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Entry 2020/09/17
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【岩井俊二監督インタビュー】映画『チィファの手紙』中国を舞台に“ラストレター”の物語を描いた意味と“ささやかな抵抗”

  • Writer :
  • Cinemarche編集部

映画『チィファの手紙』は2020年9月11日(金)より全国にて絶賛ロードショー公開中!

『Love Letter』『スワロウテイル』『リリイ・シュシュのすべて』など数々の名作・話題作を手がけてきた世界的映画監督・岩井俊二が手がけた映画『チィファの手紙』。

2020年1月に公開された『ラストレター』の制作前、同じ自身の小説を原作としつつも中国を舞台にその物語を描いた、もうひとつの『ラストレター』といえる作品であり、岩井監督にとって自身初の中国映画でもあります。


(C)Munehiro Saito

このたび映画『チィファの手紙』の日本での劇場公開を記念し、岩井俊二監督にインタビュー。中国での映画制作において意識し続けたことや「言葉」の扱い方、2020年現在の映画に対する思いなど、貴重なお話を伺いました。

「分からない」と自身に言い聞かせる


(C)2018 BEIJING J.Q. SPRING PICTURES COMPANY LIMITED WE PICTURES LIMITED ROCKWELL EYES INC. ZHEJIANG DONGYANG XIAOYUZHOU MOVIE & MEDIA CO., LTD ALL Rights reserved.

──本作の「過去」の舞台となる1988年代の中国を描くにあたって、どのような形で原作小説からの「ローカライズ」を進められたのでしょうか。

岩井俊二監督(以下、岩井):幸いなことに、今回参加してくださった中国のスタッフの中には僕と同年代、つまり僕と同じように「1988年」を「中国」という場所で実際に経験している方が大勢いらっしゃったんです。その方たちの意見を聞きながら、脚本を形作っていきました。

また役者さんたちについても、監督である僕がお芝居のディレクションを行う一方で、登場人物たちの会話が続く場面などは一度彼女らに委ね、ある程度好きにお芝居をやってもらいました。そして彼女らの中で納得がいったところでそのお芝居を僕が見て、さらにアイデアを足したり削ったりして最終的な形を探っていったんです。

今回の『チィファの手紙』には「自分は“分からない人間”なんだ」ということが前提として存在するんですが、ともすると現場でそのことを忘れちゃう。そのため「いやいや、自分は分からないんだ」「セリフも中国語も分からないし、中国の生活の細やかな部分は自分には分からないんだ」と日々自身に言い聞かせながら現場で過ごしていたので、そこは結構骨が折れましたね。

言葉を丁寧に扱っていく


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──登場人物たちのやりとり、特に中国語による会話のブラッシュアップを岩井監督は注力されたわけですが、その方法についてより詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか。

岩井:まず、脚本の段階でのローカライズがありました。ただ先ほども触れた通り、僕自身は中国における言葉や生活は分かりませんから、中国のスタッフ陣とのディスカッションを繰り返しながら脚本を磨き上げていきました。

また今回独自に行ったこととして、本作に出演してくださった役者さんをキャスティングする前の段階において、舞台俳優など演技経験のある方たちをワークショップという形式で募集し、脚本の読み合わせをしてもらいました。読み合わせによって脚本上のやりとりや会話を実際に演じてもらい、場面ごとのシチュエーションについても説明する中で「この場面ならもっとこうなる」「いや、ああなるはずよ」と皆でディスカッションを行うことで脚本を磨いていったんです。その作業については2・3日がかりとそれなりに時間をかけて行いましたね。

ですから、実際にキャスティングされた役者さんたちの元に届いた段階では脚本も大分洗練された状態になっていました。そして、そこから脚本を読み込まれた役者さんたちの「こういう形で言いたい」といった希望、プロデューサーのピーター・チャンをはじめネイティブとして中国語と接してきたスタッフ陣の助言などを受け取りながら、監督としての判断をしていきました。それほど言葉に関しては、とにかく丁寧に扱っていったんです。

文字に対する印象の違い


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──岩井監督が丁寧に扱われたという「言葉」でいえば、作中にて非常に重要なアイテムである手紙に綴られている「文字」もまた印象的でした。

岩井:手紙の内容もそうですが、文字についても非常に苦労しました。中国における文字の書き方の上手下手は、日本のそれとは認識がかなり異なるんです。今回の撮影で使用した手紙についても、中国の方が見てみると「この字は小説家っぽくない」「この字は小説家っぽいかも」と受け取る印象にも違いがあった。ただ、それは中国の方全員に共通しているわけではなく、国土が非常に大きいということもあり、出身地によってもさらに認識の違いがあるんです。

またそれは、登場人物のネーミングも同様でした。例えば主人公の「チィファ」という名前も、とても素敵に感じる方と、全然そう感じられない方でスタッフや役者さんたちの間で意見が分かれてしまったんです。美しさがあり、原作の物語や雰囲気にも合っているといってくださる方もいれば、どちらかといえば「掃除のおばさん」などあまり色気を感じられない人物を連想してしまうという方。或いはどちらとも言えないさっぱり分からないという方もいるという状態でした。最終的には多数決に近い形で決めたんですが、それも僕自身だけは決められないからこその判断でした。

映画監督・岩井俊二のささやかな抵抗


(C)Munehiro Saito

──『チィファの手紙』は2018年に中国で製作された映画ですが、日本では新型コロナウウィルスによる混乱を経た2020年に劇場公開を迎えました。映画界自体も大きな影響を受けた現在、ご自身の監督作が日本の観客からどのように受け取られると感じていますか。

