愛する人のために…。
愛は身勝手なもの…。
2020年、50歳の若さで亡くなられたエッセイスト・高山真の自伝的小説『エゴイスト』が映画化となりました。
ファッション誌の編集者として華やかな業界で働くゲイの主人公・浩輔は、パーソナルトレーナーの龍太と出会います。
互いに惹かれ合う2人。母を支えながら健気に生きている龍太の姿に、14歳で母を亡くした浩輔は、自分が力になりたいと思うように。
「誰かのために何かをしてあげたい」。それは愛ゆえのエゴなのか。自己満足でしかなかったのか。浩輔と龍太の愛の結末とは。映画『エゴイスト』を紹介します。
映画『エゴイスト』の作品情報
【公開】
2023年公開(日本映画)
【監督】
松永大司
【キャスト】
鈴木亮平、宮沢氷魚、中村優子、和田庵、ドリアン・ロロブリジーダ、柄本明、阿川佐和子
【作品概要】
原作は、2012年、浅田マコト名義で発売された小説「エゴイスト」。男同士の鮮烈な愛を描いた作品は、彼の没後、2021年に高山真名義で復刊となりました。
監督は、友人であるトランスジェンダーでコンテンポラリーアーティスト“ピュ~ぴる”を撮影したドキュメンター映画『ピュ~ぴる』(2011年公開)で監督デビューを果たした松永大司監督。
今作は同性愛者である主人公の愛の形を丁寧に描き出し、ドキュメンタリータッチの映像で、リアリティを追求した作品となっています。
主人公・浩輔を演じるのは、ストイックな役作りでこれまでも様々な作品に出演し、見る者を驚かせてきた鈴木亮平。強さと脆さを併せ持つ浩輔を、生々しく演じています。
相手役の龍太を演じるのは宮沢氷魚。繊細かつ大胆な演技で、鈴木亮平との相性の良さを感じさせます。
その他、龍太の母親・妙子役には阿川佐和子。浩輔の父親・義夫役は柄本明が演じています。
映画『エゴイスト』のあらすじとネタバレ
ファッション誌の編集者・斉藤浩輔は、ゲイです。18歳で上京し、華やかな業界で、自分を隠さず陽気な仲間たちと過ごす日々はそれなりに充実していました。
今日は母親の命日。14歳の時、母親を亡くし、ゲイであることを隠し過ごした故郷は、浩輔にとって居心地が悪いものでした。
父にもはっきりと打ち明けたことはありません。久しぶりに実家に顔を出す浩輔に、父は「誰か良い人はいないのか?良い歳だろ」と、ぶっきらぼうに訪ねます。
そんなある日、浩輔は仲間の紹介でパーソナルトレーナーの中村龍太と出会います。「あの子はピュアで良い子なの!」冷やかす仲間たちに嬉しそうに龍太の話をする浩輔。
マンツーマンのトレーニングを重ね、互いを知っていく浩輔と龍太。着火した途端、一気に燃え盛る炎のように2人は結ばれます。浩輔は満たされた感覚に舞い上がるのでした。
龍太の母・妙子はシングルマザーで龍太を育てました。母親想いの龍太は、病気がちな母を支えながら懸命に働いています。
浩輔は、好きな人の母親を喜ばせたいと妙子のことを想い、龍太にお土産を持たせるようになります。自分が母親にしてやれなかったことを、龍太を通してしたかったのかもしれません。
何度目かの帰り際、龍太は真剣な顔で浩輔に告げます。「もう終わりにしたいんです」。戸惑う浩輔。「分かるように言って」。
「俺、売りをやってる…」。龍太は母の治療費を稼ぐため体を売っていました。「浩輔さんと出会ってから割り切れないんだ。もう会わない」。
出て行く龍太を追うことも出来ず苦しむ浩輔。それから何度、電話をしても龍太は出てくれませんでした。
映画『エゴイスト』の感想と評価
高山真の自伝的小説『エゴイスト』が、鈴木亮平と宮沢氷魚の共演で実写映画化。華やかな業界で働く男と母を支え懸命に生きる男が、出会い愛し合うストーリー。
ゲイ同士の恋愛を描いたという点で注目されがちな作品ではありますが、男も女も関係なく、人と人とが愛し合う中で生まれる様々な感情が丁寧に描き出されている作品です。
主人公の斉藤浩輔は、ゲイであることで色々悩んだ時期を乗り越え、ファッション業界で成功し、明るいゲイ道を突き進んでいるかのように見えます。
しかし、実のところ、自分を守るために鎧のようにブランド品で身を固め、どこか虚勢を張って生きている一面もあります。
