映画『老人ファーム』半田周平インタビュー
老人ホームで働く青年の心の葛藤を描いた映画『老人ファーム』。
カナザワ映画祭2018をはじめ、数多くの映画祭で高い評価を獲得している本作は、兄弟である三野龍一(監督)と三野和比古(脚本)が初長編映画に挑んだ意欲作です。
主人公である和彦を見事に演じたのは、こちらも映画初主演となった半田周平さん。
本作は渋谷・ユーロスペース(2019年4月13日〜26日)を皮切りに、大分シネマ5(6月22日〜28日)、名古屋シネマスコーレ(7月13日〜19日)、京都シネマ(7月6日〜19日)などで公開が決定しています。
今回は、主演の半田周平さんの本作にかけた想いから、三野兄弟との出会いや創作での挑戦についてお話を伺いました。
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三野兄弟との出会い
──本作への出演のきっかけは?
半田周平(以下、半田):ある演技ワークショップに参加した時に、本作で和彦の彼女役として出演している堤満美さんも参加されていて、今度、大学時代の同期が映画を撮るから出演しないかと言われたのがきっかけです。
それから数ヶ月後に三野龍一監督と、脚本家の三野和比古さんと初めてお会いするんですが、前から知っているような不思議な感じがしました。
──なぜそう感じたのですか?
半田:おふたりにパワーを感じて、目に力もありますし、おふたりの話に引き込まれました。自分より年下の方にこんなにも惹かれて、どこか深い部分でシンパシーを感じたのだと思います。
その時に脚本を頂き、読んだら改めてご連絡しますと伝えました。僕は初見の脚本は、たとえば真夜中のような、何も邪魔が入らない静かな所で心身共にスッキリしたクリアな状態で読みたいんです。
でもお会いした直後に、すぐ読んで欲しいと言われて、その場で読み始めたんですが、三野兄弟が前に座って見られていたので、笑ったりリアクションを取った方が良いのかなとか余計なことを考えてしまいました(笑)。
しかし読み進めるとこれまでに触れてきた戯曲や脚本とは一味違う、初稿でまだ荒削りだけどしっかりと人間を描いていると感じ、脚本にのめり込んでいきました。
読み終わるとおふたりがキラキラした目でこっちを見つめているんですね(笑)。良いところも分からない点も忌憚なくお伝えすると、反応がすぐ帰ってきて、やり取りをする中で、最初に感じた親和感というのがより増していきました。
それから結構経ってから正式なオファーを頂いたんですが、後で聞いたら会った瞬間に思っていた通りの役者が来たとふたりで話していたみたいです。
主人公・和彦になるために
──映画では、麻生瑛子さん演じるアイコとの他愛のないやり取りなど、相手のために誠実に向かう和彦は素敵でした。現場では撮影以外でもキャスト同士でコミュニケーションも取ったのでしょうか?
半田:実はそんなにコミュニケーションを取れなかったんです。僕が人見知りということもありますが、撮影もタイトなスケジュールで、東京から香川のロケ地に入って、挨拶程度の会話をしたら直ぐに撮影に入っていきました。
撮影が始まると、和彦が出ずっぱりの映画でしたので、みんなが寝ている内に支度部屋に入って出発して、帰ってきたらもうみんな寝ている状態でした。
でもそれが逆に和彦の役作りに於いては良かったのではとも思います。タイトなスケジュールのおかげで終始和彦で居れたことは僕にとっては贅沢でした。
──役作りでのこだわりはありますか?
