映画『翼の生えた虎』は2022年8月20日(土)より池袋シネマ・ロサほかにて全国順次公開!
冒険小説家を目指していた主人公が現実の厳しさに直面し、傷心を抱えて15年ぶりに故郷へ。そこで出会った親子との交流を、美しい自然とともに描き出した映画『翼の生えた虎』。
NHK番組「ダーウィンが来た!」「ワイルドライフ」の一員としても活動し、ブラジル・コスタリカなど世界各地を飛び回る冨田航監督の初長編作品です。
このたび、主人公・虎(たける)を演じられた俳優・谷英明さんにインタビューを敢行。
主人公と自身の境遇を重ね合わせ出演に至った経緯や、冨田監督との作品づくりについてのエピソードなどを語ってくださいました。
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主人公・虎に見た「当時の自分」との共通点
──本作では冒険小説家を目指している虎を演じられました。なかなか芽が出ず、荒んだ心を持っている主人公ですが、この役を演じようと思われたきっかけは何でしょうか?
谷英明(以下、谷):僕は現在44歳なのですが、本作のオーディションを受けたのは39歳の時でした。ちょうど俳優を辞めようか続けようか、悩んでいた時期だったんです。
仕事に対してモチベーションが下がっている時に、この映画のオーディションの打診がありました。あらすじと主人公の人物像が自分の境遇と非常に近いため、これなら演じられるのではないかと思えました。僕にとって『翼の生えた虎』は自身が不安定だった時期に向き合った作品であり、当時の自分をみられる思い出深い作品でもあります。
──当時のご自身と共通点があった虎を、実際に演じられてみていかがでしたか?
谷:虎が抱えている悩み、将来への不安といった精神的な部分は共感ができました。ただ、虎は荷揚げ屋として働きながらも冒険小説家を目指しているなど、僕自身の人生とは大きく違っています。
冨田監督はクランクイン前、「荷揚げ屋として、実際に現場で働いてください」とおっしゃいました。荷揚げ屋というのは、家を作る時に壁の中に入れる、何十キロもする防火剤をひたすら運ぶ仕事です。実際にやってみると、やった人でなければ分からない運び方・持ち方があることに気づけました。
恐らく、実際に荷揚げ屋を仕事にしている人がこの映画を観たら「きちんと知っている人が演じているな」と思ってもらえるようなマニアックな場面が作れたと思います。またクランクインまでには8ヶ月間ありましたが、それまでほっそりした体型にも筋肉がついていきました。
当初は「世の中にはいろいろな仕事があるのに、なぜ虎は荷揚げ屋という仕事をやっているのか?」と疑問を抱いていたのですが、実際に働いてみると、荷揚げ屋というのはつらい仕事で、だからこそ現場へ行くと一目置かれるんです。「あいつ、すごいな~」と。
虎は「自分は強くありたい」「まわりから『おおっ!』って言われたい」という承認欲求がある人物なので、それを満たすために荷揚げ屋をしていたのではと自分なりに解釈ができました。
見た目からも役のイメージに近づいていく
──虎を演じられる上で、特にこだわられた点は何でしょうか?
谷:すべての場面にこだわりましたが、やはり一つは見た目です。見た目をどう役のイメージに近づけるかにおいて、「もっさくて嫌な男」と思われれば思われるほど虎を演じる上でいいと思ったので、そこは恐れずにチャレンジしました。
また作中でキャンプをする場面がありますが、実際に火を起こせるように練習したり、ロケ地へ行って一人でキャンプをしてみたりしました。主人公が見ていることや感じていることと同じことをして、そこから何が見えてくるのかを自分の中で模索していきました。
──虎の見た目に関していえば、彼の髪型も特徴的でインパクトがありました。
谷:僕は虎を「もっさい男」として演じることをイメージしていたので、彼の髪型をどうしようかとずっと考えていました。結果、クランクインの直前にツイストパーマをかけようと思い、美容院で6時間かけてあの髪型にしました。
実は妻をはじめとして、あの髪型は女性には不評なんです(笑)。ただ逆に考えると、もっさくて情けない男に見えるように……と思ってあの髪型にしたわけですから、役作りには成功したといえるのかなと今は感じています。
冨田航監督は、とても熱いものを持った人
──冨田監督に初めて会われた際の印象は、どのようなものだったのでしょうか?
