Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

サスペンス映画

Entry 2020/02/15
Update

映画『BOY』ネタバレあらすじと感想。ミステリーエンタメを通じて藪下雷太監督が描く人間性という“空虚”

  • Writer :
  • 村松健太郎

映画『BOY』は新宿K’s cinemaにて2月15日(土)〜2月21日(金)の1週間限定ロードショー公開!

「君は誰?」「君は本当の恋人?」……記憶を失った青年(BOY)は、果たして真実にたどり着けるのか。

注目の新鋭・藪下雷太監督が放つ新感覚ミステリーエンターテインメント『BOY』

映画学校「ニューシネマワークショップ」が始動させるインディーズのための新しい映画祭『ニューシネマウィーク東京2020』上映作品の一本です。

映画『BOY』の作品情報


(C)ニューシネマワークショップ

【公開】
2020年(日本映画)

【脚本・監督】
藪下雷太

【キャスト】
井口翔登、松木大輔、大咲レイナ、綾乃彩、伊藤羊子、中野貴啓、山本愛生、小川正利、村田美輪子、相馬有紀実、野口しゅうじ、酒井麻吏、窪正晴、安田博紀、大根田良樹

【作品概要】
3年の失踪を経て再び現れた記憶喪失の青年(BOY)。そして、彼の元に現れた“二人”の恋人を巡る新感覚ミステリーエンターテインメント。

2014年の短編『わたしはアーティスト』でSKIPシティ国際Dシネマ映画祭「短編」部門グランプリ、ぴあフィルムフェスティバル審査員特別賞を受賞、フォトグラファーとして培ってきた卓越した映像センスと演出力により高い評価を得てきた藪下雷太監督の待望の長編デビュー作です。

映画『BOY』のあらすじとネタバレ


(C)ニューシネマワークショップ

失踪したのち、3年後に記憶喪失の状態で発見された佐藤晴人。現在は医師の指導の下、施設で暮らしています。

医師の谷健吾は晴人を発見場所の川べりへと連れてゆく、彼の両親や兄、友人らと面会させるなど、様々な方法で晴人の眠り続ける記憶へとアプローチします。

谷が最も狙うのは、晴人の感情が大きく動いた瞬間を見つけ出すこと。感情が大きく動いた瞬間は記憶もより強く残るため、その瞬間をきっかけに喪失していた全ての記憶が蘇る可能性があるからです。

ある日、晴人は自身の恋人だと名乗る広瀬翔子とデートに出かけます。それに付き添う谷は砂浜へと二人を連れてゆき、晴人と翔子の告白の場面を再現させます。

記憶も心当たりもないものの、晴人は翔子に対して心を開き、自身の記憶喪失に関する悩みを打ち明けます。そして告白の場面の再現を試みますが、晴人の記憶が戻ることはありませんでした。

しかし、翔子に好意を抱きつつあった晴人は、「記憶を取り戻す」と彼女に宣言します。

晴人の記憶を取り戻すための治療は続きます。周囲の人間は彼が記憶を取り戻す治療に協力的ではありますが、どこか距離感を感じさせました。

晴人は谷に「なぜ、自分の記憶喪失の治療にそこまで積極的なのか?」と問いかけると、彼は「自分と似ているから」と答えます。そして、「記憶を探る旅はいろいろな晴人を突きつけられる旅でもある」と念を押しました。

ある時、翔子と面談中の晴人のもとに、一人の女性が訪ねてきました。

隅田と名乗るその女性は「自分は3年前に晴人と交際していた」と言い出します。

慌てた谷は何とかその場を取り繕って隅田を返しますが、晴人に対して複雑な思いを抱きます。

また「再現デート」に出かけた三人。そこで晴人と翔子はキスを交わします。ですが、それを見る谷の目は「もう一人の恋人」の存在もあって、どこか醒めていました。

ある日、晴人の同僚と名乗る人物が借金の返済を求めてやってきます。そこで谷は、晴人が仕事をクビになっていたことを知らされます。考え抜いた谷は、翔子に「もう一人の恋人」の存在や借金の話をメールで伝えます。

