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Entry 2020/06/03
Update

【宝隼也監督インタビュー】映画『あなたにふさわしい』夫婦という関係性の“乾き”を俯瞰的に見つめ直せる作品を

  • Writer :
  • 咲田真菜

映画『あなたにふさわしい』は2020年6月12日(金)より、アップリンク吉祥寺ほかにてロードショー公開

「なんとなくうまくいっていない」……本作では、そんな状況に陥っている二組の夫婦が一軒の別荘をシェアした5日間の模様を描いていきます。夫婦が抱えるどうにも埋めることができない溝をめぐり、2組の夫婦はどのような結論を導き出していくのでしょうか。


写真提供:登山里紗

監督は、本作が初の長編監督作となる宝隼也。「今作のような数人の男女関係の物語は、古今東西多くあるかと思います」と語る宝監督は、なぜ敢えて「男女の物語」を描こうとしたのか。その真意を語っていただきました。

「男女の物語」を俯瞰的に描く


(C)Shunya Takara

──映画『あなたにふさわしい』と制作しようと思われた最初の動機について、改めてお聞かせください。

宝隼也監督(以下、):作品を作る際、「ある事件の存在を知ったから」「あるテーマを伝えたいから」といった事に基づいて作品が作られたりすると思いますが、僕が当初作ろうと考えていたのは、いわゆる「バカンス映画」です。複数の人間がどこかへ行き、そこで人間関係のいざこざが起きる。そういうタイプの映画はいくつもあるとは思いますが、「作りたい」という思いがどうしてもあり、まずは「バカンス映画」という形から自分なりのオリジナリティを追求していこうと考え制作を進めていきました。

──本作では二組の夫婦の間でいざこざが起こりますが、男女の愛憎劇におけるいわゆる「ドロドロ」はあまり描かれていませんでした。それは意図的にそうされたのでしょうか?

:僕としては、二つほど大きな考えがありました。一つは、なるべく軽いタッチで本作のストーリーを描きたかったということです。もちろん「ドロドロ」に描くという手段も映画の文法としては重要ですが、敢えてそういう方向性に振るのはやめることにしました。泥沼の奥底へと沈んでしまうような映画ではなく、泥沼の水面を俯瞰的に観察するように、客観的に関係性などを見つめ直せる映画にしたいと思ったんです。

もう一つは、僕らが「普通」としての生活を過ごす中では、見えないけれど様々な事件が起きているという状況が実はたくさん起きているという点です。そういう現実を描くには、湿度や粘ついた雰囲気ではなく、乾いた空気やある種の「軽さ」の感覚をなるべく俯瞰して見つめられる映画がいいんじゃないかと考えました。

──本作に登場する二組の夫婦は、どのような意図をもってあのような組み合わせになったのでしょうか?

:それぞれの夫婦に設定を付けていくにあたって、「夫婦が何をもってつながっているのか」を意識しました。ふさわしかろうがふさわしくなかろうが、なぜかそこに存在している男女を描きたかったのです。

例えば、山本真由美さん演じる専業主婦の飯塚美希と、橋本一郎さん演じるブランドネームを開発中の夫・由則の二人には、美希がナッツを投げて由則がパクッと口の中に入れるという、一種の「あうんの呼吸」があります。よくある話ではありますが、老夫婦が朝のコーヒーを飲むときに入れる砂糖の量をお互い分かっているように、生活の中での相性を持ち合わせているカップルなのです。そして島侑子さんが演じる、由則の仕事のパートナー・林多香子と、中村有さんが演じるその夫・充の夫婦に関しては、「名前の相性の良さ」をモチーフにしています。

──本作の撮影を進めていく中で、どのような点に苦労されましたか?

:何よりも「どうしたら夫婦に見えるのか」という点ですね。この二組が「カップル」ではなく「夫婦」であると見せるのは、なかなか難しいことだと感じました。当初は、別荘を借りる際に受付で名前を記入する場面を挿入した方がいいのではという話も出ました。最終的には「説明」ではなく「映像」の雰囲気によって表現すべきだと考えましたが。

また「どうしたら夫婦に見えるのか」という観点とは少し違うかもしれないですが、別荘に1週間泊まりこんで撮影をしたので、出演者は劇中で描かれている別荘で実際に寝食を続けました。そういった日々の積み重ねの中でも、物語の舞台となる別荘に人が馴染んでいった感触は感じられました。

役者たちと話し合う中で


(C)Shunya Takara

──主要キャストの山本真由美さん、橋本一郎さん、島侑子さん、中村有さんは、それぞれが演じられる役にぴったりとはまっていました。宝監督は芝居においてどのような演出をされたのでしょうか?

:四人が役にぴったりはまっていたのは、それぞれの役者さんの力が大きいと思っています。また本作では、監督と役者たちがお互いに話し合うことを意識しました。別荘に泊まっての撮影ということもあり、それぞれのキャラクターに対するお話は多くしました。

どうやってそれぞれの役をつかむかが大切だと思っていましたが、僕の方から「この役は絶対こうです」といった押しつけじみた話は決してしませんでした。最終的には役者さんに現場で実際に演じてもらい、「違う」と感じるものだけをとり除いてもらいました。「こうしてほしい」という要望を足していくのではなく、いらないものをどんどん取り除いていく感覚で演出を進めました。

──宝監督は役者さんに芝居を一度委ねた上で演出を行うということでしょうか?

