映画『さまよえ記憶』は2023年8月4日(金)より池袋シネマ・ロサ他で全国順次公開!
NHK連続テレビ小説『エール』や大河ドラマをはじめ、数々の映像作品を演出してきた映像作家・野口雄大の映画監督デビュー作にして、監督が自身の実体験を基に自ら脚本・プロデュースも務めた短編映画『さまよえ記憶』。
行方不明の息子を探し続けている母親の、“ほしい情報”と“それに見合った価値のある記憶”を交換できる力を持つ「情報質屋」との出会いとその顛末を描いた作品です。
このたびの劇場公開を記念し、本作で「情報質屋」と出会う主人公・詩織役を演じられた俳優・永夏子さんにインタビュー。
本作への出演経緯をはじめ、出産を経て実感した「失うことの怖さ」と向き合った役作り、現在のご自身にとっての「俳優」を続けることの意味など、貴重なお話を伺うことができました。
誰しも経験する「つらい記憶」との対峙
──永さんが映画『さまよえ記憶』にご出演されるに至った経緯を、改めてお教えいただけませんでしょうか。
永夏子(以下、永):野口監督とは9年ほど前にとある映像ワークショップで、本作のプロデューサー落合賢さんが監督を務める作品に助監督として参加されていた時に初めてお会いしました。
その後再会する形で、本作のオーディションのお話を野口監督からいただいたのですが、主人公である詩織のキャスティングを考えた時に私のことが頭に浮かんだと言ってくださいました。
当時出産をして間もない頃だったというのも、野口監督が私を思い浮かべてくださった理由かもしれません。どうあれ、野口監督の記憶の中にいち俳優として残っていられたことがとてもうれしくて、すぐに作品について詳しくお話を伺いました。
本作は、野口監督のご友人とそのお母様に起こった出来事、野口監督ご自身がお二人に寄り添い続ける中で考え続けた「つらい記憶との向き合い方」に基づいた作品です。
人は大なり小なりつらい記憶を抱えながら生きているし、“記憶”というテーマは万人が身近に感じられるものだと思います。野口監督は「自由に映画を作れるなら、好きなものを作りたい」「自身の経験の中から、自分の描きたいものに切り込みたい」と考えた末に、本作の題材へと行き着いたそうです。
出産を経て実感した「失うことの怖さ」
──本作の主人公・詩織を演じられるにあたって、どのような役作りをされたのでしょうか。
永:自分と境遇が似ている役も、似てない役も演じる機会があった中で「自分と似ているから演じられる」「似てない方から演じられない」とは言えませんから、その役の人物像を自分なりに浮き彫りにする過程で「ここは自分と重なる部分がある」「この役のこの感情を大切にしたい」と役について整理することで、常に役作りを考えています。
ただ今回は、出産後に初めて「子どもを失う母親」という役を演じたので、いつも通りの役作りだけでは演じられないかもしれないとは思いましたし、演じていく中でつらさを感じる場面もありました。そして「もし子どもを産んでいない時に詩織という役をいただいたら、私はどう演じていたんだろう」と考えることも多かったです。
以前友人が出産をした直後に「怖いものなんて今までなかったけど、子どもを産んだことで、最大の弱点をつくってしまった」と口にしていて、その言葉の一部に深く納得したことがあります。
永:私自身は元々弱点がたくさんある人間なのですが、「子どもを産む」という出来事によって生きるための“強さ”を得られたと感じる反面、友人が触れた“弱さ”も新しく手にしたんだとも感じました。
ほとんどの方が、手放したくないものや大事なものを持てば持つほど、それらを守る責任感、そして失うことの怖さを抱えることにもなると思うのですが、その最たるものの一つが「子ども」という存在なのかなと私自身感じています。
そんなかけがえのないものを失ったとき人はどう生きていくのか。生きていけるのか。本当に想像を絶するもので、想像するだけでも苦しい作業でした。
