映画『LOVE LIFE』は2022年9月9日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー!
愛する夫と愛する息子に囲まれ、幸せな生活を送っていた妙子。ある日、突然悲しい出来事がふりかかる。それをきっかけに妙子は本当の気持ちに気づき、人生が大きく動き始めた。
映画『LOVE LIFE』は、矢野顕子の名曲「LOVE LIFE」から生まれた、ひとりの女性を通して「愛」と「人生」について描いた物語です。
本作を手がけたのは、深田晃司監督。人間の本質を鋭く捉え、人々の心の奥底にある心情をあぶりだす演出は海外の数多くの映画祭で高く評価され、本作も第79回ベネチア国際映画祭・コンペティション部門に正式出品されました。
映画の公開を記念して、深田晃司監督にインタビューを敢行。18年間もの構想を経て脚本を書き上げたという本作の着想の経緯、主演の木村文乃さんはじめとするキャスト陣の魅力などについて語っていただきました。
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恋愛は本質的に残酷である
──本作は、矢野顕子さんが1991年のニューヨーク移住後に発表した初のアルバム『LOVE LIFE』に収録された同名楽曲をモチーフとされています。矢野さんの歌のどのような点に魅かれたのでしょうか。
深田晃司監督(以下、深田):矢野顕子さんの歌は「愛している」という一言に、「愛したいのに愛せない」や「愛が届かないかもしれない」など、「愛したい」というニュアンスにおける含みが込められているのが凄みだと思っています。歌い方一つで、そこまでの意味が込められてしまう。それが自分にとっての矢野顕子という歌手の魅力です。
自分が矢野顕子さんの歌から物語を連想すると、楽天的なものにならない。この歌にも「どんなに離れていても愛することはできる」という歌詞がありますが、それは離れているのが前提の状態といえます。
「離れている」という状態の理由はいろいろ違うのでしょうけれど、もう会うことができない人も、愛し続けることはできる。人との距離を遠いと思うか近いと思うかは人それぞれで、距離の問題は孤独の問題にもつながっています。こうして物語が広がっていきました。
──映画『LOVE LIFE』もまた、「愛」という言葉に含まれる人々の様々な想いを描きながらも、その想いが人々の人生に与える影響の恐ろしさも同じく描かれています。
深田:恋愛は、本質的に「残酷さ」を持っています。誰かを「好きな人」に選ぶという選択は、同時に誰かを選ばないという選択でもある。これはどんな人間でも起こり得ることです。
幸福を求めるための選択は残酷な非選択を孕み、恋愛はそれを明確に描きやすい題材です。結果として「選ばれなかった人間」にフォーカスを当てることになるのですが、そこに恋愛を映画で描くことの意義と面白さがあります。
木村文乃生来の「芯の強さ」
──主人公・妙子を演じたのは、深田組初参加となる木村文乃さんです。本作へのキャスティングの経緯について、改めてお聞かせください。
深田:候補としてあがった皆さんの宣材写真を並べて拝見した時に、木村さんが一番妙子のイメージに近かったのです。そして過去の出演作を観させていただいた上で木村さんにお会いしてみると、写真で感じたイメージ以上に芯の強い方でした。
さばさばした、芯の強さのようなものは脚本上の妙子のイメージとは少し違ったのですが、そういった芯の強い女性であっても、家父長的な価値観の社会の抑圧から逃れられていないという状況を逆に描けるのではと思ったのです。
──深田監督にとって、木村さんの俳優としての魅力は何でしょうか。
深田:やはり、芯の強さですね。
私は人物の描写について、一つの大きなキャラクターを描くというよりも、様々な関係性の中で見せる顔が変わっていく姿を描くことを意識していています。妙子も誰かと話したり、悲しいことが起きる前後などで顔が変化していくわけですが、その中でも木村さん生来の芯の強さのようなものが垣間見えたことで、団子に串が一本通るように妙子の生き方は強くなりましたし、一方で妙子の気持ちが折れる瞬間もより強く表現できたと思いました。
自分は俳優をキャスティングする際、できればその人の個性や生き方、哲学などをひっくるめてキャスティングしたいと考えています。木村さんともリハーサルを通じて、自分が脚本の中でイメージしていた妙子像と木村さんが作ってきた妙子をすり合わせていきました。ですから、現場では迷いはなかったです。
──木村さんは本作にて、「手話」の演技にも挑戦されました。
深田:この映画において、手話はとても重要です。木村さんの手話の演技がうまくいくかどうかが、作品を成功させる鍵でした。木村さんは手話の経験がなかったので、参加が決まってから練習を始めてもらいましたが、本人も楽しんで手話に取り組んでくれました。