谷:口数が少ない方ですが、ものすごく熱いものを持っている人です。まず映画の脚本が素晴らしかったですし、何より冨田監督は自然が好きなので、そういうところで肌感……といいますか、お互いに通じるものがありました。
ただ要所要所で、ズバッと意見をおっしゃるところはありますね。初めてお会いした時にも、別れ際に一言「谷さん、筋肉をつけてください」と言われましたから(笑)。撮影の前やその最中でも、冨田監督がこだわられていることは多くありました。ケンカもしましたが、根本の部分では共感できますし、信頼し合っていると感じています。
──虎に大きな影響を与える橋爪凛を演じられた池田香織さん、橋爪剛を演じられた小島義人くんとのご共演はいかがでしたか?
谷:香織ちゃんは芝居に対してとても情熱のある人です。また今回の撮影は、いわゆる合宿のようなハードな現場だったんですが、そういう環境に対応できるとてもタフな俳優でもありました。
剛役は、東京でもオーディションをしたのですが、なかなか田舎暮らしをしている雰囲気のある子がいなかったんです。そこで栃木のキッズスクールへ行ったら、イメージに合う子がいるということで義人が出演することになりました。
義人のご両親がとても理解のある方で、撮影中は全面サポートしてくださいました。合宿先に冷蔵庫を送ってくださり、みんなで自炊しながらがんばりました。義人にとっても、いい夏の思い出になったのではと感じています。
実はクランクイン前に香織ちゃんと義人の3人で、栃木をあちこち周ったんです。そうして交流を深めることも、冨田監督の提案でした。この映画はインディーズ作品ではありますが、しっかりした準備のもと撮影に臨んだ作品だと思っています。
「傷」の共有から変化を捉える
──虎は、橋爪凛・剛親子との出会いを通じて、その荒んだ心が癒されていきます。彼の心情の変化を、演じられた谷さんご自身はどのように捉えられていたのでしょうか?
谷:虎は剛と、ある行動を目撃したことで出会います。母親の凛との出会いは、マイナスのイメージからスタートしました。
でも凛が自分と同じ「傷」を持っているということを知り、剛に対しても本が好きだということと、単純に「かわいそうな奴だな」という気持ちを抱いた瞬間から、やはり「傷」の共有をし始めました。そこから、虎の心が変化していく……とは意識していました。
──同時に虎は、実の父親とも険悪な雰囲気でした。15年ぶりに実家へ戻り父子関係を修復する場面を演じられた際には、どのようなことを意識しながら演じられたのでしょうか?
谷:僕自身は、虎のように父親から勘当されたわけではありませんでしたが、やはり彼の両親は息子のことを心配していたのだと思います。ですから、自分自身の親に対する想いからアプローチをしていきました。
ただやはり、伝統工芸を継承していくのと俳優をやっていくのとでは違うので、実際に小砂焼を作られているご家族とお会いして話をお聞きしました。当主の方や後継ぎの息子さんとお会いすることで、独特の空気感を感じることができました。
また父親役の奥居元雅さんと一緒に芝居をしていく中で、奥居さんからいただくものがあったので、その芝居に反応していく……と感覚で進めていきました。
三國連太郎に憧れ、役者の道に
──谷さんはもともと、舞台を中心に活躍されていたんですね。
谷:三國連太郎さんのような芝居ができる役者になりたいと思い、25歳でこの世界に入りました。芝居がきっちりできる事務所に入所し、その時に知り合ったマネージャーが舞台の演出家と知り合いだったので、最初に出演したのが舞台でした。「次は何をしようか」と頭に浮かんできたことをそのまま実行に移し、ひたすら学びながら舞台出演を続けました。
ある時、ニューヨークのアクターズ・スタジオで学んだ演出家の小川絵梨子さんのことを知りました。「日本にこういう人がいるのか!」と小川さんのFacebookに直接連絡をしたら、なんとお会いすることができたんです。その際に「シアタープロジェクト・東京でワークショップをやるから参加しませんか?」とおっしゃってくださり、参加することができました。
今となっては新国立劇場の芸術監督をされている小川さんですが、当時は帰国したばかりだったのでお会いできたんです。本当にラッキーでした。
──それでも俳優を辞めようかどうか、悩まれていた時期があったのですね。
谷:ずっと舞台への出演を続けていく中で、時代劇・現代劇・古典劇・コメディ・リーディングなど、自分の中でやりたいと思っていた舞台表現の全てのジャンルを経験することができました。すると「次はこれをやってみよう」というものが、ぱったりなくなってしまったんです。
いわゆる燃え尽き症候群に陥ってしまい、くわえて体調を崩したり、妻との仲も少しギクシャクしたりしたことが重なり、1~2年心身ともに不調が続いてしまいました。
そうして芝居から少し離れていた時期に、昔お世話になった方から「難しく考えなくてもいいから」と言われ、見つけたのが『翼の生えた虎』のオーディションでした。物語や主人公の境遇の近しさはもちろん、まずは演じることの楽しさを取り戻してみようと思い、応募したんです。
──今後、谷さんはどのような形で俳優を続けていきたいとお考えなのでしょうか?
