『悪なき殺人』(2021)のドミニク・モル監督が未解決事件をテーマに描く
10月12日の夜、クララが焼死体となって発見されます。
事件を担当することになった刑事のヨアンとマルソーは、クララの周辺の関係者に話を聞いていきます。
クララと関係があったという男性たちは皆容疑者となり得るかのように思えましたが、特定できず捜査は行き詰まりヨアンは次第に闇にのまれていきます。
偶然が積み重なり起きる殺人事件を描いた『悪なき殺人』(2021)のドミニク・モル監督が、ノポリーヌ・ゲナのンフィクション小説『18.3. Une année passée à la PJ』を元に映画化。
『12日の殺人』は、セザール賞で最優秀作品賞、最優秀監督賞をはじめ6冠を受賞。
刑事ヨアンを演じたのは、『悪なき殺人』でも警官役を務めたバスティアン・ブイヨン。『12日の殺人』で、セザール賞の最優秀新人賞を受賞しました。
映画『12日の殺人』の作品情報
【日本公開】
2024年(フランス映画)
【原題】
La nuit du 12
【原案】
ポリーヌ・ゲナ『18.3. Une année passée à la PJ』
【監督】
ドミニク・モル
【脚本】
ジル・マルシャン
【キャスト】
バスティアン・ブイヨン、ブーリ・ランネール、テオ・チョルビ 、ヨハン・ディオネ、ティヴー・エヴェラー、ポーリーヌ・セリエ、ルーラ・コットン・フラピエ、ピエール・ロタン
【作品概要】
監督を務めたのは、『ハリー、見知らぬ友人』(2000)、『マンク 〜破戒僧〜』(2011)、『悪なき殺人』(2021)のドミニク・モル 。脚本を務めたのは、『ハリー、見知らぬ友人』(2000)からドミニク・モル監督をタッグを組むジル・マルシャン。
刑事ヨアン役を務めたのは、監督の前作『悪なき殺人』(2021)や、『恋する遊園地』(2021)のバスティアン・ブイヨン。相棒のマルソー役は、『君と歩く世界』(2012)、『RAW~少女のめざめ~』(2016)のブーリ・ランネールが務めました。
映画『12日の殺人』のあらすじとネタバレ
10月12日の夜。21歳のクララは、親友のナニーの家でパーティーを楽しみ、家に帰ろうとナニーの家を後にします。
夜道を歩きながらナニーにメッセージ動画を送った時、クララは突如何者かにガソリンをかけられ火をつけられます。
翌朝、死体で見つかるクララ。事件を担当することになったのは、前日に班長が引退し新しくグルノーブル署で殺人捜査班の班長になったばかりのヨアン率いる捜査チーム。
ナニーから携帯に電話があり、亡くなったのは携帯の持ち主であるクララであることが判明します。ヨアンは、クララの家に出向き、家にいた母親にクララの死を告げます。
母親は取り乱し、ナニーの家に泊まると言った、ナニーの家にいるはずだと泣き叫びます。
ヨアンらはナニーに、クララが何かトラブルを抱えていなかったかと尋ねます。誰にでも好かれる、頭の良い子だったというナニーですが、クララは男性との恋愛関係においてトラブルが多かったと言います。
ナニーから聞いた情報を頼りに恋人だというバイト先のウェズリーに話を聞きます。ウェズリーは本命の恋人がいて、クララは言い寄ってきただけだという話をします。
更にジムが一緒だったというジュールを尋ねると、「割り切った関係でクララに恋人がいても嫉妬はしない」と言い突然笑い出したりします。人が亡くなっているのに、馬鹿にした態度をとるジュールにヨアンらは困惑します。
以前クララと交際していたというギャビは当時クララを「燃やしてやる」といった歌詞を入れたラップを作ったことがあると自白しますが、犯人ではないと言いアリバイも証明されます。
容疑者になりそうな人物が現れては外れ……、捜査チームのメンバーには苛立ち始めます。
映画『12日の殺人』の感想と評価
女性たちが問いかけるもの
未解決事件の闇に飲み込まれていく刑事の姿を描いた映画『12日の殺人』。