撮影初め頃に、公園で妙子とパクが再会し手話で会話をする場面があったのですが、木村さんの表情の匙加減が抜群によかった。手と表情に気持ちが入っているのが感じられ、「この作品はうまくいく」と確信しました。
脚本を信じ、目の前の共演者との距離感で
──本作ではクランクイン前に、深田監督のよる「座学」が行われたとお聞きしました。
深田:今回、スタッフも含めて全員が集まったリハーサルの際に、座学の時間も設けさせていただくことができました。そこで「自分は本作において、こういう演技を求めている」ということを俳優の皆さんに改めてお伝えできました。
実は本作の現場に入った当時の木村さんは、テレビドラマの撮影を終えたばかりでした。そのため、抑揚を明確につけたはっきりとした喋り方など、ドラマの視聴者の方にきちんと情報が伝わるような芝居が残っているという印象があった。もちろん、そうした芝居が不可欠な作品もありますが、この映画では別の形の芝居を求めていました。
普段の私たちは、「今の自分は悲しい気持ちを抱いているから、それがみんなに伝わるように喋ろう」とは考えないわけですし、声のボリュームも話している相手との距離感で変化します。あくまでも脚本を信じて、目の前の共演者との距離感で芝居を作ってほしいとお伝えました。
──座学は、どのような方法で進められたのでしょうか。
深田:「良い演技」と言っても、それは監督によってイメージが違います。そのため、本作における演技のイメージを共有するためにも、映画の歴史100年の中での演技の変遷を駆け足で解説し、その上でいくつかの映画を抜粋しつつ観てもらいました。
まずは1932年の『グランド・ホテル』。第5回アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した作品を通じて、ハリウッドの古典的な芝居を観てもらいました。次にロベール・ブレッソンの映画『田舎司祭の日記』の冒頭を5分ほど抜粋しました。
それらの映画を通じて、映画における演技がどう変化していったかを感じとってもらった上で、場面ごとでの心理や感情・属性。立場を演技で説明し過ぎない重要性を、俳優の皆さんに共有させていただきました。
手話のクオリティを担ってくれた砂田アトム
──パク・シンジ役の砂田アトムさんは、どのような理由が決め手となって本作へ起用されたのでしょうか。
深田:パク役のオーディションには、ろう者の方と聴者の方の両方が集まり、聴者の方もがんばって手話を覚えてきてくれましたが、ろう者の方の手話には圧倒的なリアリティがありました。
しかしそれは当然のことで、一番の決め手になったのは砂田さん自身のキャラクターです。役に対して真摯に取り組むだけでなく、周りへの気遣いもできる砂田さんの飄々とした個性が面白く、永山さん演じるやや堅物な二郎との良い対比になると思ったのが決め手です。その場の空気を明るくしてくださる方で、それが本作のシリアスな空気の中にポンと入ってくると「闖入者」として面白く感じられる。そう考えると、木村さんが演じる妙子が惹かれていくのも、自然な成り行きかもしれません。
──韓国人であるパクと妙子の手話は「韓国語」の手話だったのでしょうか。
深田:日本語の手話と韓国語の手話は、実は3割ほどが同じです。そこには悲しい歴史があり、韓国語の手話が作られたのは日本の統治時代だったため、日本語の手話が韓国語の手話のベースになっているのです。しかし基本的には異なる言語なので、パクを演じた砂田さんも苦労されたと思います。
それでも、手話を用いる際のちょっとした表情の使い方、聴こえていないがゆえの反応などを、砂田さんはとてもリアルに映画へ持ち込んでくれました。またスタッフ向けに、簡単な手話のコミュニケーション動画も作ってくれたので、スタッフも少しずつ手話を覚えながら、砂田さんとコミュニケーションがとれるようになっていきました。砂田さんが参加していなかったら、この映画は成立していなかったと言っても過言ではありません。
砂田さんはプロフェッショナルでした。普段は舞台が中心で、映画出演は本作が2本目。私自身もろう者の方との撮影は初めてで、間に通訳の方が入ってもらうので、当初はお互いうまく馴染めるかを心配していましたが、始まったら全く問題がなく、心配し過ぎていた自分を恥じてしまったほどでした。本作での手話のクオリティを担ってくれた砂田さん、韓国手話指導の桑原絵美さん、通訳の田村梢さんには、本当に助けていただいたと思っています。
「二郎がここにいる」と思えた永山絢斗
──妙子の夫・二郎を演じた永山絢斗さんは、どのような理由でキャスティングされたのでしょうか。
深田:永山さんも、木村さんと同じくオファーです。見た目のイメージが二郎に近く、過去の出演作を観ても良い雰囲気を醸し出されていたので、実際に会わせていただきました。その時の非常に淡々と喋る様子、朴訥とした雰囲気が自分の中で想像していた二郎により近く、二郎にピッタリだと思いました。