香川の撮影現場に入った時、監督に今日から半田と呼ばず和彦と呼んでくださいとお願いしました。合宿スタイルでの撮影だったので、それを活かしてどれだけ役として日常24時間を埋められるかやってみたいという思いがあったからです。
──ストイックですね。
半田:好奇心ですね。役作りには色んなアプローチがあって、良く言われているのが、自分が役に近付くのか、自分に役を近付けるのか、というものがありますが、僕は今まで役に近付いていってナンボだと考えていました。
でも今回、脚本を読んで和彦という人物を辿って行くと、自分が生きてきたこれまでの人生を使った方が、和彦が生きるんじゃないかというインスピレーションを受けました。
だからといって何もせずに演じるのは作品に対しても失礼ですし、役者としても怠けているような気もしたりと、何しろ役作りしないと不安になるんです。
でも、役作りをして役の履歴書を書いたりだとか、色んな事をするのは、自分の不安を解消するためだけで、時にはそれが固定観念で役の人物を縛りつけるだけの知識となって、芝居クサくなったりしているんじゃないかと思うこともありました。
今回はせっかくだから今までやって来たことを全部ゼロにして、役を自分に近付けて、今までと全く逆のことばかりをしてみようと思ったんです。
本作は和彦が故郷に帰ってきたところから物語がはじまりますが、それまでの和彦の人生は描かれていないんです。
役作りは本編が始まるまでをどれだけ作れるか、どんな生活をして、どういう経緯を経て映画のスタート地点に立つのかが大切だと思っているので、そこまでの人生は自分自身で行こうと決めました。
ちょうど僕も家の事情が和彦に似た部分があったことも手伝いました。本当の半田周平は役者を続けて東京にいる。色んなことを乗り越えて役者をしている。
でも、もうひとりの自分である和彦は見切りをつけて親のために実家に帰る道を選んだという分岐点をつくって、クランクイン初日を境として和彦の人生をスタートさせました。
役者・半田周平
──今のお話を聞いて、役者として半田さんがこれまで歩んで来た道というのも気になります。
半田:もともと映画が好きで、10代の頃から映画に出演する憧れを抱いていました。
でも役者なんて食べていけないですし、建築の勉強をして大学に進む道を選んだのですが、数学が大嫌いで(笑)。
それでも大学に行けばデザインのことを勉強するから数学から逃れられると思っていたら、いざ大学に進学してみても、そんなことは全く無く、一生つきまとうんだと思った時に何処かで必ず窒息すると気付いてしまったんです。
そんな中で、大学の選択科目に日本文学という教科があったんですが、演劇の映像をひたすら見るという授業だったんです(笑)。
それまでの僕の演劇鑑賞体験は、どこか大袈裟で嘘っぽくてあまり面白いものでは無かったんですが、この授業で見た舞台はダイレクトに凡ゆるものが伝わってきて、そこで初めて舞台芸術の強さ、面白さを味わいました。
それに感化されて、改めて自分のやりたい事に進もうと決心して、当時は仲谷昇さんが代表を務めていた演劇集団円(現代表・橋爪功)の養成所に入所しました。
養成所卒業後も同期が主催していた劇団で使って貰ったりしながら演劇を続けていく傍ら、芸能事務所にも所属してテレビや映画の現場で、映像の現場を肌で感じながら勉強させて頂きました。
でも、ある劇団に所属する時に事務所は辞めて欲しいと言われ、辞めてしまったりと、人の熱意に絆されてしまうタチで、それで随分と失敗もしてきていると感じています。
躊躇なく挑んだ現場
──そんな中、本作と出会い、主演に抜擢されたのですね。三野兄弟との現場はいかがでしたか?
半田:監督も長編初監督、脚本も初脚本、そして主演も初主演という初揃いの作品を制作するという熱量の高さを感じました。
そういった熱意や想いを背負って演じたいと思わされて、途中で「半田さん、もういいです。帰ってください」と言われる覚悟をしながら、自分でやるべきことはしようと考え、挑みました。
三野監督はもともとドキュメンタリーを撮りたいと考えていたという点が僕にとっても有り難かったです。それは作品の撮り方や演出でガチガチに固められたらどうしようと思っていたからです。そういった演出をつけられると僕も固まってしまうので(笑)。
また監督からも、思ったことを全部やって欲しい、嘘はつかないで即興でも良いからやってくださいというお願いがありました。
それは僕にとっても御守りのような言葉で心強くて、こちらが求めているもの、監督が求めているものが、通じあった瞬間でもありました。
もちろん躊躇せずにやるのは勇気もいりますし、現場によっては勝手な事をやって良いのだろうかと頭に過ぎる事がありますが、監督がやって良いと言ってくれていたので、もう演技をジャッジする半田周平は要らない。和彦で居られるから、何でもやりましたし、監督も僕がやろうとしている事を汲み取ってくれたので本当にやり甲斐がありました。
これからについて
──本作を経て、役者として次に挑戦したい事などは芽生えましたか?