岩井:新型コロナウウィルスの映画界への影響は確かに大きかったですが、例えその影響がなかったとしても、世の中はグローバリズムからローカリズムへ、社会の分断へと向かっていったのではと感じています。だからこそ、「中国で映画を撮る」という自分の行動は、その変化に対する個人のささやかな抵抗といえるかもしれません。

もちろん、動画配信という方法によって様々な映像作品を世界中に流通させること自体は事実上可能になりましたが、実際にそれを観る端末は「その端末の利用者がよく観ている作品」を発見しやすい形へと自動的にカスタマイズされてしまうため、「自分の知らない映画」が手元に届くことがほぼないんです。

その点をふまえると、やはり真に国境を越えられるのは映画なんだと思っています。ただ、何ヶ国語もの字幕を付けたとしても国境を越えることは難しいし、世界中を巡ってみれば「異国の映画を上映する」ということが簡単ではないと実感できます。そこで、映画監督である自分自身が海外へと行き、その国で現地の人々と一緒に映画を作り、完成した映画をその国の劇場で観てもらおうと考えたのがこの『チィファの手紙』なんです。

現在の新型コロナウィルスの影響も含め、ますます世界が小さな集団へと依存し「横」の交流が失われていく中で、一人の日本の映画監督が中国のスタッフや役者さんたちと共に「人と人との非常に繊細な感情の揺れ動き」をお互いに話し合いながら紡ぐことができた。それは僕がいくら脚本を書き直したとしても、そこに込められている思いをそれぞれの高いセンシビリティによって表現してくれる役者さんたちがいなければできないことでもあります。そうした日本と中国の作り手たちによって実現した繊細な仕事ぶりをお客さんには観ていただきたいですね。

同じ空の下で様々な理由や原因によって人々が苦しんでいる時代の中で、自分が暮らしている国や自宅の室内だけでなく、色々なところで人々は生きていて、喜怒哀楽に満ちた長くて短い人生を同じように過ごしている。映画を観終わった時、そういった世界のあちこちで今も生きているひとりひとりの心に思いを馳せ、少しだけ優しい気持ちを抱いてほしいなと感じています。

いまだかつてないほどのモチベーションの中で


(C)2018 BEIJING J.Q. SPRING PICTURES COMPANY LIMITED WE PICTURES LIMITED ROCKWELL EYES INC. ZHEJIANG DONGYANG XIAOYUZHOU MOVIE & MEDIA CO., LTD ALL Rights reserved.

──今後も岩井監督は現在も変化を続けている社会の在り方への「ささやかな抵抗」を続けられるのでしょうか。

岩井:そうですね。最近は新型コロナウィルスの影響もあって、次作の制作も小休止に入らざるを得ない状況となってしまいましたが、その小休止におかげで、逆にゆっくりと腰を据えて物語を推敲する時間も手に入れることができました。そのため今は、物語と格闘する日々が続いています。

いずれにしても、2020年はいまだかつてないほどに「何かをやらなきゃ」というモチベーションが高まっています。創作に対するテンションが下げることなく、微熱を帯びているかのような感覚の中で、焦り過ぎないように気をつけながらも映画と向き合い続けているのが今の状態です。新型コロナウィルスが去った後には、また海外へと行き、訪れたその国で大小様々な映画の制作にトライしたいと思っています。

インタビュー/河合のび

岩井俊二監督プロフィール

1963年生まれ、宮城県出身。1995年に『Love Letter』で長編監督デビュー。類稀なる叙情世界が日本のみならず中国と韓国でも感涙を呼び、アジア各国に岩井ファンが生まれた。翌年1996年には『PiCNiC』がベルリン国際映画祭に出品された他、破格のSF大作『スワロウテイル』が大反響を呼び、一躍時代の寵児となる。

その後も『四月物語』(1998)や『リリイ・シュシュのすべて』(2001)、『花とアリス』(2004)や『市川崑物語』(2006)など数々のヒット作・話題作を手がける中、3.11を巡る2012年のドキュメンタリー『friends after 3.11 劇場版』、初の長編アニメーション『花とアリス殺人事件』(2015)と映画の越境を試み続ける。そして『リップヴァンウィンクルの花嫁』(2016)に続き、2020年1月には『チィファの手紙』にとって「双子の妹」と言える『ラストレター』が公開された。

映画『チィファの手紙』の作品情報

【日本公開】
2020年(中国映画)

【原題】
你好、之華(英題:Last Letter)

【監督・脚本・原作・編集・音楽】
岩井俊二

【キャスト】
ジョウ・シュン、チン・ハオ、ドゥー・ジアン、チャン・ツィフォン、ダン・アンシー、タン・ジュオ、フー・ゴー

【作品概要】
『Love Letter』『スワロウテイル』『リリイ・シュシュのすべて』など数々の名作・話題作を手がけてきた世界的映画監督・岩井俊二が2020年1月公開の『ラストレター』の制作前、同じ自身の小説を原作としつつも中国を舞台にその物語を描いた、もうひとつの『ラストレター』と言える作品。岩井監督にとっては自身初の中国映画であり、『ラストレター』同様に過去と現在の二つの世代を通してのラブストーリーを紡いでいく。

キャストには「中国四大女優」の一人に数えられているジョウ・シュンをはじめ、『空海ーKU-KAIー美しき王妃の謎』のチン・ハオらが出演している。

映画『チィファの手紙』のあらすじ

亡き姉・チーナン宛に届いた同窓会の招待状。妹のチィファ(ジョウ・シュン)は、姉の死を知らせるために同窓会に参加しますが、姉の同級生に姉本人と勘違いされた上に、初恋相手の先輩・チャン(チン・ハオ)と再会してしまいます。

姉・チーナンではないことを言い出せぬまま姉のふりをして始めた文通が、チィファのあの頃の初恋の思い出を照らし出す……。





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