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Entry 2023/11/23
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【片田陽依インタビュー】映画『イルカはフラダンスを踊るらしい』初主演作で感じた様々な責任×2つの“想いを伝える”が作る表現のバランス

  • Writer :
  • 松野貴則

映画『イルカはフラダンスを踊るらしい』は2023年11月25日(土)より池袋シネマ・ロサで劇場公開!

大人が担うべき家事や家族の世話を日常的に行う子どもたち=「ヤングケアラー」と高齢者介護の問題をテーマに、祖母のため「擬似ハワイ旅行」を実現しようとする主人公の姿を描いた映画『イルカはフラダンスを踊るらしい』

俳優・映画監督として活躍する森田亜紀が手がけた本作は、2023年11月25日(土)より池袋シネマ・ロサで劇場公開されます。


(C)田中舘裕介/Cinemarche

このたびの劇場公開を記念し、本作が映画初主演となった、主人公・井川サト役の片田陽依さんにインタビューを行いました。

初の映画主演作に対して感じた様々な「責任」との向き合い方、「自分の想いを伝える」と「誰かの想いを伝える」の両側面を持つ表現の在り方など、貴重なお話をお伺いしました。

明るい部分も、苦しい部分もまっすぐ演じる

──はじめに、映画『イルカはフラダンスを踊るらしい』と出会った時のの印象についてお聞かせください。

片田陽依(以下、片田):企画書に「ヤングケアラー問題をテーマに描く」と書かれており、私はヤングケアラー問題の当事者ではないので、この問題についてさらに深く知る必要があると考えました。以前から個人的にこの問題に関心を持っていたのですが、その問題を扱った映画で主演を務めることの重みを、しっかり受け止めたいと思いました。

そのため当初は「自分と近しい世代の人たちが家族の介護の問題で夢を諦めざるを得なかったり、学校に行くこともままならなかったりという現状を、映画を通して伝える役割を担うことになる」という責任を強く感じていました。

ただ実際に脚本を読ませていただくと、深刻なテーマに反して想像以上に明るく優しいお話だと感じました。

当事者ではない人にとってヤングケアラー問題を抱えた家庭は、少しネガティブに捉えられると思いますが、各家庭に個人差はあるものの、その生活の中には家族との楽しいひと時もあるのではないかと思います。第三者から見たヤングケアラー問題ではなく、当事者目線の日常が描かれているように感じました。

当事者の方たちが実感したであろう物語を、明るい部分も、苦しい部分もまっすぐに演じていこうと決めました。

「二人のおばあちゃん」への想いが込み上げる


(C)田中舘裕介/Cinemarche

──祖母・シズの介護と自身の夢の狭間で進路に悩む高校生・サトを演じるにあたって、彼女の人物像をどう捉えていったのでしょうか。

片田:私は中学3年生の頃に「アーティストとして活動したい」と思ったのを機に養成所へ入り、高校1年生の15歳の時に上京しました。当時は進路について両親とも相談しましたし、自分の中にも不安や葛藤はありました。その頃の記憶は、脚本を読み込む中でよく思い出していました。

また私もおばあちゃん子で、休みの日はいつも祖母の家へ遊びに行くような子でした。だからこそ福井裕子さんが演じるおばあちゃんとのお芝居は、自分が日々感じている、祖母との間にある空気感を大切にしました。

サトちゃんは「人を楽しませたい」という想いが誰よりも強いんですが、不器用でもあるんです。おばあちゃんが大好きで、お芝居が大好きで、自分の想いにまっすぐな女の子。そんな彼女の等身大なところが、自分自身の中にある「等身大」とも重なりました。

──映画作中でのサトと祖母・シズの会話は、どれも「記憶に語りかけてくる」といいますか、誰もが持っているであろう「忘れがたい思い出」を想起させられるようなお芝居でした。

片田:そう言っていただけるとありがたいです。実は本作の撮影に向けて、祖母と電話でたくさん話したんです。映画の主演が決まった喜びや今の仕事のこと、そして日常の何気ないことを話す中で、サトちゃんと自分それぞれの「今までの“おばあちゃん”との思い出」をよりリンクさせたいと思ったんです。

特に映画のラストシーンの撮影では、サトのおばあちゃんへの想いと、私自身の祖母への想いがリンクし、込み上げてきてしまって、涙が止まりませんでした。カメラやスタッフさんたちがいることを忘れて、ただ目の前にいる大好きなおばあちゃんに対しての感情が溢れ、思わず福井さんに抱きついてしまいました(笑)。あの瞬間は本当に、サトという人間を感情のままに生きていたんだと今では感じています。

「主演を務める」という責任を果たせた


(C)田中舘裕介/Cinemarche

──片田さんが先ほど語られた「映画を通して“誰かの現実”を伝える役割」を担うことへの責任はもちろん、本作がご自身初の映画主演作であったことからも、ご出演に対するプレッシャーは計り知れないものだったのではと思います。

片田:オーディションで選んでいただけたことが当初は信じられなくて、クランクインの日が近づくにつれて、「主演」に対するプレッシャーはどんどん大きくなっていきました。

これまでは「いかに主演の方の演技を立てられるか」「どうすれば主演の方が輝くような演技をできるか」を中心に演技のことを考えていました。対して今回の映画では、「主演」として自分が周囲を動かし、また、周囲に動かされる側に立ち、かつ常に自分が物語に登場することになるので、演じる役や物語そのものの感情の流れを、常に自分の中で意識しながら撮影に臨みました。