そして、「この役は詩織だ(夏子じゃない)」と理屈では理解していても、演じているとどうしても心が夏子になってしまう時もありました。そのバランスをコントロールすることが、詩織を演じる中で一番難しいところでした。
「俳優」という忘れたくない記憶
──2023年現在、永さんは俳優というお仕事をどのような想いの中で続けられているのでしょうか。
永:私は昔からお芝居を含む表現を「自分と向き合うための時間」と考えていて、自分がいる場所で表現をすることを許してもらえる限りは、それを続けていきたいと思っています。
本作は、出産や育児という自分にとっての最優先事項が新しく生まれた中で、映画作品としては初めての出演作となり、2017年以来約5年ぶりの映画の現場となりました。
俳優は、役がないと演じることもできませんし、声をかけてもらわないと作品に出演することもできません。その中で「あなたの顔が思い浮かんだ」という風に覚えていてもらえたり、「また一緒に何か作ろうね」という約束が何年か越しに実現したりと、自分が誰かの記憶に残っていたんだと本作を通じて気づけたのは、本当に幸せなことだと思います。
永:人生の節目節目で、自分にとっての最優先事項はまた変化するかもしれません。それでも私にとって俳優としての表現は「仕事」というよりも「生きる」ということの一部であり、どうしても必要なものだと感じます。
そんな自分に対して「一緒に映画を作ろう」と声をかけてくれる方や、できあがった映画を観てくれる方たち……自分のことをその記憶の中に残してくれる方たちがいるということが、すばらしい宝物であり、感謝の気持ちでいっぱいです。
もちろん、お休みをいただいていた時期も幸せな時間を過ごしていましたが『さまよえ記憶』という作品を通じて「“ここ”にしかない幸せもあるんだ」と改めて再認識することができました。
“俳優で居られる時間”が、私にとっては忘れたくない記憶なのかもしれません。そして、過去・現在・未来と、大切な記憶をこれからも作っていきたいと感じています。
インタビュー/河合のび
撮影/藤咲千明
永夏子プロフィール
東京都出身。慶應義塾大学・文学部人文社会学科人間科学専攻を卒業。
卒業後は(株)LDHに所属。俳優として舞台やドラマに出演し、その後(株)BABEL LABELで映画・CMなどを中心に活動。
主演映画『バードソング』がイビザ国際映画祭にて審査員特別賞を受賞。
映画『さまよえ記憶』の作品情報
【公開】
2023年(日本映画)
【脚本・監督・プロデューサー】
野口雄大
【プロデューサー】
落合賢
【キャスト】
永夏子、モロ師岡、竹原芳子、野口聡太
【作品概要】
NHK連続テレビ小説『エール』や大河ドラマをはじめ、数々の映像作品を演出してきた映像作家・野口雄大が、実体験を基に自ら脚本・プロデュースも務めた短編映画。本作が映画監督デビュー作となった。
行方不明となった息子を探し続ける主人公・詩織役は、映画・CMで活躍し、主演映画『バードソング』(2020)がイビザ国際映画祭・審査員特別賞を受賞した永夏子。
また詩織の父・英樹役を『キッズリターン』(1996)で東京スポーツ映画大賞・助演男優賞を受賞したモロ師岡が、人の記憶と情報を交換する「情報質屋」役を『カメラを止めるな!』(2017)の竹原芳子が演じた。
映画『さまよえ記憶』のあらすじ
佐藤詩織(永夏子)は、行方不明になった息子・隆の行方を探し続けていた。
行方不明になってから3回目の隆の誕生日を迎えたある日、「欲しい情報」と、「それに見合った価値のある記憶」を交換できる力を持った情報質屋(竹原芳子)と出会う。
隆の居場所の情報を欲しい詩織。だが、過去に縛られて生きる詩織を解放し今を生きてほしいと考える父・英樹(モロ師岡)は、詩織を守ろうと奮闘する。
父の愛を感じながらも、同じように愛する息子に再会するため、詩織は自身の「大切な記憶」を情報質屋に預けてしまう。そこに待ち受けていた結末とは……。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。