半田:芽生えた部分もありますし、反省点もあります。でもその時は今までにないベストを尽くしたと自負しています。
時を経て見返すと拙い面が目立って、もう一回やり直したいと思う場面もありますが、ただやり直してもその時に感じたことは繰り返せないというのはあります。
『老人ファーム』では、なるべく演技をしないような意識で和彦を演じましたが、その経験を踏まえて今度は演技をした上で生身の人間というものを出していけるかというチャレンジをしたいです。
インタビュー/大窪晶
写真/出町光識
半田周平(はんだしゅうへい)プロフィール
兵庫県出身。乗馬ライセンス4級、実戦護身武術 中級アドバイザー資格。
映像と舞台の様々な現場でコミカルからシリアスまで幅広い役を演じ、人間の真に根差し心に迫る演技の追究に取り組み続けています。
主人公・和彦を演じた本作『老人ファーム』は映画初主演として見事にその大役を果たしました。
今後の活躍が大いに期待される役者です。
映画『老人ファーム』の作品情報
【公開】
2019年4月13日(日本映画)
【原作】
MINO Bros.
【監督】
三野龍一
【脚本】
三野和比古
【キャスト】
半田周平、麻生瑛子、村上隆文、合田基樹、山田明奈、堤満美、亀岡園子、白畑真逸
【作品概要】
兄の三野龍一が監督、弟の三野和比古が脚本を担当する、兄弟による映画制作チーム「Mino Brothers」初の劇場公開作品。
本作は「カナザワ映画祭2018」にノミネートされ、観客賞を受賞した他、「TAMA NEW WAVE ある視点部門」、「日本芸術センター映像グランプリ審査員特別賞」、「新人監督映画祭」など多くの映画祭で高い評価を受けています。
2019年には、「踊る大捜査線シリーズ」の本広克之監督が、ディレクションを担当している「さぬき映画祭」に正式招待され話題になりました。
映画『老人ファーム』あらすじ
病気の母親を支える為に、実家へ戻ってきた和彦。
和彦は老人ホームの介護職員という新たな職業に就きますが、慣れない仕事に当初は戸惑います。
家に変えれば母の小言が待っており、和彦にとって心が休まる時間は、恋人の遥と過ごす時間だけでした。
ですが、母親は遥との交際を良く思っておらず、和彦は頭を悩まします。
老人ホームで共に働く同僚や施設管理者である後藤のサポートを受け、仕事にも慣れてきた和彦ですが、次第に施設のやり方に疑問を持ち始めます。
また、施設内の老人の中で、唯一職員に反抗的な態度を取るアイコの存在に触発され、和彦は独自に施設を「過ごしやすい環境」に変えていこうとします。
ですが、時に施設内のルールも破る行動を取る和彦を、後藤は良く思っていません。
和彦は後藤から「規則を破らないでもらえるか?こいつらは動物と同じだから」と忠告を受けます。
それでも自分のやり方を貫こうとする和彦ですが、アイコが突然施設内から姿を消してしまい…。
映画『老人ファーム』公開情報
●大分シネマ5(大分) 2019年6月22日〜6月28日
●名古屋シネマスコーレ(愛知) 2019年7月13日〜7月19日
● 京都シネマ(京都) 2019年7月6日〜7月19日