また、いつもシーンの順番通りに撮影が進むわけではないので、脚本にその時々の状況と心情をメモし、いつでも感情を呼び起こせるように準備していたのを覚えています。

そうした主演を務めることの難しさに直面する時もありましたが、『イルカはフラダンスを踊るらしい』という映画が私の初めての主演作で本当によかったと思いますし、サト役に選んでいただけたことや、この撮影に関わってくださった全ての人に本当に感謝しかありません。

正直、自己肯定感が高い方ではないのですが、本作を通じて「主演を務める」という責任を果たせたことで、俳優として少しだけ胸を張れるようになったかもしれないと感じています。

「想いを伝える」という原点と現在


(C)田中舘裕介/Cinemarche

──片田さんは本作では、作中のアニメーション制作も担当しています。以前にも映画『18歳、つむぎます』(2023)やドラマ『ショジョ恋。』(2023)で劇中曲を作曲されていますが、その俳優業に留まらない表現に対する情熱は、どのような経緯で形作られていったのでしょうか。

片田:私は奈良県の自然が豊かな場所で育ったんですが、小学生の頃は子どもたちが面白半分で虫の命を奪うことや、日本や世界で様々な動物への殺処分が行われている現状がどうしても許せず、強い怒りを感じていました。また小学校・中学校の頃の作文課題でも「生き物の命」について書き続け、自分の想いを皆に訴えかけていました。

そこから獸医を志した時期もありましたが、「もっと多くの人々に『命は、生は尊いものだ』という自分の想いを伝えられる人間になりたい」と感じたことで、様々な表現の手段で自分の想いを伝えられるアーティストの世界を志すようになりました。

今の俳優というお仕事で、誰かの人生を生きられることの魅力に取り憑かれているのも、そうすることで「誰かの想い」を世界に伝えられると感じるからなんだと思います。そして「誰かの想いを伝えられる」という俳優としての情熱は、そのまま映画や作品への愛情にも変わっていくんだと自分では感じています。

いつも一つの撮影が終わってもしばらく、演じさせていただいた役や作品の余韻に浸る期間があります。初めて劇中曲を担当した映画も、本作のアニメーション制作も、その余韻に浸る期間に自ら制作せずにはいられなくて、監督にお見せした結果採用してもらいました。

俳優としてだけなく、自分にできる表現を通じて作品に貢献することが、今の私にとって最高の喜びであり幸せなんだと思います。そして作品をより良くできるなら、どんなことでもしていきたいと考えています。

──「主演を務める」という責任を果たし、俳優として新たな段階へと至った現在、片田さんの目標を改めてお聞かせください。

片田:実は昔から、漠然とした強い想いを持つことはあっても、具体的な目標や夢を持ったことがないんです。私は目標を立てると少し視野が狭くなると考えています。現在立てた目標を達成することが未来の成功の近道ではないと思うので。とにかく自分の想いを大事にした上で「なるようになる!」という感覚で生きてきたといいますか(笑)。

ただ一つ、ベースにあるとすれば他者表現者の俳優であると同時に、自己表現者のアーティストでもあり、両方やりたいという気持ちが強いことです。

そして俳優は、監督や脚本家の方など、作り手の「これを表現したい」という想いを伝えるお仕事でもあります。「誰かの想いを伝える」という役割を担う俳優としての責任を全うする反面、趣味で「自分の想いを表現する」音楽制作や描画、アニメーション制作をしていて、双方を全力で取り組むことで自分の中で表現に対するバランスが保てていて、より良い表現活動につながると考えています。

インタビュー/松野貴則
撮影/田中館裕介

片田陽依プロフィール

2004年生まれ、奈良県出身。

主な映画出演作は『あしたのわたしへ』(2022)『劇場版 推しが武道館いってくれたら死ぬ』『17歳は止まらない』(ともに2023)など。現在、ABCテレビ・テレビ朝日系連続ドラマ『たとえあなたを忘れても』に出演中。

本作『イルカはフラダンスを踊るらしい』が初の映画主演作となり、横浜国際映画祭、キネコ国際映画祭にて上映される。また俳優業の他にもアニメーション制作、映画・ドラマ作品の劇中曲の作曲も手がけるなど、表現の場を拡げ続けている。

映画『イルカはフラダンスを踊るらしい』の作品情報

【日本公開】
2023年(日本映画)

【監督】
森⽥亜紀

【脚本】
吉岡純平

【キャスト】
片田陽依、福井裕子、三原羽衣、酒井唯菜、斎藤譲、萩原萠、植田倖瑛、どーわん(たまゆらレスト)、夏川さつき、大村つばき

【作品概要】
『ミスミソウ』(2018)など俳優として活躍し、近年は映画監督としても活動する森田亜紀による長編映画。ヤングケアラーと高齢者介護の問題をテーマに、孫と祖母の家族愛を切なくも明るく描き出します。

主人公・サトを演じたのは、本作が初の映画主演作となった片田陽依。またサトの友人・カエデを三原羽衣、後輩・ヒナを酒井唯菜が演じるほか、サトの祖母・シズ役を福井裕子、サトの父・辰彦役を斎藤譲が務めています。

映画『イルカはフラダンスを踊るらしい』のあらすじ

サトは高校3年生で父と祖母のサトと3人暮らし。

みんなが進路について焦る中、上京して演劇の世界に行くことを夢見るサトは、今日も認知症の祖母シズの介護のために演劇部の練習中を早退しました。

大変ながらも家族仲良く暮らしていますが、シズは最近「旅行」と言って、一人でやたらとどこかに行きたがります。

そんな中で次第にシズの体の状態が悪くなっていくことを告げられたサト。寝たきりになる可能性もあると聞かされ、心を激しく揺り動かされます。

ハワイ旅行に行くことがシズの⻑年の夢だったと知ったサトは、家族の最後の思い出になるかもしれないと、逗子での「擬似ハワイ旅行」を企画しますが……。




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