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【映画監督バラージュ・レンジェル:インタビュー】『ロケットマンの憂鬱』共産圏時代の記憶と自身の思いの軌跡

  • Writer :
  • 桂伸也

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2019にてバラージュ・レンジェル監督作品『ロケットマンの憂鬱』が7月14日に上映

埼玉県・川口市にある映像拠点の一つ、SKIPシティにて行われるデジタルシネマの祭典「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」が、2019年も開幕。今年で第16回を迎えました。

そこで上映された作品の一つが、ハンガリーのバラージュ・レンジェル監督が手掛けた長編映画『ロケットマンの憂鬱』。


(c)Cinemarche

共産主義の統治下にあったハンガリーで、少年時代から宇宙飛行を夢見た一人のロマ(ジプシー)が、歴史の裏側で初の宇宙飛行士に選ばれ、思いを遂げる様をコミカルに描いた物語です。

映画祭には、作品を手掛けたバラージュ・レンジェル監督が登場しました。今回はレンジェル監督にインタビューを行い、映画に描かれた時代背景や、自身が作品に込めた思いなどを語っていただきました。

【連載コラム】『2019SKIPシティ映画祭』記事一覧はこちら

「笑い」と「恐怖」


(c)2019 SKIP CITY NTERNATIONAL D-Cinema FESTIVAL Committee.All right reserved.

──この映画の舞台となる共産圏の生活を、レンジェル監督としてはどのように記憶されていますか?

バラージュ・レンジェル監督(以下、レンジェル):ハンガリーが共産圏を脱したのは1989年で、そのとき私は12歳でしたが、それ以前の生活で覚えているのは共産圏の象徴である赤いスカーフとか、学校でロシア語を学ばなければならなかったことですね。

そのころハンガリーは貧しかったけど、人々が飢餓に瀕するほどの状況ではありませんでした。ですが、両親からよく「学校で教えられることは、本当のことではない」と言われることがありました。

映画の中で描いたことと重なりますが、共産圏に住んでいる人々の生活は、子供にとってはすごくコミカルなことに見えました。しかし親や祖父母たちは、かなり恐ろしい状況に置かれていました。その意味でそのころの生活は、恐怖と笑いが混じり合った感じととらえています。

歴史の中でも伝えられている話ですが、第二次世界大戦後にロシアは、ハンガリーを自由にしたといわれています。でも実はその裏でロシアはハンガリー人に対して40年間も戦車や銃を向け、時には人を殺し、女性たちをレイプしたりと、ずっと迫害を続けていました。

さらにその状態で、毎年「自由になった日を祝う」ことを強要されていました。「すごく輝かしく、自由な世界に住んでいる」というふりをさせられていたんです。

共産圏時代の生活と重なる物語


(c)Cinemarche

──そんな生活のイメージと、この物語はどのように重なっているのでしょうか?

レンジェル監督:ハンガリー人のジプシーである主人公・ライコにとって、宇宙に行くことは夢の実現である一方で「実験室のモルモットのように、宇宙に送られて死ぬ」ということでありました。

それが分かっていながら、彼は敢えて宇宙に送られ、夢は成就します。でも一方で恐怖の部分がある。それは当時のハンガリー人が毎日考えていたことと同じだと思います。

──ブレジネフ書記長を代表として統治されていた共産圏の状況判断は、消滅した現在では賛否様々な意見があると聞いています。

レンジェル監督:世の評価はそうかもしれません。ブレジネフが統治をしていた世界を評価する声もあります。しかし実際に彼の生前は、ハンガリーの国民は自由な生活を送ることはできませんでした。

例えば人々は旅行をするときにも制限があり、二つのパスポートが存在しました。西側に行くパスポートと東側に行くパスポートというもの。そして西側に行くパスポートには、3年に1回しか使えないという制限もあったり。

56年にハンガリーが共産圏を抜けようとしたときに、ソ連はハンガリーに軍隊を送りたくさんの人を殺害しました。68年には、チェコスロバキアもやはり共産圏を抜けようとしたとき、同じように凄惨な場面が現れたのです。

世界全体では冷戦という状況だったかもしれませんが、私たちに自由はなく、ソ連によって抑圧されていました。もしこのインタビューが1970年代に行われていたら、私は牢屋行きです(笑)。

父への思いの奥にあるもの


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──Q&Aの際、作品に「父への献辞」ということが示されていたことについて、「歴史的に、埋もれてしまっている英雄を取り上げたい」という意向があったと語られていましたが、そのことについてもう少し詳しく教えていただけますか?

