映画『宇宙でいちばんあかるい屋根』は2020年9月4日(金)より全国にて絶賛ロードショー公開中!
作家・野中ともその人気小説を、第43回日本アカデミー賞最優秀作品賞『新聞記者』を手がけた藤井道人監督が映画化した『宇宙でいちばんあかるい屋根』。思春期に入り、家族の変化や将来に迷いはじめた少女が不思議な出会いを経て成長していく様を描きます。
この度の劇場公開を記念して、藤井道人監督にインタビュー。原作小説の映画化にあたってのアプローチ、作品に込められた現在の社会に対する思いなど、貴重なお話を伺いました。
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20代から30代へという転換期で
──最初に、本作の制作経緯を改めてお聞かせください。
藤井道人監督(以下、藤井):実は2016年ごろに、前田浩子プロデューサーから何冊かの本を預かり「この中の一冊を原作に映画を撮ってみないか」とお誘いを受けたんです。
当時の僕はちょうど『デイアンドナイト』(2019)や『青の帰り道』(2018)の脚本をほぼ書き上げ、自身が29歳から30歳になるという節目も相まって、3.11を経て中々うまく生きることができない20代の人間として経験したモラトリアム的な心情など、個人的な物語やテーマをある程度書き切ってしまっていた時期でもありました。そして「それじゃあ、次は何を映画を描こうか」と思案していた時に前田プロデューサーからオファーをいただいたので、「自分が今までやったことのない作品」「現時点での自分と一番離れている作品」に挑戦したいと思い至りました。それが今回の野中ともそさんの「宇宙でいちばんあかるい屋根」だったわけです。
「一児の父」の目線から主人公・つばめを見つめる
──野中さんの原作小説を映画として描くにあたって、具体的にどのようなアプローチを試みられたのでしょうか。
藤井道人監督(以下、藤井):「現時点での自分と一番離れている作品」として今回野中さんの小説を選ばせていただいたんですが、映画はやっぱり、物語や人物から離れたままだと撮れないんです。もちろん客観的に見つめることも必要なんですが、「他人ごと」のままではどうしても描けなかった。ある種主観的な立場を見出した上で、映画として描き出していきたいという思いがどこかにあったんです。
ただ、僕がいくら努力しても、多感な14歳の女子中学生であるつばめちゃんになることも、その立場になることも難しい。彼女になれるのは、あくまでも演じる清原果耶さんですから。そこで、敏雄や牛山先生、亨やマコトを自分の中での切り口として注目しました。この4人はいうなれば異なる4つの世代を生きている男性たちでもありますから、彼ら4人の目線からつばめという主人公を見つめたらどうなるのだろうと考えたんです。
今の僕はもう一児の父なので、4人がそれぞれに生きている世代を一通り経験してきています。そんな年齢に至ったからこそ、4人の男性の目線を通じてつばめのことを見つめられると感じました。そのおかげか、脚本もすんなりと書き進めることができたんです。
「みんなごと」で「じぶんごと」にする
──前作の『新聞記者』では政治や体制の観点から社会の在り方について言及されていましたが、本作では「社会」というよりも「共同体」の在り方を言及されていると感じられました。
藤井:『新聞記者』では社会における体制や集団と個の問題、メディアと官僚との対立構造など数多くのテーマに触れましたが、最も中心に描いたことは社会を生きる人間にとっての根本的な思いでした。官僚である杉原や新聞記者の吉岡それぞれの「義」があり、集団の中を生きていく個としてどう葛藤し生きるのか。「人間」の生き方をちゃんと描ければいいと考えていました。
藤井:今回の映画に関しては、世代という目線から主人公を見つめていき、その中で「過去」を映し出すことで「今」を描きたいという思いが一番でした。そして、つばめちゃんというひとりの人間の存在を「みんなごと」にしたかった。彼女の存在がみんなにとっての「じぶんごと」になるためにはどうすべきかを考えていました。
