第14回大阪アジアン映画祭「コンペティション部門」選出作品の香港映画『みじめな人』。
客席を涙で溢れ返らせた感動作は「観客賞」を受賞しました。
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2019年の第38回香港電影金像奨では作品賞、監督賞の他5部門にノミネートされています。
また本作が長編デビュー作となったオリヴァー・チャン監督は、第13回アジア・フィルム・アワードで最優秀新人監督賞を見事受賞。
その名前からてっきり男性監督を想像していると、現れたのは笑顔が素敵な女性でした。
“オリヴァー”という英語名はチャールズ・ディケンズの小説『オリヴァー・ツイスト』からとられたそうです。
終始笑顔を絶やすことなく応じてくれたインタビューでは、これからの香港映画界を背負っていこうとしているチャン監督の毅然とした姿勢を感じることが出来ました。
作品制作の動機
──ご自身で脚本を書かれたわけですが、このようなテーマにしようと思ったきっかけを教えてください。
オリヴァー・チャン(以下、チャン):街で身体が不自由で車椅子に乗っている男性にフィリピン人の阿媽さんが付いている場面をみたんです。
車椅子の後ろのステップに尼さんが乗っているという映画と同じ光景でした。2人はすごく仲良しだなと思ってみていたんですが、考えてみるとあまりに親しすぎて関係を疑ってしまいました。
しかしそれは偏見ではないかと思ったんです。身体の不自由な人が素晴らしい恋愛が出来るわけがないというような偏見。さらにフィリピン人の阿媽さんですから一般の人よりも下の人間と考えられていて、香港人の男性と恋愛関係になってよいはずがないという自分の偏見にまず気づきました。
それを描くことで一般の観客たちも偏見をもっていないかという語りかけをしたいなと思い、脚本にしました。
キャスティングについて
──主演のアンソニー・ウォンさんの演技が今までのイメージとは違う繊細なものですごく驚いていたのですが、香港の大スターをキャスティングされた経緯をお聞かせください。
チャン:この役をアンソニーさんにやってもらいたいとずっと思っていました。色々な人に伝を探してもらって連絡を取れる方法を見つけてもらいました。
資金があまりないにも関わらず、アンソニーさんは脚本を気に入り、出演を承諾してくださったんです。ですから出演OKをもらうまでは順調に流れましたね。
──フィリピン人の阿媽イヴリンを演じた女優さんについても教えてください。
チャン:彼女はもともと子どもの教育に関わっていた女性で、Facebookでの呼びかけに応募してきました。
舞台女優としての経験やテーマパークでパフォーマンスをやっていたんですが、映画での演技は初めてです。
的確な演技指導
──アンソニー・ウォンさんとやり取りは大変だったのではないですか?
チャン:当然緊張しました。現場スタッフからはうまい具合にコミュニケート出来るとは限らないよと言われていたので、どうやったって緊張しますよね。ただそれでもやはりアンソニーさんにやってもらいたいということでお願いしたわけです。
やはり監督としての思いと俳優としての思いというのが同じにならない時が絶対あります。
例えば、彼がわたしが思っているものと違う芝居をした時、それもありだなとなれば残しましたし、やはり違うなという時にはなるべくきっちり説明して理解してくれると、彼はわたしの思うように芝居をやり直してくれました。
──テイク数は重ねられましたか?
チャン:NGが多いものもあればスルッといくものもありましたが、アンソニー・ウォンさん自身がNGを嫌うんですね。こちらがNGを出すとどうしても何か言ってくるので、なぜそれがNGなのかを説明しなければなりません。
例えばアングルや声の拾いが悪かったとか、何か別の口実でNGを出しておいて、ついでにもう少しこうしてくださいというような工夫をしました。彼はプロフェッショナルでキャリアのある方なのでNGの回数自体がすごく少ないです。他の俳優さんの方が多かったですね。
香港人の気質
──イヴリンが市場に買い物に行った時に野菜売りの中年女性が彼女を騙す場面がありますが、外国人に対するあのような差別的対応は香港では日常的なものなのでしょうか?