そして、同じように「もう一人の恋人」である隅田の来訪を聞かされた晴人は戸惑いを隠せませんでした。

晴人は施設を離れ、翔子との同棲を始めようと考えていました。しかし、晴人は隅田から自身が仕事のクビになった理由も聞かされ、更に驚かされます。

隅田は晴人に、以前撮影した二人の2ショット写真を見せます。それは翔子とともに撮影した2ショット写真と酷似していました。

混乱する晴人が翔子の名を口にすると、隅田はある事実を語ります。

以下、『BOY』ネタバレ・結末の記載がございます。『BOY』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。


(C)ニューシネマワークショップ

「翔子」という名前の女は晴人の恋人などではなく、ストーカーだったと語る隅田。そして、これまでの「再現デート」における翔子の行動は、すべて隅田と晴人が交際していた頃の出来事をトレースしただけのものだったことが明らかになります。

戸惑う谷のもとに、翔子から再現デートの待ち合わせに関する連絡が来ます。

翔子はかつて、晴人が同僚との悪ふざけで登録したマッチングアプリでひっかけた相手でした。

晴人にとってはあくまで悪ふざけの一環でしかありませんでしたが、翔子からは毎日のようにメールが届き、とうとう自宅にまで押しかけるようになりました。それが原因で隅田との間がギクシャクしてしまったのです。

翔子と待ち合わせをしてした谷は彼女を観覧車へと誘います。翔子は「あくまでも恋人である」「晴人は自分が引き取る」と主張します。

一方で隅田は、「晴人とはやり直せない」と彼に切り出します。

自身を突き放す本当の恋人と、自分に献身的な偽物の恋人。

晴人は「翔子と会いたい」と思い、翔子をかつて二人が初めて出会った場所へと呼び出します。そして、全ての事情を知っていることを伝えたうえで彼女に告白をしました。

ところが、翔子はその告白をあっさりと断り、突然谷に告白し始めました。

逃げ出す谷。それに対し翔子は「3年くらい待つよ」と口にしました。

その姿を見た晴人は、翔子から逃げるためにインドに逃亡。3年に渡って逃亡生活を送った彼は、記憶を失っていたのでした。

映画『BOY』の感想と評価


(C)ニューシネマワークショップ

「3年間の失踪」と「記憶の喪失」という2重の空白を持った主人公が現れ、周りの人間がその空白を埋めて回るという不思議な構造によって物語が組み立てられている本作。

主人公が徹底的に受け身なのも面白く、何も知らないがゆえに事件の一つ一つに濃い喰いつきを見せます。一方で、剥き出しの真実を晴人に変わって突きつけられる医師・谷は晴人のどこかつかみきれないところに振り回されます。

ではなぜ、主人公であるはずの晴人が徹底的に受け身なのか。なぜ、谷が真実を突きつけられないといけないのか。なぜ、谷にとって晴人はつかみきれない存在なのか……。

それは、晴人自身が「失踪」と「喪失」と共通する性質、すなわち「空虚」を備えてしまった、あるいは「空虚」そのものに化してしまった存在であるからです。

「空虚」そのものと化してしまったものを、谷のような人間の目を通じて見つめた時、そこにはあらゆる真実を飲み込んでしまう深淵があるばかりです。

そして何よりも恐ろしいのが、本作が物語を通じて観客に語りかける一番の真実とは、その「空虚」そのものと化してしまうことが最も「人間的」であるということ。

人間ではない「空虚」と化すことが、最も「人間的」。

それでは、「人間」とは一体何なのか。もしかすると、「人間」とは「空虚」そのものなのか。それとも「人間」であることとは「空虚」であることなのか……堂々巡りの矛盾ばかりが、真実として残されるのです。