誰もが昔はつばめちゃんと同じような少年少女だったけれど、年を経ていくうちに「大人」という存在になってしまう。そんな社会の中にいるけれど、結局は誰もがたくさんの屋根の下で生まれ育ったということはいつまで経っても変わることはない。映画を観終わった方に大っ嫌いなあの人ですら、本当はそうなんだ」と思えるように、物語を描いていけたらと当初から感じていたんです。
変わってしまった「これから」の中で
──成長の中にある子どもであるつばめを「みんなごと」にしようとしたのは、かつて成り立っていた「家族だけではなく、地域全体で子どもたちを育てていく」という共同体の在り方への立ち帰りという意味も込められていたのでしょうか。
藤井:そうですね。ただ、そこから「昔は良かったよね」という懐古主義のような方向へと掘り下げてしまうことだけは避けました。昔ではない今の中で、「これから」の中でどうすればいいのかを考えたかったんです。
今の社会は人間関係が希薄といいますか、そのせいで個が個のみによってその人間性を形成できたかのように見えてしまい。そんな状況にはやっぱり疑問を持っていて、その問題について本作の中で照射できたらと思っていました。例えばある二人が論争をしていたとしても、お互いが「相手にも親がいて、子どもがいて、愛する人がいて……」と理解した上で相手を批判していたら、少なくとも相手の人格を全否定してしまう誹謗中傷のような非難は生じないはずです。「今を生きている皆が、愛のあるたくさんの誰かによって支えられ生きてきたんだ」と思いたい。性善説とは少し異なる何かを信じたいと強く感じられたんです。
集団と個のつながりに歪みが生じてしまったというアフターの世界を認識した上で、どうその問題を解決し歩みを進めていくのか。そうなってしまった以上、そこに欠けている大事な何かを改めて見つけ出そうとするというアプローチ自体は、今までの映画制作における「ゴール」と大きくは変わらないと思います。
「みんなごと」や「じぶんごと」の話も同じなのかもしれません。描くテーマや題材をまず「じぶんごと」にした後、スタッフやキャストというチームに助けてもらっていく中で「みんなごと」へと変わっていく。そしてスクリーンにポンと送り出され観客の皆さんが反応してくれることで、「みんなごと」はより大きく広がっていく。それが映画の在り方そのものじゃないでしょうか。
「誰かに生かされ、生きている」という感覚
──「じぶんごと」「みんなごと」という考え方は、野中さんの原作小説の世界の他、どのような経験や影響によって育まれてきたものなのでしょうか。
藤井:最近僕は誕生日を迎えたんですが、その際には周りの皆さんから様々なお祝いの言葉をかけてもらえたんです。それは小学校や中学校、高校や大学に通っていた頃の同級生、会社の同僚という風に、いつどんな時でもそうでした。そのことを踏まえると、人が他者を見つめる際の眼差しは昔から変わらないんじゃないかと思えたんです。
また「肯定し合える関係」という点で言えば、僕は昔から剣道をしていたんです。それから映画制作を始めたわけですが、剣道は基本的に個人戦である一方で、部活などの集団や団体戦という形式の中での戦いはお互いのリスペクトがないと成り立たないものなんです。常に一人で戦っているのではなく、皆でともに戦っているからこそ一人で戦うことができる。それは映画監督として仕事をしている今も変わらないですね。「誰かに生かされ、生きている」という根源的な感覚は、今回の映画の中にも映っているのでは感じています。
海外と向き合い、日本映画へと還元する
──多種多様なジャンルの作品を手がけ、映画監督としての活躍の場を拡大し続けている藤井監督ですが、今後はどのように活動を展開したいとお考えでしょうか。
藤井:これは20代の頃から周囲に伝え続けていることでもあるんですが、今回の『宇宙でいちばんあかるい屋根』も含め、海外の方にも自分の映画を観ていただきたいと感じています。
現在の日本映画界には、「古典」や「名作」と呼ばれる巨匠の作品は海外でも多く知られている一方で、近年公開された作品はごく一部を除いてほとんどが海外で知られていないという状況があります。だからこそ僕は、「先輩」たちが続けてきた歴史を知った上で、新しい日本映画の時代を作っていかなきゃいけないと思っています。ただ目標に掲げてはいるものの、まだまだうまくはいっていないのも確かです。