そんな浩輔が、母を支え健気に生きる龍太と出会います。ゲイであることで悩んだ経験も分かち合える2人。心を通わせるのに時間はかかりませんでした。
「愛する人のために何かをしてあげたい」。恋人を喜ばせたい気持ちは誰にもあるものです。
浩輔は、その想いが強いように感じました。自分が出来る事はしてあげたい。こんなに愛情深い人はそうそういないと思います。
幼い頃から、自分の性別に疑問を持ち悩み、他人を気にして、人の気持ちに敏感に生きて来た人だからではないでしょうか。優しさに飢えた分、人の痛みに優しく寄り添える、心優しい人物です。
ストーリーの前半は、燃え上がる2人の愛のスピードに溺れます。都会の片隅で秘密の恋が芽生えたような、脆さと強さが同居する、叙情的でスリリングな展開。
龍太の秘密が明かされるシーンは、生きていくための厳しい現実を知り、切なく胸が痛みます。ゲイである生きづらさ、生い立ちや学歴、家庭環境からくる差別問題は、まだまだ残っています。
後半は一変。浩輔と龍太の母・妙子との関係性がメインとなります。前半とは違い、ゆっくりとした時間が流れます。悲しみの中にありながら、穏やかにすら感じられる時間。
妙子は浩輔に遠慮しながらも、自分を責め続ける浩輔を突き放すことなく側にいることを許してくれます。そして最後には、彼の不器用な愛情を受け入れてくれます。
見終わった後、悲しみの感情だけではなく、どこか満たされた気分になるのは、浩輔と妙子の繋がりがあったからではないでしょうか。
浩輔と龍太の愛の結末は悲劇となりましたが、妙子との繋がりで3人は本当の家族になったのだと感じます。
タイトルの「エゴイスト」は、浩輔が自分のことを表現した言葉だったのではないでしょうか。龍太親子にした行いは、本当に彼らにとっていいものだったのか。彼らを利用して自分が満足したかっただけではないのか。出会わなければよかったのか。
その葛藤から浩輔は逃れられないまま、「愛がなんなのかわからない」と苦しみます。そんな浩輔の愛を公定してくれたのも妙子でした。
妙子は「自分で分からなくても、私たちがそう思っているから大丈夫」と返します。なにも謝る事はない。その愛は決して一方通行ではないと証明してくれたのです。
血の繋がりがなくても、ゲイでも、新しい家族を作れることを教えてくれました。
また、タイトル「エゴイスト」は、原作者である高山真が身にまとっていた香水の名でもありました。シャネルの「エゴイスト」。
浩輔のマンションで龍太と過ごした愛の時間に、この香りが漂っていたと思うとまた作品への没入感が得られます。
映画化でリアリティにこだわり、ワンシーンワンカットでドキュメンタリーを観ているような映像の作りが印象的な映画『エゴイスト』。
出演者の皆さんの演技も生々しく、特に、主人公の浩輔を演じた鈴木亮平は身も心も浩輔で、ゆえに高山真そのものでした。
龍太役の宮沢氷魚は、庇護欲を駆り立てるような儚げな佇まいが見事にハマっていて、実際の人物も魅力的な人だったのだろうと伺えました。
主人公の人生に大きな影響を与える龍太の母・妙子を演じるのは阿川佐和子。息子に頼りながらも幸せに生きる愛情深い母親・妙子を、心地よい温度感で自然に演じています。
まとめ
愛は身勝手。エッセイスト・高山真の自伝的小説の映画化『エゴイスト』を紹介しました。
「愛する人に何かしてあげたい」と願うことはエゴなのでしょうか。そこには、やってあげたい気持ちの押売り、こうあって欲しいと相手を変えたい願望もあって仕方がないこと。
誰かのためにすることには、大抵少なからずエゴが存在するのではないでしょうか。人間は誰もがエゴイストとも言えます。
それならば、他人はどうでもいいという本物の利己主義者より、誰かのためを思い行動するエゴイストでありたいものです。
また、昨今「多様性」が盛んに注目され、日本でもLGBT理解増進法案を巡り議論が続けられていますが、明らかになったのは、まだまだ性的マイノリティに対し嫌悪感を抱く人が多いということ。差別があるということが浮き彫りになっています。
法の下に平等に扱われることは最もですが、まずは、性別や血のつながりに捕らわれず、人生を共に生きるパートナーとしての家族の在り方が、現実に存在することを知ってほしい、映画『エゴイスト』は、そんなきっかけになる作品です。