:本作の撮影では、役者さんに委ねる部分とそうでない部分を僕の中で明確に分けていました。僕がこだわったのは、先ほどお話しした美希と由則がナッツを投げて受け止める場面です。充と多香子も含めた四人に一度自由に芝居を作ってもらい、こちらで撮り方を決めた場面なんですが、撮影が非常に難しい動作がいっぱいありました。結局個々の動作を全て撮ることにしたんですが、おかげでその場面は本作の中で特に印象的なカット割りになっていると思います。

実力派の役者たちが揃う


(C)Shunya Takara

──宝監督の目から見た、出演者のみなさんの魅力をお聞かせ願えませんか?

:山本さんは僕にとって声が印象的で、美希を演じる上で一番いいと思っていました。とてもつかみどころのない役だったため、山本さんご自身は現場で非常に悩まれていましたね。美希はどんどん言葉を発していく人物ではないことも相まって捉えづらかったのだろうと思っていましたが、撮影の後半になるにつれ、どんどん美希に見えるようになっていきました。

橋本さんに関してはご本人には失礼かもしれないのですが、当初から「由則っぽいな」と思っていたんです(笑)。そして、本当に芝居が好きな方なんだと感じられました。他の方の芝居を見ながら、自分がどういう映り方をすればいいかというのを深く考えられている方なんです。

島さんは凛とした佇まいやキリッとした雰囲気が僕の目からはとても魅力に感じました。また非常に真面目で、丁寧に役作りをされる方でした。

中村さんは、個人的に本作で最も頑張られた方だと思っています。特に山本さんとの場面は、テンションの高い芝居にされるんです。山本さんが美希という難しい役を演じ切ることができたのも、中村さんの芝居がいい影響を及ぼしてるんじゃないかと思っています。だからこそ、役が一番魅力的になっていった方でもあるんです。

結城孝志役の鶏冠井さんは本作のキャスト陣では一番若いんですが、場を和ませてくれるムードメーカーとしても頑張ってくれました。またカフェ店員役の紺野ふくたさんは、本作での出番自体は少なかったものの、以前も僕の作品に出演してくださっている方です。器用な芝居をされる方なので、本作の撮影でも非常に安心感がありました。

間違いなく変化していく「普通」


(C)Shunya Takara

──世の中が衝撃的に変化を続ける中で、今後はどのような作品を作られたいとお考えでしょうか?

:新型コロナウイルスの影響によって「自粛」の生活を送ることとなり、長い間映画館へと行くことができなくなりましたが、改めて「映画」という存在が僕の生活と深くつながっているんだと実感させられました。

その一方で、Zoomなどが活用され様々なことが展開されていく様子を見て、むしろできることが広がったとも感じています。今後どうなっていくのかは、不安もあるけれど楽しみなところも多いです。今回の経験が、今後の作品制作に間違いなく影響を及ぼしていくと思います。

その影響は具体的にはまだ分からないのですが、たとえば『あなたにふさわしい』の場合、劇中にiPhoneやスマートフォンでメッセージのやり取りをしている場面が幾度か描かれていますが、今後は「Zoomでやり取りをする」という場面が「日常的な風景」という感覚で受け入れられていくのではないでしょうか。そうやって「普通」が変化していくんだと思います。

──読者の方にメッセージをお願いします。

:確かに夫婦が出てくる映画ですが、その形以上に人間関係のことを見つめて作った作品です。単純に映画を楽しんでいただけたら嬉しいですし、映画を通して何か発見があれば作った甲斐があります。映画を、映画館を楽しんでください。

インタビュー/咲田真菜

宝隼也監督プロフィール

1987年生まれ、長野県出身。日本大学大学院芸術学研究科修士課程修了(映像芸術専攻)。

東京工芸大学では映画監督・山川直人に師事。在学中から映画制作に励み、経験を積む。修了後も映画制作を続け、映画祭や劇場で公開されたほか、ホラー系オリジナルビデオシリーズなどを監督。本作は初長編作となる。

映画『あなたにふさわしい』の作品情報

【公開】
2020年(日本映画)

【監督】
宝隼也

【脚本】
高橋知由

【キャスト】
山本真由美、橋本一郎、島侑子、中村有、鶏冠井孝介、紺野ふくた

【作品概要】
避暑地を舞台とした大人の恋愛映画『あなたにふさわしい』は、2つの夫婦関係を軸に「ふさわしさ」や「名前」を巡る群像劇。本作は、第19回TAMA NEW WAVE「ある視点」部門やボストン国際映画祭2019など国内外の映画祭で上映され、ロサンゼルスのJAPAN CUTS Hollywood 2019では、日本のより良いコンテンツを世界に広めるために設置されたフィルミネーション賞を受賞しました。

本作の軸となる夫婦を、女優の他、落語家やラジオパーソナリティなどマルチに活動する山本真由美とデビュー以来話題作への出演が続く橋本一郎が演じたほか、もう1組の夫婦を演じた島侑子と中村有、そして鶏冠井孝介、紺野ふくたが好演し、オイド映画祭東京では主要キャストが特別賞(演技部門)を受賞しました。

映画『あなたにふさわしい』のあらすじ


(C)Shunya Takara

専業主婦の飯塚美希(山本真由美)は、ブランドネーム開発をしている夫・由則(橋本一郎)に対して不満を持っています。

ある日、由則の仕事のパートナー・林多香子(島侑子)とその夫・充(中村有)とともに、別荘を借りて2組の夫婦で5日間の休暇を過ごすことになりました。

しかし、現地に着くやいなや、由則と多香子は急遽発生した仕事上のトラブルを解決するため別行動に。美希と充は不満かと思いきや、実は二人は隠れて浮気していたのでした。

その夜、由則が話す仕事の思想を聞いた美希は、由則との間にある溝が埋まらないことに気づいてしまい……。


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