谷:目指している俳優像はありますが、自分らしく焦らず、人と比較せずに続けていきたいですし、いろいろな役が演じられるような出会いがあればいいなと思っています。
僕は頑固で不器用なところがありますが、この歳まで野心を持って俳優を続けている身長186cmの大男を、面白がってくれる人がいるんじゃないかなと信じています。
夢を持っている人にぜひ観ていただきたい作品
──最後に、映画『翼の生えた虎』の魅力を改めてお聞かせください。
谷:夢を持っているけれど、続けるべきかどうか悩んでいる人には観ていただきたいです。決して「夢を諦めるなよ!」という映画ではないのですが、そこがいいと僕は思っています。
また物語の最後、虎や凛にとって重要な場面があります。それは冨田監督が精神的なものを象徴するために撮影したのですが、上手いな……と感動しました。
風景を見るだけでも癒される作品だと思いますし、惹かれる俳優がたくさん出演しています。「世に名が知れていなくても、こんなに演技の上手な俳優がいるんだ」と宝探しのような感覚で観ていただきたいですね。
インタビュー/咲田真菜
撮影/田中舘裕介
谷英明プロフィール
1977年9月27日生まれ、千葉県出身。2005年に初舞台を踏む。以降「シアタープロジェクト・東京」を始め様々な劇団に客演する中、演出家の小川絵梨子氏や池内美奈子氏など数多くのワークショップに参加し、演技を学ぶ。
また、脚本家の中園健司氏のもとで脚本を学びながら、女優真野あずさの付き人を経験。多角的な視点で映像制作を学ぶ。
2017年に初主演した映画「翼の生えた虎」で「21117 international Film Festival 主演男優賞」を受賞。
映画『翼の生えた虎』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【監督・脚本】
冨田航
【キャスト】
谷英明、池田香織、小島義人、奥居元雅、佐藤結耶、太三、神後修治、真柳美苗、細渕敬史、大村達郎、棚橋由佳、オキク、フランキー岡村、相澤美砂子、棚橋誠一郎
【作品概要】
夢に向かって挑戦したものの芽が出ずに過ごした歳月に疲弊した主人公・虎(たける)が、戻りたくなかった故郷で人の温かさや美しい自然に触れることで、人間として再び成長していく姿を描いたヒューマンドラマ。
監督を、NHK「ダーウィンが来た!」「ワイルドライフ」などのドキュメンタリー番組にも携わり、本作が長編映画初監督作となる冨田航が手がけています。
映画『翼の生えた虎』のあらすじ
江戸時代から続く栃木県の伝統工芸・小砂(こさいご)焼の窯元の息子として生まれた向井虎(たける)は、冒険小説家になる夢を抱き、親の反対を押し切って高校卒業と同時に上京。
しかし現実は甘くはなく、落選と肉体労働に追われる日々に疲れ果て、夢をあきらめ故郷に戻る決意をします。
15年ぶりに戻った故郷で、疎遠になっていた旧友や勘当された父親と再会した虎。ある親子にも出会い、全てがうまくいかず、本音をさらけ出すことができない虎は、ある嘘をつきます。
執筆者:咲田真菜プロフィール
愛知県名古屋市出身。大学で法律を学び、国家公務員・一般企業で20年近く勤務後フリーライターとなる。高校時代に観た映画『コーラスライン』でミュージカルにはまり、映画鑑賞・舞台観劇が生きがいに。ミュージカル映画、韓国映画をこよなく愛し、目標は字幕なしで韓国映画の鑑賞(@writickt24)。