本作は事件の解明に主軸を置いているのではなく、事件を解明しようとする刑事たちの物語に主軸に心理描写を描いていきます。
その中で印象的なのが、女性の登場人物たちです。1人は亡くなったクララの親友・ナニーです。
「なぜ殺されたか教えてあげる、女の子だからよ」
その一言にハッとされるのは、ヨアンだけではないでしょう。ヨアンは、その後判事の前で「全ての男性が容疑者」という発言もしています。それはどういうことでしょうか。
ナニーが放った一言は、捜査官らが殺されたのは、クララ側に問題があったのではないかとでも言うように、男性関係を執拗に聞き込もうとする無自覚な偏見があったからなのです。
女性が痴漢など性被害に遭った際に、露出のある服を着ていたのでは、誘うような言動をしたのではないか、と被害者側に落ち度があるような見方をすることは残念ながらあります。
本来は、被害者に落ち度があるのではなく、犯罪を犯す側に問題があるはずです。そのような無意識な偏見をナニーは指摘したのです。
映画『プロミシング・ヤング・ウーマン』(2021)では、主人公キャシーが女性の外見に対する偏見を逆手に取り、酔った女性に性暴力を行おうとする男性に復讐をしていました。
しかし、キャシーの親友であるニーナの姿は一切映像に映し出されません。それは観客自身がニーナの外見を見てレイプされた理由を無意識に探してしまうからなのかもしれません。
クララと関係を持った男性たちは口を揃えて、“好き者”“尻軽”などと言います。しかし、それはあくまで男性たちから見たクララに過ぎないのです。
事件は未解決のまま3年の月日が経ち、新たに2人の女性が登場します。それは新人捜査官のナディアと判事です。
その2人は、“男と女の溝”に対しどう向き合うのか、という問題に行き詰まっていたヨアンの背中の押す存在だと言えるのではないでしょうか。
ナディアは警察という組織自体が男社会であり、その中で日常的に理不尽さを感じています。「男性が事件を犯し、男性が捕まえる」ことのおかしさを訴えかけます。
そもそもなぜヨアンはクララの事件に引き込まれたのでしょうか。それはまさに“女の子が無惨にも殺された”事件だったからではないでしょうか。
綺麗な明るい子が殺された事件を解決しなければならないという正義感と男性中心の社会の有り様に対し無自覚であったことに気付かされたヨアン。
犯人への憎悪が男性社会への憎悪と疑問に変化し、迷宮に入り込んでしまったのでしょう。
まとめ
感情を表に出そうとせず、常に平静を保とうとするヨアンと対照的なマルソーの存在も本作の大きなアクセントとなっています。
マルソーは妻との関係に問題を抱え思い悩んでいます。それだけでなく元来の性格からカッとなりやすい性格です。
自身の私的な悩みから、クララと関係があった男性たちに対しても感情的になっていきます。中でも以前DVで逮捕歴のあるヴァンサンに対し、恋人の名前がマルソーの妻と同じ名前であったことからヴァンサンに対する憎悪を剥き出しにします。
当たり前ですが、捜査官が暴力を振るったり、高圧的な態度で取り調べをするといったことはあってはいけません。
しかし、どうしても捜査官は被害者遺族から話を聞いていくため、被害者側に感情移入しやすいという傾向があるのかもしれません。
捜査官も人間です。凄惨な事件を前にして動揺したり、犯人に対して憤りを感じてしまうことは普通の反応です。
それだけでなく、地道に徹夜で調査書類を作ったり、調子の悪いコピー機に苛立つ姿などにまで人間味が溢れています。
一方で、マルソーのように感情的になり、暴力的な行動に出ること自体が男性的な行動とも言えるかもしれません。ナディアが言う警察が男社会で女性蔑視がまだある現状も忘れてはならないのです。
未解決事件を主軸に描かれるミステリーと、そこに内包された問題を見事に描いた映画になっています。