レンジェル監督:もちろんこの話はフィクションですが、物語のヒーローであるライコが、宇宙に行ったという大仕事を成し遂げたというその事実は、誰も知りません。

考えてみれば、世の中の多くの人たちが偉業を成し遂げたという事実を、私たちが耳にすることは実際にはあまりないわけです。有名な人たちが何かやると、それは知られていくことにますが、ほとんどの場合に有名な人たちは、有名になりたいと思っているわけはなく、そのことを成し遂げるという思いを持っているだけだと思うんです。

また、有名な人たちが必ずしも、本当にそのことを成し遂げていないこともあります。この映画を私が父に捧げたのは、私にとって父が偉大な人物の一人であったという思いからです。もちろんその名は誰も知らないけど、ただこの映画を父に捧げることによって、私は彼のことを偉大な人だと思っている、と言いたかったんです。

夢をかなえるまでの軌跡


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──ライコという人物の具体的なモデルはあったのでしょうか?。

レンジェル監督:正直に言えば、私自身がこれまで歩んできた軌跡をなぞっているものなんです。私は長い間映画監督になりたいと思っていましたが、ライコが小さいころから経てきた彼の人生は、いってみればその映画監督になるまでの道をなぞるもの。

長編映画を作りたいと思ったときに、最初に考えたのは、実際問題として不可能だということだったと思います。ライコも宇宙に行きたいと思っていたけど、それは不可能に近いことだと思っていたでしょう。

そして実際にその夢を成し遂げたときににどうなったかを考えると、例えばライコは結局宇宙に行くけど、その目標が最初のエピソードに描かれていたお母さんへの粗相に対して謝りたかっただけでした。でも彼はそのこと自体を忘れていました。

私も同じで、長い時間がかかって、困難な道のりの中、大変な思いをして長編作を作りました。でも、今ではどうやってここまでたどり着いたのかも思い出せないような状態なんです。

またその一方で最初の映画ができたときに実際に感じたことは、作品が出来上がる前に「最初にすごく感じるだろうな」と思っていたことと、かなり違っていました。

ライコも宇宙に行きたいと思っていたけど、実際に成し遂げた結果は、おそらく最初に思っていた通りの結果じゃなかったとも考えられるんです。

映像制作への思い


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──レンジェル監督にとって、映像を作るモチベーションというものは、どのようなものなのでしょう?

レンジェル監督:全てのアート、基本的なものとして、この地球上に生きている人間が感じることを、表現したいと思っています。

ただとても複雑な問題でもあり、いろんなことにはいろんな感情があって、いろんなストーリーがあり、その上にたくさんのアイデアがあるとも思っています。

そんな中で私が最もやりたいと思っていることは、そういった感情を掘り下げていきたい、そしてそれを意味のあるものとして、観客を楽しませる形にしていきたいということです。

もちろん日本人やハンガリー人はいろんな視点が違っていますが、人間としては共通の要素があると思っています。

そういった中で、何がユニークで、何が共通しているかということを探し出して、それを表現していきたいと思います。また次の作品も出せるよう、ライコみたいにならなければと願っていますが(笑)。

バラージュ・レンジェル監督のプロフィール


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ハンガリーのブダペスト生まれ。短編『Kojot』(2017)などの脚本を経て、数々の賞を授賞したHBOドラマシリーズ「Golden Life」の脚本チームに、メインライターとして参加し高い評価を得ています。

監督としての長編デビュー作に当たる本作は、2018年のワルシャワ国際映画祭フリー・スピリットコンペティション部門でインターナショナル・プレミア上映、さらにエストニアのタリン・ブラックナイト映画祭やプラハ国際映画祭(FEBIOFEST)などでも上映されました。

インタビュー・撮影/桂伸也

映画『ロケットマンの憂鬱』の作品情報

【上映】
2018年(ハンガリー映画)

【英題】
Lajko – Gypsy in Space

【監督】
バラージュ・レンジェル

【キャスト】
タマーシュ・ケレステシュ、ヨゼフ・ギャブロンカ、ティボール・パルフィ、アンナ・ベルガー、ラースロー・フェヘール、ボグダン・ベニューク

【作品概要】
人類で初めて宇宙に飛び出したという宇宙飛行士・ガガーリンのみならず、ライカ犬よりも前に「宇宙に送られた男」がいたという奇想天外な物語。

非常に残酷な面も感じさせながら、しっかりと笑わせるコメディーでもあり、最後には知られざる英雄たちの末路に哀愁味さえ覚えてしまうという、非常に引き込まれる要素が強い作品です。

脚本は共同脚本のバラージュ・ロバシュと共に、バラージュ・レンジェル監督が書き上げました。

本作はレンジェル監督としては長編映画デビュー作ですが、2018年のワルシャワ国際映画祭フリー・スピリットコンペティション部門でプレミア上映されるなど、世界的にも高い評価を得ています。

映画『ロケットマンの憂鬱』のあらすじ


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共産主義が存命だった時代、ソビエト連邦の同盟国であったハンガリー。その片田舎で、ある一人の少年が宇宙に出向くことを夢見ていました。

彼の名はライコ。その情熱は留まるところを知らず、ハンガリー、そしてソビエト連邦からの抑圧を受けながらも、いつしか夢に近づくことに。

そして1957年、宇宙事業に力を入れていた当時のソビエト連邦は、同盟国であるハンガリーに世界初の宇宙飛行士を選ぶ権利を与えました。その候補者として選ばれた一人が、ライコでした。

候補者たちの偉業をたたえる、ソビエト連邦の関係者たち。しかしある日ライコは、のちに歴史上初めて宇宙飛行を行ったとされるガガーリンから、ソビエト連邦の恐ろしい真の思惑を伝えられることになるのでした……。

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