海外と向き合える映画、言語や色々な壁を超えて様々な国の人々と交流できる映画を撮れる監督になりたいですね。映画を通じて世界の監督同士がお互いを尊敬し合っている、そういった仲間の輪の中に入れるようになりたい。そして海外との交流によって培った文化や思想を、日本映画という場所へと還元できるようにしたいのが、30代になってからの新たに掲げた目標です。
──それは藤井監督個人の目標というよりも、もはや「今後の日本映画界」という集団にとっての目標ともいえますね。
藤井:「昔は良かった」と言われるのって、今を生きている人間にとってはむしろ悔しいですよね。そう感じた時に「じゃあ、自分たちは今何をやっているんだ」と考える必要があるんです。実際、「今の状況を変えたい」と思っている作り手は滅茶苦茶多いです。そして批判をし合うことはあっても、「アイツは敵だ」と突き放ししまうことはせずに、皆で会って映画について話し合うことが僕らの世代では多々あるんです。
ただ、そういったディスカッションの時間がどうしても足りないんです。日本の映画界は、国内市場でいかに収益を回収するかのシステムを重視してしまいます。映画というものには確かにビジネスとしての在り方も不可欠ですが、映画はそれだけではなく、文化としての映画、そしてそれらを担っていく作り手を育てる土壌には、システム化されたビジネスの世界だけでは不十分なんです。
そういった文化としての映画や作り手たちのためにも、多種多様な文化や思想が存在する海外に向き合うことは重要だと考えています。そして作り手たちが積極的に海外で活動を続けていく中で、国内で作り手たちが直面している状況についても次第に良い方向へと見直されていくと信じています。
インタビュー/河合のび
撮影/田中舘裕介
藤井道人監督プロフィール
1986年生まれ、東京都出身。日本大学芸術学部映画学科卒業。
大学卒業後、2010年に映像集団「BABEL LABEL」を設立。伊坂幸太郎原作『オー!ファーザー』(2014)でデビュー。以降『青の帰り道』(2018)、『デイアンドナイト』(2019)など精力的に作品を発表。2019年に公開された『新聞記者』は日本アカデミー賞で最優秀賞3部門を含む6部門受賞をはじめ、映画賞を多数受賞した。また2021年には『ヤクザと家族 The Family』の劇場公開が控えている。
映画『宇宙でいちばんあかるい屋根』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【原作】
野中ともそ「宇宙でいちばんあかるい屋根」(光文社文庫刊)
【脚本・監督】
藤井道人
【キャスト】
清原果耶、桃井かおり、伊藤健太郎、水野美紀、山中 崇、醍醐虎汰朗、坂井真紀、吉岡秀隆
【作品概要】
作家・野中ともその人気小説「宇宙でいちばんあかるい屋根」(光文社文庫刊)を、第43回日本アカデミー賞最優秀作品賞『新聞記者』を手がけた藤井道人監督が映画化。思春期に入り、家族の変化や将来に迷いはじめた少女が不思議な出会いを経て成長していく様を描く。
14歳の少女にして主人公・つばめを演じるのは、本作が映画初主演となる清原果耶。また共演には伊藤健太郎、吉岡秀隆、坂井真紀、水野美紀、山中崇、醍醐虎汰朗などベテランから注目の若手に至るまで幅広い実力派キャストが集結した他、つばめが出会う老婆・星ばあ役を、数々の映画賞に輝き世界的に活躍する名女優・桃井かおりが演じた。
映画『宇宙でいちばんあかるい屋根』のあらすじ
隣人の大学生・亨(伊藤健太郎)にひそかに恋心を抱く14歳のつばめ(清原果耶)。両親と3人で幸せな生活を送っているように見えたが、実父・敏雄(吉岡秀隆)と育ての母・麻子(坂井真紀)との間に子どもが生まれることを知り、どこか疎外感を感じていた。
学校も元カレのマコト(醍醐虎汰朗)との悪い噂のせいで居心地が悪く、誰にも話せない思いを抱える彼女にとって、ひとりで過ごせる書道教室の屋上は唯一の憩いの場だった。
ある晩、いつものように屋上を訪れたつばめの前に、ド派手な装いをした見知らぬ老婆が現れる。キックボードに乗って空を飛ぶ老婆・星ばあ(桃井かおり)の姿に驚きながらも、つばめは自身に寄り添ってくれる彼女に次第に心を開き、悩みを相談するようになるが……。