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Entry 2023/12/12
Update

『宇宙の彼方より』評価感想考察レビュー。ラヴクラフトの神髄を映画化した“古典でありながら新鮮”な怪作

  • Writer :
  • 糸魚川悟

映画『宇宙の彼方より』は2023年6月に封切り後、2024年1月5日(金)より高円寺シアターバッカスで劇場公開

怪奇・幻想小説の先駆者と呼ばれるアメリカの小説家H・P・ラヴクラフト。

無名な小説家として生涯を終えたラヴクラフトですが、死後友人たちの手で出版された作品集によって世間に名を知られ、20世紀を代表する作家のひとりとまで言われるほどの評価を受けることになります。

そんなラヴクラフトが1927年に雑誌「Amazing Stories」にて発表した小説『宇宙の彼方の色』を、ベトナム系ドイツ人のフアン・ヴ監督が映像化。

今回は、ラヴクラフトファンの間では「最も原作をリスペクトした映像化」とも評価されている映画『宇宙の彼方より』の魅力と注目点を解説していきます。

映画『宇宙の彼方より』の作品情報


(C)SPÄRENTOR, Studio / Produzent / Cinemago

【日本公開】
2023年公開(ドイツ映画:2010年制作)

【原作】
H・P・ラヴクラフト『宇宙の彼方の色(原題:The Color Out of Space)』

【監督・脚本・編集・制作】
フアン・ヴ

【キャスト】
マルコ・ライプニッツ、ミヒャエル・コルシュ、エリック・ラスタッター、インゴ・ハイセ、ラルフ・リヒテンベルク

【作品概要】
今もなお多くの創作物に影響を与え続けている架空神話「クトゥルー神話」の生みの親として知られる怪奇幻想作家H・P・ラヴクラフトが1927年に発表した小説『宇宙の彼方の色』を映像化した作品。

日本での劇場公開にあたり、“日本のクトゥルー神話研究の第一人者”として知られる作家の森瀬繚が字幕監修を担当しました。

映画『宇宙の彼方より』のあらすじ


(C)SPÄRENTOR, Studio / Produzent / Cinemago

1975年、奇妙な言動を繰り返し失踪した父を探すジョナサン・デイビスは、父が第二次世界大戦中に駐屯していたドイツのシュヴァーベン=フランケン地方に辿り着きます。

不慣れな地方で捜索を続けるジョナサンは、戦時中に父と出会っていた地元の帰還兵アーミンと知り合います。

やがてアーミンは、かつて森の中の村で起こった悲劇、そして彼がジョナサンの父とともに遭遇した、あまりにも恐ろしい「色」の物語を聞くことになります……。

映画『宇宙の彼方より』の感想と評価


(C)SPÄRENTOR, Studio / Produzent / Cinemago

モノクロで描かれる恐ろしい「色」

本作で物語の中心となる存在は、何といっても「色」です。

この「色」は我々の知る光によって目に映る色彩そのものではなく、宇宙より飛来した謎の生命体であり、“それ”は名状しがたい奇妙な色彩を放っていることから「色」と呼ばれています。

小説上では文章表現することのできた「色」ですが、『宇宙の彼方の色』の映像化ではこの「色」の描き方が何よりも重要となり、映像化の大きな壁でもありました。

リチャード・スタンリー監督がニコラス・ケイジ主演で同原作を映像化した『カラー・アウト・オブ・スペース -遭遇-』(2020)では、「色」を紫を基調とした極彩色で描くことで、その禍々しさを強調していました。

一方、フアン・ヴ監督が手がけた『宇宙の彼方より』では、物語のほぼ全編を「モノクロ」で描き「色」にだけ色彩をつけています

登場人物が日常で目にするものを「モノクロ」で描くことで、「色」という生命体が日常では絶対に目にしない常軌を逸した“何か”であることを表現していました。

動機の分からない恐怖


(C)SPÄRENTOR, Studio / Produzent / Cinemago

ラヴクラフトは生前に遺した手紙の中で『宇宙の彼方の色』を「自己作品の中での最高作」と評していました。

「異次元から来た生命体」「人類よりも遥か高位の存在」「未知の異種族による人類への侵攻」を描くことの多いラヴクラフトが、自身のトップに据えた『宇宙の彼方の色』には彼の“らしさ”が詰まっています

中でもより恐怖を覚える要素こそが、主人公たちを脅かす存在の「動機の分からなさ」

宇宙から飛来した「色」は、当初こそ生命に恵みを与える存在としてその地の生育に寄与しているように見えました。

しかし「色」の近くで育った作物はとても食べられるような味はしておらず、それどころか作物も動物も普通ではない特性を持ち始めます。やがてその影響は人間にも及び始め、「色」を直視した人間たちが次々と発狂して行きます。

あまりにも凶悪でその地に住むあらゆる生命の排除に動いているような恐ろしい「色」。原作では生物としての「色」に多少の言及はあるものの、行動原理は解明されないままでした。

映画『宇宙の彼方より』では、行動原理が謎なまま「色」の持つ力はさらに強まっており、原作以上に「動機の分からない恐怖」が強調されていました

原作からの改変点が生む映画としての面白味


(C)SPÄRENTOR, Studio / Produzent / Cinemago

本作は「映画史上、最もラヴクラフト=“原典”の魅力を忠実に描いた作品」とも評価されているように、他の映像化作品に比べて原作を忠実に再現しています。

しかしその一方で主人公のジョナサンは原作には登場せず、ガードナー家とアーミンが「色」による恐怖を受ける物語に終始する原作からの大きな改変点となっています。

映画ではジョナサンという過去を追う人物の追加に伴い、フアン監督は本作にある“仕掛け”を施していました。

この映画『宇宙の彼方より』オリジナルの改変点によって、1920年代の原作を忠実に描きつつも2020年代の映画作品として充分に楽しめる作品に昇華されており、原作を知っていてもなお驚きと新鮮味を持って鑑賞できる良改変となっていました。

まとめ


(C)SPÄRENTOR, Studio / Produzent / Cinemago

ラヴクラフトが「クトゥルー神話」で表現してきた、理解の及ばないものに対する恐怖。

映画『宇宙の彼方より』では謎の「色」によって日常生活が狂わされていく恐怖が描かれており、ラヴクラフトの神髄を映像化したような作品になっていました。

本作は「ジャンプスケア」と呼ばれる、いきなり大きな音や怖い映像を映す演出に頼ることなく、狂気が徐々にすべてを蝕んでいく不快感に包まれる、これ以上ないラヴクラフト体験を味わうことができる映画です。

映画『宇宙の彼方より』は2023年6月に封切り後、2024年1月5日(金)より高円寺シアターバッカスで劇場公開!




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