にんげん、なぞだらけ」。本作のポスターに刻まれたそのキャッチコピーは、決してただの売り文句などではありません。むしろ、「にんげん」には「なぞ」しかないのだから。

『BOY』は誰もが思考することを逃避しがちなありふれた真実を、谷と同じく人間である観客たちに、そして「空虚」そのものである晴人と同じく「人間的」である観客たちに突きつけてくるのです。

まとめ


(C)ニューシネマワークショップ

藪下雷太監督はとても丁寧で物腰も柔らかい人物である一方で、とても密度の濃い物語を創る人物としても知られています。それは複数の映画賞を受賞した『わたしはアーティスト』をはじめ、数々の短編作品が証明されています。

そんな藪下監督の人間性と作家性は、初の長編作である『BOY』でも変わりありませんでした。

無名ではあるものの個性的な面々を集めたアンサンブルキャストを巧みに活かし、どこかドライで醒めている現代の人々を創り上げています

インディペンデント映画監督は作品の先鋭性としての「粗さ」と「荒さ」を強く求められるがゆえに、「荒っぽくていいんだ」という主客転倒が起こりがちですが、藪下監督はそういった自家中毒的ともいえる危険な思い込みに陥ることなく、約80分の映画をみっちりと物語で埋め込んでいます

ラストのどこかカラっとした爽やかさも、観客に対し「本作を観てよかった」という率直な感情をもたらしてくれるはずです。

映画『BOY』は新宿K’s cinemaにて2月15日(土)〜2月21日(金)の1週間限定ロードショー公開!




関連記事

サスペンス映画

映画『マクベス(2021)』ネタバレあらすじ感想と結末の評価解説。シェークスピア戯曲の過去作比較とデンゼル・ワシントンの演技力を考察する

シェークスピアの不朽の戯曲をデンゼル・ワシントン主演で描く ジョエル・コーエン監督による映画『マクベス』が、Apple TV+で2022年1月14日から配信開始となりました。 デンゼル・ワシントンとフ …

サスペンス映画

映画『RUN/ラン』感想評価と考察。ラストまでガチ怖な毒親の母ダイアンの虐待とサーチとのクロスオーバー

映画『RUN/ラン』は2021年6月18日(金)よりTOHOシネマズ日本橋ほかにて全国ロードショー公開! 2018年公開の映画『Search/サーチ』にて、ユニークな脚本とギミック満載の演出をみせたア …

サスペンス映画

【ネタバレ】映画ネメシス黄金螺旋の謎|あらすじ結末感想と評価考察。広瀬すず×櫻井翔が“無限の悪夢”と戦う不気味でコミカルな探偵映画

繰り返される悪夢の謎に立ち向かう3人の探偵の物語 2021年4月から日本テレビ系列の「日曜ドラマ」にて、全10話で放送された連続ドラマ『ネメシス』。 横浜の街を舞台とした風変わりな探偵ドラマとして人気 …

サスペンス映画

『怪物の木こり』映画原作ネタバレあらすじと結末の感想評価。‟サイコパス対殺人鬼の対決”を三池崇史監督がスクリーンに描く

第17回「このミス」大賞受賞作の『怪物の木こり』が映画化決定! 2019年に「このミステリーがすごい! 」大賞を受賞した倉井眉介の『怪物の木こり』。 サイコパスの主人公が猟奇的な殺人鬼に狙われるサスペ …

サスペンス映画

映画『情婦』ネタバレあらすじ結末と感想評価。二転三転の大どんでん返しに驚く魔術師ビリー・ワイルダーが撮ったマレーネ・ディートリッヒの情念こもる名演

大どんでん返しに魅せられる名作 アガサ・クリスティの短編『検察側の証人』を、『サンセット大通り』(1951)『アパートの鍵貸します』(1960)の巨匠ビリー・ワイルダーが映画化したサスペンス。 未亡人 …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学