈とたっぷりお伝えします!
映画『ファイト・クラブ』の作品情報
【公開】
1999年(アメリカ映画)
【原題】
Fight Club
【監督】
デヴィッド・フィンチャー
【キャスト】
ブラッド・ピット、エドワード・ノートン、ミート・ローフ、デビッド・アンドリュース、ジャレッド・レト、ヘレナ・ボナム・カーター、ザック・グルニエ
【作品概要】
チャック・パラニュークによる同名小説を映像化したのは『セブン』(1995)『ゴーン・ガール』(2014)、また『ソーシャル・ネットワーク』(2010)で英国アカデミー賞、ゴールデングローブ賞始めいくつもの賞を受賞したデヴィッド・フィンチャー。
主人公“僕”を演じるのは『ムーンライズ・キングダム』(2012)や『犬ヶ島』(2018)、またデビュー作である『真実の行方』(1996)『アメリカン・ヒストリーX』(1998)の怪演でアカデミー賞助演男優賞にノミネート経験のある名優エドワード・ノートン。
タイラー役に扮するのは『セブン』(1995)、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008)と本作を含めフィンチャー作品に3作出演しているブラッド・ピット。
主人公に“腫瘍のような女”と称される女マーラ・シンガーを演じるのはティム・バートン作品や『オーシャンズ8』(2018)の活躍が記憶に新しいヘレナ・ボナム=カーターです。
映画『ファイト・クラブ』のあらすじとネタバレ
テログループが爆弾を仕掛けたビルの最上階で、主人公“僕”がタイラー・ダーデンの銃を咥えているところから物語は始まります。爆発までの時間を計りながら、僕に計画が滞りなく進んでいることを自慢気に伝えるタイラー。
“僕”は仕事で全米を飛び回り、マンションに住み、家具はIKEAで揃え、物質的、経済的には不自由ない生活を送っていましたが精神不安定で不眠症に悩まされていました。
“僕”は医者から「世の中にはもっと大きな苦しみを持ったものがいる」と言われ睾丸ガン患者の集いを紹介されます。“僕”は睾丸がなくなり、ホルモンバランスが崩れて乳房が生えたボブという大男と慰め合いました。赤の他人の悩みを聞いた“僕”は他の参加者のように泣き崩れ、その日はぐっすりと眠ることができました。
味をしめた僕はさまざまな互助グループを尋ねることに。末期ガン患者や結核患者…患者になりすまして悩みを聞き、安眠を手に入れていた“僕”でしたが長くは続きませんでした。
自分と同じように患者になりすまして互助グループに出席する女、マーラ・シンガーと出会ってしまったからです。観光客のように振る舞う彼女のことを思うと、“僕”はまた眠れなくなりました。
ある日“僕”はマーラのインチキを直接問い詰めることに。偽物がいたら泣くことができないと追い払おうとしますが、マーラは“僕”の言うことなど聞こうとしません。渋々、せめて顔を合わさずに済むよう訪ねる集会を分担することにしました。
仕事で“僕”は出張ばかり。空港から空港へ飛び回り、“僕”は人生に残された時間が目減りしていくことに落胆します。
ある飛行機の中で“僕”は自分と同じスーツケースを持った男と隣どうしになりました。石鹸の製造販売をしているというその男の名前は、タイラー・ダーデン。
タイラーと出会った後、マンションの部屋を何者かに爆破された“僕”は、もらった名刺を頼りにタイラーに連絡します。持っていたものを全て粉々にされたと嘆く“僕”に、物に支配されているとタイラーは言います。
そしてタイラーは僕に「1つ頼みがある」と言いました。「俺を力一杯殴ってくれ」“僕”は戸惑いながらもタイラーを殴りタイラーも“僕”を殴りました。
“僕”はタイラーの家に泊めてもらうことになりました。ボロボロの屋敷の汚いベッドの上で、“僕”は久しぶりにぐっすり眠ることができました。
映画『ファイト・クラブ』の感想と評価
チャック・パラニュークによる同名小説を脚色した本作は、小説とは異なる点が多々あります。パラニュークの小説は現実と過去、精神世界を縦横無尽に行き来し、イメージが紙の上でどんどん拡大していく斬新さを味わうことができるもの。
ぶつ切りの時間と空間を拾い集め、原作の面白さを損なわないようフィンチャー監督は少しだけ変更を行っています。例えば、“僕”とタイラーが初めて出会う機内でのシーン。2人が同じカバンを持っているというものは、映画オリジナルの設定です。
また原作では主人公のこんな台詞がなんども繰り返されます。「ぼくがこれを知っているのは、タイラーがこれを知っているからだ。」主人公とタイラーが同一人物と示唆するこの台詞は劇中では登場しません。
しかし同じカバンであること、マーラとの電話のシーンなど伏線を張り一気に結末へ雪崩れ込んでゆく、フィンチャー監督はいわゆる“大どんでん返し”の展開として描いたのです。
