光が見えない女性と声が出せない男の静かな純愛物語
『ミッドナイトスワン』(2020)の内田英治が監督・原案・脚本を手がけ、山田涼介と浜辺美波を主演に迎えたラブストーリー映画『サイレントラブ』。
声を捨てた青年と視力を失った音大生が静かに思いを紡いでいく姿をつづります。
音楽を、ジブリ映画・キタノ映画で有名な音楽家・久石譲が担当。予想外の展開に驚かされるドラマチックなストーリーが展開されます。
傷を負ったふたりの恋の行方から目が離せなくなる本作の魅力をご紹介します。
映画『サイレントラブ』の作品情報
【公開】
2024年(日本映画)
【原案・監督】
内田英治
【脚本】
内田英治、まなべゆきこ
【キャスト】
山田涼介、浜辺美波、野村周平、吉村界人、SWAY、中島歩、円井わん、辰巳琢郎、古田新太
【作品概要】
『ミッドナイトスワン』(20209の内田英治が監督・原案・脚本を手がけたラブストーリー。
内田監督が熱望した、ジブリ映画のレジェンド・久石譲が音楽を担当しています。
本作がラブストーリー映画では初の主演作となった山田涼介と、圧倒的な透明感で人々を魅了する浜辺美波が、声を捨てた青年と、光を失った音大生の密やかな静かな愛を表現します。また野村周平、辰巳琢郎、古田新太らも出演を果たました。
映画『サイレントラブ』のあらすじとネタバレ
とある出来事をきっかけに声を発することをやめた青年・蒼は、音大の清掃の仕事で日々を過ごしていました。
不慮の事故で視力を失ったピアニスト志望の音大生・美夏が、失意の中屋上から飛び降りようとするところに居合わせた蒼は、必死で彼女を助けます。
美夏と運命的な出会いを果たした蒼は、絶望の淵に追い込まれながらも夢を諦めない彼女に惹かれていきました。
目の見えない美夏を危険から守ろうとする蒼でしたが、彼女に思いを伝える方法は、そっと触れる人差し指とガムランボールの音色だけでした。
イエスの時は1回、ノーの時は2回タッチすることで、ふたりは静かに絆を深めていきました。
そんな蒼の不器用な優しさに気づき、ようやく美夏は心を開き始めます。
美夏は旧館にあるピアノを気に入り、毎週同じ時間に弾きに来ていました。蒼は美夏のためにドアの鍵をこっそり開けてやり、それを見守ります。
ピアノ科の生徒だと嘘をついた蒼に、美夏はいつかピアノを聴かせてほしいと頼みました。
蒼は偶然旧館に立ち寄ってピアノを弾いていたピアノ講師・北村に、5万円で自分の代わりに美夏にピアノを弾いてほしいと頼みます。北村は裕福な家の生まれでしたが、カジノで負けが込んで金に困っていたため、蒼の願いを聞き入れました。
何度も北村のピアノを聴いて喜んでいた美夏でしたが、実は彼女は弾いているのが蒼ではないことに気づいていました。
それでも彼女は「私を守ってくれる神の手だ」と言って蒼の手を握ります。
映画『サイレントラブ』の感想と評価
静かに燃え上がる純愛
視力を失った女性・美夏と、声を失った男性・蒼との純愛ストーリーです。どこかおとぎ話を思わせる、美しい物語が静寂の中で展開されます。
声を失った蒼はまるで人魚姫のように、自分の身を隠して美夏に尽くし続けます。やがて高額の報酬と引き換えに、ピアニストの北村に自分だと偽って美夏の前でピアノを弾いてもらうようになりました。
最初は不安定な美夏を放っておけなかっただけでしたが、いつしか想いは恋に変わっていきます。勘のいい美夏は、ピアノを弾いているのが別の人間だと気づきながらも、蒼の手を「神の手」だと言うようになりました。
キラキラしたアイドルらしさを封印した山田涼介の演技に驚かされます。
いつも薄汚れた姿をし、重い過去を抱えた瞳は暗く濁っている蒼。その姿が見えない美夏だからこそ、このラブストーリーは成立しています。彼女には蒼の純粋な魂が見えていました。
裕福な美夏は、視力を失ったことにより、尚更高慢な態度をとって周囲を敵視します。透明感ある美しさを持つ浜辺美波が、虚勢と脆さを交互に見せる美夏を好演。次第に蒼に心開いていく柔らかな感情もあますことなく表現しています。
強い意志が愛を引き寄せる様に心打たれる作品です。
内田英治監督ならではの緻密な構成
内田英治監督ならではの緻密な構成と見事な伏線により、高いところから低いところへ水が流れるのにも似て、物語は自然な流れに乗って展開します。
目の見えない女性・美夏は、蒼の「音大の学生」という嘘を信じて関係を深めていきますが、それは声の出せない男性・蒼が相手だからこそ成り立った設定といえるでしょう。
美しい音色のピアノが置かれた人気のない旧館が、美夏と蒼の秘密の場所となりますが、視力を失った美夏が、周囲を気にせず一人きりでピアノと向き合える場所がここしかない設定にリアリティがあります。また、清掃や雑務を請け負う蒼が、旧館の鍵を自由に開けられるという流れも自然です。
そのほかにも、中華料理店で蒼たちが横道たちのグループと鉢合わせする場面や、カジノで働く横道を北村がバカにする場面など、両者の関係性が伝わってくる場面が丁寧に入れられ、その後の暴力事件へとつながります。
バイオレンスを正面から描くのも内田監督らしい選択です。喉を刺されて声を失った蒼は相手を刺し殺し、無情にも手を痛めつけられた北村はピアノを弾けなくなります。
北村のキャラクターが本作ではとても大切な役割を果たしています。登場した時は、金持ちの鼻持ちならない男でしたが、やがて美夏と蒼と濃密なトライアングル関係を構築していきます。
ふたりと一緒に時を過ごすうちに自分の罪深さに気づいていく北村。己の非を認める素直さを持つ青年を、野村周平が好演しています。
また、古田新太演じる蒼の同僚・柞田にも、監督の強い思いが込められているように感じられます。
柞田は違う世界の住人・美夏に深入りしていく蒼を心から心配していました。やがて盗撮事件が起こり、世間の疑いの目は真っ先に無実の柞田に向けられます。
そんな世界に嫌気がさした柞田は、警官にとびかかって蒼を逃がしました。「お前は自由なんだ!どこまでも行っちまえ!」という言葉は、監督からの強烈なメッセージです。
蒼の出所後、美夏は彼を探しに行きますが、まだ1度も蒼の顔を見たことがないため見つけられない姿もリアルです。あわやトラックにひかれそうになったところを助けられたことで、助けてくれた相手こそが蒼だと彼女は気づきます。
「蒼さんね」そう語りかける美夏。このシーンは、喜劇王チャップリンの名作『街の灯』のラストシーンへのオマージュではないでしょうか。
ふたりのおずおずと重ねた口づけには、おとぎ話は終わりを告げ新たな関係が始まる希望に満ちています。
まとめ
大きな傷を体と心に負った男女が、運命的に引き寄せ合うさまを美しく描いた『サイレントラブ』。
目が見えない悲しみ、言葉で伝えられないもどかしさが胸を打ちます。
目で蒼の姿を見ることができず、声を失った蒼の言葉を聞けない美夏だからこそ、蒼の真の姿を見ることが叶うというパラドックスにうならされます。大きな試練に見舞われるシーンには言葉を失いますが、彼らがたどり着いたのは光が満ちあふれた場所でした。
心の目で相手を理解することの大切さを教えてくれる作品です。