チャン:本人に直接そういった態度を取るというのは多くはないと思いますが、ネットの掲示板にフィリピン人に対する悪口を書き込んだりする人がいるんです。
それは実際にフィリピン人を雇った経験のある人が書き込んでることもあるし、そうではなく自分の偏見で書いている人もいます。
わたしがリサーチする中で驚いたのは、服を買いに行った時に店員が試着をさせてくれないというフィリピン人英語教師の体験談です。その店員からは服を買うお金がないでしょと言われたようで、実際にお金は持っているのに見た目だけで偏見を受けたのです。
香港人の普遍的な態度として、皮膚の色で判断してしまうことは多いと思います。色が濃ければ、底辺の仕事に就いているといった偏見は未だに少なからずあるのです。
──フィリピン人のイヴリンが香港の口語である広東語を話せないということでの偏見はありませんか?
チャン:言葉が話せる話せないということに対する偏見はそんなにないと思います。もともと英語だけで教育する学校がありますし、広東語を話せないから香港人のアイデンティティを持っていないということにはなりません。
例えば、高齢の方の中には無料の教育を受けていない方がいて、自分が話せないから子どもや孫に英語を話せるようになりなさいという希望や押しつけがあったりします。
わたしの知り合いのフィリピン人の知り合いも香港に来て長いですが、広東語は言語として難しいのでなかなか修得できていません。それによって彼女を排除するようなことはないですね。
香港人というのはもっと多様な言語や文化を受け入れられる多元的な基礎があると思っています。
香港映画を背負う意志
──2014年の雨傘革命以降、香港映画にまた新しい波がやって来ているように感じているのですが、香港映画史を踏まえた上で作品を作っているという意識はありますか?
チャン:雨傘革命はわたしたちの世代にとても大きな影響を与えたと思います。香港の映画人は社会運動をテーマにすることに重きを置いていて、雨傘革命はわたしたちを刺激し啓蒙する大きな運動でした。
ただし、そうした敏感なテーマに投資をしてくれる人はなかなか現れません。そこへ香港政府の補助金プランが出てきたんです。
非常にタイミングがよく、このプランがあることによって年に2、3本ではありますがこのようなテーマの映画を撮ることが出来るようになりました。これは大きなことです。
わたし自身、古い香港の映画は大好きだし尊重していますが、香港映画は永遠にカンフー映画、警察物、やくざ物だけに止まっていてはいけないと思うんですね。新しいものをどんどん作っていかなくてはいけません。
──今後の展望をお聞かせください。
チャン:やはり人に関わるものを撮っていきたいと思っています。それが今回のように社会的に弱い立場の人とは限りませんが、人と人の関係性や人としてのあり方を描いていきたいです。
違う性別の人たちが性別に関係なくどのようにして平等な機会を得られるかということに目を向けて、今はフェミニズム的なものをやりたいなと思って準備はしています。
──最後に日本の観客へメッセージをお願いいたします。
チャン:日本の文化や映画が好きな者としては、自分の作品が日本で上映してもらえるというのはほんとうに嬉しいことなんです。みなさんに香港の違う一面をもっと見てほしいです。
香港は高いビルばっかりだとか、もの凄いお金持ちが多いというわけではなく、香港にも底辺の人たちがいて頑張っているわけで、日本のイメージにはないものをもっと知ってほしいと思っています。
映画『みじめな人』の作品情報
【公開】
2018年(香港映画)
【監督】
オリヴァー・チャン
【キャスト】
アンソニー・ウォン、クルセル・コンサンジ、サム・リー、イップ・トン、ヒミー・ウォン
【作品概要】
香港の新星女性監督オリヴァー・チャンの長編デビュー作品で感涙必至のヒューマンドラマ。2019年の香港電影金像奨で堂々の7部門にノミネートされています。
映画『みじめな人』のあらすじ
工事現場で事故にあい、全身麻痺状態になってしまった初老の昌榮。
孤独な一人暮らしを強いられる彼のもとに、フィリピンから住み込み介護の家政婦イヴリンがやってきました。
彼女が広東語を話せないことから、昌榮はコミュニケーションにイライラをつのらせます。
ひたむきに介護を続けるイヴリンの態度に、気がつけば二人は親友のような関係になっていくのですが…。
オリヴァー・チャン監督プロフィール
香港浸会大学で映画・テレビ・デジタルメディアの修士号を取得。在学中に制作した短編作品が国内の映画賞を受賞。
卒業後には制作会社を設立し、さまざまなCMの監督を手掛けています。
長編デビュー作となった『みじめな人』で第38回香港電影金像奨作品賞、監督賞他5部門にノミネートされ、第13回アジア・フィルム・アワードでは最優秀新人監督賞を見事受賞しました。
今、香港で最も注目されている女性監督の1人です。
インタビュー/ 加賀谷健
写真提供/ OAFF大阪アジアン映画祭 広報