実は『ファイト・クラブ』はフィンチャー監督に抜擢される前、3人の名監督にオファーされていました。1人目は「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズのピーター・ジャクソン。2人目の候補は傑作サスペンス『ユージュアル・サスペクツ』(1995)を手がけたブライアン・シンガー。3人目は『トレインスポッティング』(1996)のダニー・ボイル。
しかしいずれの監督も製作途中の作品があったり、興味を示さなかったりとフィンチャー監督にオファーがいくことに。
幾多もの映画に出演しているエドワード・ノートンは、実は自分の出演する作品をあまり観ることはないのだそう。しかし『ファイト・クラブ』は例外だそうです。
そんなエドワード・ノートン演じる主人公“僕”。彼には名前がありません。名前を持たない主人公が意味するもの、この映画の主人公は観客1人1人なのです。“僕”という一人称によりこの物語は普遍的になり、観客皆が感情移入をすることができるのです。
物質的には恵まれているもの、生きている実感を得られないまま毎日を過ごしていた主人公。彼は死を目前にし、悲痛な叫びをあげる人々とグループで会うことによって生の実感を得ます。しかしマーラと出会ってからまた元どおりに。
そんな彼の前に現れたのは理想化された自分であるタイラー・ダーデン。軟弱な主人公と比べタイラーはハンサムで筋骨隆々、自身たっぷりな男。“僕”とタイラーは同一人物ですが、タイラーは主人公の理想が膨れ上がった強力な存在。
“僕”はタイラーのようになりたいと憧れますが、そんなタイラーは“僕”自身でもある。皆自分の望むものは既に持っているものだと示しています。
暴力的な描写が多い本作ですが、暴力を賞賛する映画ではもちろんありません。劇中にも登場する台詞「苦痛も犠牲もなしには何も得られない」そして本作の象徴的な言葉が“自己破壊”。
初めてタイラーと“僕”が殴り合うシーン(2人は殴り合うふりの演技だけの予定だったのですが、直前にエドワード・ノートンにだけ本当に殴るように監督は指示したそう。ブラッド・ピットは本気で痛がっていたようです)、タイラーは「お前を殴らせろ」ではなく「俺を殴ってくれ」と言います。
また薬品を手にふりかけるシーンでは「痛みから意識を背けるな」と。自分自身に直面し、自分を壊し、精神を構築する。暴力を他人に向けるのではなく自己に向け、空虚な人生を力強い実感がある人生に変える。
他者に向ける暴力は凄惨だということもはっきりと描かれています。地下で主人公がジャレッド・レト演じる容姿端麗な男、エンジェル・フェイスの顔面を徹底的に殴り倒すシーン。エンジェル・フェイスが倒れ無抵抗になっても殴る手を止めようとしない主人公の表情に感情はなく、殴り終わった後も空虚そのもの。
タイラーは「サイコ・ボーイ」と声をかけます。怒りを反映する暴力は無意味であると示しているのです。
そしてPixies の名曲『Where Is My Mind?』が流れるラストシーン。
主人公はマーラ・シンガーを“腫瘍のような女”と呼びひどく嫌います。それは主人公のネガティブな部分、自己嫌悪している部分を彼女がそっくりそのまま持っていたから。しかし最後彼はマーラに対して愛情を持つようになります。彼は自分自身の全体を受け入れることができたのです。
ビルが崩壊してゆくのを手を取り合って見つめる2人。原作では「天国でまたマーラと会う」という台詞があり、主人公が死ぬことが示唆されています。しかしマーラと主人公の顔は穏やかさで満ちており、彼は「これからはすべてうまくいく」とつぶやきます。
最高の幸せ、人生は死があるから感じられるもの。いがみ合っていたはずの2人が愛情を抱き、短い時間ながらも至福に包まれる。死があってこそ瞬間1つ1つが輝くと教えてくれる最高にロマンチックなラストシーン、ハッピーエンドではないでしょうか。
まとめ
どんな道を歩んでいようと自分自身と常に戦い、痛みや苦しみを味わい、生きることを真っ向から肯定すること。フィンチャー監督ならではのスタイリッシュなオープニングシークエンスから始まり、タイラーが仕掛けるサブリミナル映像で終わる、すべての人々を奮い立たせる人生賛歌の映画『ファイト・クラブ』。
最後にDVD冒頭の“WARNING・ATENTION”に続いて表示される本作オリジナルの“WARNING”をご紹介します。
「このDVDを手にしたあなたこそが、この警告を必要としていたのです。あなたがこの無駄な警告を読む1分1秒、あなたの人生の大切な時間が奪われているのです。他にすることはないのですか?この時間をもう少し有意義なことに使えないのですか?あな他の人生はそんなに空虚なものですか?それともあなたは権威を表す者を誰しも尊敬、信用してしまうのですか?あなたは読むべき書を全て読むのですか?あなたは考えるべきことを全て考えるのですか?欲しいはずだと言われる物全てを買うのですか?部屋を出ろ!異性に会え!過剰消費もマスターベーションもやめろ!仕事を辞めろ!けんかを始めろ!自分が生きていることを証明しろ!自身の人間性を証明しないと腐敗していく有機物でしかない。注意はしたぞ! タイラー」