永山さんは普段の雰囲気が二郎そのもので、見るたびに「二郎がここにいる」と思えましたし、淡々と演じながらも工夫を入れるので、二郎のキャラクターをより豊かにしてくれました。
例えば作中の、二郎が木の枝にぶつかりながら歩いていく場面。最初はアクシデントでぶつかったのかと思ったら、永山さんに尋ねたところ、それは彼のアイディアでした。演じる中でリアルタイムに彼が思いついたのだと思います。
本人の「地」で演じるだけではなく、どうしたら映画が面白く豊かになるのかを徹底的に考え続けながら演じてくれる。だからこそ、一緒に映画を作っていて楽しかったです。
矢野顕子の歌の世界を楽しんでほしい
──映画『LOVE LIFE』が劇場公開を迎える現在、深田監督のご心境をお教えいただけますでしょうか。
深田:木村さん・永山さん・砂田さんに限らず、山崎紘菜さん・神野三鈴さん・田口トモロヲさんという素晴らしい俳優の皆さんが本作に参加してくれました。ほぼすべてのキャストをオーディションで決めた作品はなかなか珍しいと思いますが、それゆえのクオリティの高さも味わってほしいです。
そしてこの映画は、矢野顕子さんの「LOVE LIFE」という歌のためにある映画と言っても過言ではありません。矢野顕子さんの世界を楽しんでいただければと思います。
また、自分の中で20代の頃から構想を続けていた三大企画が、2016年の『淵に立つ』、2019年の『本気のしるし』、そして今回の『LOVE LIFE』でした。それら全てを作品にできた今、ここから先は苦労しながらも、新たな企画を考えていこうと思います。
インタビュー/ほりきみき
深田晃司監督プロフィール
1980年生まれ、東京都出身。1999年、映画美学校フィクションコース入学。2005年、平田オリザ主宰の劇団・青年団に演出部として入団。
2010年、『歓待』が東京国際映画祭日本映画「ある視点」作品賞、プチョン国際映画祭最優秀アジア映画賞受賞。2013年、二階堂ふみ主演の『ほとりの朔子』が、ナント三大陸 映画祭グランプリ&若い審査員賞をダブル受賞。
2016年、『淵に立つ』が第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞、第67回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。2018年公開の『海を駆ける』でフランス芸術文化勲章「シュバリエ」受勲。
ドラマ『本気のしるし』(2019/メ〜テレ)を再編集した『本気のしるし TVドラマ再編集 劇場版』は、第73回カンヌ国際映画祭「Official Selection 2020」に選出された。
映画『LOVE LIFE』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【監督・脚本】
深田晃司
【キャスト】
木村文乃、永山絢斗、砂田アトム、山崎紘菜、神野三鈴、田口トモロヲ
【作品概要】
ミュージシャン・矢野顕子の楽曲「LOVE LIFE」をモチーフにした作品。『淵に立つ』で第69回カンヌ国際映画祭ある視点部門 審査員賞を受賞するなど、世界から高い評価を得ている深田晃司が監督を務める。
主演は木村文乃。主人公の妙子を演じ、韓国語の手話も披露する。妙子の夫・二郎を永山絢斗、妙子の元夫・パクを聾者の俳優で手話表現モデルとしても活躍する砂田アトムが演じる。深田晃司監督の前作『本気のしるし』で主人公を演じた森崎ウィンも意外な役どころで参加している。
映画『LOVE LIFE』のあらすじ
妙子(木村文乃)が暮らす部屋からは、集合住宅の中央にある広場が⼀望できる。向かいの棟には、再婚した夫・⼆郎(永山絢斗)の両親が住んでいる。
小さな問題を抱えつつも、愛する夫と愛する息子・敬太とのかけがえのない幸せな日々。しかし、結婚して1年が経とうとするある日、夫婦を悲しい出来事が襲う。
哀しみに打ち沈む妙⼦の前に⼀⼈の男が現れる。失踪した前の夫であり敬太の父親でもあるパク(砂田アトム)だった。
再会を機に、ろう者であるパクの身の周りの世話をするようになる妙子。
一方、⼆郎は以前付き合っていた山崎(山崎紘菜)と会っていた。哀しみの先で、妙⼦はどんな「愛」を選択するのか、どんな「人生」を選択するのか……。
堀木三紀プロフィール
日本映画ペンクラブ会員。2016年より映画テレビ技術協会発行の月刊誌「映画テレビ技術」にて監督インタビューの担当となり、以降映画の世界に足を踏み入れる。
これまでにインタビューした監督は三池崇史、是枝裕和、白石和彌、篠原哲雄、本広克行など100人を超える。海外の作品に関してもジョン・ウー、ミカ・カウリスマキ、アグニェシュカ・ホランドなど多数。